第283話何処までも私のエゴ

 部屋に駆け込んだ私は目の前の光景に一瞬思考が停止する。


 怪我は? 助かるのか? 傷が大きすぎる。アクアなら。いや、それでも……。作戦は? 失敗? 何が起こった? 誰がやった? 何故ガームだけが? 他の連中は? 回復術師はなんでそんな顔をしてるんだ。


 様々な思考が頭を過り何度も同じ問いを繰り返す。


 アクアに治療はさせている。しかしガームが治る気配はまるで無い。


 傷は治っている。でも、命が零れ落ちるように衰弱しそれと共にHPが減って行く。


 この世界は確かにゲームのようだ。


 魔法がある。スキルがある。モンスターだって神だって居る。


 しかし……それでもこの世界はゲームと同じではない。


 HPが満タンでも頭や心臓を貫かれてしまえば簡単に死ぬ。


 体が治ってもそこまでに受けていた傷の影響でだって死んでしまうのだ……ガームのように……。


 私は必死で治療を続けるアクアと既に別れをさせる為に止められる事なく、ガームにすがり付いて泣いているリンクとリンナを見る。


 今、私がやるべき事は一緒に哀しむ事じゃない。


「アクア。ありがと……もういいよ」

「おね……ちゃん」

「何で、何でですかハクアさん! 何で治療を止めちゃうんですか!!」

「兄ちゃんを助けて下さい! 何でもするから! します……から……」

「無理だ。この子にも治せない。それより二人も退いてくれ」


 私の言葉を聞いた兵士が二人に近付きガームから引き離す。私はそれを眼で追う事無くガームの顔から目を離さない。


「ガーム。辛いのは分かる。だが、何が起こったか話してくれ。お前の役目を果たしてくれ」

「ハ……クア……様」

「ゆっくりで良い。教えて」


 私の言葉に頷いたガームは、途切れ途切れの言葉でポツポツと語り始める。


 四日前、目的の場所に辿り着いたガーム達フープの兵は、アリスベルから来た作戦参謀の指示の元、敵勢力の偵察を二日間掛けて慎重に行った。


 それは私の聞いた情報通り敵勢力の全てが分かるものではなかったが、かなり中心部まで調べてもゴブリンやホブゴブリン等しか居らず、やはり当初の推測通り中心に居るのはゴブリンロードだろうという事になった。


 当初からこの規模のゴブリンが武装までしている事からゴブリンロードの関与が疑われて居た為、アリスベルからは作戦参謀だけでなく、ゴブリンロードが居た場合に対応する部隊も既に参加済みだった。


 その為昨日、当初の予定通りに作戦は決行された。


 作戦自体は単純な包囲殲滅。


 混成部隊の数を生かし部隊を円状に展開する。更には前衛部隊と後衛部隊を互いに組ませる事でより安全に作戦を遂行していた。


 参加していた者達もあまりにも作戦通り進むものだから拍子抜けだったと言う。そう……ゴブリンどころかオーガやトレント、トロール、テンペストウルフ等の想定外のモンスターが現れるまでは……。


 それらのモンスターはゴブリンとは反対。つまりは部隊を後ろから強襲する事で部隊を挟み撃ちにした。


 その為、円状に部隊を分けた事で数の少なかった前衛部隊は、更に後衛部隊を守る為に部隊を分けざるを得なかったが、それでもなんとか懸命に部隊をかき集め残りの戦力で撤退戦を始めた。


 そしてその煽りを最も受けたのは前衛部隊ばかりのフープだった。


 オーブにも前衛部隊は居たが、数が少ないが為に後衛部隊の近くに配置して突破して来たモンスターを刈る役目に就いたからだ。


 だが話はここでは終わらない。


 前衛部隊に前後を護られる事になった中央の後衛部隊。オーブとアリスベルの貴族はなんと自らの保身に走り、前衛に居る部隊の人間は所詮平民や下級貴族、獣人だからとフープの兵ごと纏めて魔法で攻撃し始めたのだ。


