第285話後は指示通りに頼む

 襲撃の報せを受けた翔は取り急ぎ育斗の元に状況確認に向かう。


「動野! 相手は何人だ!」

「わ、分からねぇ! けど見えたのは多分二人だ! で、でも、有り得ねぇ速さでゴブリン共が殺られてく!」


(チッ! 捕らえた兵士を助けに来たのか? それとも報復? どちらにせよ。こいつは一直線に向かって来てる。なら……)


「お前の出してる本命のモンスターはここに呼び戻して進路上にゴブリン共を集めろ! その様子を監視置いて確認するんだ」

「わ、分かった」


 翔の見立て通り侵入者はほぼ一直線にこちらに向かって来ている。育斗に指示を出すと同時に、翔はスキルを使い待機させていたゴブリンの元へ向かい、更に進路上へとゴブリンを配置していく。


(これで時間が稼げる筈)


 残っていたゴブリンを全て移動させた翔は、急いで育斗の元へと戻り監視の映像を確かめる。


 暫くは翔と育斗が移動させたゴブリンの姿しか映らなかったが、暫くすると不意に轟音が鳴り視界を炎が埋め尽くす。


 映像の炎に目を焼かれながらもなんとか映像に目を向けると、そこには画面一杯に広がっていた森が消え去り、今まで居た筈のゴブリンの焼け焦げた死体が折り重なった姿が映しだされた。


(クソ! 読まれたのか!?)


 内心の動揺を隠しながらも映像を見続けると不意に画面の端から二つの人影が映り込む。


 だが、影達が画面を突っ切ろうとすると折り重なったゴブリンの死体が動き中からホブゴブリンが現れ、完璧な奇襲のタイミングで影達を襲う。


 あまりの完璧な不意打ちに速度を緩める金髪の女騎士。


 だが、その前を走る白い髪の少女は一切スピードを落とす事無くホブゴブリンの一撃を躱わすと、その勢いのままカウンターでホブゴブリンの首を中程までナイフで切り裂きつつ同時に駆け抜け、一瞬足を止めそうになった金髪の女騎士も慌ててその後を追う。


 数秒。一連の行動はあまりにも速すぎた。だが、それでも確かに翔は見た。


(あれは……)


「し、士道さん?」


(そうだ。あれは確かに一度死んだ筈の士道白亜だ)


 女なんて幾らでも代えが利く、それが翔の考えだ。


 だが、そんな翔でさえどうしても、どんな手を使っても手に入れたいと考えていた同級生の少女。


 召喚される少し前に交通事故でこの世を去り、どんな手を使っても手に入れられなくなった少女がそこに映っていたのだ。


「は、はははは! ツイてる! まさか、まさかこんな所で! ……手に入れる! なんとしても絶対に!」

「士道さんが……あの士道さんを僕が……はは! なんだそれ? ははは、く、工藤君! たまにでも良いから僕にも、僕にも貸してくれるよね!?」

「……良いぜ。その代わり俺の許可無しでは使うなよ?」

「うん……うん。それでも良いよ! あの、あの士道さんを好きに出来るならそれでも従うよ」

「なら、正義の味方を狩って美味しく戴くとしようぜ」


 白亜の姿を確認した二人は歪んだように、壊れたように、狂ったようにその白い姿を嗤いながら見詰める。


 それは果たしてこの世界に来て狂ったのかそれとも──。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

「絶対に駄目です!!」


 ハクア達が突入する少し前、翔達の放った警戒網の少し手前でハクアの作った簡易休憩所からアリシアの声が響く。


 上空からのヘルの偵察により敵の総数が五百だという事が分かった。そのほとんどがただのゴブリンとはいえ、その数はあまりにもこちらの戦力と違いすぎた。


 こちら側のメンバーはハクア達いつものメンバー十人とシィー、澪、フーリィーにユエ達七人、更に女神であるテア達四人とエルザ達メイド組三人を加えた総勢二十七人。

 だが、女神であるテア達は手を出す事が出来ず、ハクアはエルザ達も戦闘に出す積もりは無い為にその数は実質二十人だけ。五百ものモンスターを相手取るにはあまりにも少ない人数だった。


