第289話ようこそ私の巣の中へ
異世界アースガルドに来て上がった身体能力とギフトを使いハクアを追い詰める翔。
そんな中ハクアは時にタイミングを外し、フェイント、加速と減速を器用に使いギリギリで翔の攻撃を避けながら逃げ続ける。
(クソッ! 器用に避けやがる!)
ハクアのスピードは翔のステータスをもってしても簡単に追いつけるものではなく、ギフトを使いなんとか追撃をしている状態だった。
しかしそんな鬼ゴッコも終わりを告げる。
ハクアの逃げた先、足を止め見詰める先には幅二十メートルはゆうにある崖が広がる。翔は知らない事だが、そこはかつてエルマン渓谷の砦に向かう為に通り、待ち伏せされた場所だった。
「ハッ! 逃げ続けた先がこんな崖とはツイてなかったな。さあ、追いかけっこも終わりだぜ」
追い詰めた翔はそう言い放つが、それを言われたハクアは翔へと向き直り不敵に笑うと、崖を背にしたまま後ろに飛び崖下へと身を投げる。
「なっ!」
慌てて崖へと駆け寄り下を覗く翔の視線の先では、ハクアが【結界】を蹴り減速しながら崖を降りている姿が映る。
(チッ! 最初からここに誘導して逃げるつもりだったのか、だが……甘いぜ!)
ハクアが何の算段も無く飛び降りた訳ではないと知った翔は、自らもまたハクアと同じように崖を飛び降りギフトを使い難なく着地する。
「なっ!?」
(ふっ、予想外って面だな。俺が飛び降りて来るとは思わなかったらしい。って、事はここまでだな)
着地と同時に見たハクアの顔に驚愕が浮かんでいた事から、翔はこれ以上ハクアには策が無いのだと断じる。その証拠に今までは逃げに徹していたにもかかわらず、今ハクアは構えを取り油断無く翔の事を睨み付けていた。
(まずはいつも通り正面から真後ろに移動して一撃。それで戦意を折ってやる。殺さないようにだけしないとな)
「はっ! そんな戦闘体勢なんて取って俺と戦う気かよ! 勝てるとでも思ってんのか?」
「……そうだけ、どっ!」
ハクアは言葉の途中に不意討ちで無詠唱のファイアブラストを翔に放つ。だが、そんなものは見越していたと言わんばかりに危なげなく回避した翔は、そのままハクアに向かって走り距離を詰めようとする。
「流石士道白亜。その自信根こそぎ叩き折ってやるよ!」
「ねぇ? どこに向かって啖呵切ってんの?」
ズザザッ! と、いう音を聞きながらいきなり変わった景色に何が起きたのか分からない翔。
(あ? 何だ? 俺はどうなった? これは……土?)
翔は混乱する頭を必死に働かせようとするが、霞がかったように頭は働かない。それどころか顔面と右足に熱の塊があり、それが主張するかのように翔を襲う。
働かない頭を動かし、火で炙られているような熱を発する右足を見る。するとそこには存在する筈の自分の右足が無く、今も血が噴水のように吹き出していた。
「ひっ!? ぎゃぁぁぁぁ! あ、足が、な、何を! 何をしやがった士道!!」
「ほう。流石だな。【痛覚軽減】のスキルでも持っているのか?」
ハクアの言う通り翔は【痛覚軽減】のスキルを持っている。お陰で何とか話す事が出来た。だが、ハクアはそんな翔の言葉に取り合わず観察するかのようにただ眺めていた。
「答えろ! 何をしやがった!!」
そんなハクアの態度に頭に血が登った翔が怒鳴りつける。だが、ハクアの視線は更に冷たくなり呆れたかのように溜め息を一つ吐くと。
「問えば何でも教えて貰えると? まあそれもいいか。答えは簡単、ただ単にお前の自爆だよ。良く見てみろお前の足を切断したお陰で見える筈だ」
ハクアの言葉に足の方を見る翔。そこにはなぜか空中から滴っている血が見えた。
「……これは、糸?」
「正解だ。私はここに逃げて来たんじゃなく、お前を誘導しただけだ。ようこそ私の
「ふ、ふざけんな! ただ糸を張ったってこんなに簡単に骨まで切れない筈だ! 解体するのにだってノコギリや鉈みたいな大物の刃物を使わないと──」
「確かにその通りだな。でもこれは私が作った糸でね。私が魔力を通せば強度は上がり、更に微細な振動を与え続ける事も出来るんだよ」
(まさか、振動で電動糸ノコのように!? クソッ! 油断した。だが、俺のギフトならここから──)
「おっと、ここから逃げるのはオススメしないぞ? 言っただろここは私の巣の中だ。まさか何も仕掛けが無いだなんて都合のいい考えは持ってないだろう? この場所は左右を崖に挟まれた一本道。その道にお前の足を切断した糸を百メートルに渡りランダムに左右と上空にも仕掛けてある。お前の移動距離では一瞬で細切れだ。
それとも運に任せて飛んでみるか? 五回くらい成功すれば無事に出られるだろ? まあ仮にそうだとしてもそのギフト、強力なものなだけあって集中力を使う筈だ。その傷で下手にギフトを使えば、フィラデルフィア実験とまではいかなくてもリスクが高いんじゃないか? お前がここから出るには、私を殺してゆっくりと糸を処理していくしか無いんだよ」
