第351話少しは腕を磨いた方が良いぞ小僧
男はただそこに立っているだけだ。
ボロボロのローブを風にたなびかせ、何もせずに立っている。──だが、それだけでこの場の空気を支配する程の威圧感を放っていた。
一見するとボロボロに見えるローブでさえ、高位のモンスターを素材にした、とてつもない魔力が宿った逸品だと二人には理解出来た。
「随分と派手に暴れてくれたな。お陰で良い駒が出来た」
「……何を言っているんじゃお主」
「何、こう言う事さ」
男が手を翳す。するとそれに呼応するかの如く、アリシアとエレオノが戦ったスケルトンとゾンビ以外の死体が動き出す。
「これは……死霊術。お主」
「ほう。知っているか……だが、私の技をその辺の小物と同じと思って貰っては困る」
一般的に言われている死霊術は死体や魔力からスケルトンを生み出すか、死体を操る術だと思われている。
──だが、本来の死霊術はそうではない。
死霊術とは己の魔力で他者の魂を縛り付け、その有り様を術者の力で作り替える事こそが本質だ。
元となる純度の高い魂をより高次の物へと変質させ、己が手足にする。
それこそが本来の死霊術なのである。
魔力だけで創るスケルトンなどは言わば死霊術の練習程度の行為。擬似的な魂の作成などをする事で本物の魂の変質方法を学ぶのだ。
その事を誰よりも深く理解しているクーは、魂に魔力で干渉し変質させるという、今も昔も扱い切れる者の少ない死霊術を、この男が完璧な形で理解して行使しているのを見抜く。
その証拠にクー達が倒したモンスターは、男の魔力でより禍々しい気配を放ちながら立ち上がる。
男の魔力で次々に立ち上がるモンスター。
数が多くなれば命令こそ簡素になるものの、敵を殲滅するだけならばなんの問題も無い。
しかも、男の力はこの場のほとんどのモンスターの死体を操る程に強く、クー達は一気に劣勢に立たされる。
特にエルザとミルリルでは強化されたモンスターに囲まれるのは死に等しい。それを理解しているクーは、声を張り上げ指示を飛ばす。
「エルザ、ミルリルは己の身を守るのを最優先に! リコリスは二人の援護じゃ! シィー、お主は遊撃で動き敵を減らしてくれ! 四肢を潰せば殺せずとも動けなくなる!」
「「「了解」」」
「クーはどうするの!? ボクも一緒に──」
「あれは我が止めねばならんのじゃ。コロ、お主ではあれとは相性が悪い」
「でも!」
「大丈夫じゃ。任せろ」
「……分かったかな」
コロを納得させたクーは改めて死霊術師の男に向き直る。
「相談は終わったか?」
「」ふん。随分と余裕じゃな」
男はクーの言葉に失笑すると、両手を広げ陶酔するかのように饒舌に語り出す。
「当たり前だろう。お前達程度私に掛かれば歯牙にも掛けず葬る事が出来る。だが、それではあまりにも芸が無い。そこでお前達には絶望を抱いたまま死に、新しい駒になって貰おうと言う算段だ」
(なるほど、恐怖、憎しみ、怨み、そして絶望。そういった負の感情を抱きながら死んだ者を材料にするのは、確かに手っ取り早く強い駒を手に入れる手段の一つじゃな。ましてや皆、才能のある者達。なれば確かに最悪の手駒に出来るやもしれん)
「……そうすれば、私の才能に気が付きガダル様もグリヒストなどでは無く、私を使って頂けるに違いない! そうだ! そうだとも! クッヒャヒャヒャヒヒャ!」
言葉から考察を重ねている間も、男は何がしかをボソボソと喋っているが、突然気が触れたように笑い声を上げる。
それに驚いていると突然哄笑が鳴り止み「死ね」と、いきなり攻撃に移って来た。
(こやつ……人魔か。しかも能力を得る代わりに精神が破綻しとる。ちっ、面倒じゃな)
モンスターから魔族である魔人へと至った者の総称である人魔。
大抵はグロスのように、人魔になると同時に人格が新しく形成されるか、強い意思と魂で己を保つかのどちらかだが、力を求め、他者を喰らい、その力を取り込み続けた結果。中には強い力を得ると同時に精神に異常をきたす者も居る。
感情の起伏や異常な精神性、その他にも多々症状はあるが、この死霊術師の男はその典型とも言える状態であった。
攻撃を避けながらチラリと後ろを見れば、死霊術で操られた死体達も一斉に動き出している。
あの程度のモンスターならば今は持つが多勢に無勢、このまま行けば押し込まれるのは目に見えていた。
それを悟ったクーは、やはり自分がこの男を倒す他道は無いのだと覚悟を決める。
クーも攻撃を避けながら攻撃を行うが男には届かない。それどころか効率が悪いと感じたのか、男は自らの魔力と辺りのアンデットの魂を使い、強力なリッチを五体程生み出しクーを襲う。
(くっ!?)
男とリッチの猛攻をなんとか捌くが、遂に攻撃がクーの身体を捉え始める。それを見た男はまたも哄笑を上げると、今度は上級のエルダースケルトンまで多数呼び出しクーを追い詰める。
(押し込まれる)
最初に戦っていたリッチの数は二体にまで数を減らしたが、エルダースケルトンが十体も増えた為に形勢は一気に傾いた。
それでも懸命にモンスターの攻撃を凌ぐが息付く暇もない。
(くっ!? アレが使えれば……! 何故じゃ? 何故アレがまだ使えんのじゃ)
かつて人魔でありながら不死の王と呼ばれるまでに登り詰めた頃、クーを不死の王たらしめたユニークスキルが存在した。
過去ハイリッチになった時には使えたそのスキルが、今はエルダーリッチになっても使えない。
いや、それ所かかつてエルダーリッチになった時には使えていた、様々なスキルが今のクーには存在しなかった。
(……まさか、その内になんとかなるだろうと高を括っておったのが裏目に出るとは……。しかし、今と過去何が違うのじゃ。ダンジョンに力を吸われたとは言え、我が我自身であるのなら覚える物は変わらぬ筈じゃ)
クー自身、死霊術を使い敵のエルダースケルトンを一体操るが、もちろんそれだけでは形勢逆転には足らない。
だが、それを見た男は今度はいきなり怒りだす。
「貴様! 貴様如きがこの私の配下を一体とはいえ奪うだと!」
「ふん。悔しければ少しは腕を磨いた方が良いぞ小僧。術式に粗があるから差し込まれるんじゃ」
「なんだと……! 私は、新たなる不死の王になる者だぞ!!」
「……何?」
男の張り上げたその言葉がクーの琴線に触れた。
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