第350話 「──何なのこいつ等……」

 「嘘ぉ……」


 そう無意識に呟いたリリーネは、目の前の光景を否定したい気持ちで一杯だった。


 そもそも澪に全体のフォローを指示されたリリーネは、当初空中から地上の敵を魔力で倒し、空中から地上のメンバーを襲おうとする虫型モンスターを倒していた。

 だが、時間が経つにつれ地上のモンスターは数を増し、空にも強力な個体が現れ始めた。

 その為リコリスが地上のフォローに、リリーネは空に分かれる事になった。


 空に現れ始めた強力な個体。

 強化されたガーゴイルを相手にリリーネは少なからず苦戦を強いられていた。得意の魔力攻撃は効き目が薄く。物理攻撃にも耐性のあるガーゴイルは相性が悪かったのだ。

 それでもリリーネに掛かれば、多少の苦戦こそするものの倒せない相手ではなかった。


 だからこそリリーネは空で戦う二人。

 ヘルとアクア程度の実力では、ガーゴイルの相手をするのは辛いだろうから助けてやろう。と、いう程度の心持ちで助けに向かったのだった──が、その考えは二人の元へ向かって脆くも崩れ去った。


「──何なのこいつ等……」


 二人の元へ向かったリリーネが見たのは、自分ですら苦戦したガーゴイルをいとも簡単に屠る二人の姿。

 アクアが矢を放てば、何の抵抗も無いかのように突き刺さり苦しみながら落ちて行く。ヘルに至っては羽根のような物を無数に飛ばし、有り得ない速度で複数のガーゴイルを一気に切り刻んでいる。


「なんでこんなに強いのよ……」


 それと同時に思い出すのはハクアに買われ、クーと再会した日の夜の事だ。

 あの夜、ハクアの部屋に侵入した事は全員にバレ、クーとハクアの説得のお陰でヘルの怒りを買わずに済んだ。とは言え、ヘル程度の実力で自分が負けるなど露程にも思っていなかったのだ。

 あの状況で首に鎌を掛けられていたとしても、なんとか出来る自信が確かに自分にはあった。


 しかし、今の状況はどうだ。


 自分が苦戦するような相手を、同時に何体も何の苦もなく切り刻む光景を見て、リリーネは一歩間違えば自分がああなっていた光景を幻視する。そして自覚する事無く首に手を当て震える身体を押さえる。

 自分の自信が粉々に砕けて行くのを感じながら、リリーネは驚く事しか出来ずにいる。


 ──だが、それでも状況はどんどん進んで行く。


 いつの間にか空には百足のような体躯に羽根を生やし、全ての脚には鎌を持つ虫型の巨大なモンスターが現れていた。


(……ここで挽回しなきゃ!)


 そう心の中で呟いてリリーネはヘル達の元に向かう。

 もう既にヘルに心が屈服し、心象を少しでも良くしようと行動しているとは、自分では全く思わずに──。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

(ふむ。戦況は大分こちらに傾いているようじゃな)


 澪のオーダー通り、エルザとミルリルの援護をしながら全体を把握するクーは、二人へと向かおうとするモンスターの数を調整しながら戦っていた。


「二人とも結構戦えてるね。これなら大丈夫そうかな? っと」

「うむ。そうじゃな。コロも余裕そうじゃな」

「あはは。皆が頑張ってるからね」


 そんな会話をしながら振るうコロの手には、二本の赤と青の剣が握られている。

【魔剣錬成】で造り出されたその二つの剣は、コロが振るう度に炎と氷が産み出され、前方の敵を次々に屠って行く。


(相変わらずデタラメなスキルじゃな)


 コロの扱う【魔剣錬成】のスキルは体力とMPを使い錬成する。

 創るのに多少の時間を必要とし、魔剣自体にも回数制限が有る。それを超えてしまえば崩れ去るとはいえ、十数回はゆうに振るう事が出来る。

 それだけではなく光と闇以外の四属性なら、好きなように魔剣に属性を付与出来るのだから、そのスキルの多様性は群を抜いていると言っても過言ではない。


(本人にその自覚は無いのじゃがな)


 コロにはこのまま敵を削るように伝えると、今度はエルザとミルリルに視線を移す。


 テアによる厳しいメイド修行を続けている二人は、当初よりも遥かに強くなっていた。


 運動能力も高く、幼少期より魔法や戦闘訓練も受けていたエルザは、オールラウンダーとして近、中、遠のどの位置からでも攻撃出来る。

 今はそれらを活かしてミルリルが魔法を放つまでの間、時間を稼ぐ役割を果たしている。


(深追いもせぬし、メイド修行のお陰か視野の広さも悪くない。この状況でも焦らず対処出来てるのはいい事じゃな)


