第298話あっ、これダメなやつですね

「ねえ、クーやんクーやん」

「クーやんとな!? ま、まあ良いか。なんじゃ主様?」

「あのさ。あの中のどの子が仲間なのかな?」

「あ~、うむ。その、なんと言うか、どの子では無く、全員?」


 ですよねー。


「なぁオイ。事前の話では三人じゃなかったかオイ?」

「すまんのじゃ! 悪かったのじゃ! 我が見たのは三人だったのじゃ! だから拳握らないでほしいのじゃ! ドスの効いた声出さないでほしいのじゃ!」

「二人共うるさいですよ」

「はぁ、しょうがないか」


 どうやら司会者の話では、一ヶ月ほど前に隠れ住んでいたサキュバス達の巣を襲撃したのだそうだ。そして全員が捕まりこうして売られたらしい。

 サキュバスはその容姿と相まって需要が高く、その割にはモンスターという事で法が適用されないというのも人気の理由らしい。


 なんともまあ、ゲスイ理由ですこと。


 しかもリーダー格の左端のピンク髪のツインテールの子は実力も高く、かなりの冒険者がやられる程の強さも持っていたのだそうだ。その反面仲間を見捨てきれない性格で、仲間を人質に取られようやく捕獲出来た。と、司会者が語っていた。


 しかし注意点として、捕まった時に冒険者の隙を突き、自分から離れると死ぬ呪いを仲間に掛けたらしく、十二人全員のセット売りになってしまったと司会者が説明していた。


「そんな呪いがあるんだね?」

「うむ。在るには在るが恐らくはプラフじゃな。裏切り防止の苦しみを与える物は在るが、殺すことまではできん筈じゃ。なんの為に言ったのかはわからんがな」

「恐らくは保険の為だろうね」

「ですね。価値をつり上げる事で買い手が付かないようにしたか、価値を見出ださせたか」

「ん? どう言う意味じゃ?」

「買い手が付かなければその間に逃げる算段だったかもって事、時間を稼ぐのはなんにしても有効な事が多いからね。それに誰でも高い金出したら手放すのが惜しくなるもんだ。あれだけの人数を買えるという事は、同じ様な理由で買われた奴や、使用人なんかの接する人間も多くなる可能性が高い。そうすればそいつらを使ってやれる事も多くなるかもしれない。少ない手札でやれるだけの事はやってるって感じだな」

「ですね。人間の心理を上手く突いてると思います。ですが逆にここまでして手に入れたのだから。と、タガが外れる可能性も否定できませんが 」

「結局良いのか悪いのかどっちなんじゃ? まあ、それにしても二人共良く思い付くものじゃな」


 クーの言葉に顔を見合せ肩を竦める私達。


「とは言え、やってみる価値があるかも程度だ。人を操る術があればオークショニア達の方で対処してるだろうし。何よりもそんな奴等を買おうとしててなんの準備もしてないなんて事は無いだろうしね。まあそれでも、何もかもを諦めるだけよりは余程助ける価値があるとは思うけど」

「主様。感謝するのじゃ」

「その分働いて貰うから良いさね」

「う、うむ」


 オイコラ。顔を背けるな。


 さて、そんな彼女達だが開始値は金貨二十枚からとなった。なかなかの高値かと思ったが、エルザに言わせれば適正価格よりは少し安いくらいらしい。


 利益よりも売る事を重視したのか。まっ、売れなきゃ赤になるもんね。それにもし色々と対策もしてるなら維持費の方が高くなるし、モンスターを街中で長期囲うにはデメリットも大きいし妥当な所か。


「さて、それでは金貨二十枚からのスタートです!」

「金貨三十枚」


 いきなり値段をつり上げた私の宣言に流石にザワザワとざわめく会場。


「ぬ、主様? 慣れてない我でも暴挙だとわかるぞ」

「ですがまあ、有効な手ではあります」


 戦意を挫くには最初が肝心。まあ、ぶっちゃけ違法な所を突いて無理矢理助けるでも良いんだけどね。それやるとハイドのメンツを潰す事になるからやらんけど。幸い資金は沢山あるしね。こんな時しか使わせて貰えないけどな!


 その後何名かの貴族が競ってくるが結局金貨四十枚で私が競り落とした。


「金貨四十枚! 金貨四十枚です! 他に何方かいらっしゃいませんか? ……では、金貨四十枚で五十番の方落札です」

「主様。ありがとうなのじゃ」

「まっ、気にすんな。しかしどうする気だ? 流石に自由にしろ。とかは言えないぞ?」

「……なんとか共存の道を探りたいのじゃ」

「出来るのですか? それが出来るのならサキュバスの様な種族は既に受け入れられていてもおかしく無いのでは?」

「それでも……それでもなんとか考えたい」

「まあ、詳しい事は本人達に聞いてみないとわからんからな。とは言え、ある程度の責任として人間の事を襲うのは許可しないし、その時は容赦しないからな」

「うむ。わかってる。そこは我が絶対させないのじゃ」

「なら良いよ」

「さて、これで予定は全て終わりましたね。これからどうしますか? 次で終わりのようですが最後まで見ていきます? それとも精算しに行きますか?」

「ふ~む。奴隷なんて要らないから精算にでも行くか?」


 話をしている間にもオークションは進み遂に最後の品になる。それでも構わず帰ろうとした時、ちょうど出てきた彼女と目が合う私。


 そこにいたのはルビーの様に赤い髪をたなびかせ、その肢体で見るものを魅了する美女だった。女性らしさを主張する胸部に括れた腰、背筋が伸び堂々と歩く姿はとてもで無いが奴隷だとは思えない雰囲気を持っていた。

