第352話我はそんな事の為にお主らと──

(不死の王になる?)


「……戯言にしても笑えぬな」


「ふん。真の死霊術を操り万の兵を生み出す私こそ、次の不死の王に最も相応しいのは自明の理だろう?」


「ふん。その程度で真の死霊術とは笑わせる」


「くくく、なんとでも言うが良い。お前のような餓鬼に何を言われようと真実は変わらぬ。何故なら私は、かの不死の王が使った禁術を扱えるのだからな!」


「──な!?」


 死霊術師の語る禁術と言う言葉に驚き隠せないクーは、急に込み上げてきた吐き気に口元を押さえキッ! と、死霊術師を睨む。


(禁術……じゃと……。もし……もしもあ奴の言っとる事が確かなら……我の禁術はアレしか……)


「ほう。その顔、どうやら聞いた事があるようだな? そうだ。かつて不死の王が仲間と慕って来た者を傀儡として、その生命を! 尊厳をも踏みにじり全ての敵を屠る為に使ったあの禁術だ!」


(違う! 違う! 我は! あ奴等は……)

 ▼▼▼▼▼▼▼▼

 ──今はそう。


 ──遠い。遠い過去。


 至る所に城壁が崩れ落ち、立派だったと分かる城内は荒れ果て、血を流し苦しむ者達で溢れ返っていた。


 その中の一人、古くからの仲間であったラミア族の女性の手を握りながら、クーは言い合いをしていた。

 その女性は片腕を無くし、もう回復魔法すら効果が無いほど傷付いていた。

 それでもクーへ笑顔を向けて話をする。


「……エルクーラ……様。我等の……生命をお使い下さい……」


「何を言っておるのじゃ! あの程度の敵など、不死の王と呼ばれている我に掛かれば──」


「ふふっ。……無理……ですよ」


「──っ!」


 クーとてそれが無理な事は分かっていた。


 弱いから、種族的に、そう言った様々な理由から虐げられていた者を仲間にし、魔族領からこの地に来て数十年、魔族からすればそう長い時間ではなかったが人間は違う。

 始まりこそあった小競り合いも撃退していく内に暫くすれば無くなり、ここ数年は本当に嘘のように穏やかな暮らしが続いていた。

 だが、寿命の短い人間は直ぐにその事を忘れる。


 その当然の事実を魔族であるクー達は分からなかった。


 いや、分かってはいたがその事を本当の意味では理解していなかったのだ。

 その代償が今の現状である。


 長い時間を掛けて練られた計画。


 周りの諸国へ、クー達が如何に危険で残忍な魔族かを説き協力を取り付け、異世界から召喚されたという勇者と、当代一と呼ばれる結界師まで引きずり出した程の作戦。

 当初の攻撃でクー達の仲間の半分を打ち倒し、徐々に戦線を押し込め、今はもう周囲の全てを包囲されている状態だ。

 そんな中で必死に闘い続けたクー達にはもう亡びの道しか残されていなかった。


(我が……、我があの時あんな選択をしなければ……)


