第317話何故私はこんな所でモンスターから説教を受けているのだろうか?
ドアを開けて部屋に入るなりいきなり水の中に引き込まれた私。
なんとか脱出を試みるが、如何せん水圧も相まって身動きが取りにくい。このままでは息が続かないと考え、なんとか上半身を捻り水深も分からないのでとりあえず下に向けて全力でウインドボムを放つ。
「カハッ!」
ウインドボムの威力に押された私は辛くも脱出に成功するが、意外に浅かった水中からの脱出には過剰な威力に、背中を天井に打ち付け強制的に肺の中の空気が押し出される。
くっそ! 意外に浅かったな。超イテー。
体を強く打ち付けた私は一瞬の硬直を強いられ、重力に従い落ちている最中にまたもや触手に捕らえられ体を締め付けられる。
ちっ! みすみす逃がしてはくれないか!?
暗がりでよく見えなかったが、落ち着いて視てみればフォルムが見えてくる。
こいつは!?
【鑑定士】スキル失敗
ヴェノムスクウィッド
名前:イカルド
レベル:40
HP:3800/3800
MP:1150/1150
物攻:1580
物防:1200
魔攻:800
魔防:1350
敏捷:880
知恵:540
器用:1135
運 :50
スキルは見えないし意外に強い。でもそれよりも重要な事! それはこいつがイカだという事実だ! そしてこいつがイカなら私を締め上げるこの触手はゲソという事になる。
くっ、油断した。まさかイカが居るなんて!? しかもこいつ。電気を流してるのに効いてる様子が無い! 耐性持ちか!
私が一人戦慄していると何を思ったかイカのイカルドが饒舌に喋り始めた。
「くくく。まさかこんな簡単に行くとはな? これで俺様がグルド達に代わる新たな配下だ! 魔族になる日も近いぜ!」
ふむふむ。察するに私を仕留めたらガダルに取り立てて貰えるという所か。しかし、どうする? あれを使うべきか。でも、あれの量は少ないしこんな所で使ってしまって本当に良いのか?
イカルドの言葉を聞き流しながら必死に思考を巡らすが答えは出ない。
「くっ。かふっ!」
しかし、私がそうやって悩んでいる間にもイカルドのゲソによる締め付けは強さを増して行く。
このままでは絞め殺される。そう思った私はアレを使うのにこれ以上最適の場面は無いと断じて、ゲソの締め付けから逃れさせた右腕で空間から黒い液体のような物が入った瓶を取り出した。
「何をしている」
しかし、私の行動に気が付いたイカルドにその瓶を奪われてしまう。
チッ!
「ふん。先程から電撃を流しているがそれも効かず。オイルを使って火で焼き尽くそうとでも思ったか? だが残念だったな。こんなもの……な、なんだこれはペッペッ! しょっぱい!? オイルではないだと!?」
なんか知らんが勝ち誇ったように喋っていたイカルドに取られた瓶を指弾で弾いた小石で割ると、中身が良い感じに飛び散ってイカルドのゲソや体に降り掛かった。
どうやらそれがたまたま口に入ったようで、しょっぱいと言いながら必死に口に入った分を吐き出していた。だが、それはそうだろうと私は思う。なぜならあの瓶に入っていたのはオイルでもなんでもなく、ただの醤油だからね!?
「くっ! 貴様なんのつも……り……だ?」
怒りを顕にしたイカルドが怒鳴り散らすが、私の姿を見た途端に言葉に詰まってしまったようだ。
いやだって醤油を掛けたらやる事は一つだし。
私はスキルの【疫牙】を使い、私を捕らえていたゲソを咀嚼して醤油の味を楽しみつつも堪能しながら、半ばまで歯形が付き拘束する力が無くなったゲソを切り落とし脱出も同時に行う。
うむ。なかなか旨し。
正直どうするか迷った。この醤油は何もない所から私が自身の知識と魔法と技術とコネを使い、やっとの事で作り上げた醤油だったのだ!
しかも完成したのはあの瓶の分だけ! それをこんな所で使うべきか否か。もしかするとこの先で醤油を使いたいと思う時が来るのでは無いのか? そう思った。私もそう思ったよ!
