第337話「お前──正気か?」
「悪いがその段階はとうに過ぎている」
そう言ってガダルが私の手を弾いた瞬間、ガダルの後ろからもう一人の私が強襲する。
これはもちろん【鏡花水月】だ。
八咫との戦闘でレベルMAXになった影魔法は、なんと影に実体を持たせる事が出来るようになった。実体の強度は使用した魔力量によって変わる。最大で自分のステータスの半分程まで強化出来る。
まあ、私の貧ステではやはり残念だが。最近良い感じに少しは成長してるから今後に期待。今後に期待! 大事な事だから二回言っちゃうよ!!
とは言え、ガダルに気が付かれないように強襲する為に極力魔力を抑えた【鏡花水月】は、ゴブリンすら倒す力が無いステータス。ガダルにはかすり傷一つ負わす事は出来ないだろう。
陽動だと分かる意味の無い攻撃それはほぼ確定だ。しかし、ほぼなのだ。絶対ではなくほぼ。99%何もないと分かっていても、残りの1%が無視するという選択肢を選ばせない。
ガダルはチラリと確認した後、狙い通り【鏡花水月】で作り出した分身の繰り出す手刀を首を傾け回避する。その隙を付き正面から五指を緩く広げ速度重視の目突きを放つ。
どんなに身体を鍛え、ステータスを上げたとしても掠るだけでも涙が出るし簡単に潰せる場所だ。だからこそ目突きには力は要らず速度重視の効率が良い攻撃になる。
だが、正面から馬鹿正直に放たれた一撃ではどんなに最速の攻撃だろうと、ガダル程の実力者には簡単に防がれてしまうのも道理だ。
元々速度重視で力の乗っていない攻撃は、緩く広げた五指に合わせるように広げられた指の隙間に、ちょうど収まるように受け止められてしまう。
格好としては恋人繋ぎか!? と言いたくなるような感じだ。まあ、内情は目突きした人間とそれを防いでるだけなのだが……。
でも私のターンはそれだけでは終わらない。
後ろからの手刀を避けられた分身を操作してそのまま魔力を注ぎ込み、避けられた手刀を横なぎの一撃に切り替え首を狩りに行く。
【鏡花水月】で作られた分身は、身体強化系のスキルこそ使えないものの、後からでも魔力を送り込んで、上限までならステータスを上げられるのだ。
まあ便利。
しかしこの連続攻撃でも、分身の繰り出す攻撃は簡単に防がれる。それでも片腕を使わせられたのだから重畳だ。これでガダルは私の攻撃を防ぐ為に両手を使った事になる。
両手を塞いだ私は身体を仰け反らせるとその勢いを利用したヘッドバットを食らわせる。だが、それにすら素晴らしくも憎らしい速度で反応してきたガダルは、同じくヘッドバットを私の攻撃に合わせて放ってくる。
カウンターのように合わされた攻撃が私の頭に直撃すると私の頭がボヒュッ! と掻き消える。
「っっ!?」
これには流石のガダルも驚いたのか息を飲む音が聞こえる。そして本体の私はというと、ガダルが一瞬視線を向け後ろの分身を確認した瞬間【隠蔽】を使い気配を消しながら後ろに下がり、もう一体【鏡花水月】で作りだし、分身の影に身を隠していた。
現在私が作り出せる分身の数は二体なのだ!
それを知らないガダルの思考は一瞬停止する。
そしてその決定的な隙を狙い、私は拳に鬼の力を貯め分身を気にせず【疫崩拳】を放ち、分身を貫きながらガダルに喰らわせ、零距離から一気に解放して【鬼砲】でガダルを消し飛ばす勢いで攻撃する。
我流無拍子【雲影】本来なら有り得ない見晴らしの良い遮蔽物の無い場所で、正面からの不意打ちを行う技法。自ら遮蔽物を作り出し相手の視線を塞ぎ、一時的に姿を隠す事で行動の起こりを見せず無拍子を擬似的に成功させる技法。その気になれば手の平でも行える。
「はぁぁぁあ!」
「ぐっおおおおおおお!!」
いち早く状況を察知したガダルは、危険なのは本体の【鬼咆】だと判断すると、二体の分身体を放置して腕をクロスに掲げ、全面に【結界】を張りながら攻撃をガードする。
うわぁ。マジかぁ──。
レベルが上がり威力も上がった【鬼咆】だが、幾ら奇策を弄して隙を突いても、ガダル相手ではやはり多少のダメージしか通らない。
腕をクロスさせて【鬼咆】に耐えたガダルは身体こそ多少焦げ、煙を上げているがどう見ても行動に支障をきたすレベルではない。
「まさか、ここまで成長しているとはな」
「ハッ! ダメージなんざほぼ通っていない癖に良く言いやがる」
「それにしても……交渉が決裂した途端に強襲とは思い切ったものだ。あれもブラフだったのか?」
「お前なら本気だった事は分かるだろ。性格悪いな。本気で誘ったのになんて失礼なんだ。しかしあれだ、振られたから腹いせに報復する権利はやっぱあるよね。女って執念深いらしいから」
うん。実際戦わなくて良いかも! とか、そんなん抜かしても本気で仲間になんねーかな? とかって思ってたから嘘ではない。ちょっぴり──ほんのちょっとだけど手を払われたのショックだったしな!
