第291話「……切れた?」
森の外周部、数多くのモンスターの屍の山を築きながら澪が戦っていた。
「ふう、流石に疲れてきたな」
それもその筈、澪はハクアの作戦が決行されてから一人でずっと戦っていたのだ。
とはいえこれは澪が自分で仕込んだ八つ当たりの為の行為だった為、否は無かった。しかし流石の澪もその数の多さに疲れを隠せずにいた。
(ふむ。既に残りはゴブリンがほとんど、そろそろ頃合いか……)
ハクアの作戦と皆の頑張りによりモンスターは倒され、今残っているモンスターは既にゴブリンだけになっていた。
「さて、では最後に新技を試すか」
澪が呟くと辺りに冷気が満ち急速に冷えていく。だが、ゴブリン達も自らの命の危機を感じ取ったのか、澪に向かい一斉に突撃を仕掛けてくる。
「遅いな。
澪が言葉を一言呟くと、その足元から氷が生まれ一瞬で辺り全てがゴブリンごと氷に閉ざされる。
氷蝕、この技の最大の特徴は広範囲の攻撃である。自分の周りに魔力を生み出し、その魔力に抵抗出来なかった全ての物を凍らせる技。ハクア曰く、雑魚敵掃討の技だった。
ジャリッ! と、音をたてながら氷の世界を造り出した澪に声が掛かる。
「お前なにやってんの?」
「ん? そっちも終わったか? って、どうしたその腕!?」
「……切れた?」
「いや、切れたって? しかも何で疑問符だよ」
「こっちの事は後で説明するよ。どうせ後で説教されるし、それよりお前こそここでなにやっての? 逃げ道に設定はしたけど、中に入ったらむしろ罠だらけの筈なんだが?」
「ああ、私も八つ当たりしたくなって誘導出来るように設置場所変えた」
「……馬鹿だろ?」
「お前にだけは言われたくない。そうだ、合流地点に行く前に素材の回収手伝ってくれ。それと餌も持って帰らなきゃだし」
「餌?」
澪の餌発言に疑問符を浮かべると、良い顔で笑った澪が何かを指差す。その指の先を辿るとそこには木に括り付けられ目隠しされた人間がいた。
「ふむ。状況的にあれがテイマー?」
「ああ、ここに来る途中に見付けたから拾った。お陰で楽に集められたぞ」
「なるほろ。助けてもらう為にモンスター呼びまくった訳か。道理で予想以上にモンスターの死骸が多い訳だ」
二人はそれだけ確認するとさっさと素材の回収を始め、合流地点へと向かうのだった。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
澪が勇者無双した片付けを終えた私達は合流地点へと帰ってきた。
しかし……予想はしてたけど納得はいかない。
クソ。人数が増えて説教する側の人数も増えるとか。私と一緒に正座する人間も増やしてほしい。これはアレだよ不公平だよ。カズの暴力に違いないんだよ。
そう、現在私は例によって例の如く正座&説教の最中だった。
う~む。アリシアと瑠璃、ヘルさんに加えてテアと心も加入で五人とか、あっちの戦力ばかりが補充されるのは納得いかないんだよ。
「……なんかもう、いつもの光景よね」
などと言うのはいつの間にか来ていたアイギスだ。
いつもの光景とか口が過ぎるんじゃないかな? 週一から隔週ぐらいだよ。
『シルフィン:十分多くないですか?』
うるさいよ。
因みにだが、私が戦っている間に村に囚われていた何人かの村の女性や女騎士は助け出せた。しかし男も何人かいた筈だが生き残りはいなかったらしい。
女性達も誰も彼もが酷い有り様ではあったが命だけはなんとか救えた。彼女達はアクアとコロ、ユエ達に任せて一足先にフープまで送っておいた。今後は彼女達の心のケアも行いたいと思う。
さて、腕を切り落とされてしまったので大人しく反省していた私だが、客が来たなら対応しないとね。
私は正座状態から立ち上がり誰もいない後ろの方を向く。すると私の視線の先、木の影から二人の人物が姿を現すのだった。
一人は三国の集まった会議の席で見たオーブの騎士団長カイロス=ミーグスト。もう一人は見た事の無い人間だが、鎧からしてアリスベルの人間だろう。
「覗き見はもういいのか?」
私の言葉にアリスベルの騎士は眉をピクリと動かすが、カイロスは平然と気が付いてたのか? と、聞いてきた。
