第333話『……なんて芸の細かい』

『あ~! やっと映ったー!』


 ハクアの安否を気遣い、ずっと神台に齧り付くように画面をチェックしていたティリスが、ようやくまともに映った画面を観て思わず叫ぶ。


『うるさいですよティリス』

『あう。すいません』


 しかし、自分でも思ってみなかった程に大声になってしまった為に、近くに居たシルフィンに怒られてしまう。それでもめげずにようやくまともに映った事を伝えると、全員が画面に映ったハクアの様子を観始めた。


「やはり白亜さんは一人でダンジョンを脱出しているようですね」

『そうみたいです。それにしてもなんで急に映るようになったんでしょう?』

「恐らくはそれどころではなくなったからだろうな」

『それってどう言う……』

「それよりも動き始めたわ」


 ティリスの疑問になんでもないように答えた心に問い返そうとした瞬間、神台の中のハクアが動き始めたのを咲葉が伝え、二人の会話に注目していた他の女神も再び全員が画面に注目する。


「……これは、スライムかな? でも、こんな子見た事無いような?」

「これはクイーンスライムですね」

『クイーンスライムってあのクイーンスライムですよね!? 災害級の!?』


 聡子の疑問にテアが答えると、その答えに噛み付くようにシルフィンが食って掛かる。


「ええ、そのクイーンスライムですね。昔最弱種を最強にしてみようと神の悪ふざけで造られた物です。災厄種の一体で育てば物理攻撃はほとんどカットされ、魔法は吸収され、挙句その攻撃で自己強化される。更には眷属の力を引き出して様々な攻撃をしてくるという正にモンスターですね。まあ、この子はまだその域ではないようですが」


 テアの説明に全員がちょっと引いていると、そんな中とても疲れたように心が一言呟いた。


「ちょっと見ない間になんであんな物従えてるんだ。白亜は……」

「まあ、白亜さんですからね」

「いやいや流石にそんな……事……は、……あ~、あ~、そうか、うん。白亜だな……白亜だからなぁ。有り得るか。ははっ……」


『『『『『(納得のしかたがえげつない!)』』』』』


 心は最初こそテアの言葉を否定しようとしたものの、否定の最中に今までのハクアのどうしてそうなった! と、しか言えない数々の出来事を思い出し、最後にはガックリと項垂れながら納得していた。

 その姿には隠し切れない哀愁と疲れが滲み出ていてなんとも言えない光景だった。


 そんなハクアの事を良く知っているテア達のやり取りを見たティリス達は、それでも『流石に言い過ぎなのでは?』と思ったが、それを察した心がとても疲れた顔でシルフィン達に話し始めた。


「あの子と一緒に居るとな。ときどき……いや、たまに……でもなく、かなりの確率でどうしてそうなったと言いたくなるような事が起きるんだ」

「そうよね。女神の力を以てしても白亜の行動だけは読み切れないから」


 心の言葉を肯定するように咲葉も疲れた顔をして賛同する。


「うんうん。神が人の未来の先触れを観る事が出来るのは勿論知ってるよね?」

『は、はい。神の基本的な技能の一つですし』


 大抵の者が見えるのは今現在だけだが、悪魔は過去も見る事が出来る。その力を使う事で悪魔は人に契約を持ち掛けるのだ。それに加えて神はその過去と現在から未来予知に近い無数の先触れ。つまりいくつかの未来を観測する事が出来る。


 無数の。と、言うのは人の運命は不変ではなくちょっとした本当に些細な事で簡単に変わってしまう為だ。そして神はその無数の未来を物語のように観る事でその者の運命を予測して理解するのだ。


 例えば1人の少女がいたとする。


 少女はいつものように学校への道を歩いていた。だが、その日彼女は事故にあい一生車椅子での生活を余儀なくされた。


 それが神が観た彼女の一つの結末。


 ここで神は一つの行動を起こす。


 いつものように歩く彼女。その時一陣の風が吹きふと見上げた先の花に目を奪われる。だったそれだけの出来事、しかし彼女は事故にあうことは無く、やがてその時の景色をキャンパスに描き世界的な画家への道を歩み始める。


 神はこうして時に人の運命を変え、世界をより良い方向へと導くのだ。


 その未来予測は神としての力、神力が高いほど精度が高く、無数の未来をより遠くまで予測出来る。それは近い未来なら予知と同じ精度で理解出来るという事でもある。


 因みにテア達がハクアに一目置いている理由の一つとして、ハクアも擬似的な未来予測の力を持っているというのもある。

 その一端は既に勇者との戦いで見せているが、ハクアの予測はその人間の行動から来る感情と、個人の能力を予測、計測する事で擬似的に再現するというものだ。

 もちろん神ほどの長期的なスパンでの予測は出来ないが、特定の状況下を想定しての予測は神のそれに近い精度を誇る。


「でも、ハクちゃんの事に関しては私達の誰も……、テアさんだって正確な未来を見る事は出来なかったんだよね」

『えっ!?』

「ええ、なんと言いますか。白亜さんは私の予測を超えると言うか、斜め上や斜め下を平気で行くと言うか。かと思えば出発地点と経過と着地地点のすべてが全く違うと言うか。とにかく予測通りには動かないんです」


