第274話続きをお願いします先生!

 洞窟の奥から現れた緑色の少女は私の事を見付けると親しげな笑みを浮かべて近付いて来る。


 うん。誰か分からん。分からんから取り敢えず。


「誰だこの野郎!」

「ひうっ!」

「オイバカ! いきなり威嚇するな! と、いうよりも状況的にコレがそうだろ?」


 いや、そうなんだけどね? なんで私以外皆そんなに驚いてないのさ!? 昨日まで普通のゴブリンだったのがいきなり人間っぽくなってるんだよ!? まあ、見た目がポイだけで肌の色とか角があるから分かるけどさ。


 私がそんな思いの丈を皆にぶつけると皆は呆れながら【私が関わってる時点で十分想定の範囲内だ】等と、言い放ちおったのだ。


 解せぬ。というかそれが共通認識になっている件!


 と、そこで「あ、あの」と、遠慮がちに声が掛けられる。


 おっと、仲間からのあまりの扱いに忘れていたぜ。


「それでえっと……」


 うん。君の名前は何だろう?


「あ、あるじから頂いた名前はユ、ユエです」


 ユエは確か一番最初に私に話し掛けて来た奴で、カタコトとはいえ人語を話していた奴だ。一番頭が良さそうだっから群れのリーダーに任命したんだっけ?


「そっか。それで、何が起こったの? 昨日までは普通にただのゴブリンだったよね?」

「は、はい。恐らくあるじから名前を頂いた影響だと思います。ワチのように名前の無い魔物は名前を頂くとその方の影響を受けるので」


 うん。つまりは私のせいだね? オイこら周り! こっち見るんじゃねぇ! 不可抗力だ!


「じゃあ他の奴も?」

「はい。ワチ等全員名前を貰って暫くしたら進化が始まり全員ゴブリンサーバントに進化しました」


 ゴブリンサーバント? 知らん名だ。


 〈そうでしょうね。この進化はゴブリンがテイムされる事で出来る一時的な特殊進化ですから〉


 一時的? それになんでそれならアクアは選択肢に無かったの?


〈一時的というのはテイムされたゴブリンの寿命が短い場合に起きるものだからです。これによりレベルもステータスも変わらず寿命が一ヶ月程伸び猶予が出来ます。アクアの場合はまだマスターがミニゴブリンだった事が原因ですね。あの時ではアクアに影響を与える程、マスターも成長していませんでしたから〉


 つまりは私が弱かったから……と。ゴメンよアクア。初っぱなからダメなおねちゃんだったよ。あっ、ここ最近で一番堪えたかも。シクシク。


 アレ? ステータス変わらないならなんであんなに変わってんの?


〈良い質問です。そこが普通とマスターの違いですよ〉


 ほ、褒められた。ちょっと嬉しいぞ。つ、続きをお願いします先生!


〈モンスター、中でも力のある個体が名前を授けると、名を受けたモンスターはその個体の影響を強く受けます。これはモンスターや魔族以外の種族が行っても起きない現象です。そして逆にモンスターや魔族はモンスターをテイムせずに従え、テイムを行うのはそれ以外の種族なのです。しかしマスターはモンスターでありながらテイムを行うという本来あり得ない行為を行った為、何も変わらず寿命が伸びるだけの筈のゴブリンサーバントが、名前を授けた影響も受けてステータスも姿も変わったのです。更にはマスターはモンスターですが同時に転生者でもありますから、それが影響してより人間に近い形になったのだと思われます〉


 ほうほう。アレ? この情報は皆で共有した方が良くないか?


