第280話「……えっ? 御愁傷様でした?」

 さて、今回の本題となる会議はオーブとアリスベルの王が私の事を親の敵のように睨み付けながら、和やかな感じで滞りなく進んだ。


 言葉に不自然な所は無いよ?


 そして、会議を終えた私達は現在仲間と合流した後、オーブ勢とアリスベルの王を除く全員で集まっていた。勿論アリスベルの王妃キャリーサ事、キャリーと十商の二人も一緒だ。


 しかしここで一つ問題が。


 何故か私は正座させられていたのだ。解せぬ?


 曰く、一国を脅すなとか、心臓に悪いとか、打ち合わせをしろ等と怒られました。


「そもそも、上手く行ったから良かったものの、もしあそこで敵に回られたらどうする積もりだったんですかご主人!」

「その時はこれ使ったよ?」


 私は空間からここ最近用意していた様々な書類等を出す。


「あ、あの、ハ、ハクア様? 何ですかこれ?」

「オーブの情報なんだよ?」


 そう、私が取り出したのは私が独自に調べておいたオーブに関する様々な情報を纏めた物だ。


 生産、産業、物価から、住民のおおよその数、オーブの所有する兵の数と平均的なステータス値、飛び抜けている人間などの情報。ここ数年の軍事データに、城下及び城内の見取図などなどだ。


「ど、どうやってここまで調べたのよ!? ウチ保有の情報よりも正確じゃない!?」


 アイギスの悲鳴のような叫びを受け流すと澪達が慰め始める。


 何故私だからしょうがないとか、諦めろとかそんな感じの慰め方なのだろう?


「それでハクア? これが凄いのは分かったけどだからってどうする積もりだったの?」

「え~と。なんでも出来るよ? 経済制裁から産業の乗っ取り、暗殺から民衆扇動までどれでも行ける。例えば食糧をダメにすればそれで国庫を減らせる。町から買いとっても同じだし、徴収なんてしたら民衆から見放される。宝物庫から宝盗んで城下にばら蒔いたりして、それを国が回収しようとしても同じだしね。とはいえ勝算の方が高かったから別にそこまで真面目には考えてはいなかったけどね?」

「ん? 何故じゃ? あそこまでコケにされれば逆上もするじゃろ?」

「お前な~。一応率いる立場だったんだからわかれよ。そもそもあの場は会議の為に集まった議論と調整の場だったんだよ。澪の事についても牽制とあわよくばって感じのイニシアチブを握ろうとしただけ。討論ならまた違ったけどね」

「えっと何が違がってどう変わるのハクア?」

「討論は言うなれば、対立者同士が自分の主張を正しいと第三者に思わせて、逆に相手の主張を叩き潰すものだよ。言わば否定とプレゼンだね。それに引き換え議論は協力作業。互いの持ち札で結果を作り出し、自分の利益を求める作業だね」

「それならお互い対立してたんだから討論になるんじゃないのかな?」

「そこが違う。あの場に呼び出された段階で格付け済んでるんだよ。だからこそ対立はしてても最終的に争う選択肢は無かった。それがあるなら最初からテーブルには着いてない。だから私は【抑止】をして要求を飲ませたんだよ」


「「「【抑止】?」」」


「そう。通常、利益と損害を秤に掛けて損害の方が多い。もしくはわりに合わないと思わせるのが交渉だ。戦って勝ったのにボロボロで倒れる寸前。じゃ意味無いからね? そこで私は相手の要求に対してレートを国民全員に引き上げた。そうする事で【抑止】にしたんだよ。そしてこれは実際に出来るかどうかは問題じゃない」

「えっ? 出来なければ意味は無いのでは?」

「いや、出来るかも? 有り得るかも? それだけだけど可能性が高くなる程に信憑性が増す程に国は動けなくなる。何故ならそれが本当なら失うものの規模がデカいからね。それに目先の欲に飛び付くような小物は自分の権力が無くなる事はしたくないのさ。そして私はより具体的に道と先を示した。だからこそあそこで引いたんだよ。何よりもあそこで引かないなら、今潰そうが後で潰そうが同じだしね。種は蒔いたし楔は打った、刈るのは何時でも良い。実際あの場で断れば周りが説得するし、そこを強制してもあの場を切り抜ける戦力は無かったしね」


