第355話「それは……その、すまん」

「黙って聞いていればヌケヌケと……、流石あの女の仲間だな」


「あれ? 気の所為ですかね。今あの人ハーちゃんの事を馬鹿にしました?」


「難しい所だな。白亜を馬鹿にしたのか、同じ穴の狢と私達を馬鹿にしたのか……。後者なら大変遺憾だ」


「そうですか? ハーちゃんと同じって褒め言葉じゃないですか」


「いや、確実に貶してるからな。アレと同じとか」


「……昔からこれだけは絶対意見合いませんね」


「そうだなー」


「無視をするな! クソ! あの女に関わってからろくなことが無い……」


「「あ~……」」


 遂には疲れ果てたように吐き捨てたグリヒストの言葉に、ハクアのことを良く知っている為に二人もつい同情してしまう。


「幹部候補があんな事になったり、いきなり落石したり本当になにもかも上手くいかない」


 落石に関しては、澪と瑠璃が最初に敵を減らす為に効率良く場所を狙い行った、計画的犯行だったがもちろんそんな事は言わない。

 そんな所は某親友そっくりの二人だった。


「そもそもがあんなのを連れて行ったお前達が悪いんだ。私達ですら完全に制御は出来ない地雷物件だぞ」


「そうですねー。目を離すと何するか分かりませんもんね」


「くっ、こっちだってそんなつもりは無かったんだ! だからあんな罠にしたのに……。それに掛かれば連れ去るしか無いだろ!」


「「あんな罠?」」


 二人が首を傾げたので、グリヒストは皮肉たっぷりにあんな古典的な罠に掛かったハクアの事を話してやる。

 それを聞いた澪は顔を覆い恥ずかしそうにしている。

 それはそうだろうとグリヒストも思わず少し同情してしまった。


「……あの馬鹿は」


「どうしましょうみーちゃん」


「ん?」


「そんな罠に掛かったハーちゃんが可愛すぎてキュンとしました」


「……お前もう本当になんでも良いだけだろ」


「そんな事ありませんよ?」


「しかもだ! あの女は自分の立場をいい事に死ぬ程食料を要求して……。お陰で二週間分の食料では足らず三週間分の食料を消費する羽目になった!」


「それは……その、すまん」


 くびきが外れてそんな事になっていたかと思いつつ、思わず顔を背けながら謝る澪。

 そんな澪に、自分も何を敵に言っているのだと思いながらも言葉が止まらないグリヒスト。

 ここ数日で溜まりに溜まったストレスは、こうして保護者に文句を言わなければ治まりが付かないのだ。


 何せあんな罠に捕まった事すら、こうして食料を枯渇させる為の作戦だったのでは? と、本気で疑った程だったのだ。それだけハクアには盛大に食料を食い荒らされていた。


「ふん。しかし、今頃はあの女もこのダンジョンのモンスターに殺されている頃だろう」


「それは無いな」


「有り得ませんね」


 最後とばかりにハクアの命の危機をチラつかせたグリヒストだったが、その目論みだけはあっさりと二人に否定された。


「ほら、やっぱり早く迎えに行かないとハーちゃん出てきちゃいますよ」


「ちっ、予想よりも攻略が早そうだな。あいつだけは本当に想定通りに動かない」


「有り得ないだと。何を根拠に──」


「あいつがそう簡単にやられる訳が無い。それにあいつが死ねばいまの私達なら分かるさ」


 確かに途中まで監察していたグリヒストは、澪達の言う通りハクアが順調にダンジョンを攻略しているのを知っている。

 途中に多数配置していた部下のモンスターも、ダンジョンに派生したモンスターも喰らい尽くし、あの魔族ですら毒に犯す腐毒竜を美味そう食べ尽くしていた光景など、忘れたくても忘れられない程の衝撃だった。

 アレを見た時は、本当にガダルの言う通り元人間だったのか? と自分の見ているものを疑いたくなった程だ。

 グリヒストの知っている人間の女など、一部の冒険者などの人間を除けば、そのほとんどが戯れに力を振るえばすぐに死んでしまうような存在だ。

 だからこそグリヒストは、あの傍若無人で恐れを知らない怪物など、絶対に元人間とも女とも認めないと、腐毒竜を食べていてる現場を見て心に決めたのだった。


「だが、それは差し置いても早く行くには越した事は無さそうだ」


「そうですね。先程から嫌な予感がしますからね」


 そう言って二人揃って地面を見詰める様子は、地面の更に奥、遥か下の方の何かを見ているようだった。


「ここで死ぬ貴様らには関係の無い事だろう」


 静かに魔力を高めたグリヒストは、二人をに向かい底冷えするような殺気をぶつけながら挑発する。


「そら、やっとやる気になったぞ」


「む~。ここまで来ても私に回すんですね……」


「ああ、ちょうど良さそうだからな」


「はぁ、しょうがないですね。試したい事はあったし、私もみーちゃんの思惑に乗っかります」


 だが、二人はそんな事などまるで気にせず、瑠璃一人だけが前に進み出る。


「舐めているのか? まさか一人ででも勝てると思っている訳ではあるまいな」


「そのまさかですが?」


「……良いだろう。その選択を後悔させてやる」


 瞬間、今まで抑えられていたグリヒストの魔力が奔流となって吹き荒れる。そして瑠璃もまた静かに闘気を高め集中力を上げていく。


 そして──、一瞬で互いの間合いを詰めた二人の力が激突した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る