〈この会話は既に全員に聞こえています〉


 流石に仕事が早い。


「ヘルの言う通りだな。昔、私もメスゴブリンの進化個体を見た事があったが、その時見たゴブリンはここまで人間のようではなかった」

「あれ? 駄女神は知らなかったのに心は知ってんの?」

「ああ、かなり昔だからなその頃のシルフィンは|まだ知らなかったんだ(・・・・・・・・・・)」

「ふーん。まあ、良いや。見た目が人に近くなるならそれに越した事は無いからね」


 それからユエの案内の元奥に行くと、本当に全員がユエのように中学生位になっていた。


 おお~。肌が緑色なのを除けば中々の美少女揃い。壮観壮観。


 私は進化した事で人間に近くなった彼女達に適当に用意した服を渡した後ステータスをチェックする。


 ふむふむ。それなりに個体差はあれどステはほとんど全員が変わらないな平均で50位か。魔攻や魔防は個人差が特にでかい。HPと敏捷、知恵は他に比べて高いな。


〈前の二つはマスターのステータスの影響で知恵は人間としての影響でしょう。一般的なゴブリンに比べれば高いステータスですね。ソルジャー等の個体と同じ程度です〉


 そう聞くと私ってなんかお得だな。本人の価値は上がらないのに何故か付加価値だけは増えていく。解せぬ。


 スキルも武技持ちは無し。爪と噛み付きがあって後は【野生】と【言語】があるくらいだね。


「あるじ? ワチ達は何をすれば良いですか?」


 ふむ。どうするか。


「まずはお前達が何処から来たのかを教えてくれ」


 私の言葉に意味が分からなかったのかユエは首を傾げるが、そのまま自分達がこの巣に来るまで何処に居て、どうやってここまで来たかを語り始める。


 概ねは予想通りか。ユエの話ではここから少し離れたフープとアリスベルの領外の小さな開拓村の奥に本隊があり、ここら辺に巣を張ったゴブリンはそこから漏れ出た落ちこぼれ達だったらしい。


 本隊は開拓村自体を襲撃してそこに居た全員を奴隷として確保して、今も勢力を増強しているのだそうだ。


 これは早めになんとかした方が良さそうだな。


「分かった。じゃあ取り敢えずこれからお前達には戦闘訓練をしてもらう。その後は外に出て自分達の食事になる小型のモンスターを狩ってきて貰う。この辺には一角ウサギとかもいるだろ?」


 一角ウサギとは、ゴブリン同様わりと何処にでも居るモンスターで食用として捕まえたり、見た目の良さからペットとしても飼われているモンスターだ。


 因みにユエ達曰く、ゴブリンにとってはご馳走の部類に入る程の強敵で、何体ものゴブリンが角に突かれて逆に殺られているらしい。彼女達の他に居たメスゴブリンも何体か殺られたのだと言っていた。


 そんな話をビビりながらしている彼女達に長物の扱いと、ちょっとした動きのレクチャーを叩き込み、ユエの次に知恵の高いスイには、ユエと共に戦闘における動き方と味方の動かし方を簡単に教え込む。


 因みに彼女達の名前と髪の色はそれぞれこんな感じだ。


 ユエは黒。フレイは赤。スイは青。ジュピは緑。コンは金。アスは茶。サンがオレンジだ。


 そんな彼女達七匹? 七人? の動きを見て、私は戦力的に同じになるように二班に別けた。


 一班がリーダーにユエ。その他のメンバーにフレイ、アスの三人。二班がリーダーにスイ。その他のメンバーにコン、ジュピ、サンの四人で構成して一角ウサギ狩りに送り出した。


 一角ウサギ位なら盾も持たせたしなんとかなるだろう。それにアクアが何故か張り切っていて監督役としてヘルさんと付いてったし。あの二人が居て一角ウサギ程度なら万が一もあるまいて。


 その間私達は先程ユエから聞いた情報について話し合う。


「さっきの情報。貴女はどうする積もり?」

「ギルドに知らせて、それから……かな? ここまでの規模だと勝手にやるとうるさそうだし。規模がデカけりゃいちいち私がやらなくても冒険者を雇えるだろうしね」

「はい。このレベルになれば大丈夫だと思いますよ。小規模な開拓村とはいえそこを占領している規模ですから、進化個体が居るかは分かりませんが数もかなり多いと思いますし」


 短い間でもギルドで働いてた瑠璃が言うならそうなんだろう。しかし、ユエの話ではユエ達がここに来たのは一ヶ月位前、その前も半月位別の場所で過ごしたらしいから、それを考慮に入れると本隊の数は百~二百位になってるかな?

