第286話……つくづく彼女が仲間で良かった

「フーリィー! 前方ゴブリン三、左を頼む」

「はい!」


 ハクアと共に敵陣に突入したフーリィー達の進撃速度は驚異的と言っても良いほどの速度だった。


 それと言うのもほぼ全ての敵は現れる前にハクアに補足され的確に対処されていたからだ。


(この鬱蒼とした森の中こんなにも正確に相手を補足出来るものなのですか? それに私と違いヘルとリンクして今も同時に澪様達に指示を出している。この才能……つくづく彼女が仲間で良かった)


 ハクアの指示に従いながら進撃を進めるフーリィーに不意にハクアから声が掛かる。


「フーリィー、でかい攻撃はどれ位の時間で出せる? 止まる必要はあるか?」

「い、いえ。時間さえ戴ければ止まらずに行けます。ですがその場合私は攻撃に参加出来ませんし二分程時間が掛かります」

「二分か……よし。なら今から準備を頼む合図で放ってくれ」

「了解です。あっ!」


 ハクアがフーリィーに振り向いた直後を狙ったかのように、木陰から飛び出した一匹のゴブリンがハクアを狙う。しかしハクアは更にそれを見越したかのように飛び上がる。


 奇襲のタイミングで襲った筈のゴブリンも目の前の相手のいきなりの行動に一瞬足を止める。そんなゴブリンの頭上を飛び越したハクアは、すれ違い様にゴブリンの頭を両手で挟み一瞬で頚をねじ切り絶命させると、何事も無かったかのようにスピードを落とさず走り続ける。


(これだ……。思いもよらない作戦や索的能力だけでなく、相手を一瞬で無力化する技術が凄まじい。ゴブリンなら私も一撃で倒す事が出来る。しかしあそこまで無駄無く正確に相手を倒す程の技は無い。この方はどれ程の力を隠しているのだろう)


 フーリィーは思考の渦に没頭しそうになるが、そんなフーリィーをハクアの声が呼び戻す。


「フーリィー! 二十秒後前方に全力で撃ち込め!」


 それだけ伝えたハクアも魔力を高めているのが分かる。


 ハクアには何が見えているのか? 何が起こるのか? 疑問の言葉が浮かんでは消えるが、フーリィーは正確に二十秒後、幾つもの光の杭を撃ち込む自身の最大規模の大技【千光塵】を放つ。

 そしてハクアもそれと同時に蒼白い炎を放ち、フーリィーの放つ技と合わさり眼前を凶悪な力の奔流が蹂躙していく。


(いつの間にアレほどの数のモンスターが……あのまま何もせずに飛び込んでいたら敵に囲まれていた。しかも私が力を溜める前にはあのモンスター達はまだ見えていなかったし突然現れた。それを予測したと言うのですか!?)


 ハクアの能力に戦慄するフーリィーはその一瞬の思考に気を取られ、積み重なるゴブリンの死体の中から出て来たホブゴブリンの奇襲に気が付くのが遅れ、その足を緩めてしまう。


 だが、前を行くハクアはその敵ながら見事なタイミングの奇襲を物ともせずに掻い潜り、自分と相手の交差する勢いも利用して、安物のナイフでホブゴブリンの首を中程まで切り裂き走り抜ける。


 当初の宣言通り足を緩めたフーリィーに気が付きながらも速度を緩めない。言われたにもかかわらず足を緩めてしまったフーリィーは、自身を恥ながらもハクアのスピードに付いて行くべく更にスピードを上げて行く。


 走り始めてから三十分程、数多の敵を屠りながら走り抜けるハクア達だが、当初に比べればスピードはいささか落ちていた。


 だが、それすらもハクアの作戦。


 傍目から見れば無茶にも程がある強行軍の進行。ハクアはその状況すらも利用して幾つもの罠を張る。


 実はハクアは前日には育斗が配置したクールルアイズの位置を全て把握していた。だからこそハクアはやろうと思えば翔の事を暗殺する事も出来たのだ。


 しかしそれをするには確実に仕留められるという確証が無かった。なんせ相手は瞬間移動のギフトの持ち主。一撃で確実に殺す事が出来なければ確実に逃げられてしまう。そうなれば見付ける事は難しいだろう。と、いうのがハクアの考えだ。


 更に言えばもう一人のテイマーも問題だった。


 殺した瞬間支配が解け無秩序にモンスターが動き回れば被害は大きくなる。五百匹近いゴブリンが一斉に放たれればそれこそ悪夢と言うものだ。


 だからこそハクアの取った行動は、なるべく多くのクールルアイズの監視に掛かる最短距離を走り抜け注目を集めるというものだった。更に監視を利用する事で自らの疲れすら演出し、今も監視を続けている者に絶対的な優位があると思わせる事がハクアの狙いだった。


(全力で走ってはいるけどそれほどの疲れは無い。まさか監視を潰さずに利用するなんて考えもつかなかった。それにさっきのゴブリンチャンピオン……普通のゴブリンの大きさでホブゴブリン以上の膂力を持っている上位個体。私でも瞬時に倒す事は難しいアレを、ハクア様は一瞬で見抜くと多数のフェイントや武器を用いて意識を誘導して、見事にスピードを落とさず片目だけとはいえ奪ってみせた。作戦の立案、遂行能力、判断速度、戦闘技術どれを取っても高水準。ここに相応のステータスが加わったらこの方はどこまで……)


 一度も止まる事無く進軍し続けたハクア達の前に、遂に本拠地とおぼしき村が見えてくる。その村は外敵の侵入を防ぐ為か柵と積み上げた石で村を囲っていた。


(御粗末だな。とはいえ瞬間移動が出来るなら強度よりも見晴らしの方が重要って所か)


 ハクアの考えの通り翔にとっては守りよりも視界が塞がれ、侵入者が見えなくなる事の方が問題だった。その為翔は村の周りの防備を柵と石の補強で守りよりも、寧ろ侵入者の足止めを主とする物を多く配置したのだった。


「は、ハクア様!?」


 それを確認したハクアはフーリィーの事を抱えると、勢いのままに大きく飛び更に【結界】も使い村の防備を一息に飛び越える。


(元々足止めだけの物、やっぱり越えられても備えは無いか)


 着地と同時にフーリィーを降ろし、辺りを窺う。


 すると今まで誰も居なかった空間に多数のモンスターが現れ、二人を取り囲むようにその数を増していく。


(まっ、こうなるか。今まで温存してたゴブリン以外のモンスターを当然ここに使ってくるよな)


 ハクアが現状を冷静に観察しているとモンスターと共に翔が現れる。


「やぁ、あんた士道白亜……だろ? なんでこんな所に居るんだ?」


 現れた翔がハクアに問い掛ける。だが、ハクアは勿論取り合わず逆に質問を重ねる。


「そんな事はどうでもいい。それよりも数日前ここのゴブリンを討伐しに来た部隊を潰したのはお前か?」

「そうだって言ったら?」

「殺す!」

「駄目ですハクア様! くっ!」


 翔の答えを聞くや否や飛び出すハクア。それを見たフーリィーがハクアを追おうとするが、取り囲むモンスターの群れはハクアの行動が合図だったかのようにフーリィーへと襲い掛かり、フーリィーは対処を余儀無くされるのだった。

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