第278話「あるじ? 人間は面倒ですね?」
「はぁ~」
大きな溜め息をつきながら最近どうにも溜め息が多くなってきたな。と、ボヤンリ考える。
「お疲れアイギス、どうだった?」
「どうもこうもないわよ澪。話にならないわ」
私は送った使者からの報告書と書状を読みながらまたもや溜め息を吐く。
事の始まりは少し前、この国に現れてからというもの躍進と騒動を巻き起こす、とある白い少女が例の如く関わっている。
まあ、今回は良い方の関わり方なのだけど。
最近ギルドに溜まっているゴブリンの依頼を引き受けていたハクアは、そこからゴブリンが何処か別の場所から流れて来ているのでは? と考えた。
そして、常人にはとてもではないが思い付かない方法でその事実を突き止めたのだ。
そこからは私の仕事! と、張り切ってはみたものの結果は芳しくなく、事態は遅々として進まなかった。
それというのもあの国……オーブのせいだ。問題の巣が自国の領土にあり他の国にまで進行しているというのに彼の国は、私とアリスベルの再三の話し合いの要求を拒否しているのだ。
そして、あまつさえこの書状には参加して欲しくばと我が国への要求が書いてあった。
とてもじゃないけど私には受け入れられる物ではないけどね。
「どうぞお茶です」
「ありがとうございます。テア様」
元女神のテア様にお茶を入れて戴くのに未だに恐縮するが、本人が頑としてメイドの仕事と譲らないのだからしょうがない。
ハクア達曰く、テア様はメイドに並々ならぬ思いがあるのでしょうがないとは言うのだけど、正直テア様の要求するメイドとしての技能は高すぎないかしら?
「……ふむ。こう来たか」
「書状には何と?」
「そちらで確保している我が国の勇者を返せだと」
「それはまあ何とも……」
「ふん! 普通なら私が行くべきなん……」
「ふざけないで! それ以上言わせないわよ! 私は、私は国の恩人で何よりも友人である貴女を売る積もりは無いわよ!」
そうだ。そんな事は認めない。
為政者としては失格なのかも知れないけど、私は恩人を売るような人間に成り下がる気は無い! 大切な人間を犠牲にして、恩も忘れるような恥さらしな事はしたくないのだ。
何よりもここで引くのは違う。ここで要求を飲めばこれから先も従うだけになる。アリスベルにもオーブにも……これから先を生き抜く為にもここで引くべきじゃない。
「ふっ、話は最後まで聞け。私としてはどうとでもなるからやぶさかではないが。この場では一番の下策だと言いたかっただけだ」
「確かにそうなりますね」
澪やテア様ならば政治的な判断も出来て当たり前だとは思うが、あまりにも当たり前のように一番の下策と言い切る二人に、思わず私はどう言う事なのかを聞いてしまう。
「何、簡単な事だ。お前には常識の埒外にある戦力がいるという事だ」
「それってハクアの事?」
そう、私が澪の言葉を聞いて思い浮かべたのはあの白い少女の姿だった。
だが私にはどうしてもこの場面でハクアがどう繋がるのかが分からなかった。
だってそうでしょう? 少ない時間とはいえ近くに居ればハクアのやらかした事や功績は知っている。
つい先日だって私が最近の新兵の罠に対する練度の低さは何とかならないかしら? なんて失言をしたら、翌朝には城の空いていたスペースにたった一夜で【風雲白亜城】という名の罠満載の立派な日本の城が造られ、今日も今日とて兵士達の心をへし折っているのだから。
入って一歩目で落とし穴、それを回避すると透明なトリモチで全身が床に貼り付けにされるらしい。
まるで鬼畜仕様なクソゲーね。今でも城の一番上に仁王立ちでわざとらしく「ハーハッハッ!」とか笑ってたのを思い出すわ。
とはいえそれはあくまでもこの国の中だけの話だ。そして今私がしているのは国と国同士の話。流石にハクアとはいえ、一個人がなんとか出来る事ではない筈だ。
とは思うが、なんでだろう嫌な汗が止まらない。
「そうですね。もしアイギスが澪さんの事を切り捨てれば白亜さんも貴女を切り捨てるでしょうね。あの子は一度要らない物と認識すれば容赦無いですから。下手をすればオーブの暗殺に見せ掛けて貴女を殺し民衆を戦争に駆り立てるか、傀儡として操っての戦争か。どちらにせよ澪さんを取り戻す為にこの国を捨て駒として使い、疲弊した所か守りが手薄になった所を狙い王を殺すなり何なりとするのでしょうね」
そんなバカなと言いたいけど否定できないわね。
「自分で言うのもなんだが私は白亜の大切な物に入っているからな。アイツは自分の物の為ならなんでもする」
ふふん。と、言うように誇らしげな顔で嬉しそうに言う澪の顔に少しイラッと来たので、頬をツネって引っ張りながら私は話を続ける。
「それじゃあどうするべきかしら? 流石にこれ以上時間を掛けるとどれ程の規模と被害になるか分からないわ。下手をすれば群れが分かれて各地の被害はそれこそ加速度的に大きくなる」
「しょうひゃな、とりひゃえひゅ。あで! 痛ぅ……そ、そうだな、取り敢えず一度白亜にも話をしてみたらどうだ? アレは本当に常識の埒外だからな。常人の思考の及ばん事や盤外戦術は奴の十八番だ」
澪達はこう言うけど、本当にハクアに話してなんとかなるのかしら? この世界に来たばかりのハクアの交流は、ギルドとアリスベルの十商位流石にどうにも出来ないんじゃないかしら?