ハクアの言葉に一瞬で冷や汗が出るのを感じる翔。それは罠に嵌まった事に対する恐怖ではなく、誰にも話していないギフトの実情を知られていたからだ。
「な、何で「何でお前が俺のギフトの事を知ってるんだ」かな?」
翔の言葉に更に言葉を重ね、一言一句違わぬセリフを喋る。
「届けてくれた奴がいたんだよお前との戦闘を……な。どうせだそれも解説してやるよ。お前のギフトは二つの使い道がある。一つは自分を含まない移動。これには距離制限は無いみたいだな。しかし欠点として、触れた物体しか移動出来ないんだろ? それと移動後の位置の精度が甘く、距離にも比例するって所か? そしてもう一つが自分を含めた移動だ。これはお前の目視範囲。遮蔽物がある場合も精度は落ちるな?」
(まあ、恐らくは心因的な物が原因だろうけどな。失敗の恐怖が能力に制限を掛けているんだろう。それに距離の制限についても、妨害の為にモンスターを送り込んだ時は一瞬で長距離を移動してきた。にもかかわらず討伐隊の時、モンスターと一緒に現れた時は、一度消えてから時間が掛かっていたのがいい証拠だ。それを元に試してみたら案の定だったしな)
ハクアは自分で解説しながらも自身の考えを纏めていく。その間にも翔の表情は強ばっていく。
「ただ逃げているだけだとでも思ったか? 視界を遮るフリをして遮蔽物を作ったり、わざと攻撃させて隙を作り一気に引き剥がしたりしただろう? 随分と分かりやすかったぞ? それにお前のギフト、移動後の場所に物体がある場合、その物体を押し退けるんじゃなく細胞単位で融合するんだろ?」
翔はいつの間にかハクアの言葉に足の痛みすら忘れていた。
「討伐隊を襲った時に風魔法を使ったのがいい証拠だな。あれは相手を逃がさない為じゃなく、木葉を吹き飛ばす為だったんだろう? もし木葉のある場所に移動したら、運が悪ければ血管に入り込みそれで死ねるものな? ああ、否定はしなくていいぞ。お前が私達の突入を阻止する為に大量にモンスターを森に配置した時にも、失敗して何匹か木に埋まってたしな」
(こいつの能力は私の移動と違い線の移動では無く、点と点の移動。私の場合は遮蔽物は引っ掛かるが、こいつの場合は遮蔽物の中、もしくは遮蔽物に重なるように移動する。早く言えばその場に再構成されるんだろう。
その際の辻褄合わせとしてその遮蔽物と融合という現象が起こる。移動後の位置がいつも地面から離れているのは、地面に融合する恐れの現れだろう。それともう一つ、生物が物のある場所に移動した時は融合が起こるが、逆に物を直接生物の体の中などには移動出来ないみたいだな。
逃げてる途中何度か頭の上から岩や武器を落とされたが、それをやるなら直接狙った方が効率がいいし、そんな事を思い付くならとっくに試している筈だ。恐らくは生物の場合、気や魔力なんかが阻害の原因にでもなるんだろう)
ハクアが判断した事柄は他にもあるが、そこまでは喋る義理は無いと口を閉じる。
そしてハクアのこの推測は正しかった。
翔の能力は自身を含めた触れた物体を移動させる事が出来る能力。
自身の最大飛距離は二十メートル、ギフトのリキャストタイムは2秒。自身を含めなければ【遠視】の能力範囲なら移動させられるが、精度も甘く、自分が接触していなければならない。更に接触した相手が触れている物体も移動出来るが、その数が増える程更に精度が落ちる。
これが翔のギフトの全容。
そしてハクアはこの全容をほぼ完璧に今までの事から推測して読みきっていたのだった。
しかし翔は、ハクアの答えを聞きながら自身の傷の手当てを終え、立ち上がると憤怒の表情でハクアを睨み付ける。
(こそこそとやっていたから見逃してやっていたが、傷口を完全に治してやがる。馬鹿だなこいつ。それとも知らないのか?)
ハクアがそう思うのには理由があった。
それというのも、足や腕などを切断された場合一般的には止血に留める、もしくは切られた部分を合わせて治療するのが正しい対処方だった。
なぜなら切断面にだけ治療魔法や回復薬を使い治してしまうと、肉が盛り上がり接合出来なくなってしまう。その為、チート級の回復能力を持つ今のアクアのスキルを以てしても時間が経ちその状態になった手足は治せないのだ。
(ふむ。まあ、こいつの手足がどうなろうが関係ないか)
「調子に乗って喋ってくれてありがとよ! お陰で治療する時間が出来たぜ。人の足をこんなにしてくれた礼に望み通りぐちゃぐちゃにしてやるよ」
言うや否やギフトを使い移動すると、未だに翔が元居た場所を見詰め続けるハクアの背へと翔の凶刃が迫るのだった。
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