第287話「流石マスター。計画通りです」
ハクアの素早い攻撃が翔を切り刻もうと何度と振るわれるが、その悉くがギフトを使い距離を取る翔には届かない。
(ははっ! 最初こそ早すぎて良く分からなかったが、ここに来るまでに体力が無くなってきてやがる。これなら俺でも避けられる)
翔の予想通り、ハクアのスピードは最初に比べると格段に落ちていた。しかし仲間を殺されたハクアは激昂しただただ愚直に翔に向かっていく。
「なんで! なんで殺した! お前も
(ククッ! やっぱりだ! あの兵士共は恐らくこいつの仲間。それもかなり親しかったんだろ。なら……)
「そんなの決まってるだろ。邪魔だからだよ! あんたにも見せてやりたかったぜ。あの無様な死にかたをよ! どいつもこいつも叫ぶだけで手応えも無い! それにあの獣人野郎は傑作だったぜ! あの図体で必死に逃げ回るだけなんだからな!」
翔の挑発を込めた言葉は、狙い通り見事にハクアの怒りに火を付けた。それは翔自身今まで感じた事も無い、全身を突き刺すような殺気と、先程よりもより直線的で鋭くなる攻撃が何よりもその事を示していた。
「この、邪魔です! ハクア様いけません! 敵の挑発です! 心を静めて下さい!」
必死にハクアの元に駆け寄ろうとするフーリィーだが、その行動はモンスターによって阻まれる。
育斗により操られているモンスターは、フーリィーを殺そうとするよりも足止めに重点を置き、ハクアの元へ行かせまいと道を塞ぐ。
翔に対する怒りがハクアの攻撃を単調にさせていく中、翔はその攻撃をギフトを使う事で余裕を持って避けながらゆっくりとだが、確実にハクアに手傷を負わせていく。
それでもハクアは絶え間無く翔に向かい続け攻撃を加えていく。だが、そんなハクアにも遂に体力の限界が来たのか、その動きが精彩を欠き、遂に足を滑らせ膝がガクッと下がる。
当然攻撃を避ける事に重点を置き攻撃のチャンスを狙っていた翔は、その隙を見逃す筈も無くハクアに向かって渾身の一撃を加える。
「くっ!」
何とか身を捻り致命傷は避けるが、翔の剣による一撃はハクアの左腕に命中し血飛沫が派手に飛び散った。
避けた体勢のまま左腕の傷口を押さえしゃがみ込むハクアの首に、金属の冷たい感触が伝わる。
「チェックメイトってか? どうだ。降伏するなら許してやるぜ?」
地面に膝を突き体を支えながら睨み付け、互いに視線を絡ませる二人。
「ハクア様!? この……どけ!」
そんな向かい合う形で首筋に剣を突き付けられたハクアを助け出す為、なんとか包囲を破ろうとするが抜け出せないフーリィーは、動揺と畏怖を感じながらその光景を眺める。
(まさか……まさかここまで……
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突入地点に向かう途中、フーリィーはハクアから更に詳しい作戦を聞いていた。
「何故です? 私が共に行くのならハクア様よりも私が先陣を切るべきです。言い方はなんですが私の方が突破力はあるので成功率は高い筈です」
フーリィーは自身が行動を共にするのにもかかわらず、変わらず自らが先陣を切ると言っているハクアに当然の疑問をぶつける。
「確かに突入の成功率を考えればそれが妥当だろうね。でもそれは突入に関してだけだよ。フーリィーが言ったように、この一見無謀な突撃をするのならステータスが高い人間にやらせるのがセオリーだ」
「それならやはり私の方が良いのでは?」
「ただそれだと後に繋がらない。まず、さっきも言った通り、今回私達はわざと相手の監視網に引っ掛かり、無謀な突撃に体力を磨り減らす演技をする」
「それは確かに聞きましたが……」
「だが今回、アイツ等が命を懸けて掴んでくれた情報のお陰で首謀者が勇者である事が判明している。澪にも確認取ったしな。さて、ここで質問だ。この世界の騎士であるフーリィーではなく、私が先陣を切れば同郷の人間はどう考える?」
「自分達と同じ勇者として召喚された。と思う……ですか?」
「そうだ。しかもこのタイミングだ。私と討伐隊の関係性は勿論疑うだろ? そして今回、フーリィーを連れていく事で、同じ勇者でありながら騎士を従える立場にあるようにも見える筈だ。更に言えばその騎士よりも前にいれば、当然その騎士よりもステータスが高いとも思うだろ? それこそさっきフーリィーが言ったように、ステータスが高い人間を前に出す方が良いのだから」