 対してミルリルは、エルザへ向かへ向かおうとするモンスターを魔法で倒しながら、エルザへの援護も忘れていない。

 時折エルザが抑えきれなかったモンスターが抜けて来ても、テアに習ったナイフ術で危なげなく対処し、エルザが倒せないような大物を中心にミルリルが倒す事で対処出来ている。


(あの二人は理想的じゃな。オールラウンダーのエルザが足らない攻撃力は、ミルリルが魔法で補っておる。反対にミルリルが魔力切れを起こさぬように、エルザが上手い具合に敵を片付けながら時間を稼いでおる。これならもう少し数を増やしても大丈夫そうじゃな)


 クーは若干、メイドとは? と、思考が過ぎるが、極力考えないよう務め、二人が現在の体力で対処出来る範囲を測りながら、更にモンスターの量を調節する。


(まったく。我にこんな事までさせるとは、ミオも主様と同じく人使いが荒いのじゃ)


「二ァァア!!」


 気合いの声に振り向くとそこには怨猫族のシィーとリコリスが、普通なら相性の悪いトロールと別々に戦っていた。


 魔力を使った攻撃こそ無いが、トロールの体躯は大きく力も強い。加えて異常な程の再生力を誇る身体は、獣人や攻撃力があまり高くないサキュバスには天敵と言っていい相手だ。


 ──だが、そんなトロール相手に二人はそれぞれで戦い、むしろ優位に戦いを進めていた。


 現在のシィーは桃色の髪を黒く染め、両手両足には自らの影を纏って作り上げた獣の手が出来ている。

 その威力は凄まじく、一振の攻撃で地面に大きな爪痕が残る程だ。


 しかし、相手のトロールの再生力はその攻撃の更に上を行く。

 シィーの攻撃で腹部に致命傷とも思えるような、大きい三本傷が刻まれる。だがその傷は一瞬後にはブクブクと音を立てて塞がり、数秒で元通りに戻ってしまう。


 ──それでもシィーの優位は揺らぐ事は無い。


「【怨猫十二連おんびょうじゅうにれん】」


 力強い声と共に放たれた高速の連撃。

 攻撃をすり抜けすれ違う瞬間に放たれた攻撃は、一瞬の内にトロールの硬い皮膚を切り刻み動きを止める。

 そしてシィーの攻撃はそれだけでは終わらない、振り向いたシィーは空高く飛び上がると、今度は「【弧影漸首こえいざんしゅ】」と吼え、振り抜いた腕から影の刃を飛ばしトロールの首を落とし完璧に絶命させる。

 さしものトロールも、クビを落とされては再生することが出来ずに息絶える。油断など微塵も無い完璧な対処だ。


「グガァァ!!」


 しかし、トロールを倒した隙を狙い取り巻きのモンスターがシィーを強襲する。

 だがそれにもシィーは振り向きもせず──。


「【セブンステイル】」


 静かに呟くシィーの腰から漆黒の尾が七つ伸び、それぞれが意志を持っているかの如くモンスターを襲う。

 そしてまた、シィーは新たな敵に向かっていった。


(ふむ。いくら怨猫族と言えどあそこまで影は使えぬ筈だが……まあ、主様の影響じゃな。恐らくは主様の名付けのせいじゃろう。その証拠にリコリスも我の知らん力を使っとるし)


 我が主ながら……。そう思いながら次に見たのは、クー自身古くから知っているリコリスだ。


 シィーと同じくトロールを相手取るリコリスは、数匹のトロールとその取り巻きを【魅了】により仲間にし、同士討ちを誘っている。

 しかもその【魅了】の範囲は、今や何百と居るこの場のモンスターの五分の一程を従えている。


(……我と居た時でさえ、あれ程のモンスターを【魅了】など出来てなかったのじゃ)


 更にはリコリス自身が、何故かモンスターの身でありながら白い雷を放ち、トロールを再生もさせずに焼き殺して倒している。


(恐らくは正式に名付けされ主様の眷属になり、精気を定期的に摂取した事で、主様の力の一部を得たのじゃろうが……。正直、モンスターが破邪系統の技を覚える事自体が異常なのじゃが)


 クーの考える通り、モンスターが破邪の力を持つ事は少ない。

 もし使えるとしてもそれは、生前聖職者だった者や破邪の力を使えた者が、モンスターになってしまった場合がほとんどなのだ。

 稀に扱える者も居ない事は無いが、本人の才能があったとは言え、こうして破邪の力を使えるのは、クーの思う通り異常と言ってもいい事だった。


(……まあしかし、主様が関わっとるからな……と、納得している自分が居るのが一番の異常じゃな)


 そんな自分の考えに毒されている。とゲンナリしながらも戦っていると、不意に空気が変わった事に気が付いた。


「クー、あれ……」


「うむ」


 異変を感じ近寄って来たコロに返事をしながら、視線を巡らせある一点でその動きが止まる。


 ──そこにはボロボロのローブを着た魔族の男が立っていた。

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