第299話あれ? 何か私が間違ってる空気? 解せぬ

 ……オワタ。


 いやいや。こんな事で終わってたまるか。何か、何か逆転の一手がある筈だ! こんな所で諦める私ではないのだよ!


 そんな事を考えつつも体は何故か正直に土下座の体勢へ。


 解せぬ? 頭よりも先に体が諦めましたよ。


『シルフィン:その割には流れるような自然な動作の土下座でしたね。思わず動画撮っちゃいましたよ』


 うるさいよ! というか、ちゃんと消せよ動画!


「はぁ、瑠璃もアリシアもやめておけ」


 お、おぉぉお、め、珍しく澪が私を庇うだと!? 澪が初めて天使のように見えるよ。救いの神はここに居た。


「やるなら後にしろ、後に。今はさっさと話を進めるぞ」


 ……違った。こいつ悪魔だ。助ける気なんざ一ミリもねぇ。くっ、ならなんとかこいつも巻き込む方向を考えねば。死なば諸共だ一人で死んでたまるか。


「残念だが私はお前のようにヘマはしない」


 クソ! 心読まれた挙げ句に言い返せねえ!


 私が一人敗北感を感じているとクーが待ちきれないというように話し掛けてくる。


「主様。主様の怒られる未来は変わらないのじゃから早くして欲しいのじゃ」


 ……この野郎。


 そうは思いつつも言い返せない程にはその通りなので、仕方なく連れてきた奴隷を見る。


 今現在は奴隷印の力を使い、一人を除いた全員が意志を感じさせない催眠状態で立っている。


 なんでも買い取ってから自分の家に行くまではこの状態にしておくのが決まりなのだそうだ。

 スキルの扱いが下手で奴隷に自由を与え過ぎて殺される事が昔結構あった為の決まりらしい。


 さて、クーには悪いが最初に処理しといた方が良い奴から行くかな?


 私は備え付けのソファーに座ると準備をしながら一人の奴隷に話し掛ける。


「いつまでもそうしてないで座ったらどう? 奴隷印も勝手に外せるし、何よりも意識があるんでしょ?」

「なんだ。気が付いていたのか?」


 そう言って顔を上げたのは私が一番最後に買った赤髪の奴隷だ。あまりにも当たり前のように奴隷印の力を破った赤髪の美女に周りの皆が警戒心を強める。


 やっぱそうだよな。あっ、奴隷印も外されて奴隷じゃなくなった。


 ヘルさんの話ではあまりにも力の差がある場合、契約を一方的に力ずくで解除する事も出来るのだそうだ。


「さて、まずはあんたが何者なのかを聞こうかな? 個人的には女神の系譜、もしくは神霊や高位の天使、聖霊の類い。そうじゃなければドラゴンなんかの神に近しい力を持った種族だと思ってるんだけど?」


 私の推察にテア達元女神と澪、瑠璃、クー以外は全員が驚いていた。それは目の前の美女も同じなようで一瞬ポカンとした後、楽しそうに嗤うと


「それが分かっていながら妾にそのような態度を取るか人間」


 そんな言葉を発すると同時に、赤髪の美女からガダルに勝るとも劣らない濃密な殺気が溢れでる。


 その殺気で先程ポカンとしていたメンバー全員が苦しそうに跪く。どうやら強すぎる殺気に息を吸う事すら苦しいようだ。


 それにしてもヤバいな。これガダルよりも多分上じゃね? 私じゃ手も足も出ないレベルだわ。


 そんな事を考えていると不意に先程までの殺気がフッと消える。


「ほう。このレベルでも平然としているか。その程度の力で大したものだな」


 その程度とか言われたわ~。まっ、実際弱いんだけど。


「いやいや。痩せ我慢が得意なだけだよ」

「フッ、この期に及んで道化を演じるか本当に面白い小娘だ」


 素ですいません。


「それで、話を聞いても?」

「……そうだな。悪いが詳しい事はまだ話せん」


 まだ……ね?


「妾はダナストラ火山に住まう火龍の長グートルースの娘トルトリスだ。トリスと呼んでよい。先も言ったが詳しい事は言えんが妾はお前達の敵ではない」


 ふ~む。ヤベ、龍族とか出てきたよ。何これ、テコ入れ? テコ入れなの? 少し日常パート入れたらテコ入れ入るの?

 クソ! 龍族なんざ絡んでくるなら、無理矢理にでも料理とか内政系に移行するべきだった。少なくとも冒険者として依頼をこなしたりするんだった! しかも、敵ではないだけで味方でもないパターンだよね。これ。


「ああ、忘れていた。ハクアだったな? 手を出してみろ」


 ああ、これやっぱ私の客だわ。名乗ってないのに名前も知られてるし。


 観念して手を差し出すと、トリスは私の手を取り握手をする。すると、不意に繋いだ手から何かが流れ込んでくる感覚が私を襲う。


 そんな感覚に思わず手を話すと。


 ▶スキル【竜の加護】を取得しました。

 統合スキル【竜の加護】

 効果:【ダメージ軽減】【不屈】【活性】

 統合スキル【竜の加護】高位の竜族に認められた者にのみ贈られるスキル。


 ▶耐性系スキル【ダメージ軽減】

 攻撃を受けた際のダメージを軽減する。


 ▶耐性系スキル【不屈】

 日に一度だけHPを1残して耐える事が出来る。


 ▶補助スキル【活性】

 HPの回復速度が上がる。



 ノウ! 何か貰ってしまった!? 返品するからそっとしておいてくれないかな!? 駄目ですよね。わかります。


 私がアレコレ考えている間もトリスは私の事をジッと見詰め観察し、私の仲間は私がどう返事をするのかを見守っている。


「……まっ、取り敢えず歓迎するよ。どうする? 一緒に暮らすの? それとも帰る?」

「いや、基本は共に暮らしお前という人間を見させて貰う」


 なるほど、私に何かさせたいか、もしくは今後私の起こす事が関わってくるのかって所か。今の時点では判断出来ないな。


「了解。取り敢えずここに居る間は人間のルールに従ってね。食事は出すし部屋も用意するけど、それ以外は特に関わらん。質問なんかは受け付けるし私もするかもだけど、基本はお互いに不干渉で」

