第348話うん。そう……だね……。怖かったね
「勝算って何をするつもりなんですかエレオノ!」
「それは──うわっ!? 説明してる時間無さそう! アリシア早く!」
「──ッ! 分かりました。無理はしないで下さいねエレオノ」
「うん!」
短いやり取りを交わした二人は互いに距離を取りそれぞれの準備を始める。
アリシアは一撃で相手を葬り去る為の魔力を溜め、エレオノは──。
(──大丈夫。ちゃんと出来る筈)
巨大な敵を目の前にしかし恐れる事は無い。
震えそうな身体を押さえ付け無理矢理笑う。
そう教えて貰ったから──。
──息を吸う。──息を吐く。
ゆっくりと身体に満たすように──。
ゆっくりと身体を巡らせるように──。
教えて貰った全てを鮮明に思い出しながらエレオノは集中する。
▼▼▼▼▼▼▼
数日前。
完全な吸血鬼となったエレオノはハクアの血を吸って以来、一週間に一度血を分けてもらっていた。
「──ふぅ」
「もう良いの?」
「うん。あの、ありがとね」
「まだ慣れないんだね?」
「うっ……」
定期的に貰うハクアの血。
それを未だに申し訳無く思っている事を言い当てられバツが悪そうにする。
「そりゃ、気にするよ……」
「私としてはサキュバス組で慣れてるから、そんなに気にしなくても良いんだけどね?」
「そうは言っても血を吸う事も慣れてないし、ましてやそれが友達のって事も……ね? 何より、なんか、ハクアの事を……その……」
「食料っぽくしてるみたいでやだ?」
「……うん」
そんな事が無いのは自分は勿論、ハクアも理解している──。
それはエレオノも頭では分かっているが、感情の部分でどうしても忌避感が出てしまう。
それをハクアに見破られていた恥ずかしさと、人間を捨ててでも仲間を護る。その決意の結果ににもかかわらず、こうして悩みを持ってしまっている情なさに、思わず声が小さくなってしまう。
「うーん。本当に気にしなくても良いのに。それに……食料っぽくって言うならむしろ、一時期サキュバス組のお姉様方の方が、私の事をギラついた目でずっと見てたから怖かったし」
「あれは……うん。そう……だね……。怖かったね」
最近ではやっと落ち着いて来たが、少し前までハクアの味を知ったサキュバス達の、水面下での熾烈な戦いがあった。
今では細かなルールもサキュバス内で決まったが、最初期の頃は誰が如何に多くの精気をハクアから貰うか、その事で様々な争いが起きた。
戦闘を出来る者は腕を磨きハクアの為に働けば良い。しかし、それが出来ない者の方が多かった事から不公平だ! と、反発があったのだ。
実はこれがリコリス達にとって、初の意見の食い違いによる争いだったが、ハクアはそれを知らない。閑話休題。
最終的には全員がハクアの身の回りの世話をするメイドの仕事を覚え、戦闘訓練も受ける。そして夢の館での働きに応じて、給与と一緒に上位何名かに与えられると決まった。
まあ、例外としてハクアから直接、給与とは別に貰う方法もあると知ったサキュバス達は、ハクアをあの手この手で誘惑する為、テアから【主人を落とすチラ見せテクニック講座】等を、リリーネを除いた全員+ミルリル達何人かのメイドも受けていたりする。
因みに、テア曰く一番成績が良いのはリコリスらしい。
そんな水面下での争いを知っていたエレオノは、ハクアの言葉に苦笑いしながら同意する。
「あれ?」
「どうしたのエレオノ?」
不意に聞こえたエレオノの疑問の声にハクアが反応すると、エレオノは戸惑いながら「なんか、スキル取得出来たみたい」と、ハクアに語る。
「ほう。どんなスキル?」
「えっとね。【
「それは良い物を覚えましたね。エ・レ・オ・ノ」
「うひゃあー!?」
いきなり後ろに現れたテアに耳へフゥーと、息を吹き掛けられ距離を取るエレオノ。
しかし二人はそんな事など無かったかのように話を続ける。
「そんな良いスキルなの?」
「ええ、吸血鬼は元々鬼の派生として産まれた種族なのですが、長い時の中でオリジナルの力を獲て来ました。そのスキルは喪った原初の力を引き出し、自らの求める力とするものです」
「あ、あの? それも大事なんですけど何でいきなり耳に──」
「原初の力ねぇ」
「ええ、まあ、吸血鬼版の【鬼珠】と言えばわかり易いでしょうか? 本来ならエレオノのように、至って日の浅い吸血鬼が覚えられるスキルではないのですが、恐らく白亜さんの鬼の血を摂取し続けた為に、エレオノに眠る鬼の血が呼び起こされたのでしょう」
「なるほどね」
「あっ、聞いてくれない方向性なんだ。えと、それでどんな能力なんですか?」
自分の質問に答えが帰って来ないと知ると、エレオノは素早く気持ちを切り替えて話を聞く。意図せず随分とハクア達に染まりつつあるエレオノ。
「個々人によって大きく異なるので一概にどうとは言えませんね。魔力の扱い、力、速さそれとも特殊な力か……。それは自らの内に眠る渇望と鬼の力によって違います」
「ふむ。じゃあ使うまでわからんのか」
「いえ、それならば分かりますよ。エレオノは能力は────」
