第332話「化かし合いは私の勝ちだったみたいだな!!」

 私達を呑み込み、消滅させんと天空から降り注いでいた極光が、次第にその威力を減衰させ、遂には消え去った。


 体感から恐らく1分程であった極光による攻撃だが、正直もっと長く耐えていたような、もっと一瞬だったような気もしてくる。


 だがなんとか耐え切った。


 少しでも威力を抑えようと私が出した岩壁も、私達が今まで居た地面も極光から発せられた熱で溶解している。オマケにその周辺も光の余波でボロボロだ。


 ヌルのお陰で助かったな。


 私達が。と、言うかヌルがした事は単純だ。


 まず最初に私がヌルの中に入る。これに関してはここに辿り着く前の道中ですでに試していた。次にヒールスライムを同じく体の中に呼び出し、全力でヌルの事を回復させていたのだ。


 たかが1分と言えど絶えず回復していればMPは持たない。

 だがヌルの中に入り、魔力や気力を使うとヌルのものから減っていく事が実験で分かっていたのだ。これについても仮説は出来ているので帰ったら実証研究したいと思うが、今はそんな場合ではないので我慢だ。閑話休題。


 しかしそれだけではあの攻撃を耐え切るにはまだ足らない。


 だから私はヌルに【ヒドラ】と【魔力吸収】を使ってもらったのだ。

 まだレベルの低いスキルとは言え、確実に相手の魔力攻撃を減衰させる事が出来るこのスキルはもってこいだった。だが、いくらスキルでも自身の保有魔力量を超えてまでは吸収出来ない。

 それを中に居る私達が必死で消費する必要があった訳だ。


 もちろん私もヌルが耐えている間何もしなかった訳ではない。数秒と持たず壊されるのを承知で岩壁と【結界】を同時に貼り続け、ヌルの回復をしながら核に当たる魔石を守っていた。


 そんな綱渡りのような行動の結果、なんとか耐え切る事に成功したのだが、無傷で乗り切る事など出来るはずも無く今の私達はかなりボロボロだ。


 攻撃を一身に受けてくれたヌルはHPも少なく、これ以上戦わせる事は出来ない。眷属達も同様だろう。私自身もいくつか抜けて来た攻撃を食らった為に、腹には穴が空いてるし、火傷や傷も酷い。


 だが、状況は何も私達だけに不利な状態ではなかった。


 あの極光は八咫にとっても切り札のようなものだったようだ。その証拠に八咫の半分程あったHPやMP、気力がもうほとんど残っていない。

 恐らくはそれらを犠牲にする事で、自身の出せる威力以上の攻撃が出来るスキルだったのだろう。


 あれで決められなかったのは八咫にとっても予想外だったに違いない。まあ、そのお陰で私にもチャンスが有るのだからこちらにとっては嬉しい誤算だ。


 すでに戦う力が残っていないヌルを避難させる。


 初めて知ったのだが眷属にしたモンスターは召喚、送還が出来るらしい。なんでも主人それぞれの亜空間が眷属にすると生まれるのだそうだ。亜空間の中の広さ、環境などは主人の力によって変わるとの事だ。


 亜空間に引っ込む際には心配そうにしていたので一言「大丈夫」と言うと、最後にヒールを使い腹の傷を塞ぎ、なんとか納得して入っていった。


 ありがとうヌル……さて、と。


 前を見れば極光を耐え切った私を警戒するようにこちらを見下ろす八咫と目が合う。


 ハッ! こんな格下相手にも警戒してくれるとはな。つくづくやりにくい。



 こいつは私を侮らない。



 だから常に全力で私を仕留めに来る。



 この感覚は久しぶりだ。



 対等な敵としてこちらを貫く敵意。



 前は命の掛かっていないゲームだった。



 だけどここはゲームとは違う本物の命をやり取りする場所。



 もっと集中を上げろ。そう自分を叱咤した私は口に溜まっていた血を吐き捨てると、今まで抑えていた殺気を全力で叩き付ける。


「来いよクソ烏! 決着着けようぜ!」


 そう宣言する。


 私の言葉を待っていたかのように八咫が動き出す。選択したのはやはり魔法による面への制圧攻撃。


 それは当たり前だろう。


 私には一撃を当てれば勝てる。だが、それは私にとっても同じ事、残り少なくなった八咫のHPは恐らく私の全力攻撃でなんとか倒せるだろう。


 それが分かっているからこその面攻撃。私を寄せ付けず、同時に当たる確率がもっとも高い堅実な一手。しかも今度は、今まで一種類づつしか使わなかった氷と土の魔法を同時に使い、更に隙間を埋めて来ている。


 恐らくは頭が一つになる本気モードの時にのみ出来る攻撃なのだろう。


 またもや壁際の外周を走りながら観察してそう結論付ける。


 向こうも一発。こっちも一発。


 互いに先に一撃当てれば勝てる勝負。


 だが、こちらは全力の一撃を当てなければならないのに対し、向こうはどれか一発当てるだけでも勝てる。

 そしてあの弾幕を避けて遠距離攻撃をする事など不可能な為、私に残された手段は必然的にこの弾幕を潜り抜けての近接攻撃になる。


 一秒一瞬、刹那の時でもスピードを緩めればその瞬間、容易に私を貫くであろう攻撃を避けながら集中力を更に上げタイミングを窺う。


 もっと……もっと深く集中しろ! 沈むように落ちるように。スキルなんてものが無くても出来ていたんだ。それをスキルと一緒に使うだけ、集中を上げろ。加速しろ。余計な物は全て消しされ!


