第353話我は満たされていたのじゃな……
「あの禁術もこれだけの魂を捧げれば必ず発動する! そうすれば誰もが私を不死の王と認める。……ふふ……ふはは……ふひひひはははは!」
(違う! あ奴等は生命を捧げようとした訳ではない! 死にたくないと言っていた。悔しいと、なんで自分達だけがと、もう利用されたくないと……恨んで憎んで哀しんで……それでも我に生きろと……)
「そうだ。そうだ! 私が、私こそが! 新たなる不死の王なのだ! 魂を弄び 死者の尊厳を踏みにじり 怨嗟の声を響かせ、この世に地獄を生み出すのだ! ふひゃははははは!」
(……お前があ奴等の何を知っている)
死霊術師の狂ったような笑い声を聴きながら、クーの頭は急速に冷えていく。
煮え滾るような想いが冷え、クーの心に冥くコールタールのように粘ついた感情が産まれる。
そして──クーの中でシステムアナウンスが響いた。
その瞬間、クーは何故自分が今まで昔の力を取り戻せずにいたのかを理解する。
(……そうか、我は満たされていたのじゃな……。くくっ、そんな事に自分でも気付かぬとは滑稽な事じゃな)
死霊術師の言葉は未だに続いている。
──だが、今のクーにはその言葉は全く届いていなかった。
過去のクーは強い力を持っているが故に、本来仲間である筈の同じ種族からも迫害された。
力が強いと言ってもその使い方を知らなければただの子供と同じ。だが、周りはそうは思わず迫害を続けクーを村から追い出した。
(だから我は全てを憎み呪った……)
今思えばこの力を手に入れたのもその頃だ。
その後、各地を巡り自分と同じ境遇、似た境遇の者達を集めたのも、本当は自分が拠り所とする仲間が欲しかったからかもしれない。
──だが、それでもクーの中から憎しみが完全に消える事は無かった。
どこに行っても迫害は続き、敵は増えていく。
撃退していけば大人しくなるだろうと考えていたが、その内不死の王などと呼ばれ始めて更に敵は多くなった。
その頃にはクーは疲れ果てていた。
だから魔族領を出て誰も居ない場所へとやって来た。
──だが、それでも敵は居た。
大体は弱く、儚い生き物だった──が、その油断がまた全てを失しなわせた。
そして次に目覚めた時に居たのがハクアだった。
特に力を感じない取るに足らない存在。
そう思った次の瞬間にはやられていた。
(あの時はこんなに長い付き合いになるとは思っていなかった。……そもそも仲間になるとも思ってなかったが……)
クーの話を聞いたハクアはどうしたいのか? と、クーに聞いた。自分の話を聞き、同情でも憐憫でもなく、ただ自分の意志を聞いた。
(多分我はそれに救われたのじゃろうな。何も知らぬ者に少しでも同情されれば反発していた。敵対、恐怖、恐れ、怒り、どんな感情を持たれても多分同じじゃった。──だが、主様はそのどれでもなく。我をただの一個人として扱い、我の好きにすると良いと言った。多分我にはそれが嬉しかったのじゃ)
ハクア達と行動を共にするようになって更に驚いた。転生者と言えど、モンスターでありながら人間達の輪に入り。エルフ、吸血鬼、ドワーフまでもが共に居る。その誰も彼もが皆、幸せそうに笑うのだ。
それは正にクーが求めていた。どんな種族だろうと差別無く生きて行ける居場所そのものだったからだ。
(あの時も……昔の我なら誰かに頼む事などしなかった)
リコリス達を見つけた時も、主様ならどうにかしてくれる。と、クーは理由も無く確信していた。事情を話せば最終的にはしょうがない。と、なんとかしてくれるに違いないと思っていた。
(断られる事など頭に浮かばぬ程信頼していたとは驚きなのじゃ。ましてやそれに自分でも気が付かぬとは……それに、サキュバスが皆に認められる道まで用意すると言われた時も、なんの疑問も無く受け入れた。今更じゃが、アレ……普通ならどうやっても疑うレベルだと思うのじゃ)
そう思うと自然に笑みが零れる。
そして今の今まで、あれほど昔は世界の全てに憎しみを抱いていた事を忘れていた。それこそが自分が満たされていた証だろうとも思う。
しかし、それを見た死霊術師はクーの考えなど知らず、馬鹿にされたと思いクーへと殺意を殺到させる。
(今の我は昔の我とは違う。捨てるのではなく、縋るのでもなく、受け入れ進もう。そして……目の前の
「馬鹿にして、馬鹿にして、馬鹿にして! 殺せ! その餓鬼を滅茶苦茶に犯して食い殺せ!」
一向に自分の言葉に応えないクーに痺れを切らし、禁術発動の為に呼び出したモンスターをクーへと差し向ける。
しかし、クーはそれにも反応しない。
「クー!」
「「クー様!」」
「エルクーラ様!」
そんな様子を見たコロ達がクーの元へと駆けつけようとする。声こそ上げないがそこにはシィーも、押し寄せる敵を倒してこちらに向かう姿が見える。
(まったく、自分達も大変じゃというのに……)
傷付く事も厭わずこちらに向かおうとする仲間を見て、冥く冷え切った感情に暖かい物が満たされる。
誰も死なせる訳にはいかない。
そして全員でハクアを迎えに行く。
だからこそクーは過去の自分の力を使う。
後悔と憎しみと怒りから来る物だとしても、自分の新たな大切を守る為に──。