テアの語る力について詳しく聞くと、ハクアは面白そうに何度か頷き、見るからにワクワクしている。
「ふむふむ。【闇纏】に【血鎧】それを合わせれば大分強くなりそうだね」
「うん。でも、使い切れるかな? 制御難しいんですよね?」
「ええ、そうですね。ですがこれは大きな力になりますよ。それと、同時に【闇纏】も訓練する事をお勧めします。制御には通じるものがありますし、その内、同時に使うようになるでしょうから。訓練は白亜さんに【雷装鬼】の扱いを聞くのが良いでしょう。タイプとしては同じですから」
「そうなん? 皆の話し聞いてると、クーはその力でドレスみたいなの作ったとか言ってたから違うのかと思った」
ハクアの言葉を聞いたテアは、何処からかホワイトボードを取り出し説明を始める。それを見たハクアがツッコミを入れたが勿論無視された。
「【闇纏】は、クーの使い方も確かに出来ますね。しかし、彼女はどちらかと言えば後衛なのであの形に落ち着いたのでしょう。あれの利点は魔力がつづく限りは制御せずとも、一定の効果を発揮する所にあります。
ですがエレオノは前衛なので、白亜さんのように攻撃する箇所、防御する箇所に、その都度スキルを制御して効果を高めるほうが良いでしょう。
自分よりも優れた者と戦う上では必須になります。それが出来るお掛けで、白亜さんもこうして生きている訳ですし」
テアの言葉を聞いて、嫌な顔をしながらも「確かに……」と頷くハクアを見て、近くでその戦いを見て来たエレオノもその通りだと考える。
「んー。因みにハクアはどんな訓練してるの?」
「私? 私はまず二時間の瞑想。その後ランニング一時間、全力疾走一時間、動きながらのスキル操作をして、最後に模擬戦だね。因みにこれを全部発動状態で休み無くやらされる」
「……ハクアそんなのしてたんだ」
ハクアの訓練内容に驚いたエレオノがそう聞くと、ハクアは遠い目をして頷き「おかしいよね。もっと楽でも良いと思うんだよね」と、そんな呟きを放ち、思わず顔を背けてしまうエレオノ。
「まあ、白亜さんの場合はおかしいので、エレオノの場合はまた違うメニューになりますがね」
「異議あ──」
「却下です」
「なんと!? えらい食い気味で来た!?」
「そうですね。後気を付ける事は……、その力は今のエレオノでは大変制御が難しいので常に暴走の危険があります。なので使う時はその事を肝に銘じておきなさい」
「暴走……ですか……」
(──また。力が足らないから……)
テアの言葉に、自分の両手のひらを見詰めて呟くエレオノ。
「まっ、大丈夫でしょ。ここでも訓練するしね。それにエレオノなら暴走したとしても、仲間を傷付けるなんてするはず無いしね」
「ハクア……」
「そんな顔してないで笑いなよエレオノ。怖くて、逃げたくて、それでもやると決めたなら笑いなよ。無理矢理にでも笑えば硬くなった身体も少しは解れるしね」
「……ハクアもそうなの?」
純粋な疑問。
エレオノにとってハクアは、なんでも出来る超人のような存在。そんな絶対に折れず、諦めないハクアの言葉に半ば無意識に問い掛ける。
「うん。怖い時とかは笑うよ。どうしようもなくて逃げたくて、それでも笑う。手が在ろうが無かろうがね」
「そう……なんだ。……うん。私頑張るねハクア」
「うん。頑張れエレオノ」
▼▼▼▼▼▼▼
吸った息を大きく吐いたエレオノは、クリムゾンローズを手首に当て手首を切る。
そして切った手首から、ボタボタと流れ出る血へ口を付け、自ら啜り、ゴクリと飲み込む。
「【渇く鬼血】」
その一言が発動の合図。
鬼にとって自らの角が力の源であるように、吸血鬼にとっては牙が力の源になっている。
その牙と喉で自らの血を啜り、循環させる事で一時的に血の純度を上げパワーアップを果たす。それが【血鬼】の能力だ。
そして、一人一人で扱える能力が違うこのスキルの能力は、己の渇望、渇きによって決定される。
自分の力の無さを嘆いた。
もっと強ければ、力があれば護れた筈、そんなエレオノの渇きから生まれた【血鬼】の能力は【力】
全ての魔力を力へと変換するシンプルな能力。
単純明快。
それ故にそのただ一つの事を成し遂げる効果は大きな物へと変わる。
(……うん。大丈夫だ。むしろいつもより頭もスッキリしてる)
スキルを発動した瞬間、エレオノを取り巻く空気が変わる。
その事を本能で理解したのか、巨人は恐怖を振り払うように声を上げ、手に持つ大剣を上段へ大きく振り被り、獲物へとその力を振り下ろす。
しかし獲物を叩き潰し両断する筈だったその一撃は、その起こる筈だった結果を覆す。そのある筈結果を覆した本人、エレオノはクリムゾンローズを紅く輝かせ、血の鎧と闇を身に纏い、確かにその一撃を受け止めていた。
「ぐっ、ハアァァ!」
歯を食いしばり、裂帛の声を上げながら大剣を力任せに弾き返すエレオノ。
弾き返された事で尻餅をついた巨人が、意思の無い筈の瞳で、エレオノを有り得ないと言うような顔で見つめ返す。
(これなら……いける!)
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