第356話「……お主も苦労しとるんじゃな」
一撃で命を刈り取る威力を誇る攻撃が無数に繰り出される。
しかし、その攻撃を繰り出している筈のグリヒストの顔には焦りがあった。
この一撃さえ当たれば確実に殺せる。
その確信がグリヒストにはあった。だが、それを成すべく繰り出される数多の攻撃が瑠璃の身体に届く事は無い。
一見すればグリヒストの攻めに防戦一方のように見える瑠璃だが、その実瑠璃はグリヒストの攻撃を完全に見切り戦局をコントロールしていた。
その事をヒシヒシと感じながら、それでもグリヒストはその攻撃速度を弛める事は出来なかった。何故なら──。
「ぐっ!?」
グリヒストの攻撃が瑠璃を捉える瞬間、間に割り込むように差し込まれた鉄扇に拳を流され、それと同時に反対の手に持つ鉄扇がグリヒストの喉を潰すべく放たれる。
先程から少しでも隙を見せれば瑠璃の手に収まる鉄扇が、まるでその腕だけが別の生物のような動きで、攻撃をスルりとすり抜け強烈な一撃を見舞ってくる。
意識の間隙を付き一瞬の油断で食らいついてくる、それはまるで蛇のような動きだ。
息を飲みながら紙一重で避けるが、後一瞬遅ければ喉を潰されていた事に内心冷や汗を掻きながら距離を空ける。
だが、瑠璃はそれを許さない。
距離を空けようと行ったバックステップに瞬時に反応すると、まるで磁石に引っ張られているかのように一息で距離を詰める。
驚きながらも即座に気持ちを切り替えて迎撃に移るのは流石だが、そんなグリヒストの攻撃を先程から完璧に受け流す瑠璃。
未だ一発も攻撃を当てられていない事実が、焦燥となってグリヒストの攻撃を激しくさせる。
だが、その怒涛のような攻撃も瑠璃の鉄扇のガードを超える事は出来ない。
そんな様子を眺めていた澪は、戦闘とは全く別の事を考えながら満足そうに頷いていた。
(やはり映えるな)
今瑠璃が着ている服はハクアの糸を使い、澪とハクアの二人が瑠璃に合うようにデザインした服だ。
丈の短い赤色の和服を半ばまで着崩し肩を露出させ、中にはホルターネックのタンクトップとスパッツをインナーとして着込んでいる。派手な色である赤を際立たせる為選んだ紺色の帯が全体を引き締めている。
水転流の基本である円の動きを多用する瑠璃に合わせた為、攻撃を回転する事でいなす時に舞う和服の裾は、瑠璃の美しい舞踊を更に引き立てている。
瑠璃が手に持つ対の鉄扇も華美な装飾こそ無いが、黒と銀で彩られた図柄が瑠璃の服とマッチしている。
この鉄扇もハクア産の素材を使いコロが作り上げ、模様をハクアと澪の二人がデザインした物だ。
更に基本徒手空拳で戦う瑠璃に合わせ、普段は両手にそれぞれ付けられる指輪になっており、瑠璃の意志によって収納、取り出しが一瞬で出来るようになっている。
(ふむ。瑠璃なら水色かと思ったがこうして見ると赤の方が確かに良いな。インナーと帯が暗色だからより引き立つ。これは水色ならここまでではなかったな)
「何をして居るのじゃミオ!」
「ん?」
戦闘そっちのけで自分の作った和服の観察をしていた澪の後ろから、戦闘を終えたクーが走り寄ってきた。
見れば大勢は決しており、他の面々は残る残党の戦意を未だ保ったままの数少ないモンスターを相手取っていた。
元々人の住まう土地ではない為、ダンジョンの場所がこの地だと判明した段階で、逃げるモンスターは放置する事にした為の処置だ。
(残党も少ないしそろそろ全員こちらに来そうだな)
「何故ルリ一人で戦わせているのじゃ? 油断して良いレベルの相手ではない事はお主なら分かるじゃろう」
そう言って、少なからず責めるような視線をするクーを見て澪も少し驚いていた。
(今までは何処か一線を引いていたが、今回の戦いで何か変わったようだな。いい変化だ)
「確かにお前の言う通り油断して良い相手ではないが、今の瑠璃なら平気だろう」
「……それを油断と言うのではないか?」
「いや、相手は立ち姿と体重の掛け方からして近接主体の攻撃方法を好んで取るタイプだ。まあ、隠し球はありそうだがな。だとしても……だ、グロスのように魔力で筋力を高めるタイプではなく、魔力と気を纏い攻撃力に変換する戦闘方法だ。あの戦い方なら瑠璃相手では万が一も無い」
「根拠が薄い」
「そう言うな。そら、アレが根拠だ」
そう言って首でクイッと瑠璃を示されたクーが見ると、グリヒストの苛烈な攻撃の隙を突き、瑠璃が一見何の変哲もない掌打を放つ場面だった。
だがそれを見たクーは、汗を流しながら瑠璃を指差し口をパクパクと開閉して、驚きの表情で澪の事を見ていた。
(恐怖を振りまいていた元魔王とは思えんほど可愛いな)
「な、ななななな、なんじゃあれは!?」
「だから言っただろう。大丈夫だと」
「そう言う問題じゃないのじゃ!? 防御無視の攻撃。それにあれは──」
「な? とんでもないよな……」
「……お主も苦労しとるんじゃな」
「……まあな」
「二人ともー! なんでそんな所でゆっくり話してるの!?」
