第334話「まあ、白亜だからな」

『ハクアさん!!』


 ハクアの防御力にあのステータス差で体重まで使った体当たりをされればもしかして──。その考えがティリスを叫ばせる。

 そしてそれは同じ画面を観ている他の皆も同じ気持ちだった。特にハクアの事を良く知るテア達は、平静な顔をしているが拳を強く握り締め静かに見守っていた。


 なかなか動かないハクアにやきもきしたが、その後ろからクイーンスライムの眷属が出て来た事で、クッションになったのだと気が付き知らずホッと息を吐く音が聞こえる。


 しかしそのダメージはかなり深いようで、ハクアは八咫を睨み付けながら身体を治療している。そしてダメージが深い事は八咫も分かっているのか、余裕の雰囲気を醸しつつ悠然とハクアを見下ろしていた。


 だがやはり、敵に時間を与える気は無い。


 治療しているハクアに向かい放たれる数々の致死の攻撃。それを紙一重で避けながらも相手を観察し、なんとか隙を探しているように見える……が、突破口は見付からず攻める事が出来ないようだった。


「どうやら相手の方が先に動いたみたいね」


 咲葉のその言葉の通り、画面の中では八咫が今までのようにハクアを直接狙う攻撃ではなく、ハクアの周りの空間そのものを埋め尽くす攻撃に切り替える。


『危ない!』


 しかしハクアの判断も早い。


 礫による散弾は避ける事は出来ず攻撃力が低いとみるや、魔法で岩壁を創り出し更に【結界】で強度を上げる。


『判断が早いわね。それに魔法と【結界】の高速同時使用。身体強化系も入れれば四つだもの。これだけ維持しながらあのレベルで生成と回復を続けるのは本当に凄いわ』


『ああ、それに上手いな。壁際を走る事で攻撃の方向を限定して僅かでも避けやすくしている。とはいえ、よく避ける。あそこまで集中砲火を浴びせられてクリーンヒットは未だにしていないぞ。それにあのモンスターも相当手強い。ダンジョンのリソースの大半が割かれているだけあるな、ハクアに有効な手段を学んで対策してきたぞ』


 イシスに続いてハクアを褒めるブリギットだが、その言葉の通り直接攻撃よりも空間を埋め尽くす攻撃の方が有効な事を学んだ八咫は、突進からの攻撃で距離を詰めながら再びハクアを襲う。


『って! えぇ!? な、なんであんなの避けられるんですか!?』


 エリコッタの驚きは尤もだった。


 画面の中の攻撃は先程よりも弾幕が薄いとはいえ、人1人がようやく通れる空間、ハクアの身長でも楽に通れる隙間ではない。にも拘わらずハクアは多少攻撃が掠る程度のダメージで済んでいたのだ。


 一瞬の交差、そこからハクア達の怒涛の攻撃が始まる。

 新たに覚えた【水枷】によるスピード減衰に始まり、鬼の力を使った【鬼砲】クイーンスライムとその眷属の【ヒドラ】や【ドラゴンオーラ】の突撃、魔族やモンスターに効果敵面な白雷、腐毒竜を倒して手に入れたと思われる呪いの炎【黒炎】を次々に当てていく。


『ハクアさん! そのまま行っちゃえー!!』


 ハクアの怒涛の攻撃にティリスのテンションも上がり、いつの間にか用意したハッピやハチマキを身に付けノリノリで応援している中、画面の中ではハクアの【黒炎】を消しさろうと、八咫がもがき苦しみながら大量の魔力を放出していた。


 ハクアはそれを離れた場所で観察しながら、土魔法で魔力の奔流で起きた嵐に砂を混ぜ砂嵐を創り出し、視界を塞ぐと八咫の頭に強烈な一撃を喰らわせ墜落させ追撃を掛ける。


『やったー! 頭を片方潰しましたよ!』


「ああ、それにあの一撃も良い攻撃だった」


「ええ、複数のスキルを同時にこなせるのは白亜さんの強みですね。おかげで実力以上のダメージが出ています。ですが──」


 テアがそう言いかけた瞬間、けたたましく鳴き声を上げた八咫に全員の視線が引き戻される。観ればハクアは片側の頭を潰され激しく暴れ回っている八咫から距離を取り、クイーンスライムと合流してもう一度攻撃を仕掛ける準備をしている最中だった。