 この計画の発端は指揮官を務める男の罠からだった。


 初め、諸国はこの計画に乗り気ではなかった。

 その理由はクーが絶大な力を持ってはいるが、刺激さえしなければ人間達に害を加える事が無かったからだ。

 むしろダンジョンと化した場所を拠点として使い、そのダンジョンのモンスターを狩る事で、自給自足までしているクー達を刺激するような事はしたくない。

 口にこそ出さないがそれが各国の正直な気持ちだった。


 だが、それはあくまで対岸の火事だから言える事、クー達の拠点の近くの街の住人は違う。


 強大な力を持つ魔王がすぐ近くに居る。

 それは日々想像を絶する程のストレスを住人に与え続けた。更にクー達の根城にしているダンジョンは、元は鉱山だった場所だった。

 その為、クー達をなんとかする事が出来れば街の住人は、ダンジョン化した事で膨大な魔力を蓄えた鉱山も手に入れる事が出来るのだ。


 そして遂に同じ思いを抱いていた指揮官の男は、街の代表を引き込みクー達に罠を仕掛ける事にしたのだ。


 罠は単純。


 何も知らない新人の冒険者をギルドを通さず雇い入れ、クーの仲間のサキュバスの子供を襲わせたのだ。元々素行の悪い者を選んだだけあり、冒険者は簡単にこの話に乗った。

 サキュバスは魔族と言えどモンスター並の強さしか無い。奴隷としてオークションに掛ければ一攫千金を狙え、冒険者などという危険な仕事をしなくても良くなる為だ。


 かくしてサキュバスが隠れ住む場所が有る。とだけ教えられた冒険者はクー達の拠点に侵入した。


 しかし結果は惨敗。


 サキュバスを襲う前に見つかった冒険者は、抵抗はしたが何もする事無く捕えられた。だが、ここに至って争う事を嫌ったクーは、新人故、そういう事にして冒険者を街に返した。


 だが、それが間違いだった。


 この時、もしも冒険者を始末していれば、非合法の活動で拠点に来た冒険者の事を追求する者は居なかっただろう。

 しかし、街に帰った筈の冒険者は見るも無残な形で発見される事となった。


 ──そう。街に帰した筈の冒険者は街に辿り着く前に、街の有力者の手の者によって囚われ、翌朝、拷問された傷と共に発見された。

 そして更に次の日。最近街で行方不明になっている若い一人の女性の死体も同じように発見された。


 この街の代表は若い女性を攫っては楽しみ、飽きれば奴隷として遠くの街へと売っていた。それを全てこの計画を機に魔族の仕業に見せかけたのだ。


 こうして、クー達はやってもいない罪を被され、残忍な魔族として仕立てあげられたのだ。


 クー達がその事を知ったのは攻撃を仕掛けられた後だった。


(あの時……あの冒険者を帰さなければ……)


「……エルクーラ様は……何も間違えていませんよ……。悪い……のは、全て人間です。それに……少しとはいえ逃がす事が出来ました」


「それは……」


 最初の攻撃を受けた段階でクーは、リコリスに非戦闘員を連れて逃げるように指示を出した。

 リコリスは反対したが、これは最も信頼しているリコリスにしか頼めない。と言ってなんとか説得し、皆を逃がす事に成功した。

 ここに居るのは、まだ若い者達の逃げる時間を稼ぐ為に残った者達だけだった。


「エルクーラ……様の……黒死兵になっても……この現状を覆せる……戦力にはなれま……せん。ですから……どうか……私達の……生命をお使い下さい。そして……生きて下さい……私達の分まで……」


「い、嫌じゃ! 我は! 我はそんな事の為にお主らと──」


「分かっています。……でも……それが……私達の願い……なんです」


 その言葉に呼応するように周りの者達も次々にクーへと懇願する。


 もう人間に利用されたくないと、このままでは悔しいと、どうせ散るだけの命ならクーの為に命を使いたい。と、望むように、縋るように、願うように懇願する。


「……感謝……しています。役に立たない私達を……愛してくれた事を……だからこそ最期くらいは貴女の為に」


「違う! そんな事は無い!」


「皆が、……貴女に出会わなければ……とっくに死んでいました」


「大丈夫じゃ! 我が! 我が必ずなんとかするのじゃ!」


「利用され……疎まれ……騙され……裏切られ……捨てられた……私達……は、貴女に……救われたんです」


「嫌じゃ! 違う! ここで終わりではない! こんな最期の為にお前達を助けた訳ではない! これからも……一緒に……笑って……それだけで……」


「本当は、……今までの……仲間のように……黒死兵となって……でも、貴女と……ずっと一緒に……居たかった……。でも、それ……以上に……貴女には生きて欲しいの……ね? クーちゃん」


「嫌じゃ! なんで今になって……そんな呼び方をするのじゃ。威厳が無くなるからとずっと……ずっと呼ばなかったのに……」


「……最後のわがまま。……お願い……皆の敵討ちなんて考えないで良い……生き……て……」


「ルミラリア……ルミラリア!」


 そしてクーは禁術を使い敵の三分の二を殺し、その後も一人で数万の兵を相手に三日間も闘い続けた。

 勇者に倒され、勇者と結界師の二人に封印されるまで──。

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