「そう言えば夕飯の席には居なかったらしいけど、彼女どうしたの?」
「あぁ~。アイツなら面白い事を思い付いたとか言って、朝から自分の工房に閉じ籠ってるぞ。何やら大量の設計図を持ってウキウキとしていたらしい」
「へ、へぇ~」
思わず口ごもる私を赦して欲しい。だってしょうがないじゃない! 功績も大きいけどそれ以上にやらかしてる事も大きいんだもの!
「安心しろ。方向性はテアが与えていたからな大きくは逸れんだろう。本人も確かちょっとした魔法の補助具とか言っていたしな」
「そ、そう? なら良いのだけれど……」
私自身全く信用出来てないのはしょうがないわよね? だって、目の前の理解者達ですら顔を逸らしながら話しているんだもの。お願いこっち向いてちゃんと話して! 信用させて! ちょっとしたって本当にちょっとした物なの? また驚くような物じゃないわよね!?
私の心の悲鳴は誰に聞こえる事も無く夜が更けるのだった。
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とある日の朝、私が工房で1日掛けて作っていた道具の試作品を作り終えた頃、アイギスに話があるから朝食を食べに来い。と、言われ食堂に向かっていた。
そういえばテンション上がってて昨日は朝飯しか食ってなかったっけ? 呼び出されなきゃまだ籠ってたよ。あぁ、意識したらお腹が空いてきた。
食堂に入ると皆が既に席に着いていて、ここ数日ですっかり皆に溶け込んだユエ達も椅子に座っていた。そして何よりも私の事を朝飯にしては豪華な食事達が、早く食べて! と呼んでいるようだった。
「来たわねハクア。話があるのだけど……無理そうだから食べてからにしましょう」
「いただきます!」
「せめて席に着いてから言え!」
フライング気味だったようだ。失敗失敗。
・・・・
・・・
・・
「はぁ、食った食った。余は満足じゃ」
「本当に良く食べたわね朝っぱらから」
「じゃ! 私はこれで」
シュタッ! と、立ち上がり足早に去ろうとするも直ぐに皆に捕まってしまった。無念。
「なんの用だよ~」
む~。と、唸りながら聞くとアイギスが話してきたのは実に下らない事だった。
なんでも事の重大さを理解しているのはフープだけで、他二国に関しては所詮ゴブリンと侮っているのだとか。
それでもアリスベルはフープと協議をしようという気はあるらしいのだが、問題となる三国目のオーブは、自国の領土から他国へと進行してしまうような、災害級のゴブリンの群れが出来ているのにも拘わらず、フープに対して澪を引き渡せと要求までしてきているのだそうだ。
何処まで面の皮が厚いんだか?
しかしここで問題がある。
オーブの領地は領土的に言えば中の下程の大きさと力がある。其れに引き換えフープはどう頑張っても下の上辺りの大きさと力しかない。
兵士個人の質としてはフーリィーやカークスのお陰で高いが、その他の一般兵はお世辞にも精強とは言い難い。そして何よりオーブはロークラに恭順を示している為、こちらを完全に下に見ているのだ。
逆らえば後ろにはロークラがある。だからこそここまで強気にフープに要求までしてきているのだ。そしてアリスベルは力こそあれど、オーブに対して強制はしない姿勢でいる。その為下位の領地であるフープは身動きが取れなくなってしまっているのだ。
下手に手を出せば領土侵犯、失敗でもすれば賠償まで請求される。今の疲弊したフープにはそれだけの余力が無い事は誰でも知っている事だ。
「あるじ? 人間は面倒ですね?」
話しを聞いて居たユエの言葉が全員の心を代弁していた。
「確かにユエの言う通りだね。さて、じゃあ取り敢えずオーブを交渉の席に引きずり出す所から始めようか?」
「何か方法があるの!?」
「ん? アリスベルの国王を動かしても良いけどそれは面倒だからね。ここは十商にでも頼むかな?」
「おい。その言い方だと国王も動かせるように聞こえるぞ?」
「うん? 動かせるよ? 必要なら直ぐに首も差し替える準備も出来てるし。あそこの王妃とはもう話も着いてるから。もし私がやらなくても息子が政治を取り仕切れるようになったら王妃がやるし」
あれ? 何この空気? 何かおかしな事言った?
