第271話私の涙を返せ!
……油断した。
現在私はとある諸事情により、周りの混乱なんのその一人心の胸に顔を押し付け、勝手に目から流れる出る物が止まるのを待ち続けていた。
何故こんな事になっているのか? それは今私が顔を押し付けている相手、心が原因だ。
「あ~。その、強くなったな。見違えたよ。私も本気でやったがどの時点で負けても不思議じゃなかった。その、良く頑張ったな?」
そう言って私の頭を撫でたこいつが原因だ。原因と言ったら原因なのだ!
そもそも私は、心は私に対して怒っているのだと思っていた。
だってそうだろう? 今まで散々世話になって鍛えて貰ったのに、勝手に死んで勝手に異世界に来て弱くなって皆に心配までかけた。
私だったらそんなもの許したくない。せっかく育てたものをレベル1にされたら怒るもん。分かりやすく言えばレベル上げしてたデータ消されたようなもんだ。
違うか? とにかく、私はまさしくそれだったのだからあんな言葉を言われる資格なんて無い筈だった。
でも、そんな私を認めて褒めて昔のように頭を撫でてくれた。
そしたらいつの間にか目から何か出てた。ええ、溢れましたとも。
止めようと思っても止まらず、それが何故か無性に恥ずかしくなって心が近くに居たから抱き付いた。
心のせいなので当然の権利だと主張したい。
それに私だって不意討ちじゃなければこんな醜態は晒さなかった筈だ! だからしょうがない! 何がしょうがないか分からないけど兎に角しょうがないのだ!
そんな心は未だにオロオロしている。
普段はそんな事無いからちょっと楽しい。私にこんな醜態を晒させたのだからいい気味だ。
と、そんな風に見ていたら目が合ってしまう。
なんとなく気まずいのでもう一度ポスッと、胸に顔を埋める……が、そんな私の耳に雑音が響く。
(みーちゃん離して下さい! ハーちゃんの泣き顔なんて滅多に無いレアスチルなんですよ! 早く写真を撮らなくちゃ! ヘルさんかテアさん! 早くカメラを! ライブラリ機能が無いんだからせめて写真を! 出来れば動画を!)
レアスチルってなんだ! カメラで何撮る気だよ!
(落ち着け! ヘルは忙しいしテアもマジギレしてるから無理だ。そもそもそんなもん撮ろうとするな! 空気読め!)
澪、良い事言ったぞお前!
(はっ! そう、そうですね。まずは涙の回収ですよね? 試験管! 誰か試験管の用意を早く! スポイトでもOKです!)
どうするの? ねえ、それ回収してどうするの!?
(そんな事言ってねーよ! 正気に戻れ! あっ、元からこんなのか?)
(ルリ、ルリ、みゃ~もご主人様の涙欲しいニャ。あれば色々はかどる)
……やだ、ウチの飼い猫に狙われてる? はかどるって何がよ? ナニがよ?
(はかどるってなんだ! 瑠璃もそんな物にまで手を出すのはマジで止めろ~!)
(みーちゃん! ハーちゃんの涙ならHPもMPもきっと全回復ですよ!)
ねえよ!
(……何処まで行く気だお前! そんな世界樹の雫みたいな効果は無いからな!)
(でも、ハクア程の美少女の涙なら売れるかしら?)
お前も乗るんかい!? そしてその枠なら私よりも君達じゃね!?
(アイギス様、それはどうかと……)
(私はアクアちゃんのなら買いたいです! お姉様)
アレクトラ、君は一体何処に向かっているの? 姉想いな美少女の君は何処へ? 最近の方向転換がヤバくね。
(需要有りですよみーちゃん!)
(無いからな! それは本当に無いからな!)
(ミオ、落ち着いてください。ルリも気持ちは分かりますが落ち着いてください)
(ああ、分かっちゃうんだ。気持ち……)
(……流石アリシアゴブ)
(このパーティー本当にブレないのじゃ)
(ま、まあ、良いんじゃないかな?)
