第288話それはハクちゃんの事を甘く見すぎかな~

 ハクアに剣を突き付け向かい合う翔。


 頭の中はこれからハクアをどうしてやろう。そんな考えで一杯だった。その思考自体はハクアの予想とはまるで違ったが、事、自分に意識を集中させ注意力を無くさせる。と、いうハクアの目論み通りの展開になっていた。


(よし。これなら行け──!?)


 自分の予想通りに進む事態に上手く行ったと思っていたハクアの前で、不意に翔が顔を歪め何かを避ける素振りをする。


 偶然。それは本当にただの偶然だった。


 フーリィーの事を阻む為に行く手を遮ったモンスター。その中の一匹のゴブリンが掲げた剣に、太陽の光が反射した事で翔の顔に光が当たり、翔はその眩しさから半ば反射的に顔を光から逃がしたのだ。


 だが、その偶然の折り重なった末の行動は確かに失われる筈だった翔の命を救ってしまったのだった。


(な!? あそこまでハクア様の計画通りに進んでいたのにこんな事で──)


「そこか!」


 偶然とはいえ致死の弾丸を避けた翔は、弾道から大体の位置を予測して狙撃主を探し、遥か上空にヘルの姿を見付ける。


 だが、その瞬間。一瞬視線が外れたハクアはバネの様に跳ね上がり、翔の顔目掛け爪で攻撃を仕掛ける。しかし、その攻撃は動き出しに気が付かれてしまった為に頬を浅く切り裂くだけだった。


「フーリィー逃げろ! 作戦失敗だ!」


 翔へと攻撃を加えたハクアはその結果を確かめる事もせず、すぐ様足元へ特製のケムリ玉を投げ付け逃走に移る。


(クソッ! 煙幕か! ファンタジー世界で狙撃は警戒してなかった。いや、そんな事よりもどうする? 女騎士、狙撃主、それとも士道、誰を追うべきだ?)


 煙りに包まれた翔は目まぐるしく頭を回転させながら考える。だが、頬を伝わる血の感触にその考えはすぐ様捨て去りギフトを使ってハクアの後を追う。


(狙撃主はもう逃げたみたいだな。女騎士もあの包囲を抜けられなかった時点で詰んでる。俺がすべきは士道を捕まえる事だ。この傷の礼はタップリとしてやる!)


 あらかじめ失敗した場合の指示をハクアから受けていたフーリィーだが、果たしてその指示に従うべきかを、ハクアを追う判断をいち早くした翔の背を見ながら考える。


(確かに失敗した場合は直ぐ様撤退と指示を受けましたが、あそこまでの作戦を破られてしまえばハクア様とてもう手が無い筈。どうする? ……やはり追おう。このままハクア様を失えば皆さんに顔向け出来ない。何よりもあの方をこんな所で死なせる訳にはいかない!)


 時間にして数秒の思考を終えたフーリィーは、ハクアと翔が消えた方角目指して今度こそ全力でモンスターへと突撃する。群がるモンスターを切り伏せ、突き刺し、次々に倒しながら突き進む。


 だが、そんなフーリィーの前にオーガが立ち塞がり身の丈もありそうな棍棒を振り下ろす。


 ドガァ! と、音を立てながら振り下ろされた棍棒をギリギリで避けたフーリィーは、その棍棒を伝って駆け登りオーガの顔に細剣技【スタッブクロー】を放つ。


 回転を加えられた高威力の刺突はオーガの頭を吹き飛ばし、その威力にオーガの体は傾いでいく。そんな体を攻撃の勢いのまま踏み台にして一気にモンスターの上を通り過ぎていく。だが、そんなフーリィーの体を空中で見事にキャッチした人物がいた。


「ヘル! 何をするのですか!?」

「貴女こそ何をしているんですかフーリィー? マスターからは作戦が失敗した段階で撤退だと言われていた筈ですよ?」

「ですが! あんなにも作戦通りに事が運んだにもかかわらず失敗しました! いくらハクア様と言えど無策のままでは──」

「大丈夫ですよ。作戦は第二段階に移りましたから」

「ですが! いくら第二段階に移ったと言っても……言っても? ……え? 第二段階ってなんですか? き、聞いていませんよ!?」

「ええ、言っていませんからね」

「いっ、言ってないって何故ですか!? 信用されていなかったんですか私!?」

「そうではありませんよ。ただ、貴女は少し素直な所があるのでその為です。更に言えば相手が読心のスキルを持っていた場合の備えですね。そもそも作戦は二の手三の手を用意するのが普通ですから」