 だが、激しく暴れていた八咫がいきなり空中に飛び上がると、今までとは比較にならない程の魔力を放出し始め空中に静止した。


「白亜が攻撃を仕掛けているが全く届いていないな。それにあの可視化する程の魔力、何をするつもりだ?」


『分かりませんが、ハクアは攻撃を諦めて体力の回復に切り替えましたね。あの切り替えの速さもハクアの長所ですね』


「ええ、こと土壇場での切り替えの速さは群を抜いていますからね。日常生活においては、白亜さんのあの切り替えの速さはトラブルの素にもなりますが、こういった事態には頼もしい限りです」


 そんな会話をしている内にも事態は進んで行く。魔力の繭を創り出した八咫は遂にその繭から姿を現すと、二つの頭は一つになり身体も大きく、更に今までよりも格段にステータスが上昇している。


 そして八咫はその大きな嘴を開くと、飛び散った繭の光を嘴の先の中に集め力を溜めている。


『ハクアさん早く逃げて! ああ、周りを氷の壁が!?』


「干渉も無理だね。飛び上がって乗り越えればその瞬間狙い撃ちされてしまう。そうすれば幾らハクちゃんでもどうにもならない。これは受けるしかないね」


 聡子の判断と同じ答えにハクアも至ったらしく、クイーンスライムを呼び寄せるとその中へと入る。そして同時にヒールスライムもありったけ眷属としてクイーンスライムの中に呼び出させると、その瞬間ハクア達へと極光が降り注いだ。


『嫌っ!?』


 あの魔力量では絶対に助からないとティリスは顔を背け、他の女神達も同じ考えで画面を観ていた。しかし、すぐにHPが消し飛んでしまうと思ったクイーンスライムは意外にもまだ耐えていた。


『これは……クイーンスライムの【ヒドラ】と【魔力吸収】で耐えているの? でもそれだけでは──』


『ええ、クラリスの言う通りそれだけではありませんね。クイーンスライムの中のヒールスライムが吸収した魔力を片っ端から使って回復しています。それにハクアも岩壁の生成に【結界】それに回復魔法も使っていますね』


「まだやっている事はありますよ」


「他にも何かやっているのか?」


 自分にもシルフィンの言っている事だけにしか見えなかった為にテアに聞き返す心。だがその質問は引き継ぐように咲葉が答えた。


「攻撃を放っているモンスターにもダメージが通ってる。恐らく【結界】にもオリジナルの【ステルス】を応用した光学術式を施して光を反射させているのね」


「私は魔法関連はそこまで明るくないが、それは凄いん事なんじゃないか?」


「そうね。スキルに魔法の他属性同時使用、しかも光学術式に関しては、光の奔流が一定という訳ではないから常に変数を計算して細かく調整しているわね。あれ」


『あ、あの状況でその集中力は凄いですね……。私ならすぐにテンパっちゃいそうです。それにここまでの複数同時使用って正直どれ程の人が出来るんでしょう』


 この世界では複数の魔法を使える者は少なくない。しかし、それを同時に使用することが出来る人間はあまり居ないのだ。

 だからこそ、魔法というものを独学でここまで使いこなしているハクアにエリコッタは驚きを隠せなかった。


『ギリギリだったようだな』


 ブリギットの言葉の通り極光を耐え切ったハクアは、誰がどう見ても瀕死のような状態だった。防ぎ切れなかった攻撃で至る所に火傷を負い、腹部には貫通する程の穴が空いて今も血が吹き出していた。


『綺麗……』


 八咫と対峙するハクアを見て思わず声が漏れる。


 しかしそれも無理は無い。


 そこには額から高濃度の魔力で出来た光る角が産まれ、瞳の色もいつもと違う金色に輝きを放ち、見る者全てを惑わせ狂わせるような、強さと儚さを備えた怪しい美しさを持つ鬼女が居たからだ。


「どうやらようやく本気になったようだな」


『どういう事です心? ハクアは今まで本気ではなかったという事ですか。そういえば模擬戦の時もそんな事を澪が言っていましたね』


「ああ、いや。白亜の集中力には段階があるんだ」


『段階……ですか?』


 当たり前のように言う心にシルフィンは不思議そうに首を傾げ、どういう事なのかと視線で続きを促す。


「ああ、まずは通常状態。これは今までと変わらないものだな。次に私との模擬戦で見せた最適解の行動を取る合理性の集中力。ただしこれは目的に辿り着く為には全てを犠牲にする行動も取る諸刃の剣だ。そして最後があの状態だな。全ての判断速度が上昇すると同時に本人曰く周りがスローになるんだそうだ。しかもその中でも特に視力、静視力、動体視力、深視力、瞬間視などが飛躍的に上がる」