「良いだろう。世話になる」


 うん。未来の事は未来の私に任せよう。こうね? ポイっと。今の私が良ければ未来の私がどうなろうが良いのだ! まあ、その時になると過去の私に怨みを言うんだろうけど。


 さて、次は……と。


「クー、これを使って取り敢えず横の部屋で仲間と話してきな。現状の説明と私達との関係性、後は人間社会のルールを教えて。最低限人に危害を加えないように」

「了解じゃ」


 それだけ言うと早速クーが準備に取り掛かる。


 私がクーに渡したのは先程奴隷商から買い取ったインクだ。これにはもう一つ面白い使い方があり、私の血を混ぜたインクを使い他の人間の魔力で奴隷契約を行うと、直接の主はインクを使った人間になるが大本の主は私になるのだ。


 感じとしては社長→役職→したっぱみたいな感じ。


 今後は森で狩りをしているゴブリン部隊に渡して、ちょっと手駒を増やしてみようと思う。森は危ないからね。


 しかしこれ。ねずみ講みたいだな?


 契約で直接の主になったクーは、仲間のサキュバスを連れて横の部屋に行く。それを見送った私は今度は月兎族の奴隷の目を醒まさせる。


 目の醒めた月兎族は、全員がキョロキョロと辺りを見回しているが誰も一言も発さない。自分達が買われた存在で、買った人間の不興を買えば理不尽に殺されてもおかしくないと理解しているのだろう。


 そんな彼等彼女等はクーと同じようにミミに隣室で事情説明等をして貰う。ついでに補佐としてエルザとミルリルも付いていって貰った。


 最後の一人はエルフの少女だ。


 同じように彼女の目を醒まさせると、彼女は何かを探すように視線を巡らせ、テーブルの上にあったフォークに目を付け、手に取ると自らの体に突き立て自殺をしようとする。


「おっと」


 もちろんそんな事をさせるつもりの無い私は彼女の手を取りそれを止める。


 そんな私を甲冑の隙間から増悪の籠った目で睨む少女。


「……死なせて。死なせてよ! もう嫌なの! 誰かに利用されるのも傷付けられるのも! それにこんな体でなんてもう生きていたくないの」


 まあ、そうだろうね。私よりも年上だとしてもエルフとしてはまだ少女。それがこんな変形するほど顔を殴られ、傷だらけの体にされたらね。


「アクア頼める?」

「ゴブ」


 私の言葉に頷いたアクアが一言「慈悲」と、唱えると、全身鎧の甲冑を着た少女を淡く優しい光が包む。


「ふう。終わったゴブ」


 アクアの治療が終わった所で、私はエルフの少女に近付きヘルムを外す。いきなりの事に反応の遅れた少女は慌てて顔を隠すが、私は少し強引に手を引いて鏡の前に立たせ、元通りになった自分の体を見せてあげる。


「えっ?」


 理解が出来ないかのように、鏡に映った自分を見ながらペタペタと顔を確かめる。暫く呆然とその行為を繰り返した少女は、理解が追い付くと幼さを残した愛らしい顔を歪め泣き始めてしまった。


 わかる。わかるよ。泣きたくなる気持ちは! だけど実際泣かれると物凄くヤっちまった感があるんだよ!


 美少女の涙に内心ドキドキしながら固まる私を他所に、エルフ少女はようやく泣き止むと私に向かい膝を突き頭を下げてきた。


「ありがとうございました御主人様。もう、元に戻るだなんて思ってもみませんでした。私、ミュリス=アグナスの全てを貴女に捧げます。どうぞこの身をお好きにお使い下さい」


 一息でそう言い切った彼女は再び頭を下げる。


 彼女、奴隷とはいえ意外に良い教育を受けているのではないだろうか? まっ、それも後で良いか。


「君を元に戻したのはこの子だよ」

「はい。存じてます。もちろん感謝はしています。ですがそれも御主人様のご指示があってこそです」


 ミュリスの言葉に、瑠璃もアリシアもシィーもアクアもウンウンと頷いている。


 あれ? 何か私が間違ってる空気? 解せぬ。


「私は一応戦闘も出来る奴隷として売られていました。得意な物は弓と短刀術、魔法の適性は火、土、風、光です。後は蹴術も扱えます」


 おおう。ちょっと考え事してる間に自己アピールが始まってる。しかし、完全に魔法特化のアリシアと違って近、中距離も行けそうだね。その辺は後で確認かな。


「うん。じゃあこれからよろしくねミュリス。それと、喋り方も呼び方も好きにして良いよ」

「えっ。でも、私は奴隷ですし」

「じゃ、命令。好きな喋り方でね」

「はい。えと、よろしくお願いします!」


 さて、向こうの二組はどうなったかな?

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