「うう、確かにそうですが。で、では、次の策はどんな物なのですか?」

「それはですね──」

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

「ご主人様……」


 森の外周、ハクアの指示の通りに準備をしたアリシアは、テア達やエルザ達と共にゴブリンの索敵範囲の少し手前で待機していた。


「随分と心配そうだな?」


 そんなアリシアの独り言に準備を終え報告に戻って来た澪が声を掛ける。


「他の皆も設置は終わって既に待機しているそうだ」

「そうですか。あの、澪は心配ではないのですか?」

「全く? 寧ろ私は相手に同情すらしているぞ。何せ奴等は逆鱗に触れたんだからな。正直な話、狙撃で死ねた方が楽だとすら思ってる」


 澪の言葉に元女神達以外の面々が驚く雰囲気が漂う。そんな中、アリシアが代表として澪と話を続ける。


「しかし、その狙撃も成功するとは限りませんし」

「ああ、六割は失敗するだろうな」

「へ? あ、あの、どうしてですか!?」

「ん? 当たり前だろう? そもそも狙撃とは相手が動いていない状態。正確には狙撃目標のみがその場に静止している状態で行うものだ。例えば普通に立っていたり、乗り物の中で座っていたりだな。そんな中ですら絶対とは言えないんだ。いくら白が相手の動きをコントロールした所で、周りのモンスターの動きまでは完璧にコントロールするのは流石に不可能。不確定要素も多いからな。運が悪ければ容易にひっくり返るだろう」

「そ、それを分かっていてなんで言わないんですか!? ご主人様の策はそれだけなんですよね!」

「いや、そんな訳無いだろ。次の手は用意してあるぞ?」

「わ、私は聞いてませんよ!」

「それはそうだろ。私も聞いてないしな。恐らく聞いてるのはヘル位でフーリィーも聞いてないだろう」

「な、何故フーリィーは聞いてないんですか? それに澪も聞いてないならなんでそんな事が──」

「フーリィーは騎士そのもので、私や白のように相手を騙し、欺くのは苦手だからな。細部まで話せば動きに違和感が出るとアイツなら考える。それと私が聞いてないのに何故分かるかと言えば、私ならそうするからだ。狙撃なら当然他の手まで用意する」

「う、それなら澪はご主人様の次の手も分かるんですか? 私達が教えて貰えなかった理由も?」


 あまりに当たり前のように断言する澪の言葉に言葉を詰まらせながら、アリシアは更に疑問をぶつける。


「まっ、推測はな。恐らく一番の理由は聞けば止められると思ったからだろう。お前等は必要以上に瞬間移動を危険視してたからな。それを踏まえると次の手は単純に相手を引き摺り出して一対一の勝負に持ち込む事だろうな」

「あの? ミオ様、それは作戦なのですか?」


 あまりにも単純なものに堪らずエルザが澪に問い掛ける。


「まあ、そう思うだろうな。ただはっきり言えば、瞬間移動自体は確かに恐ろしい技だが使っているのが素人すぎる。移動自体は落ち着けばある程度予測出来る範囲だしな、私ですら勝利自体はそう難しくはない筈だ。しかしそれも、一対一の横槍が入らない状態で、尚且つ相手が最後まで戦うという条件で……だ」

「どういう事ですか?」

「瞬間移動だぞ? 自分が死にそう、負けそうになれば逃げるだろう。だからこそ白が取る行動は、不確定要素を省いた一対一で相手の逃走を完璧に封じる形に持ち込む事、もしくは相手の能力を発動させない事、これに限るという事だ」

「確かにそう言われるとそうですが、ミオの言う通りその瞬間移動はそんなに簡単に攻略出来るものなのですか?」

「それはハクちゃんの事を甘く見すぎかな~。アリシア」

「さ、サトコ様!?」

「あの子はね。情報が出揃った一対一の戦闘なら神に近いレベルの未来予測が出来るんだよ。だから大丈夫負ける事はないよ」

「か、神に近いレベルですか?」

「そ、まあ、見てれば分かるよ。狙撃に失敗しても成功してもそろそろ敵が動き出す。ハクちゃんの指示で仕掛けた罠の効果を見れば信憑性は増すと思うよ? って、澪ちゃん何処行くの?」

「ん? ああ、少し八つ当たりをしに……な。白の指示した罠の場所を変更して、流れを誘導するようにしたからな。何もしなくても良いんだが、あそこまでやられて黙っていられる程大人でもないんでね。そんな訳で行って来る。漏れた分は頼んだ」

「了解です。指示はこちらで出しますよ澪さん」


 それだけ言い残して去って行く澪に返事をしたテアは、再びエルザ達に向き直りそのままハクアの作り出した戦場の解説に移る。


 もともとメイド組を連れて来た理由は、テア曰く、今回の戦場は分かりやすい教材だからだそうだ。その為、メイド組はハクアが突入してから罠の設置、敵の動きの読み方等をテアに教わっていた。


(元、とはいえ女神様も大丈夫と言ってくれたんです。ここはご主人様の事を信じましょう。とても心配ですが……それにしても、ん~。私の知識の中のメイドはこんな事を習う必要無いと思うのですが、私の知識が間違っていたのでしょうか?)


 そんな事を思いながら、ハクアの指示通り罠をすり抜けたモンスターが居ないか注意深く探すアリシアだった。

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