「【蝕む黒】」
クーが呟くとその足元から冥い冥い粘ついた黒い水のような物が滲み出す。
それは大地を侵食し、徐々にその範囲を広げ大地を蝕んでいく。
クーを殺す為に向かっていた一番先頭のスケルトンが、その黒に足を踏み入れたその瞬間、黒は意志を持っているかのようにスケルトンに襲い掛かり、スケルトンを黒の中へと引きずり込んだ。
それを皮切りにゾンビもスケルトンも、リッチでさえもその黒は容赦無く襲い掛かり、そのどれをも黒の中に引きずり込む。
「な、なんだ。なんだそれはァー!?」
死霊術師が叫ぶ。
だが、クーはそれにも答える事無くただただ口角を上げながらニヤリと嗤う。
ユニークスキル【始原の黒】
クーの中の魔王因子がクーの特性によって力を引き出された能力。死霊系に絶大な効果を持つ様々な能力を黒で行える。
黒は死霊術師の傀儡と、この場に点在するモンスターの死体を呑み込み範囲を更に拡げて行く。しかし同じく黒に触った仲間は呑み込まれるどころか、体力が回復するのを感じていた。
そして、傀儡を半分程呑み込んだ所でようやく黒はその拡大をストップさせる。
──だが、クーの行動はそれだけでは終わらない。
「来い【這い出でる黒 黒死兵】」
クーの言葉に応えるように黒の広がった大地の中から、呑み込まれたのと全く同じモンスターが、スケルトンが、ゾンビ達がその身を黒で作り替えられ生まれ出る。
コロ達も驚いているが【始原の黒】を知っているリコリスが説明しているようだ。
そんな光景を横目で確認しながら、生まれ出た黒死兵に敵の殲滅しろ。と声に出さず命令を出すクー。
それを受けた黒死兵は武器を手に取ると、残りのスケルトンやモンスターへと踊り掛かる。
「……なんだ。……なんなんだこれは!!?」
黒により強化された黒死兵はいとも簡単にモンスターを蹴散らす。その光景を目の当たりにした死霊術師は、目の前の光景を否定するように叫び声を上げている。
これ以上数が減らされれば禁術の発動に使う魂が減ってしまう。と、急いで術式を発動しようとした。
──だが、そんな事を許してくれる相手ではない。
「させると思っているのか?」
その言葉と共に死霊術師の視界は闇に囚われる。
──何も聞こえない。
──なんの匂いも感じない。
──触れている感覚、味覚、その全てが分からない。
──声を出しているのか、頭の中で考えているだけなのか……。
──立っているのか、座っているのか、倒れているのか。
──一瞬だけのような気がすれば、もうずっとここに居る気もする。
──何も分からない。
何も、何も、何も、何も、何も、何も、何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も何も──。
──そして死霊術師の全ては黒に呑み込まれた。
死霊術師とクー。この二人を包むように現れた黒いドームが消え去ると、そこにはクーだけが立っていた。
【無明暗闇】
始原の黒で相手を包み込む事で五感を全て封じ込め、幻覚を掛けるクーのスキル。
中で起こった事は単純。
クーが歩いて近付き、死霊術師を攻撃した。
ただそれだけだ。しかし、五感を封じ込められていた死霊術師は、自分が死んだ事にも気が付かずにこの世を去ったのだった。
死霊術師が死んだ事で使役されていた死霊も、全てその力を失い灰に変わっていく。
元々無理な術式で使役されていたモンスターだった為だ。
「クー! 大丈夫だったかな」
急いで近付いて来たコロがクーに話し掛ける。
そんなコロにクーは「大丈夫じゃ」と一言告げ、洋服の土を払っている。
クーがどんどん力を取り戻し、いつか本で読み、伝え聞いた不死の王に戻ってしまう。そんな事を戦闘を見て思ってしまったコロは、なんと声を掛けるべきか迷う。
そしてそれはコロだけではなかったのだろう。他の皆もなんと声を掛けていいか迷っているようだった。
「エルクーラ様」
しかし、そんな沈黙を破りリコリスがクーへと話し掛ける。
「先程の攻撃あれは【始原の黒】ですか?」
「うむ。そうじゃ。戦いの最中に条件を満たしたようじゃ」
「条件……ですか?」
「う、うむ。まあ、良いではないか」
(今の状況が満たされ過ぎてて負の感情を抱かなかったから……なんて誰が言えるかー!)
そんな内心の動揺が漏れ出たのか、先程までの緊張を孕んだ空気は一気に霧散していく。
「ああ、それと……我の事は昔のようにクーで良いのじゃ。今の我は昔の不死の王ではなく、今ここにこうしているクーじゃからな」
「……そう。じゃあ昔みたいにクーちゃんで良いかしら?」
「お主にそう呼ばれるのは懐かしいの」
「えーと、とりあえずクーはクーって事で良いのかな?」
「うむ。安心して良いのじゃ。我はもう不死の王ではないからな。我は我じゃ」
クーの気配が魔王の雰囲気を醸し出すものではなくなったのを感じてコロが話し掛ける。
「そっか。うん、わかったかな」
「それでは早く主様を助けに行くぞ。皆で文句を言わねばな」
そう笑ったクーの顔は、封印を解かれてから今までで一番晴れやかな笑顔だった。
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