だけど考えて欲しい。醤油を何に使うか? それを考えた時に頭に浮かんだのは冷奴と刺身だったのだ! そしてこんな良い感じのイカを前にして、これ以上醤油を使うのに相応しい物があるとも限らない!
そこで私は醤油を取り出した。そして口に含んだイカ刺しを飲み込んだ今、それは英断だったのだと確信した!
はぁ、刺身と醤油最高だね。
それにしても。と、私は半ばまで私の歯形が付いたゲソにかぶり付きながら考える。
スキルの中には使うと攻撃範囲が拡がる物がある。その中の最たる物が噛み付き系の攻撃だ。
この噛み付き系の攻撃。ゲームや漫画なら気にならないだろうが、実際やるとなるとそうそう上手く行くものではない。
何故なら動物と違い人間の噛み付ける範囲などそうそう広くないからだ。どんなに大口を開けた所で小型犬と同等レベルしか開かない。そんなものは攻撃手段としては使い物にならないだろう。
だが、それをスキルで行うと話が違う。
スキルでの攻撃になると自分の口元から20センチほど射程と範囲が拡がり攻撃出来るのだ。もちろんスキルによる補正と自分の噛む力により、噛み痕が残るだけだったり、噛み千切ったりと結果は変わるがこの差は大きい。
現に私が噛んだゲソの跡はどう見ても私の口よりも大きいのだ。
しかもスキルを使う時に食べるという意志があれば、噛み千切りが成功した時は、なんと明らかに自分の口に入らない筈の量を食べられるのだ!
これに付いてはヘルさんに聞いた所、口に入ってる分は噛み千切った物を凝縮した物らしい。
まっ、細かい所はファンタジーなので。の、一言で納得しとく。便利だよねファンタジーって言葉。
さて、自分の体積よりも明らかに大きいゲソを素早く完食した私が前を見ると、未だに私を見詰めながらイカルドが固まって居た。
そんなイカルドへ最高の笑顔とサムズアップで一言。
「イカ刺身嫌いじゃないよ♪」
と、言ったら「貴様それでも元人間か!?」と、怒鳴られた。解せぬ。
「戦いの最中に敵を食べるなど人間のする事か! そもそも……」
はて? 何故私はこんな所でモンスターから説教を受けているのだろうか? ハッ! そう言う事か!?
「確かにさっき弁当食べたけどまだまだ食べられるから大丈夫!」
「そう言う事じゃない!?」
あれ? 違った? おかしいな?
「ふっ、ふんっ! まあ良い。足の一本ぐらいくれてやろう。だが、俺様をみくびるなよ!」
なにやらイカルドが気合いを入れるとなんと私が切り落としたゲソが再生した。
「ふふふ。どうだ! 貴様の攻撃など俺様には……てっ、なんだその顔は!?」
その顔がどの顔かは分からないが私はとんだサプライズに思わず頬が緩んでしまう。
だって!
私が思わずじゅるりと垂れた涎を拭うとイカルドが本気で引いている。しかしもう私にはそんな物はなんの問題でもない。だって私は既に自動おかわり機能に心奪われているから!
そうこうしている内に、今まで私に喚いていたイカルドが地面に倒れる。
「き、貴……様、なに……し……た」
ふふふ、ようやく効いてきたみたいね。
理由は簡単。【疫牙】であいつの足を噛んだ時に私の毒を色々と流し込んだだけだ。血管に直接流し込まれた毒は多少の耐性では抗えない。
大分弱っているが流石に強いモンスターなだけあり、まだまだ元気なイカルドに私は念の為【結界】と水魔法を使ったオリジナルの触手、更に地獄門の鎖で厳重に締め上げる。
地獄門の鎖は魔力次第でどこまでも伸びるが、それだけではなく魔力を流し込んだ量に応じて強度も変わるらしく使い勝手がとても良い。戻ったら色々と検証していきたいと思う。
こいつも人を締め上げるのが得意そうなので良い経験になるだろう。まっ、その経験が活かされる事はないだろうけどね。
何故かイカルドは私の事を恐怖に満ちた目で見ているが関係ない。
「や、止めろ。こんな、こんな事で負けるなんて」
さて、色々と必死に叫んでいるがご飯を食べる時の言葉は決まってるよね?
「いただきます!」
うん。デリシャス!
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