『知りませんでした。でもなんで今まではならなかったんですか?』


「それはだな。白亜自体がスロースターターなのもあるが仲間が原因だな」


『仲間……ですか?』


「ああ、合理性もあの状態も集中力が上がる。だが、それと同時に上がり過ぎる為に、状況が安定しない不確定要素の多い場面では使いにくくてな。仲間の事をフォローしながらとなると、必然的に通常状態の方が都合が良いんだよ。そして何よりも今の状況だ。仲間に助けを求める事も、逃げる事も出来ない敵に独りで挑む。この状況がより集中力を高め、命の危険を感じる事でようやくこの世界で本気になったんだろう」


『そういえばハクアがこの世界で本当の意味で独りで戦うのは今回が初めてですね』


 ハクアの今までの戦闘を思い返しながら呟くシルフィンに心は頷き続きを話し始める。


「そしてあの角も中々の性能だぞ。あれはああやって形を成すと周囲の魔力を吸い込むんだ。しかも白亜は訓練で新しく【鬼種の種】という、吸い込んだ魔力をステータスに還元するスキルも覚えたからな」


 何故だか自分の事のように自慢をする心に呆れながら話を聞いていると『あっ、動きました!』と、ティリスの声がして全員の視線が画面へと戻る。


 示し合わせたように動き出すハクア達、八咫は先程よりもより濃密になった面攻撃を岩と氷の二つで繰り出し、ハクアは壁沿いを走りながらその攻撃から逃げる。


 だが、ハクアは逃げながらも更に集中力を深め遂に攻撃へと転換する。隙間の無い攻撃を時に身体を捻り屈んで、跳躍や攻撃を繰り出し、いなし、打ち付ける事で無理矢理隙間を作り出し身体を捩じ込んで行く。


『ど、どうやればあんな事出来るんですか!? 【結界】を足場にして360°上も下も無く飛び回りながら攻撃の隙間を作って掻い潜ってますよ!?』


「まあ、白亜だからな」


 そのティリスの叫びはここに居る女神達全員の代弁のようなものだったが、ハクアを良く知るテア達は祈るようにしながら画面に釘付けになっている。


 八咫へと近付き更に苛烈になる攻撃を、神がかり的な回避で躱して攻撃を繰り出す、だが八咫も最後の気力を振り絞るように攻撃を繰り出しハクアを吹き飛ばす。


 再びハクアを襲うスピードを重視したレーザー攻撃は、ハクアの左腕を切り落とすがハクアもそんなものでは止まらない。

 レーザー直後の僅かな硬直時間を狙いハクアが仕掛ける。

 足りない時間をファイアーボールを目の前で爆発的させ、視界を奪いながら風圧でバランスを崩させ確保すると、自身はその爆風の中を通り抜け最後の一撃を繰り出そうとする。


 しかし、ティリス達には見えていた。ハクアが爆風の中を通り抜ける為に一瞬互いが見えなくなる瞬間、それに合わせるように八咫も迎撃の用意をしているのを──。


『ハクアさん駄目!! って、えぇぇー!?』


 ティリスの警告も虚しくハクアを貫く光弾。

 しかし、光弾がハクアを貫いた瞬間ハクアの姿が幻のように消え去った。

「化かし合いは私の勝ちだったみたいだな!!」そして、そんなセリフと共に現れたハクアは【鬼砲】の力を放たずに相手の内部に直接叩き込み爆発させる事で八咫を見事倒したのだった。


「最後のは【水破】の応用だな。鍛えれば良い技になりそうだ」


「そうですね。鬼や竜種の力はまた魔力や気とは違う別途のものですから良い武器になりますね。白亜さん自身スキルや魔力を上手く使えていますし、あの制御しにくい鬼の力も上手く使えるでしょう」


『あ、あの最後のあれはなんなんですか!?』


『落ち着きなさいティリス。恐らくですがスキルと魔法の混合技でしょう。恐ろしく緻密な魔力コントロールが必要でしょうが出来ない事ではありませんよ。それにしてもあの土壇場でフェイントを入れるとは──』


「白亜さんの強みは心の強さですからね。あの場面で普通に勝ちに行けばあの残像のように負けていました。敵の行動を読み切って罠を仕掛けた白亜さんの方が一枚上手でしたね。それに──」


 こうして眠るハクアを観ながら、今回のハクアの戦いについて女神達の感想会が始まるのだった。


『それにしても、なんでいきなり映るようになったんでしょう?』


「さあ、外せない用事でも出来たんじゃないですか」

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