ハクア同様、瑠璃の非常識さを前にクーが同情していると、ようやく戦意を保っていたモンスターを全て倒した全員が合流し、エレオノがその場の全員の疑問をぶつけた。
「あー、我も言ったがあれは大丈夫じゃ」
「そうなの!? 相手強そうだし。物凄く攻め込まれてて防戦一方に見えるけど?」
そのエレオノの疑問は全員共通のもののようでほぼ全員が頷いている。
(ヘルとリコリスは流石に分かったようだな。しかし、シィーも分かるとは思った以上の戦闘力だな)
そんな事を考えながら黙っていてもしょうがないと、クーにした物と同じ説明をしていく。
「んー? なんでそれだと大丈夫なの?」
「徒手空拳において瑠璃は私達の中で一番だ。あの程度の体術ではステータスに差があっても瑠璃の敵じゃない。それに──」
「あの防御貫通の攻撃ね?」
「ああ、そうだ」
リコリスの言葉に答えた澪は更に説明を続ける。
「あれは相手が防御に使う気または魔力を全く同質にする事で、相手の防御膜とでも言う気や魔力によるガードをすり抜ける物だ」
「凄っ!?」
「いや、あれくらいなら瑠璃ほど解析が早くは無いが私も出来る。それに私と瑠璃が辿り着いた答えなら恐らくあの
「えっ!? まだ何かあるんですか!?」
言い淀んだ澪の言葉に、あの技だけでもとんでもないのにこれ以上まだ何かあるのかと驚くアリシア。
「ああ、あいつ……相手の魔力を奪って自分の魔力に変換してやがる」
「「「……え? え~!?」」」
「いや、うんまあそうなるよな。しかもだ、苦手だった魔力であれが出来るという事は、気ならもっと効率良く出来る筈だ。更に言えば自分の力は身体強化と体力回復に全集中。あれなら一撃で削られない限りは大抵持つ」
「えっと……つまり……?」
「つまりはじゃ。相手の魔力、気を使った技を受け流し、更にそれを吸収してその力を相手に返すカウンター。体力が無くなれば変換したものを回復にも回す事も出来る……。まあ、精神と集中力さえ持てば
「う、嘘ぉ……」
澪の言葉を引き継いで解説するクーの言葉に、全員の背筋にゾクッとしたものが走る。そして信じられないと言うように呟かれたエレオノの言葉は、やはりその場の全員の気持ちを代弁する言葉だった。
「なんでルリまで、いきなりあんな滅茶苦茶になっちゃったのかな?」
「滅茶苦茶って酷いな。だが、元々水転流は気の扱いを重視するものだ。あの戦い方も昔から似たような事はやってたからな。……まあ、あそこまで出鱈目ではなかったがな」
「でも今まではそんな事してませんでしたよね?」
「ああ、元々私達の世界には魔力が無かったからな。白亜や私よりもより精緻に気を扱っていた瑠璃にとっては、魔力自体が邪魔な物だったんだ。気だけを使っていても身体に内在する魔力は微妙に干渉するからな」
「微妙って……。確かに理論的はそうかも知れないけど、そんな物、普通感じ取れないでしょう」
澪の説明を聞いたリコリスの問いは当然のものだった。もしも、互いの力が常に干渉し合えばコントロールはもっと複雑で難しかった筈だ。
事実、両方を同時に使う事を意識しなければ、不都合が出る程の干渉は起きない。それほど小さなものなのだ。
「確かにな。だが、瑠璃にはそれを感じ取れる。まあ、自分でも意識出来ない領域での違和感だがな。だからこそ今まではあれが出来なかった。そしてそれを理解していたテア達は、魔法を重点的に教え込む事で魔力の扱いを覚えさせた」
「ふむ。だから気と魔力、二つの力を使いこなす事によって、あのような神業の域にあるコントロールを行っているのですね」
「ああ、ヘルの言う通りだ。まあ、そんな訳で今の瑠璃ならグロス相手でも一歩も引かずに戦える筈だぞ」
「うーん。やっぱりルリも凄かったんだな~。あっ、傷もすぐに修復してる。うわぁ~、私の【高速再生】並だぁ……」
「なっ? 必要無いだろ」
「……そうですね」
「巫山戯るなー!!」
「きゃっ!?」
ゴウッ! と、音を立てグリヒストを中心に煉獄の焔が立ち昇る。その焔の勢いが増す度に、グリヒストの力が高まって行くのをこの場の全員が感じていた。
そして、煉獄の焔が掻き消えると中からその焔を纏ったようなグリヒストが姿を現す。
「ほう、それが奥の手か。精霊化……いや、元々が精霊なのか。身体自体を超高密度のエネルギーの塊として構成しているという所か」
「みーちゃん、みーちゃん! あの人すっごく熱そうです!」
「そうだなー。触るともっと熱っついぞー」
「ですねー。火傷しちゃいそうです。って、事でタッチです」
「……お前、この状態で交代か」
ヘーイと言うように右手を挙げてハイタッチして来る瑠璃に、呆れながらも律儀にハイタッチを返して交代する澪。
「しょうがない。何もしないと後であいつに何を言われるか分からんからな。それに……試したい事もある」
そう言った澪は特になんら気負う事も無く前に進み出た。
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