第357話あいつやっぱり勇者じゃねぇなぁ
「って、ミオ! 今度こそ一人でなんて無茶ですよ!」
「そうだよ! 皆で戦おうよ!」
「言っただろう試したい事があったんだ。それにはアレが丁度いい相手でな。私にやらせてくれ」
「そうは言っても……」
「大丈夫ですよ皆。みーちゃんさっきまで私の事をとんでもないとか、非常識みたいに言ってましたけど、みーちゃんはハーちゃんが天才って認めてるんですよ。しかもあのハーちゃんの行動まで読める。これでみーちゃんが普通な訳無いじゃないですか」
「……おい!」
「あっ、なんか急に不安無くなった」
「そうですね。安心材料なんて何も無いのにもう心配する必要無い気がしますね」
「我はもう最初から心配しとらん」
「……お前らな」
張り詰めていた空気が瑠璃の一言で急激に弛緩するのを感じながら、後で絶対ハクアへと文句を言おうと決意する澪。
だが、グリヒストから発せられる殺気を受け、視線を戻すと不敵に笑う──。
「……さて、実験開始だ」
「ほざくな!」
澪の挑発的な言葉に殺気を漲らせ、更に焔の圧力を高めながらグリヒストが突進して来る。だが、澪はそれに何も気負う事すらなく。
「……確かに驚異的な力と熱量だが、火を触媒にしているなら消火すれば良いだけだ」
「そう簡単に──!」
「出来るさ。燃焼イコール酸化という現象なら真空では発生しなくなる。例えば爆風を与え酸素を絶つ……とかな。さらに直後に冷却を行えば炎は消え再点火も出来ないだろ?」
宣言と共にギフトで作り出される自然では有り得ない程凝縮された、ボール程の大きさの氷塊がグリヒストへと放たれる。
当然そんな氷など自分の身体に触れた瞬間に全て溶け消えると考え、避ける事すらせずに澪へと突進する。
──しかし、グリヒストの景色を歪ませる程の熱量を持った身体に氷塊が触れた瞬間、その大きさからは考えられない程の水蒸気を生み出し爆発する。
──水蒸気爆発。
水が熱せられ水蒸気となった場合、体積が約1700倍へと膨れ上がる。多量の水と高温の熱源が接触した場合、水の瞬間的な蒸発による体積の増大が起こり、それが爆発となる。
──しかしその程度の攻撃では、焔その物となったグリヒストにはなんのダメージも与えられない。だが、グリヒストを中心に発生した爆風は辺りの空気を押し退け、一瞬グリヒストの周りに真空状態を作り上げる。
「──っ! がぁぁあ!」
一度真空状態を作れば、風魔法を使いほぼ真空の状態を維持するのは容易い。しかもその一瞬に澪は【結界】でグリヒストの四方を完全に包み込み閉じ込める。
無理矢理焔を消され大量の魔力を消耗したグリヒストが、更に魔力を消耗する覚悟をしながら再び身体を焔で構築しようとする──が、ほぼ真空状態で少量の酸素は残っているとは言え、あれ程の熱量を少量の酸素で補うのは不可能だ。
酸素に加え魔力を燃料に再点火しようにも、そう簡単に出来る筈も無かった。
「どうした? 魔力の制御を手放せば更に追い込まれるぞ。そら、液体窒素だ」
「あ゛あ゛あああぁぁあ!!!」
風魔法とギフトの混合で擬似的な液体窒素を作り出し、身体を再構成しようとしているグリヒストの中心へと設置する。
大量の魔力を使い無理矢理身体を焔で構築し直そうとしていたグリヒストの、作り出す熱に晒された液体窒素は、密閉空間で急激に気化が起こり酸素代わりに熱として使っていた魔力をも奪う。
また、ただでさえ密閉空間で高温の熱の塊に、身体を変化させる途中だった為に【結界】の中の残り少ない酸素は、その瞬間今度こそ全て消費されてしまった。
それと同時に気化により急激に膨張した液体窒素はグリヒストの身体を瞬時に凍てつかせた。
──無理矢理に身体を再構成しようとした代償、更にそれを強制的に中断させられた事で、グリヒストの身体は内外共に見た目以上にボロボロになる。
「──っ!?」
それでも真空状態の【結界】の中、内側から身体を凍らされた痛みに耐え、酸素を求め喘ぎながらも、未だその眼に明確な殺意を宿し、身体を再度魔力で構築し直そうとする。
「……まだ諦めないか。なら、手伝ってやろう」
そう言った澪は【結界】の一部を解除し、天井部分を消し去る。
──その瞬間、身体を焔で再構成しようと魔力まで使っていたグリヒストの居る空間へと、大量の酸素が流れ込む。
その結果、グリヒストは急激に酸素を供給された事で、自身の魔力制御を完全に失い身体は内側から爆ぜ、大爆発を起こす。
「がっふ! 馬鹿……な……。何が……起き」
「まあ、前提としての知識が無い奴には理解出来ないだろうが。お前の負けだ」
ボトリッ! と地面に落ちたグリヒストは、自分に何が起こったのかも分からず地面に這い蹲る。
起こった事一つ一つは科学的な知識が少しでもあれば簡単な事だ。しかし、それを知らないグリヒストには何が起こったのか全く分からない。