しかもそれは生存競争をしてる中核部分。恐らく進化個体も多数居るだろうな。


 こうなるとユエ達、メスゴブリンが中核部分を全く知らなかったのが悔やまれるな。まあ、しょうがないけど。繁殖が出来ず、性欲の乏しいメスゴブリンは奴隷以下の存在だからまずは生き残る事しか考えないしね。


 アイギスの話では開拓村の辺りは丁度アリスベルとフープから外れる位置になるから選ばれたのだろうけど、そのせいで助けも呼べず、ゴブリンの苗床になっているのだから皮肉な話だ。


「そうね。ウチから外れているとはいえ、騎士を派遣する事も考慮に入れるべきね」

「……うん」

「ご主人様?」

「どうしたんだハクア? 何か心配事でも在るのか?」

「いや、少しだけ妙なんだよね」

「どう言う事ですか白亜さん?」


 そこで私は疑問に思った事を皆に話してみる。


 まず第一に溢れ出る程のゴブリンが何故ここまで野放しになっているのか? 開拓村とはいえ行商人が全く来ない訳ではないだろうにその情報も無く、近くを通ってきている人間もいる筈なのに被害が報告が無い。


 それにゴブリンが村をそのまま襲うというのも何か違和感がある。少ないとはいえ開拓村なら男手はそれなりにある筈にも拘わらずそこを襲うか? しかも女はともかく男まで殺さずに奴隷にしてるなんて聞いた事も無いしね?


 それだけ話すと皆も確かに不自然だ。と、首を捻っている。


「なら、考えられる可能性は何だ白亜?」

「……それなりの深度の統率個体の存在。または第三者による何かしらの画策……が、妥当なところかな? まあ、実際は大した事ないのかもだけど。偶然に偶然が重なる事なんてあるし、たまたま上手くいった可能性もある」

「何とも言えないと言う事ですね。もしギルドから依頼が発行されたら私達も受けますかご主人様?」

「う~ん。多分受けないかな? それよりも本隊が強襲されて散った場合に備えたいところだね。私としても方々に散られて女の子が犠牲になるなんて事態嫌だし」

「それなら、冒険者と騎士に別れて本隊強襲と包囲殲滅に別けた方が良いかもしれませんね」

「そうね。ギルドやアリスベルと協議してからになるかしら? 場所が微妙だし」


 フープ寄りでもアリスベル寄りでもない中間地点は、下手をすれば国家間の問題にもなりかねない。そうじゃなくてもこの規模の災害のようなものをどちらの金で討伐するか等の問題もある。


 随分と都合の良い状態を保っているものだと思うのは考えすぎかね?


「つってもそれ出来るのか? フープはともかくアリスベルの騎士はほとんど冒険者の事、下に見てる奴ばかりだぞ? それに騎士だけでやっても向こうとこっちで連携出来るのか?」

「確かに難しい所ですね。前に合同で任務に当たった時は貴族として堂々と、なんて言って作戦も何もありませんでしたし」

「……バカなの?」

「返す言葉もありませんね」

「そこも詰めなきゃね。ああもう! めんどくさい」


 大変だねぇ。


「まあ、そっちは協議次第だな。ゴブリンの計画の方はどうするんだ?」

「……う~ん。一匹オスを捕まえたいんだよね? んで、メスとオスのステの違いを見たい。その後は検体に一匹。実験個体に何匹か欲しい」

「……え~と。ハーちゃん? 結構酷い事言ってる自覚あります?」

「あるけど良いでしょ。どうせゴブリンに捕まった人間も色々と遊ばれて死ぬんだから。苦しんで死ぬか殺されるかの違いだよ?」

「おい、誰かゴブリン助けてやれよ! こいつに任せたら本当にゴブリンという種族自体が根本から改造されるぞ!?」

「流石に言い過ぎですよミオ。幾らご主人様でも個人でそんな事出来ませんよ。テア様や心様からも言ってあげ……あの、どうしました?」

「いえ、白亜さんならやりかねないと」

「そうだな。ハクアだからな」

「あの? ハクア様? 検体とか実験個体って具体的には何をする積もりなのですか?」


 そうだな。今考えてるのは、と前置きして私は自分の考えを話して行く。


 検体として捕まえたゴブリンに行うのは言ってしまえば解剖だ。これは前に死病について聞いた時から考えていた。


 あの後私は庶民が使っている病院を見に行ったが、どこも本格的な外科治療をしている所は無いのだ。だからこそ医療制度をしっかりしようとしているこの国では、ゴブリンを利用して魔法と外科治療を複合した治療の事を考えていた。