「ご、ご主人様? いつの間にそんな事を……」
「えっと、私の誘拐騒ぎの前にはもう既に?」
「そうだったの!?」
「そもそも、今のアリスベルの王であるアールバン=ルグルスは王妃のキャリーサ=ルグルスの婿なんだよ。んで、まあ良くある話で政略結婚だった訳。そんでその政略結婚のネタが……」
「元十商第一位コルクル=レイグナントとの縁でした」
私の言葉を引き継いでエルザが説明を始める。
「当時はまだ第一位ではなかったとはいえコルクルは十商の地位にはいました。その地位を求め関わりを持つ為に先代の王はアールバンを婿に迎え入れました。その後は皆さんのご存じの通り、二人が結託する事でコルクルは第一位に登り詰めアールバンはその伝を使い私腹を肥やし、不貞を働いていました。そして、それは城の中では公然の秘密となっていたんですよ」
うんうん。私が王妃とコンタクト取った時も普通に知ってたしね。まあ、犯罪にまで手を出してるとは知らなかったみたいだけど。
「王とコルクル。この二人が揃う事でアリスベルは動いていたため、王の不貞を知りつつも王妃は手を打てなかったんですよ。しかし、そのコネもある出来事が切っ掛けで無くなりました。そのお陰で王妃は何時でも自分の息子である王子を王に据える事が出来るようになったんですよ」
まあ、私がアールバンの不正の証拠とか面倒だから全部王妃に渡したしね。
「じゃ、じゃあ! アリスベルからオーブに会議の席に着くように要請出来るのね?」
「だからやらんて。アリスベルもフープと同じだよ。アリスベルもフープと同じでロークラには関わらない方向でいるからねオーブに強く出れんのさ」
「そもそもなんでアリスベルはロークラに協力せんのじゃ? ロークラのやり方が気に食わんからか?」
「んにゃそれは違うよクー。アリスベルが関わらないのはあくまで商売の為だ。ロークラは勇者を支援しろと言った。それは裏を返せば必要な物資を寄越せと言ってるにも等しい。そんなん商業都市でやられてみなよ? 何人が首吊る事になるか分からんよ?」
「そっか。アリスベルはなんでも揃うからいざという時それを全部取られちゃうかもなんだ」
「そう。下手に靡いて支援しても最終的にそこで拒否すれば結果は今と変わらんのさ。だからこそロークラが後ろでチラつくオーブには命令が出来んのさ」
「ならどうするのよハクア?」
「簡単だよ。十商を使えば良いだけだよ」
「十商を? でも確かに力はあってもただの商人でしょ? 一つの国を動かすなんて出来るの?」
えっ? 何言っちゃってんのこの人?
「……アイギス。商人舐めたらいかんよ? アイツ等はそんな生易しいもんじゃない。そもそも十商の息が掛かってるのはアリスベルだけじゃない。それこそこの国にも商会の人間は居るんだぞ?」
「それに十商とは呼ばれていますが、その実態はリーグル商会のトップ達が十商と呼ばれているだけで、フリスク地方のほぼ全ての商人はリーグル商会の所属です」
「マジか。あの商会のトップが十商だったのか」
「そう。エルザや澪の言う通りだよ。しかも十商クラスになれば個人の資産で軍を組織出来る力はあるぞ。そして私は全員を動かす積もりなんだ。一人一人が下手な国王よりも権力も力も能力もある。だからこそアリスベルも運営出来てるんだよ。本気になればロークラでさえ手出しは出来ないよ? 小国なら従うだけになるレベルだ。オーブ程度の国ならすぐにでもテーブルに着かす事が出来るよ」
「本当に?」
「ええ、ハクア様の言う通りです。そしてこの話で何より重要な事は他にあります」
「ま、まだあるんですか?」
「はい。今やハクア様は十商をコントロール出来る立場です。そしてそれは……ハクア様が国家すら捩じ伏せる権力を持っていると言っても過言ではありません。どうですか? 凄いでしょう?」
別にそんな気は無いけどさ。なして皆してそんな顔で私を見るかな? 期待に応えるぞこの野郎!
「まっ、これは私に任せなよ。その代わりテーブルに着かせる事が出来たら私も会議に参加させてね? ちょっとした用があるからさ?」
「「「嫌な予感しかしない!」」」
全員でハモるとか失礼な奴等め!
こうして私はオーブを引きずり出す為に行動を始めたのだった。
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