「わ、私は……ガダル様の……為に……負ける……訳に……は」
「そうか。だが、お前の事など私はなんの興味も無いな」
その一言を吐き捨て澪はグリヒストにトドメを刺した。終わってみれば澪は相手に触れられる事も無く終始圧倒して戦闘は終わったのだった。
「わー、容赦ないですね。流石みーちゃん」
「お前にだけは言われたくないぞ」
「……ほ、本当に圧倒的な戦いでしたね」
「うん。なんの心配も要らなかったね……。と、言うかちょっと可哀想だった」
「おねちゃんと関わったから……やはり哀れゴブ」
「おいアクア。なんで我を見るのじゃ! わ、我はあ奴とは違うぞ! 本当じゃぞ!」
「ミオ様? 結局実験とはなんだったのですか?」
クーの必死の言葉を聞き流しながらエルザが澪の言った実験について質問する。
皆もそれが気になったのか澪に視線が集中する。
「ああ、白亜が言っていたが、この世界は魔法があっても物理法則がわりと通用すると聞いたからな。丁度良くわかり易い素体だったから試した」
「「「おぉう……」」」
強力な敵であったはずの魔族すら素体と言い切る澪に全員が若干引く。
そして全員があぁ、ハクアの友達だ。と、考えるのだった。
「さあ、そろそろ行くぞ」
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「──と、言う感じだな。それからは騎獣で突入して蹴散らしながらお前の所に向かったんだ」
「ほうほう」
澪の話を元に皆が注釈を加えた説明がようやく聞き終わる。
うーむ。皆がパワーアップするのは良いけど、私とことん皆のイベント場面に立ち会えてないな! 何これ? 私ハブられてるの!?
パワーアップイベントが見たかったと思いながらも皆に聞いた事について考える。
とりあえず特筆すべきはやっぱりクーの力だな。これは是非詳しく調べてみたい。それにシィーとリコリス。二人の力も相当みたいだし、私が名前を改めて付けた事で新しい力を発現してるのも気になる。
エルザ、ミルリルの二人もなんとか戦えてたみたいだけど、果たしてこれはまだメイドと言っても良いのだろうか?
そしてコロの魔剣はやっぱり強力みたい。
あれ、私あんまり見た事無い……だと!?
そして……そしてまた、ヘルさんのパイルバンカーが見れなかったー!! しかも今回はアクアの弓まで……私、素で悲しい。
アリシアとエレオノの新技も見れなかったし、イベントスチルを沢山取り逃してるよ。ちくしょう!
瑠璃はサラッとえげつない技術開発してるし、私の技がまた霞む。しくしく。
そしてあの執事。グリヒストとかって名前だったのか。私がお代わりしようとすると嫌な顔してるから無残な目に遭うのだよ。お代わりの度に肉を少なくされた恨みは忘れん。
……で、澪だけど。あいつやっぱり勇者じゃねぇなぁ。
「とりあえず、あのダンジョンって異界型だったんだなぁー」
「ああ、そうらしいな」
「今度詳しく教えて」
「うむ。良いのじゃ」
そんな風に話していると澪が私の顔をジッと見ているのに気が付く。
「おい。大丈夫か?」
「……あー、うん。まだ平気……かな?」
「どう言う事ですかご主人様!? どこか具合が──」
その時、不意に現れた気配に全員が後ろを向くと、そこにはいつの間にやらテアが立っていた。
「テア? わぷっ!?」
全員の視線を受けながら私に近付くと、なんの前触れもなく私を抱き締める。
なにが起こった!? 柔らかいしいい匂いが!?
「頑張りましたね白亜さん。後はこちらで処理しますので。大丈夫ですから……」
「……そっか、見てたのか……。じゃあ頼んで良い?」
「ええ、ゆっくり寝て下さい」
私の身体の事を理解しているテアが大丈夫だと言うのならそれで良い。
テアの言葉に身体の内側で抑え込んでいたものを解放する。その瞬間、身体は至る所が裂け始め全身から血が噴き出し私は倒れ込んだ。
その私を見て皆の悲鳴、慌てた声、泣きそうな声が遠くで聞こえる。
神の力を無理矢理使った代償。
全てを出し切っても私の身体の中に残り続けたそれが内側で弾けた結果だ。
後悔はしていない。やらなければ私は確実にガダルに殺されていたし、そもそもあれ以外に方法が思いつかなかった。
それに最初からこうなる事は分かっていて使ったのだから後悔などあろうはずもない。
──だけど、皆の声を聞くと、もう少し何かあったのかもとも思う。
しかし、そんな考えもいつしか纏まらなくなり、私の思考は闇に呑まれていくのだった。
・・・・
・・・
・・
・
──『警告:個体名ハクアに重大なエラーが発生しました。強制的に意識を遮断します』
なに!? おい! ちょっと待──。
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