 アクアレベルの治癒術師なら何も考えなくても良いが、実際はあのレベルの治癒術師はそうそう居ない。ならば治療魔法のレベルで治せる方法は必要な筈。それを叶えるのがこの解剖なのだ。


「どうしてそうなる訳?」

「そもそも死病は怪我を負った状態の事を理解してないから起こる現象だ。それに治療魔法も漠然と治すよりも、治るまでの行程をしっかり思い浮かべて行う方が治りが早い。それには人体や体の構造を把握するのが一番良い。そしてそれには人間の体型に近いゴブリンが相応しいと私は思う」

「確かにそうかもね。これについても話し合う必要がありそうね」

「それに魔法と外科治療は案外相性が良いからね」


 そう言って私は指先に意識を集中し水魔法のウォーターカッターを人差し指の先に発動。見た目としては指の先に水で出来た小さいチェーンソーが回っている感じだ。


「ほら、こうやれば洗浄しなくて良いメスが出来る。それに水魔法で血液を操作すれば血も飛ばないし、血管切っても直ぐに血流を直接血管通さずに操作も出来る。魔法で清潔も保てるし、縫合しなくても治療魔法で傷は直ぐに塞げるしね」

「かなりのコントロールが必要なんじゃない?」

「努力しろよ。としか言えんよ? まあ、そんな訳で私個人でアクアが居ない場合の皆の生存率上げる方法でもあるからね? 倫理も常識も要らんし必要だからやる」

「じゃあ実験個体というのはなんじゃ主様?」


 それはもっと簡単。


「さっき言った通り、メスとオスのステータス&スキルの違いが無いか? テイムして名前を付けないとどうなるのか? テイムで何処まで行動を制限できるのか? 制限の穴は無いのか? 取り敢えずこの辺かな?」

「調べてどうするのじゃ?」

「まず大前提としてメスゴブリンには子供を作る能力が無いんだよ。そして同時に性欲も無い。だからオスゴブリンの対象外な訳なんだ。でも、進化すると見た目が少し人間に近い感じになり、そうするとオスゴブリンに捌け口として襲われ殺される」

「知らなかったわ。酷い話ね」

「まあね。んで、さっきユエ達のステータス見た時ついでに色々と見てみたけど【配下能力構成】でメスゴブリンに性欲やら生殖能力を付けられそうなんだよね」

「しかし、それでは逆にゴブリン同士で交配して人間が居なくても数が増えると言う事では?」

「確かにフーリィーの言う通りだけど、逆に言えばオスゴブリンのそう言った能力を、無くす事は出来なくても減らす事は出来るかも知れない」

「「「「あっ!?」」」」

「分かった? 例えば子供を出来にくくしたり性欲も減らせば今ほどの脅威じゃなくなる。ゴブリン同士で性欲が満たせれば他のメスを狙って来る事も少なくなる。まあ、その代わりその分何かを強くしないといけないけどね。でも、その交配で産まれたゴブリンがもし親の特性を引き継げば、テイムして能力を改造して放すを繰り返せば」

「……上手く行けば、今のようなゴブリンの被害が抑えられるかも知れない?」


 私はアイギスのその言葉に頷いてみせる。


「す、凄いですよご主人様! 確実にもしそれが叶えば被害はグッと減ります」

「分かった。お願い出来るかしらハクア? もしも叶えば沢山の人の命が救われる」

「了解」


 こうして珍しく私の案は皆に諸手を上げて賛同される事となった。その後も仮説を上げていき検証する部分を詰めていると、アクア達が無事一角ウサギを仕留めて帰って来たので、そのまま私が一角ウサギを使った料理を作って全員で食べた。


 ユエ達は初めて食べるマトモな料理に涙を流して口一杯に頬張っていた。ちょっと嬉しい。


 ゴブリンの料理は生食と焼くだけ素材をスープにする位だからね。料理も教えて上げよう。


 その後私とヘルさん、アクア、心がユエ達と洞窟に残り、その他のメンバーは一旦城へと帰って行った。勿論ギルドへの報告も抜かり無く、瑠璃と澪に任せておく。


 本隊への行動はアイギス達の領分になるからね。

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