白々しい。こっちが気が付いているのを承知で見てた癖に。まあ私もそれを知ってたから、手の内見せないように戦ってたんだけど。
「まあいいや。面倒な話は抜きにして率直に聞こうか。今回の落とし前、あんた達の国はどうつける気だ?」
「くっ! なん──」
「何を言っているのハクア!」
私の問い掛けにアリスベルの騎士が文句を言おうとした所で、その言葉に被せるようにアイギスが私に詰め寄る。
「何が?」
「何が? じゃ、ないでしょ! あんな事をしでかした相手に何を言っているのよ! 貴女も見た筈よ。あの国の兵士達がウチの国の兵士を捨て駒として使う所を! どんな事をされた所で死んでしまった彼等はもう戻らないのよ!」
アリスベルの騎士はバツの悪そうな顔をしているが、やはりオーブの騎士は顔色を全く変えない。
確かにアイギスの言う事はもっともなんだけどね。でも、それじゃ駄目なんだよ。
「……アイギス? お前はなんだ?」
「何を言って。訳のわからない事を言わな──」
「わからない? それは違うだろ。お前は王の筈だ。だからこそお前は人の命の重みを知って、その上で人の命を有効に使わなければいけないんだ」
遺族への保証、遠征費用、遠征に使われた装備や道具、物資の数々、それらは確実にフープの財政を圧迫する。そしてフープにはそんな余裕は無いのだ。だからこそここで感情的になって全てを突っぱねる訳にはいかない。
それはアイギスだってわかっている。それを感情が認められないだけなのだ。だが、それが一番難しい。感情だけで語るなら簡単な事なのだから。
でも、それは王として一番やってはいけない事でもある。王であれ政治家であれ、その背に何十、何百万という人の人生を背負うのであれば、時に自身の感情を排し、より多くの人間を救い導く道を選び取らなければならない。
なぜなら大小様々ある群れのリーダーだろうが、村や町、国のトップだろうがその最大の目的は繁栄と生存の二つ。簡単に言えば《より沢山の人間により良い暮らしを》なのだから。
言葉を聞いたアイギスもそれが自分の最善だと頭では理解出来ている。それ故、それ以上は何も言ってこなかった。
「貴様、落とし前をどうつけるのか。と、聞いたな?」
アイギスの話が終わるや否や私に話し掛けるアリスベルの騎士。流石に一国のトップの話を遮る気はないようだった。
「それが?」
「貴様こそ落とし前はどうつける積もりなのだ! 今回の作戦は三国の共同作戦だったのだ。それが瓦解したのに一国のみで事に当たる意味をわかっているんだろうな! 何よりも、貴様等の粗雑な作戦でこちらが負った被害はどうしてくれる」
ふむ。ビックリだ。まさか気が付いてないとは思わなかった。
「おたく気が付いてなかったのか? このお嬢さんは俺等の部隊がいるのをわかったうえでモンスターを流してたんだぞ」
「なっ!? それではわざと我々にモンスターを押し付けたのか!?」
「どの口が言ってんだ? 私はお前達のやり方に習っただけだぞ? 立場の弱い者達にモンスターを押し付けるのがお前達の流儀なんだろ? それに、こっちはゴブリン以外のモンスターはほとんど狩ったうえに、罠を使って数を減らしてやったんだ。感謝されこそ文句を言われる筋合いはないな」
「か、仮にそうだとしてもフープの独断行動は看過できるものではない!」
言葉を詰まらせながらなんとか言い返すありすべアリスベルの騎士。だがそんな言葉をいちいち聞いてやる必要も無い。
「はっ、こっちはわざわざ部隊が展開している所に誘導までしてやったんだ。作戦に合わせられなかったのはそっちの落ち度だろ? なにせあんたが言っている通り共同作戦だったんだからな。
それに部隊を配置しているだなんて情報はこっちに届いてないぞ? 三国の共同作戦だと言いたいならなぜお前達はフープにその事を伝えていない? 大方自分達でかたをつける事で今回やらかした事を有耶無耶して、責任を取った形にするか、もしくはフープが参加していなかったとでもしようとしたんだろうが、そんなつまらん事させる気はないぞ?
