第290話はぁ、あそこまで遠いな
ハクアの背へと迫る凶刃。
しかしその刃がハクアを傷付ける事はなかった。
刃が当たる直前、翔の眼前でハクアの姿がブレたかと思うと、次の瞬間には翔はまたも地面に転がっていた。
(完璧に捉えた筈だ! なのになんで地面に転がってんのが俺なんだよ!)
何が起きたのか分からないが最強の力を持つ自分が負ける筈がない。そう考えた翔は再びギフトを使うと、ハクアの死角に移動して同じように攻撃する。
捉えた! そう思った瞬間、ハクアは自分の真後ろにいる翔の方へ足を一歩下がる。するとハクアの頭に向けて繰り出した翔の刺突は目標を外れ顔の横をすり抜けた。
そして、それだけの動作で攻撃を避けたハクアは、その動きのままに後ろにいた翔の鳩尾へ肘鉄を打ち込む。
「カハッ! ゲホッ! ゲホッ! ハーハー……」
たまらずハクアから距離を取り息を整える翔。
(クソッ! 何で俺がやられんだ!? ふざけるな! 俺が最強なんだ! 狩る側なのはお前じゃないこの俺だ!)
今度はギフトを使わずに正面から突撃する。そんな翔を迎え討つ為に構えを取るハクアに、咳き込む動きを利用して手に握り込んだ砂を顔に向かって投げ付ける。
それと同時にギフトを使いハクアの左側の死角に移動すると、拳技【剛打掌】をハクアに向かって放つ……だが、視界を奪われていた筈にもかかわらずその攻撃を尽く避けるハクア。
(こいつ、見えてやがる! 俺が目を潰そうとしているのを読んでやがった! でも、まだだ!)
ここが勝負所と一気に畳み掛ける為に、ギフトを絡め連続で攻撃を繰り出す。しかし、その攻撃は一度たりともハクアに届く事なく、避け、払い、軌道をずらされ防がれる。
そして、剣技【三段突き】を避けられた直後、腕が伸びきった所を狙い掴むとそのまま翔の肘に打撃を加え。ゴキンッ! と、音をさせ腕を叩き折る。
「うっ! あぁぁぁあぁあ!」
更にハクアは折られた腕を抱え倒れ込む翔の無事な足を踏み折る。痛みに呻き、声にならない声を出しながらいつの間にか目を開けていたハクアを睨む翔。
「納得いかないと言いたげな顔だな? だが、これは当然の結果だ。お前の行動はどれも単純なんだよ。お前は必ずと言っていいほど死角からの攻撃を行う。それに加えてギフトのリキャストと失敗防止の為に、攻撃する相手の少し上に移動する癖がある。その他にもいろいろあるが総じて読みやすい。目を潰されようが避けるのは容易いんだよ」
(瞬間移動といえど死角から攻撃が来るとわかれば対処は簡単だ。しかも私が死角を意図的に作れば馬鹿正直にそこに移動する。動きは素人、攻撃も遅い、殺気も気配も殺せないようじゃテレフォンパンチとそう変わらん。
そもそも最初から瞬間移動がある事を念頭に置けば、普通の攻撃手段しか無い今のこいつならなんとでもなる。今までの動きとこいつの性格、十分過ぎるほどデータは揃っている。こいつの行動くらい全て読みきれる)
事実ハクアは既に翔がどんな行動をしても想定の範囲内でしかなかった。全ての行動から起こりうる行動パターンを瞬時に導き出し、その中で翔の性格、今までの行動、言動や感情の流れまでを正確に読み最も確率の高い行動パターンに対処すればいいだけの作業と化していた。
(それにしても面倒臭い。ただ殺すだけならとっくに終わってるのに)
そうハクアはこの戦いの最中、翔とは違う目的で生け捕りにしようと考えていた。
それというのも今回のこの戦闘は完全な独断専行として行っている事になっている。が、その為ハクアは三国に被害をもたらした翔達を生け捕りにする必要があると考えていたのだ。
(私が勝手にやったと言っても恐らく他の二国はつっこんでくる。今はなるべく弱味を見せたくない)
クシュラやマハドル達、魔族にやられたフープの爪痕は予想外に大きかった。アイギスの手腕や澪、ハクアの達の手助けがあったとはいえ、他国と戦争出来るほどの余力が無い事をハクアは知っていた。
その為に翔を生け捕りにする事が一番だと結論付けたのだった。
(何よりも、この場で手札を見せすぎる訳にもいかないからな)
翔から一瞬視線を逸らしながらそんな事を考えるハクアだが、すぐに翔へと視線を戻すと翔は何事かを一人でぶつぶつと呟いていた。
「嘘だ。そんな筈ない。俺が負けるなんてあり得ない。俺が主役の筈だ。俺の物語の筈だ。俺が最強なんだ。バグってる。おかしい。勇者なんだぞ。最強の筈だろ。俺のチート能力が負けるなんてあり得ない」
(そろそろ頃合いか……)
ハクアが何故翔を追い詰めるような回りくどい方法を取っているのかそれには訳があった。
翔を生け捕りにしようと考えていたハクアは、麻痺や毒などを使い体の自由を奪う方法がいいと考えたのだ。なぜならヘタに気絶させても、気付かない内に意識を取り戻されたらギフトを使われ逃亡される恐れがあったからだ。
それならいっそ麻痺や毒を使い、体の自由を奪うとともに意識も混濁させればギフトを使えまい。と、いうのがハクアの考えだった。
しかし腐っても勇者の称号を持つ人間。普通に状態異常を使っても掛かりにくい。その為にハクアは翔の精神を追い詰め心を折ろうとしていたのだ。
(人間弱っている時は病気に掛かりやすいと言うが、まさかこの世界の状態異常が、精神的に弱ってる時や瀕死の状態の方が抵抗力が落ちて掛かりやすいとは思ってなかった。いろいろ試したけど耐性のスキル持ってるモンスターも、瀕死の時や逃げ腰の時の方が掛かりやすかったしな)
切っ掛けはふと感じた思い付きのような事だったが、モンスター相手にいろいろと実験した結果ハクアはこの結論に達した。
そしてハクアはもう十分に戦意は削いだだろうと思い、行動不能にする為に翔へと近付いていく。
「ひっ! やめろ! くるな! 助けてくれよ! 俺達、同じ世界の仲間だろ!? ……くっ! この! ふざけんな! なんで俺がやられなきゃいけないだ! ふざけんなよ! ふざけんなっ! 力だ! もっと、もっとスゲーチート寄越せよ! こんなクソゲー世界に喚ばれてやったんだ! もっと力を寄越せよ!!! …………!?」
近付くハクアに罵詈雑言を吐きながら、両足を使えない為にギフトを使い移動した翔。しかしその直後、ハクアを言い知れぬ不安が襲い掛かる。
(なんだ? 空気が変わった! マズイッ!!)