(ああ、私の中のゆるふわ系美少女だった瑠璃先輩のイメージが……)
(諦めるんだユイどうにもならない事もある)
(うう、フロストさんありがとうございます)
うん。何か色々聞こえる気がするけどきっと気のせいだな。
取り敢えず最後! イチャつくな! 爆発しろ! って、違う違う。私は何も聞こえない。聞こえないから分からないんだよ。そう! 私は何も分からない。取り敢えず心の柔らかさに集中しよう。グリグリっと! 聞こえな~い、な~んにも聞こえな~い♪
その後もしばらく目から流れる物は止まらず、カオスな状況は続いたのだった。
私だってたまにはこうな風になる事もあるんだよ?
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
私が落ち着くまでに多少の時間が掛かった。そのお陰で周囲のカオスな状況は……収束せずに何故か拡大していた。
その原因が心である。
何故だか知らんが急に残り少ない女神の力を棄て、半神に存在の格を下げてレベル1からやり直し、私達と共に戦う。と言い出したのだ。
この長くはない時間に何があった?
さて、そんな元女神ズはまるっと無視して、現在私は今後の事について皆と話をしていた。
と、いうのも今回の心との戦闘で私の修行は一段落付いたらしいのだ。これからも基礎訓練などは続けるが今までよりも修行に当てる時間は少なくなるらしい。
遂に、遂に気絶地獄から解放されたよ! 殴られて気絶して、打ち込まれて気絶して、吹き飛ばされて気絶して、何か良く分からない内に気絶していたからね。これからは数日に一回位に減ってくれる筈! アレ? 私、毒されてる? 喜ぶところおかしくないか?
「それで? お前はこれからどうするつもりだ?」
「う~ん。どうしよ?」
やりたい事は沢山あるんだよね。
地下帝国とかはネタみたいなもんだし。まあその内で良いけど、食事問題に識字率増やしたり冒険者稼業もそろそろしたい。うむ。贅沢な悩みだね。
それを伝えると皆も色々と私の為に悩んでくれる。
「こいつを一人野放しにするのは危険だよな?」
「ん~、ハーちゃんですからね」
「だ、大丈夫ですよご主人様なら」
「どもってるよアリシア」
「あ、あははは」
私の為に悩んでくれている!! 決して私を警戒している訳ではないよ?
「私としてはハクアには国の運営を手伝って貰いたいところだけどね」
「お前、まだ懲りてないのか?」
「私がやれると思ったのが間違いであって、澪達に任せれば一番良い上澄み部分の成果だけ掬えないかしら?」
やだ! この王女怖い!?
「ハクア様! 私はアクアちゃんと離れたくないです!」
「いや、まだしばらくはここに居るから」
「主様に任せたらこの国滅びないか?」
失礼だなそこの黒いの!?
「楽勝ゴブ」
「楽勝ニャ」
おいこらマスコット枠!! それはどっちの意味だよ!?
「はぁ、じゃあ取り敢えず周りの依頼を金に関係無く片付けながら、教育関連やその他の売り出しを宣伝するか」
「ふむ。それが現実的だな」
「ウンウン。それで良いと思うよハクちゃん。今のハクちゃんに必要なのは対人戦闘以外の経験値だからね。対人戦闘ならレベル差をひっくり返した結果を叩き出せるけど対人以外だと流石にステータスが不安だからね」
いつの間にこちらに合流したのかソウも賛成してくれる。
だよな~。私が生き残って来れたのは勿論運が良かったってのもあるけど、水転流って下地があったからってのが大きい。
VRゲーで対人以外も経験してるけど当たり判定の見切り位だったからな。その分の齟齬がテアに言われた荒い部分だった訳だし。
ゲームは大きく避けないと当たり判定でダメージ喰らうからね。
「こっちもそれで良いわよ。ゴブリン退治とか誰もやりたがらないのが沢山あるらしいし。ついでにそれを片してくれれば有り難いわ」
やはり私はゴブリンに呪われているのだろうか?
まっ、しょうがないか。
ゴブリンは何処にでも現れ勝手に増えていく。しかもネズミ算式に。
そしてゴブリンは一般人でも倒せてしまうから報酬が少ない。そんなものをわざわざやりたいというのは少ないからね。被害は大きいのに。
こうして私達はまたもやゴブリン狩りする事が決まったのだった。
ゴブリンって味的にもスキル的にも美味くないんだけどな~。
「因みにハクちゃん。これからも定期的に今みたいな試合してもらうからね?」
私の地獄は終わっておらず、寧ろ地獄はまだ始まったばかりだった。
ノオォォォオ~。そして私の涙を返せ! ハズイわ!!
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