「確かにそうですね」
ハクアの言葉に頷きながら自分でも確かにそう思う。そう考えてフーリィーはハクアの説明に集中する。
「そして今回の事ではそこがミソだ。恐らく疲れ果てた私達が本陣に辿り着けば、私達はすぐさま道中よりも強いモンスターに囲まれる。それと共に奴も姿を現す筈だ」
「あの勇者がですか? そんなに上手くいくのでしょうか?」
「いくよ。映像を見れば分かる。最初は後ろから首を一撃で撥ね飛ばした。これは自己保身と自信の現れだ。最初からモンスターで囲めば良い物を一人でやった。仲間を呼んだのはその後だ。能力への信頼。それによる自信があったんだろう。それでも最初に後ろからの奇襲を仕掛け、首を狙ったのはパフォーマンスと安全性だろうね」
「パフォーマンスですか?」
「ああ、殺すだけなら口を塞いで首を切れば大抵死ぬ。そうじゃなくても首を撥ね飛ばすなんて不確かな事をしなくても、後ろから心臓でも刺せば良いだけだし、あんな能力があるんだ。一人一人拐って殺せばもっと楽な筈だろ? それを敢えてあんな形で行ったのは、仲間に対して見せ付けるためか、もしくは相手に恐怖や怒りを与える為だろう。その後のガームに対してもそうだ。一撃で殺せる場面なんて幾らでもあったにもかかわらず仕留めずにいた。相手よりも優位に立てば自分の力を誇示して恐怖させたいんだろうな」
「そうかも知れませんが、それがどう繋がるのですか?」
「フーリィーはさ。自分が絶対的有利な立場でどちらも刈り取れる疲れている人間なら、強いのと弱いのどっちを倒したい?」
「……状況にもよりますが、討ち取れるのであれば早い内に強い方ですね」
突然の質問に半ば反射的に答えながら質問の意味が分からず困惑する。そんなフーリィーを見ながらハクアは答えに頷き話を続ける。
「そう。ましてや相手は力はあっても素人だ。しかも監視に気付かれているとも思ってない。そんな状態だからこそ、アイツはより確実に姿を現して強い方。つまりは私を殺りに来る。恐らくフーリィーはモンスターによる足止めがメインになるよ」
「何故……足止めだけだと?」
「当然だよ。奴等にとっては自分達の所に来た時点で、既にどうやって殺すのが楽しいかってレベルの話だからね。なんせ奴等にとってフーリィーは私よりも弱い敵だ。だからこそフーリィーには私の元に向かう振りをしながら強いモンスターを狙い打ちして、相手の戦力を削いでもらう。後は誘導して私を怒らせる言葉を吐かせれば、私の怒りに任せた単調な攻撃を奴はギフトを使って避けながら、更に体力を削りミスを待って仕留めに来る筈だよ」
「それではやはりハクア様が危険なのでは?」
「いや、言ったろ? 奴は絶対的な優位に立てば相手を追い詰めて遊ぶんだ。オモチャを手に入れた子供のように、昆虫の羽をむしるかのようにね? だからこそ私もフーリィーも死なない。殺されない。何故なら最大限に苦しめるか、徹底的に心を屈服させるのが一番の目的にすり替わるからだ。まっ、どちらにせよ。やる事は変わらない。後は効果的な場面と場所に誘きだして──」
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向かい合う形で首筋に剣を突き付けられたハクア。
そんなハクアを見ている人物がもう一人、ハクア達が突入した直後から遥か上空に銃を構えて待機していた。
「流石マスター。計画通りです」
ひたすら上空で隙を待ち構えていたヘルは、ハクアから指示のあったお互いに視線を絡ませ止まる瞬間を正確に捉え、ハクアと共に作った新武装スナイパーライフル型魔導銃【イェーガー】の引き金を引き、圧縮した魔力弾を撃ち出す。
イェーガーの効果により圧縮率の高まった魔力弾は、更に威力と命中精度、弾速が増し、低レベルモンスターや威嚇、援護にしか使えなかったヘルの魔力弾を、同格以上の相手にも通用する程に性能を引き上げていた。
そして、その高威力の弾丸は今、ハクアと向き合う事で更に視野が狭まりるように誘導された、翔の後頭部を吹き飛ばす為に迫って行った。
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