 そも人は争うのが常だ。


 平和や自由を掲げても結局は口で物で拳で兵器であらゆる力を持って相手を捩じ伏せる。それが戦争であり国家の在り方だ。


 そもそもが自由と平等はイコールではないからね。不平等だからこそ格差が生まれる。誰もが平等な世界なんてものは完璧に制御、管理されたものなのだから。


 だから平和主義者だろうが何だろうが、その主義がある時点で宗教家と変わらんのだよ。それは神がその主義に変わっただけのもので、だいたいが前提は変わっても結論は変わらない超理論になるからね。


 人が言う正しいは、価値観や信じるものなんて曖昧な言葉に表したりするが、実際のものは最初から最後まで破綻が無い事が正しいだけで、そのどこかに破綻があるものが間違いなだけだ。


 だから正しさなんて幾らでも変わる。


 殺人が目的なら人を殺すのが正しい事になるし、命を救いたいならその逆だ。


 同様に人を信じるとは、推し測る事しか出来ない見えないものを自分の最良で決め付ける事だ。本心が分からなくても他人の良心や考えそういったものを信じる事で互いに手を取る。だからこそ信頼や信用は力であり重いものなのだ。


 そして信じた結果がダメでした。なんて事にならないようにするもの。


 それが判断なのだ。


 そこで判断として国が考えられるのが国や舵を取る人間の利益と損害だ。


 そして今回私はオーブへと一方的に求める利益に対して損害を提示した。そうする事でオーブは損害と利益を秤に掛けなければいけなくなり、あの結論に至ったのだ。


 まっ、正直レートは上げすぎかとも思ったけどプラフとハッタリは大きくしないとね。それにどうせ隣国で敵になってるんだから、今後曖昧な態度で仲間の振りも出来ないようにすれば、後は殺るか殺られるかの二択だからやり易いしね。

 食い殺そうとするならばぎゃくに喰らうのみ。


 何よりも重要なのは私の言った事に対策も対応も出来たところで、それを更にずっと維持し続けるには莫大な金が掛かるというところがみそなんだよね。


 簡単に言えばこっちはやりたい時にやるだけ。向こうは何時来るか分からないものにいつまでも気を張り続ける必要があるから、その負担の比重は自然向こうが高くなる。


 実際そこまで簡単ではないけどそれでもやれない事はない。魔法なんてものがある世界なら尚更ね?


 それにどんな国でも防衛の為の切り札はある。それを切る事になればそれこそ後が無くなる。だからこそあそこは引くに値する場面だった。


 まっ、そんなのが通用しない種類の奴も居るから絶対ではないけどね。


「そんな先の事まで考えてたんですねハーちゃん」


 普通じゃね?


「それにさ。皆何を勘違いしてるのかはしらなけど。私は最初から最後まで徹頭徹尾……アイツ等を破滅させる積もりだったよ? 向こうが引くと思っていた。けど、それは思っていただけで引き時を見誤ったり引かなければ実行に移した。ただそれだけの話だよ。やり合う覚悟も無しに交渉なんて初めからしないよ」


 そんな覚悟が無いなら最初から闇討ち暗殺する方が圧倒的に楽だからね。あれ? なんで皆そんなに引いてるの? 何か変な事言った?


「そんな事考えてるからあんな事されたんだおまえは」

「あれは私も驚いたんだよ?」


 流石に予想外だったからね?


 私は澪の一言で会議の終わりに起きた事を思い出す。

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 当初の予定通り自分に敵意を向ける事に成功したハクア達は、会議が始まる前にほぼ決まっていた流れのまま交渉を確定させた。


 元々ハクアのデータで市場の価値は分かっていた為に、十商の出す値段はオーブにとって魅力的だったという事もあった。


 その為おおよそ当初の予定通り、今回の作戦の物資は十商から買い付ける事、オーブ、アリスベル、フープの三国からそれぞれ兵を派遣し、一週間後に作戦が開始される事が決まった。


「では、これで良いですね」

 

 そしてキャリーのこの一言で会議は締め括られ、全員が退出しようとする中、ハクアも面倒に巻き込まれる前にさっさと退出しようとする。


「ちょっと良いかい?」


 そんなハクアにオーブの騎士団長カイロス=ミーグストが近寄り声を掛けて来たのだった。


 この男はハクアが調べた中でも飛び抜けて油断出来ない人物の一人だった為、ハクアも慎重に会話する。


「何か用かな?」

「何、大した用は無いんだよ。ただ……お宅の実力が見たくてね」


 その瞬間、カイロスの手が閃き一瞬で剣を抜き放ち切っ先がハクアの頭を突き穿とうと襲う。


(はっ!? 何だ? 何故? 避ける? 無理。逸らす? 無理。当たる)