それでも共同作戦と言いたいならそれこそ合わせれば良いだけの話だろ? やってる事は同じなんだからな? ああ、それとも一から十まで懇切丁寧に教えなきゃ貴族様には理解出来なかったか?」
「言わせておけば!」
「現にオーブの騎士団長様は理解していたぞ。なあ?」
私は勇者との戦いも見ていただろ? と、いう意味も含めてカイロスの顔を見る。するとここで初めて少し驚き肩を竦めてみせた。
「そりゃ、あれだけ罠を完璧に配置してわざわざ俺達の部隊の所に誘導までされりゃあな」
「だとさ。わかったか? お前の言葉は見当違いだ。それにこの場の最上位者はフープのトップであるアイギスだ。上位者であるアイギスに従うのがお前達貴族の中の常識とやり方だろ? そうやってウチの奴等を捨てゴマにしたんだからな。そして、今話しているのは貴国の兵達が、我が国の兵士を囮として使い捨て全滅させた事に対してだ。そこをどうするのかと問うている」
「それについてなんだが、オーブの意思は俺に決定権を委ねられた。まず今回の件の誠意としてこれを……」
「ヒッ!」
カイロスが革で出来たバックの中から取り出した物を見て、結衣ちゃんが短い悲鳴をあげる。
それも当然だ。なぜならカイロスが取り出したのは人の頭だった。
「こいつは今回オーブの指揮を取っていた人間だ。俺の判断で処断した。これが我が国の示せる謝罪と誠意の証だ。勿論今回の件の補償もさせていただく」
アイギスが声を荒げようとしたところを抑え、私は話を続ける。
「……了承しよう。だがそれを受け取る気は無い。不快だから持ち帰れ。貴国に求めるのは今回の件で受けた我が国の損害の補償と賠償。それと、フープへの不可侵条約の締結だ」
「ほう。大きく出たな。流石に盛りすぎじゃないか?」
「そうでもないさ。確かに獣人はその様々な部族の違いにより、それぞれの繋がりは他の種族に比べて低い。だが、今回のように人族が獣人だからと使い捨てにしたと知れればどうかな? フリスク地方は人族が多いとはいえ全てではない。他の種族だって人族の貴族が他種族に同じ扱いをするとわかれば一気に牙を剥くぞ。そしてそれは、共同の作戦として行ったにもかかわらず、立場の弱い国を使い捨てにしたと他の国に知れても同じ事だ」
他国で起こった事、自分じゃない誰かが迫害されたで済ますレベルの話じゃ終わらない。それこそ危険な国と判断されれば今の情勢、どこが敵に回るかはわからないそれはこの場の共通認識だよな? そう、言葉にせずとも言葉にその意味を含んで投げ掛ける。
「くく、確かにそうだな。わかった。この事は王に報告しよう。内容は後日、書簡を送らせてもらう」
「ふざけたものでなければ適正以上を吹っ掛ける気はない。こちらとしても争う気はないからな。それとアリスベルに関しては私が直接王へと話しにいく。この程度の事も理解できない者を使者に立てる気も無いのでな」
「黙って聞いていれば平民風情が! 汚ならしい獣や平民、下級の貴族の命で我等の命を救えたのならそれは本も──」
「黙れよ。今はまだお前の顔をたててやる。だが、その先を口にすれば……殺すぞ」
「ひっ!」
少し脅しただけで腰を抜かすとは大した騎士だ。私はそう思いながら話を続け大まかな事だけ決め、後日それぞれの国と話し合いを行う事にして私達はそれぞれの国に帰って行った。
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