 そう。この配置は全てがフープの兵を犠牲にして自分達が包囲を突破する為の罠だった。


 そして、フープの兵を前線に残しアリスベル、オーブの貴族は包囲を抜け自分達だけ逃げたした。


 それでもなんとか仲間同士集まりモンスターの攻撃に耐え包囲を無理矢理突破した。


 その頃にはガームを含めた部隊は当初百人程集まっていた仲間も三十人程度まで数が減っていた。しかも他の部隊とははぐれてしまった為に生死も不明だそうだ。


 だが、そんな逃げ延びたガーム達がモンスターの群れから離れた所で小休止を取ろうとした時、ガームは不意に仲間の男の後ろに私達と同じ年頃の男が現れたのを見た。


 そしてその男は呆気なく生き残った男の首を撥ね飛ばした。


 一瞬時が止まる中、いち早く思考を復活させた他の兵士がその男を迎撃しようと攻撃を加える為に攻撃を繰り出す。


 しかし男は攻撃が当たる直前、またもガーム達の目の前から忽然と姿を消すと、攻撃を行った兵士の真後ろに突然現れ、同じように首を撥ね飛ばし同時にガーム達を囲むように風魔法で閉じ込めた。


 風の壁の中何度か同じような事が続いた後、全員で円陣を組み死角を無くす。


 だが、それを嘲笑うように男は何度も姿を消しては違う場所から現れ部隊の人間を襲っていく。そして襲撃が止んだのか? そう思った時、今度は大量のモンスターと、それを引き連れたテイマーらしき人物までその男と共にいきなり現れた。


 その段になって自分達では対処が出来ないと悟った部隊を纏めていた人物が、若く獣人故に体力もあるガームに魔道具を託し、この状況を少しでも詳しく私達に伝えるんだ! と、ガームだけを逃がし自分達は時間稼ぎの為に残ったのだそうだ。


 しかし、少しすると最初に襲ってきた男はまたもガームを追撃してきた。必死に避けるがガームには自分が上手く避けている訳ではなく、遊ばれているだけだと分かった。それでも幸いにと必死に逃げるがその途中崖から落ちてしまった。


 どれくらい眠っていたかは分からないがあの男からの追撃は止んでいた。


 そしてボロボロの体を引き摺り、運良く見付けた逃げ出した筈の騎竜を見付けなんとか帰ってきたのだそうだ。


 途切れ途切れの言葉を必死に紡ぎ伝えられた言葉を整理する。


「ハ……ク……ア様。こ……れを……」


 そう言ってガームが渡してきたのは私が渡した物見の玉と呼ばれる魔道具だった。


 この玉は魔力を流した術者の視界を映像として映し出す魔道具だ。しかし、そもそもこの魔道具自体が高く、消費魔力も多い上に一度見る為に使うと壊れてしまう為、あまり使われていない道具だった。


 クソ。ゴブリンロードが見てみたいからって渡した道具がこんな事の為に使われるなんて……こんな物よりもお前等自身が帰って来なくてどうすんだよ……クソ。


「皆……殺さ……れた。無意味に……何も果たせず。ぐ……うぅ……」


 ガームが泣く。何も成し遂げられなかったと、果たせなかったと、自分達の行為が無意味だったと、哭き続ける。


 私には哀しむ権利は無い。


 おかしな所はあった筈だ。


 考えが足らなかった。


 可能性を見逃した。


 何よりも……ゴブリンだからと新兵ばかりを行かせると言った時にもっと反対するべきだった。


 だから……私がするべきは哀しむ事じゃない。


 私が出来る事は。


 揺れるな。揺れるな。揺れるな。心を静めろ。不安を恐怖を哀しみを表に出すな。


「無意味なんかじゃないよ。確かにそのまま全員が殺されていれば無意味になったかも知れない、でも……お前は、お前達が繋げたんだ。お前が伝えてくれたんだ。教えてくれたんだ。だからこれから先、失われていたかも知れない何十、何百の命が救われる。お前が……お前達が繋げたものは私が全て無駄になんかしない。だから無意味なんかじゃない。お前が意味のあるものにしたんだ」