思った瞬間自分の直感に従い急いで横に跳ぶ。
しかし、ハクアが空気が変わったのを感じた直後、その正面にいた翔は折れていない方の腕を持ち上げ振り下ろす。すると、今まさに横に跳んだハクアの腕がなにかに切られたかのように切り落とされる。
「アッグ!」
もしも横に跳んでいなければ真っ二つになっていたハクアは間一髪片腕を失うだけで済んだ。
(クソッ、今まで隠していたのか? ……無いな。それならもっと早く切っている手札だ。と、いう事はピンチに力が覚醒ね。偶然か? それともロークラに関わった女神は私の敵か?
いや、今はそんな事はいいか。この力。恐らく空間切断だろうな。移動が出来ればこれくらい出来ると思ってたがここで目覚めるか。後ろの糸が切れてるが、その奥は切れてないから射程は約二メートル、範囲はそこまで広くない直前の行動から見て腕の振りに合わせる感じの攻撃か、とはいえ……)
ハクアが少ない情報から翔の新しい能力の分析をしていると、今まで項垂れながら独り言を呟いていた翔は、今までの態度が嘘のようにハクアへ言葉をかける。
「ひっひはははは! 見たか! これが俺の新しい力だ! これでお前に勝ち目はねぇぞ! なにせ空間ごと切り刻める絶対の刃なんだからな! ひゃっはははは!」
「……それで?」
「アァ! なんだその態度は! テメェの立場わかってんのかよ!」
「わかってるけど? それで、だからどうした?」
「くっ! この! なら、死ねよ!」
ハクアの言葉にブチギレた翔がギフトの新たな能力を使い、不可視の刃でハクアを襲う。だが……ハクアはその攻撃をなんの苦もなく避ける。
「なっ!? くっ、この。たかがまぐれで調子にのるな!」
一度避けられた事で更に頭に血が登った翔は、何度もギフトを乱発してハクアへと攻撃を加える。だがハクアはその尽くを避け、翔の不可視の刃がハクアに当たる終ぞ無かった。
「確かに能力は厄介だ。空間切断なんて当たれば防御の方法は無い絶対の攻撃の一種だろう。当たればな? だが射程も範囲も軌道も読めれば、得物を持っただけの奴の攻撃と変わらん。左腕は落とされたが問題ない。力に目覚めようがなにをしようがお前の敗けは覆らない」
「……なんだよ、それ。ふざけんなよ! 何で俺がこんな目に遇うんだよ! お前だって! お前だって俺と変わらないだろ! 好き勝手やった筈だ! なのになんでこんなに違うんだよ! そんなに他人の為に何かすんのが偉いのかよ! この、偽善者どもが!」
なにも通じない。それがわかった翔は再びハクアに罵詈雑言をぶつける。
「……別に、私は正義の味方じゃない。個人的な理由をあげればただ単にお前が気に食わないだけだ。それに私はお前のやった事を否定する気も無い。正義も悪も秩序も混乱もどうでもいい。お前が今こうなっているのはお前がやってきた事のツケがお前に回ったきただけの事だ。お前が誰かにしてきた事が巡り巡ってお前の番になったんだよ」
「嫌だ……俺は……俺はもっと……」
「悪いな。ここでゲームオーバーだ」
「ギャアアアアア!」
・・・・
・・・
・・
・
翔の心を折りHPも瀕死の状態まで減らした後、ハクアは自身のスキルを使い予定通り翔を行動不能にする。
(神経毒、麻痺毒その他もろもろ毒詰め合わせ。しかも調整して【HP自動回復】の回復力に合わせてあるから治療するまでずっと苦しむだろうな)
「さて、作戦の為とはいえ遠くに来すぎた。はぁ、あそこまで遠いな」
一人、遠くを眺めて溜め息を吐くハクアだった。
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