 そう判断した瞬間のハクアの選択は前進だった。


 踏み込む事で攻撃位置をずらし、同時に自らの攻撃の間合いに相手を入れる。


 それが正しいと分かっていても普通は自らの体が傷付く判断には躊躇いが出る。しかしハクアにはそれが無い。数瞬の迷い無く即座に実行されたその行動は、届く前に攻撃が入る筈だったカイロスへの攻撃を可能にする。


 ハクアが選んだのは目突き。


 構える事も助走を付ける事もしないそのただの一撃は、しかしそれらが無い為に最速の攻撃となる。


 瞳を突き、抉るだけなら特別な事は必要ない。それを証明するかのような攻撃だ。だがハクアの攻撃はそれだけではない。


 その指先には既に【猛毒調合】のスキルにより上級冒険者ですら、耐性が無ければ苦しみもがき死んでしまうような猛毒が既に塗布されている。


 不意の一撃と最速の一撃。両者の攻撃が当たる瞬間、その攻撃はどちらも相手の数ミリ手前で止まる。


「怖! 何!? 何なのさあんた!」


 互いに攻撃を止めた瞬間、感情を伺わせない光を宿していなかった瞳に、感情の光を灯しハクアが大袈裟に叫びながら後ずさる。


 カイロスはそれを見ながら自分の身体中から冷や汗が止まらなかった。


(完全な不意討ちだった。実際俺が攻撃に移る瞬間まで気が付いてすらいなかった。だが、実際攻撃は同時に届き。奴は致死の攻撃を、俺の攻撃は命を刈り取るには足らなかった。完全にこちらの敗けだ。止めなければ死んでいたのは……)


「怖いなお嬢さん。あんたとは是非戦場で殺りたいもんだ」

「いや、私はマジ勘弁。勝手にやってくれ。ってか、怖いとか言いたいのはこっちなんだけど!?」


 ハクアは近寄って来た澪達を片手を上げ制止ながら言葉を続ける。


「はっ! 振られたか。悪かったな。次は戦場で会おうぜ」

「いや、だから断るって」


 そう言ってカイロスは何事も無かったかのように会議室を後にするのだった。


 ・・・・


 ・・・


 ・・


「カイロス! 何をやっているのだ」

「良い。それよりもあの小娘始末は出来るのか?」

「勘弁してください。あれは相手にしない方が良いですよ。必要だと断じれば人の命をなんの感情も動かさず奪える本物ですよ。しかも自分から攻撃に飛び込んで反撃して来た。あれでも死にはしなくても大怪我はする。それを分かった上で自分の体も意思もコントロールして……です。あの類いはステータスの強さ以上の何かがある。関われば関わるだけ痛い目みますよ」


(しかもあれは政治的にも怪物だ。纏まった話を崩さない為に、敢えて何も言わずにあんな事を流しやがった)


「そうか。だが……」

「ええ、その時が来たら俺も本気を出しますよ」

「ならば良い」


 こうしてオーブはアリスベルを後にしたのだった。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

「いや~。あれは危なかったよね? 下手すりゃ死ぬよ」


 うん。マジセーフ。


「まっ、あれだけやったからな。それにお前の実力は分からんかった。確かめるならあの場だろうな。あそこで何か言えば決まったものがひっくり返る可能性もあったしな」

「だよね~」


 私が何も言わないと判断しての行動ならやっぱり大したもんだ。あの王よりもよっぽどね。


「しかし、貴女いつの間に王都へ連絡なんて入れたの? 私全く知らなかったわよ?」

「えっ? 誰が? あれ嘘だよ?」


「「「はっ!?」」」


「「「やっぱり」」」


「いやいや。あの老人は商会の金庫番の一人だよ? あんな展開になると思ったから、なるべく威厳ありそうな奴を選んで立って貰っただけだよ? さっき別れ際にお給料多目に上げたから今頃どっかで飲んでるんじゃん?」


 そもそも三国の中の二国が協力しないって言ってる集まりで報告なんてする訳無いじゃん。口実与える事になるか、いちゃもん付けられるだけだしね。何より既に敵認定されてるから今更疑われても痛くも痒くもないし。


「えっ? あの、ご主人様? それでもし今回の会議の事でオーブが王都に敵認定されたら……」

「……えっ? 御愁傷様でした?」


 いや、アイツ等の事なんか知らんよ。マジで。


「うわ~」

「悪魔! 悪魔が居るのじゃ!?」


 こうして何故か私だけが非難されて会議は終わったのだった。


 解せぬ。

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