 そして彼女はその歩く姿だけでこの会場中の人間を釘付けにした。


 だが、私が気になったのはそんな物ではなかった。


 見た目はただの人間の筈だ。


 だけど何故か私には彼女が人間等が手が出せる様な存在には思えない圧倒的な強者の気配を感じていた。それに何よりも、髪と同じ紅玉の瞳が私と合ったその瞬間、彼女は確かに「私を買え」と、唇を動かしたのだ。


 誰かは分からない。敵なのか味方なのかさえ分からないけど、ここは従うべきか。


 そう思い席に着く私。何よりも彼女の機嫌を損ねればこの場の誰もが殺される様な気がした。


「主様。あの者……」

「どうかしたのですか?」


 クーは気が付いたみたいだけどエルザは気が付いていないようだな。流石元魔王。


「なんでも無いよ。ただ気が変わったから彼女も買う」

「……わかりました」


 その後提示された彼女の値段は金貨二十枚。一人でサキュバス全員と同じ値段だが、それだけの価値があるとこの会場中の誰もが思ったのか、異論を唱える者はいなかった。


 今回はなかなか粘られ金貨五十枚になったが、なんとか彼女を競り落とす事に成功したのだった。


 しかしあの女、本当に何者だ? なんか全てを見透かされてそうな気がする。あれは女神の存在感に近い感じがするんだが。まあ、本人に聞けばわかるか。買い取るのが私に決まった瞬間に満足そうにしてたし。


 無事目的を果たした私達が会場の出口を出ると、そのまま別室へと案内され精算に移る。


 商品として買い取った奴隷の値段は全部で白金貨一枚金貨七十枚ほどになった。


 アリスベルにある屋敷が大体金貨八十枚くらいの値段だから、結構な額になったな。しかし、本当に払えるのか? みたいな懐疑的な目で見るのはどうなのよ?


 私の視線に気が付いた担当は金を受け取った後、苦笑いしながらもろもろの説明を始める。


 簡単に言えば奴隷とモンスターの所有に関する注意事項だ。


 主の責任になる場合と奴隷本人の責任になる場合、犯罪を犯した場合の対処から、返品の仕方、返品出来ない商品の扱いに関する書類等々。


 ふむ。意外に細かくて丁寧だな。


 もろもろの作業を終えると、私の買った奴隷が連れられてきて、私に背を向けて膝立ちにされる。どうやら奴隷紋で動きを縛り言うことを聞かせているようだ。


 あんな使い方出来たんだ。一応奴隷って事になってるけどウチは自由だからな。知らんかった。


 運ばれて来た奴隷達の内、クーの仲間のサキュバスだけは全員が目隠しをされている。私のように魔眼や瞳術を持つサキュバスへの万が一の為の処置らしい。


 全員が膝立ちの状態になると奴隷商が奴隷契約に使う特別なインクを差し出してきた。


 このインクはこれ自体が魔道具らしく、これを使う事でスキルが無くても奴隷契約出来るようになるらしい。奴隷契約石は使いきりだけどこれはインクが無くなるまで数回使う事が出来るのだそうだ。


 私はスキルを持っている為本来なら必要ないが、今後の為に奴隷商にお願いして売ってもらった。値段は掌サイズのインク壺一個で金貨一枚とかなりお高めだった。


 これで計画が進むぜ。


 これからやるのは奴隷契約の移行だ。


 方法は簡単。奴隷印に自分の血液を垂らしてスキルを使うだけだ。本来はさっきのインクに自分の血を混ぜて行うらしい。


 後で聞いた話では、アリシアの時は主が死んでいた為にここまで必要無かったのだそうだ。


 それが完了すると売買は終了。私達はオークション側が用意した竜車に乗り込み会場を後にした。


  そのまま城に向かうと色々と面倒がある為、予めハイドに用意して貰った空き家まで送って貰い竜車を帰らせ家の中に入る。


 全員が入り終えたのを確認した私は【座標転移】を使い城にあるマイホームへと帰還する。


 転移を終えた私の前には再びの土下座……ではなく、物凄い笑顔で私に微笑み掛けるアリシアと瑠璃に出迎えられるのだった。


 あっ、これダメなやつですね。そうですね! 私も学習してきたからわかります! ……私、オワタ。

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