 心達の中で一番神力が高いのがテアな訳なのだが、そのテアを以てしても予測し切れないなど本来なら有り得ない事だ。


 更に有り得ないのは、その事を全員が当たり前の事として受け入れる程だという事。


「まあ、だからハクちゃんに関しては起きた事を穏やかな心で受け入れるのが一番楽なんだよね」

「ええ、経過とかを考えると頭を抱えたくなりますし、運命が味方をしていると思いたくなるような超常現象に近いものが有りますからね」

『女神が超常現象とか言っちゃいますか』


「「「「言っちゃいます(ね、な、よ)」」」」


 シルフィンのツッコミにも全員が当たり前だと言わんばかりに答える。その光景に他の女神は驚愕しているが、テア達にとっては慣れたものなので全く気にしていなかった。


「それよりも、そんなとんでもないモンスターなら、進化条件などそう簡単に満たせるものじゃないんじゃないか?」

「ええ、かなりの無茶な進化条件があった筈なのですが……あ〜、なんと言いますか白亜さんらしいと言うかなんと言うか、またピンポイントでクリアしてますね」

『進化条件は……と。一、ノーマルスライムの状態でトータルステータスが百倍以上の相手に止めを刺す事。二、ノーマルスライム状態で進化候補が十種類以上。三、称号【強敵打破】四、進化候補に特定の進化候補が存在する事。五、自分よりも強いモンスターを一定時間内に三十体以上捕食する事……ですか。なるほど白亜という規格外の存在。そしてあの状況が重なった事で進化条件を満たしたようですね』

「……それにしても、なんなの? この毒竜スライムという個体と【ヒドラ】というスキルは聞いた事も無いわよ」

「確かに咲葉の言う通り聞いた事がありませんね。──なるほどコレが原因ですか。どうやら白亜さんが毒を水魔法で竜の姿に作り、それをクイーンスライムに操らせようとしたのが原因のようですね。白亜さんの想定外の行動にシステムがエラーを起こした結果でしょう」

「またなのか」


 テアの推測にまたも頭を抱える心。


「【竜殺し】【竜喰らい】【毒竜喰らい】また凄い称号手に入れたねー。スキルも大分強化されたし、これで基礎ステータスも上がればそれなりの相手とも渡り合えるね」

「そうですね。スキルだけならこの世界でも強者の部類に近いかも知れませんね」

『そ、そんな事よりも。ふ、腐毒竜食べてますよ!? しかも一方的に倒してます!? あれ? このモンスターってこんなに弱かったですっけ!?』

「まあ、説明しなくても分かると思いますがこんな簡単に倒せる相手ではありませんよ。身体を蝕む猛毒に、装備を溶かす腐食液、本来なら勇者の力を持ってしても危うい敵ですね。それこそ腐毒竜にとっては気の毒と言うか文字通り相手が悪かったのでしょうね。可哀想に……」

「そうよね。あのモンスターが前に出た時は国が幾つも滅んで、勇者も何人も倒された。攻撃のほとんどはあの毒膜に阻まれ、触れれば爛れ、武器でさえも溶けてしまう。Sクラスの冒険者がレイド単位で倒す程の強敵なのに……。──白亜に関わったばかりにこんなに簡単に殺られるとは流石に同情したくなるわね」


 テアの言葉に自分もダンジョン内での出来事を調べたティリスが叫ぶと、テアと咲葉の二人によって本来の強さを補足された腐毒竜は同情される。

 そんな二人の言葉とハクアの行いに思わず自分の中の常識が壊れる感覚に陥るが、それはティリスだけではなく他の女神達も同じ気持ちだった。


「だから言っただろう。白亜は常識が通じないとな。しかもそれは一人になるとその傾向が強くなるんだ。なにかしでかしても止める人間が近くに居ないからな、それと同時にこないだお前が言っていた。白亜に対する態度がキツすぎないか? って事だがそれもこれが原因の一つだ」

『どう言う事ですか?』

「あの子は無駄にへこたれないからな。軽く注意しても諦めないし、下手をすれば上手く隠して事を運ぶ。しかもコミュ障の割には弁が立つ。考えれば超理論過ぎるものでも、勢いと無駄な説得力のせいで納得してしまう事も多い。しかも事を起こすまでの隠蔽は完璧なのに何故か事を起こした後はずさんになるから、私達に発覚するのは全て事後なんだ。そこからの苦労と言ったら──だからあの子に関わった人間は意識、無意識の内にキツめにあの子の行動を抑制しようとするんだ」