 余計な物を削ぎ落として行く感覚。少しづつ少しづつ歯車が噛み合っていくようなイメージが私の中に出来ていく。そして遂にその歯車がカチリと嵌るそんな感覚が私を支配する。


 スキルによって加速された思考を後押しするように、色彩という無駄な情報も削ぎ落とされた世界。今の私に必要な物以外の全てが白く染まった世界で突き動かされるように八咫へと向かっていく。


 氷と岩の礫を身体を捻り屈んで、跳躍し、いなし、時に打ち付け破壊する事で、更に集中力を極限まで高めながら八咫の元へと潜り込んでいく。


 近付いて来た私を今度は羽根による攻撃も交えて攻撃するが、その全てを紙一重で躱し更に突き進む。


 更に近付いた私を八咫の爪が狙うが【結界】を足場に更に加速する事で潜り抜ける。

 その交差の一瞬に刀で攻撃するが、やはり私の攻撃力では全力でなければ屠れない。振り返りざまに蒼爆を放つが警戒されているのかそれだけはキッチリと避けてくる。


 チッ!


 私の攻撃を避けた八咫はその動きのまま空中で旋回すると、翼を畳み私に向かい急降下の嘴攻撃をしてくる。


 なんとか進路上に【結界】を展開する事で避ける余裕を作るが、ギリギリで避けた為に風圧に吹き飛ばされてしまう。


 しかし八咫の攻撃はそれだけでは終わらない。


 吹き飛ばされた私の方を向き嘴を開けると、八咫はまた光を貯め発射してくる。

 先よりも威力が無いレーザーのような極光だが、その分チャージも短く避ける暇を与えない。それでもなんとか雷速で避けるがやはり避け切れず、レーザーは私の左腕を切り落とした。


 ぐぁっ!


 ガクンと減るHP。


 それでもほんの少しだけ残りなんとか持ち堪えると、レーザーを放ち硬直している八咫に向かい跳躍する私。


 ここがラストチャンス! ここで決める!


 跳躍と同時にファイヤーボールを放ち八咫の前で爆発させて視界を奪い、私自身の姿を隠すと同時に体勢を崩させる。


 自らが作った爆風を抜けると狙い通りに八咫は体勢を崩している。選んだのは【疫崩拳】全ての力を拳に込めてHPを狩る。体勢を崩した八咫に私の攻撃を避ける術は無く私は勝利を確信する。


 しかし、私はそこでふと気が付く。


 いつの間にか八咫の前に小さな魔法陣が展開されていた。私がそれを見つけた事に気が付いたのか八咫の目に勝利を確信する光が灯る。


 私が体勢を崩す為に放った一撃。その一撃の爆風を潜り抜ける瞬間に八咫も私を殺す為の策を合わせて来ていたのだ。


 地上ならいざ知らず空中でこの一撃に全ての力を込めている私には抗う術が無い。そう思った瞬間、私の一撃よりも早く八咫の最後の切り札の光弾が私を貫き、私の体は跡形も無く消し飛ばされた。




 そう。文字通り跡形も無く。






 八咫の驚愕。





 そう、光弾には殺す力はあっても跡形も無く消し飛ばすような力は無い。それが分かったが為に八咫は一瞬全ての動きを止めた。


「化かし合いは私の勝ちだったみたいだな!!」


 跡形も無く消し飛ばされた自分の後ろから現れる私。


 オリジナル【鏡花水月】


 影魔法の影法師という、自分の影を独立して動かせる魔法がある。

 自分と同じ姿とはいえ影の為、その姿は真っ黒で本来なら直ぐに見破られるが、私はそこに幻惑魔法を加える事で本物そっくりに見えるようにした。

 更に攻撃を避けている最中にも八咫に軽い幻惑を掛ける事でここぞと言う時に更に精度が上がるようにしていたのだ。

 そして自分は殺気や気配をその影法師に移し、後ろに下がり【隠蔽】とオリジナル魔法のステルスで姿を隠す。


 それが爆風を抜ける一瞬で私が行った行動だった。


 そしてそれを初めて使われたが故に八咫は見破る事も対処する事も出来なかった。そこがこの戦いの勝敗の分かれ目だった。


 最後の攻撃。【鬼砲】の力を放たずに拳に溜め【水破】と共に放つオリジナル【鬼壊】を叩き込む。【水破】により内部に浸透した鬼の力は八咫の内部で爆発し身体を引き裂くと、一気にHPを削り取りその巨躯を地面に沈めるのだった。


「なんとか勝てたー!」


 八咫と共に力尽きて落ちた私は、クッション代わりになった八咫の上で立ち上がれぬまま叫び、レベルアップ音を子守唄代わりに疲労のあまり眠むりに落ちた。

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