 私の言葉を聞いたガームが静かに泣く。そんなガームに私は最後に痛みを取り除いてやる。


「これは……痛みが……」

「ガーム、私にはこれしか出来ない。だから最後にお前の思いを大切な奴等に残してやれ」

「……はい。ありがとうございます。お陰で最後は笑っていられる。だからアンタは気にしないでくれよ」


 そう笑うガームから思わず目を背けたくなる。だが私は何とかそんな衝動を必死で耐える。


 ガームはもう助からない。そして、今私が行ったのは痛みを取り除くと言えば聞こえは良いが、実際は痛みを感じなくする毒をガームに含ませただけだ。


 何処までも私のエゴ。


 もう助からないガームの時間を少しとはいえ縮め、残される二人に苦しむ姿を見せない為の行為。


 そしてガームもそれを分かった上で私に礼を言い、気にするなと口にする。


 なんで……なんで私にはこんな事しか出来ない。


「全員行くぞ。ここは家族の場所だ」


 そう言って私は部屋の中にガーム達三人だけ残し部屋を後にする。


 扉を閉めて少しするとまたあの二人の泣き声が聞こえてくる。


「ご主人様。あの……口元の血をこれで拭いて下さい」


 そう言っておずおずと差し出されたハンカチで口元の血を拭う。


 どうやら知らず奥歯を噛み砕いていたようだ。


「私はこれから物見の玉を観る。付いて来ても良いけど物音一つ立てるのは許さない私の邪魔はするな」


 私の言葉に頷いた皆が私の後を付いてくる。


 空き部屋に入った私は適当に座ると物見の玉を取り出し壁に叩き付ける。すると当然壁に当たった玉が割れ粉々に砕けていく。


 しかし、その砕けた破片は空中に舞い破片がそれぞれ結合し始め、最後には壁一面に板状になる。そして、その板状になった部分に映画館のスクリーンのように映像が流れ始めるのだった。


 映し出されたのは森の中、焦燥と驚愕、恐怖の滲んだ声で必死に仲間へと警戒を促す声、ガーム達を囲む風の壁、そして不意に聞こえるくぐもった音。


 それが攻撃を受け死に絶える者達の出す呻き声だと気が付くのに時間は掛からない。ガームの言った通り突然現れ突然消える男の姿が映像に時折映っては消える。


 その男の顔に笑みが浮かぶのが見える。


 私に訓練を付けてくれと言ってきた下級貴族の次男と名乗った男。嫌味な貴族をズタボロにしてくれてスッキリしたと私の頭を叩きながら話していたオッサン。そんな沢山の知っている顔が……私の周りで笑っていた顔が恐怖に歪む。


 やがて視点が変わり森をひたすらひた走る映像に変わる。


 恐らくはここからガームに渡されたのだろう。


 森の中を走りながら何度も後ろを振り返り追っ手を確認する。だが、その度にガームを嘲笑うかのように前に後ろに上にと姿を現し、弄ぶように浅い攻撃を繰り返す。


 それでも必死に逃げるガーム。そして手崖に差し掛かった所で男の攻撃にバランスを崩し落ちて行く光景で映像が終わる。


 そうか……こいつか。


「ハクア。わかっていると思うけど……」

「兵は出せない……だろ?」

「っ!? ええ。その通りよ。三国の共同作戦その失敗をウチの国だけで解決する訳には行かないの」

「そんな!? なんとかならないんですかアイギス様!?」

「そうだよ。皆があんな風に殺られたのに黙ってるなんて」

「アリシアもエレオノも落ち着きな。方法は在るよ」

「だな。要は国の戦力でなく一個人。しかも、三国の内のアリスベルとフープの二つに顔が利く奴が、勝手に解決する分にはオーブに文句は言わせない……だろ?」

「元々ケツは私が持つ積もりだったんだ。やる事は変わらない。あの瞬間移動のギフト持ちは私が殺る」

「私達はあのテイマーらしき人と周りのモンスターを引き受ければ良いんですねハーちゃん?」

「ああ、頼む」

「ご主人様。あんな何処から現れるか分からない相手に勝ち目があるんですか」

「大丈夫」

「はぁ。フーリィー貴女には今日から休暇を与えるわ。その間の事は一切感知しない。何処で何をしても……ね? お願い」

「はい。分かりました」


 こうして私達は瞬間移動能力者とテイマーの力を持つ者達を倒す決意をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る