『た、確かに』

「ハクちゃんは興味のある事には善悪がほとんど関係無いからね。世界を破壊出来るような兵器を作っても、飽きたらその辺にポイって捨てるタイプだし」


『『『『『『(なんて迷惑な!?)』』』』』』


「しかもその兵器を他人が使って事件が起きれば何故か巻き込まれたり、騒動の中心人物になっていたりしますからね。元々何故か騒動の中心に居て、引っ掻き回す人間なので、それを知っている私達はより強く何かをしでかす前に頭を叩き、その後の展開をコントロールしようとする傾向に有ります。一度思い付くと止まりませんからね、止めさせるよりもコントロールして満足させた方が被害が少ないんですよ」

『なるほど、近くに居るからこそそれがよく分かるんですね。確かにアリシア達も最初からああではありませんでしたしね。強く言わなければ流されると無意識下で理解しているからこそという事ですか。それなら納得が行きますね』

「まあ、それプラス私達のエゴだな。あの子の能力は高い、放っておけば独りで何処までも行ってしまいそうでだから、叱る事で私達を必要な者と認識して欲しい。頼って欲しいという思いもある。何よりあの子は強くもあり弱くもあるからな。何かあっても震える身体を押さえ付けて笑ってみせる。そんな姿を見たくないから、ああやって叱ってあの子の弱音を吐ける場所にもなりたいんだ」

「確かにそうですね。まあ、騒動に対する対処というのも大半を占めていますけどね」


 心の独白を聞いて少し涙腺に来ていたティリス達だが、続くテアの言葉に最早乾いた笑いしか出なかった。そんな話をしていると遂に神台ではハクアがボス部屋に到着しようとしていた。


 神台の中のハクアはボス部屋を覗くと何故かすぐに顔を引っ込め何か考え込んでいる。その後も手を突っ込んだりしているがどうも上手くいっていないようだ。


『何しているんでしょう?』

「恐らくボスのポップが侵入後なので入る前にポップしないか試しているのでしょう」

『またそうやってシステムの穴をつくような行為を──』


 しかしどうやら諦めたのか気合を入れ中へと入っていった。するとそこで神台の画面もボス部屋の中の映像に切り替わった。


 神台の映像は基本個人を中心に映す物な為、見ている物全てが映る訳ではない。その為、本人が移動しない事には画面は切り替わらないのだ。


 切り替わったボス部屋の中はただただ広い空間、そしてその後も真ん中に寄せ木などで出来た大きな塊があるだけだった。しかし、しばらくすると羽ばたく音と共に一羽の巨大な鳥が姿を現した。


『わ、わ! なんですかあの大きな鳥!?』

『あれは八咫大烏みたいね。しかも頭が二つある変異種で、どうやらこのダンジョンのリソースはほとんどアレに費やされてるようよ』


 八咫を見たティリスが叫び、その疑問にイシスが八咫大烏を調べた結果から推測を交えて答える。しかもそのボスのステータスは、どう考えてもハクアのステータスで倒せるような相手ではない。


 画面の中のハクアがいきなり動いたかと思うと、一瞬後にはその空間は無残に引き裂かれる。しかしそれだけでは終わらない、ハクアが飛んだ先では更に地面からハクアを貫かんとするアースニードルが襲う。

 それすらもなんとか避けたハクアだが、そこから更に氷と羽根による攻撃が連続で放たれる。


『わわ、危ない! あっ! 当たっちゃう! って、ええ、ここから反撃!? でも避けられ──わっ! 爆発した!?』

『ふわぁー。凄いですねハクアさん』

『よく避けるわね』

『本当だな。大したものだ』


 ハクアの回避に興奮するティリスと惚けるエリコッタ。そしてイシスとブリギットは冷静に観察しながらハクアの回避力に改め感嘆していた。


「白亜は常に【魔眼】を使って、周囲の魔力反応を確かめているからな。魔法として発動する前の魔力を感知して素早く動けるんだ」

『でもそれコンマ何秒から数秒よね?』

「そうだが?」


 イシスがあまりにも当たり前のように言う心に疑問をぶつけるが、それすらも当然のように返されてしまい、何も言えなくなり乾いた笑いしか出てこない。


「ヌル!【ヒドラ】」


 ハクアが叫ぶといつの間にか天井へと移動していたクイーンスライムが、八咫の上から毒液を竜のような形に纏って攻撃する。


『いつの間に!?』

「避けている最中だね。一瞬身体で隠してその間にあの子を投げて攻撃で目を逸らしたんだよ」

『……なんて芸の細かい』


 しかし相手もただでは終わらない、空中で体勢を整えたハクアが地面に着地すると同時に、またしても地面からの攻撃を仕掛ける。

 しかも今度は氷が茨のようになりハクアの足を絡め取り動きを封じてきた。ハクアもそれを察知したのか足で蹴り砕き脱出するが、その瞬間を狙われ体当たりを受け壁へと激突した。

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