 そんな中ハクアが放った一言それは自分一人で真正面から正面突破するというものだった。そんなハクアらしからぬ作戦とも呼べないものは当然アリシアの受け入れられるものではなかった。


「そもそもなんでハクアだけで正面突破なの? 正面突破自体全然いつものハクアらしくないよ。怒ってるのは分かるよ私も同じ気持ちだもん。だけどもっと冷静になるべきだよ」


 だが、そんなエレオノの言葉にハクアは静かに首を振り否定する。


「私は自棄になった訳でもトチ狂ってる訳でもないよ。まず、私は陽動兼主力だ。一直線に本陣に突入して全ての目を引き受けあの瞬間移動のギフト持ちを釣る。むしろその後のテイマーと大量のモンスターは皆に受け持って貰う」

「それなら最初から全員で突入する方が良いんじゃないかな?」

「駄目。一番最初になんとかするべきは瞬間移動だ。こっちが優勢に立とうがアレをなんとかしない限り幾らでも状況がひっくり返る」

「確かにそうですね。効果的な配置、奇襲、仲間の分断あの数を相手に各個撃破されたら勝ち目はありません」

「それにゴブリンならなんとかなるけど他のモンスターは流石に苦戦する。一人なら回避も出来るけど人数が多くなれば動きも鈍る」

「ですが!」

「それならせめて私だけでも連れてってよハクア」

「駄目だよ。私の速度に合わせられない。エレオノ達じゃ遅すぎる」

「では、私を連れて行って下さいハクア様。私ならハクア様の全力に付いて行く事が出来ます」

「……分かった。けど、遅ければ置いていく」


 ハクアの言葉に頷いたフーリィーは安心させるようにアリシア達にも頷いてみせる。


「最後に一つ言っておくけど……これは敵討ちでもなんでもない。アイツ等がやり残した事を私達で完璧にやり遂げるだけの話だ。目標を倒すのが目的じゃない。彼処に居る全てを片付けるのが勝利条件。それを念頭に置いて一匹残らず全て屠る」


 ハクアの言葉に澪や瑠璃、元の世界からハクアの事を知っている面々以外がハッとした顔をして頷く。


 それを見たハクアは自身の空間魔法で中から一つの石を取り出し全員に配る。


 この石はハクアが研究の結果見付けた物で、片側から一方的にではあるが【念話】のスキルのように声を届ける事が出来る魔道具だった。


 そしてハクアは今回の作戦のキモに付いて詳細を語り始める。


「全員渡した地図の表記は頭に叩き込んだね? 昨日の段階で下調べはしたから全て書き込んだ。後は指示通りに頼む」


「「「了解」」」


 その返事に満足したハクアは、フーリィーを伴い一足先に警戒に当たるゴブリン達が見える位置までやって来た。


「フーリィー、私からのオーダーは一つ。立ち止まらずに走り抜ける。それだけだ」

「敵が来た場合は?」

「立ち止まらずに撃破するのが望ましい。けど、出来ない場合は手傷を負わせるだけでいい。片目を潰す、四肢のいづれかを奪う、深い傷を負わせるなんていいね。まあ、それもついでにだから一番は止まらない事だ」


 フーリィーはここに来るまでに更に詳しく作戦を聞いていた。


 それは軍としての作戦しか知らないフーリィーにはとても思いも付かないようなものだった。


 ハクアの提示したものは一見無謀にも思うが、もしもハクアの言う通りに事が進めば合理的だった。


(でも……本当にそうなればそれは最早それは……)


「行くよ。遅れても待つ積もりはないぞ」

「はい!」


 それかけた思考がハクアの言葉によって引き戻され、そんな場合ではないと頭を振り気合を入れる。

 そのフーリィーの返事と聞くと共にハクアは突入を開始した。

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