そう私の心はあれで傷付いたからしょうがない! 制裁受けろや。
「……そもそもここに連れて来た段階で告白したのは私だったし、振られただどうだと言うのなら、最初に振ったのはお前で振られたのは私だと思うが?」
「振られただなんだって女々しいな。そんなもの気にすんなよ」
「いや、言い出したのはお前だろう」
「過去は気にしないタイプなんだわ」
「お前──正気か?」
「褒めるなよ。恥ずかしいだろ?」
「……お前には今のが褒め言葉に聞こえるのか──!?」
なんだろう。ガダルが私の事をマジ信じらんねぇ。みたいな目で見てるけど私こそマジ信じらんねぇ。
流石に今のを褒められてるとは私も思わないからな!? ネタだよネタ! まあ、この状態でネタに走るのもどうかと思うけど。うーむ。周りに居ないタイプだな。
「まあいい。それよりもまさかこれで終わりではあるまい?」
「……そうだよ。って、言ったら信じてくれる?」
「そんな訳があるまい。さあ、お前の力の全てを見せてくれハクア」
言うや否や凝縮された無数の魔力弾がガダルから放たれる。一つ一つは小さいが、恐らくあれ1発で八咫の氷柱と同じ程の攻撃力が込められているだろう。
うそやん!? それをノータイムで作り出すのかよ!?
「チッ!」
舌打ちしながら身体強化スキルを全開で発動して射線から逃れる。魔力や気力の消費なんて考える時間が無い。
魔力弾から逃れる為に二人が乗っていた石柱から身を投げだすと、すぐ様蹴り砕く勢いで石柱を蹴り抜き別の石柱に飛び移る事を繰り返していく。
しかしガダルの攻撃はその間も私の事を狙い続け中々反撃の機会が掴めない。
クソッタレ! 八咫よりも正確な射撃に的確に私の動きを予測して退路を絞ってやがる。さては転生前に銃を扱った経験ありやがるな!? 射撃の仕方が確実に経験者だよ!
っていうかまたこのパターンかよ! そりゃそうだよな。
私のように全力で攻撃しないとダメージ与えられない訳じゃないんだ。それどころか片手間で作った牽制の攻撃でも、当たれば瀕死になる紙装甲なんだから、そりゃ遠距離で攻撃はするよ!
ましてや近距離だと何するか分からないんだからな!?
泣きたくなる事実は置いとて少し緩みそうになる涙腺に喝を入れる。そして私はもう一枚の札を切る。
私は足に力を入れると雷速から進化したスキル雷迅を使う。
雷迅は今までの雷速とは違いこのスキル単体でも使える。そして最大のネックであった立体機動も出来るようになったのだ。更に加速中は思考も同時に加速され、発動中は知覚も強化され扱い易くなった。
その代わり雷化は無くなり、トップスピードは多少下がってしまったが、使い勝手が今までに比べて段違いに良くなり、失敗の可能性も少なくなったので、普通に戦闘で使用し易くなった。
勿論、瞬雷とは別物なので向こうは雷化出来るままだ。
あぁー! クソ! 手札を切るスピードが早すぎる。出し惜しみしたい訳じゃないけど、格上相手にこうも後手後手に回るのはよろしくないんだよ! ちくしょう!
白いスパークを引き連れて一気に加速する私にガダルの反応が一瞬遅れる。この緩急の差に一瞬でアジャストしてくるとか本当にどうなっているんだろう? と、声を大にして叫びたい!
一瞬の遅れを逃さずガダルの放つ魔力弾を掻い潜り一気に肉薄する。その代償は小さくなく、肉薄した頃には私の身体に魔力弾が当たり至る所から血が吹き出ている。
だが、こいつはそんな決死の行動にも余裕で対応し、私の攻撃に合わせカウンターを狙ってくる。
引き上げられた知覚の中、その光景が酷くゆっくりと見えるのだった。
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