第269話相変わらず思いきった事をするな

 なっ!? 正面! 正直過ぎる!


 確かに実力差がありすぎるなら下手な小細工を行って自分の隙を晒すよりも、最も得意な形で攻めるのも手だが……。


 私に向かうハクアは更に腕を弓のように引き絞り力を溜めながら走る。


 あれは突きか? しかし、事前にそうと分かる攻撃など何を考えている。自棄になった攻撃? いや、彼女に限ってそれは無い。とにかくどんな変化にも対応出来るようにしなければ、彼女に対して決め付ければそこから足元を掬われる。


 だが、私の思考はプッという音が鳴り中断される、それは彼女が吐血した血液を私の眼に向かって飛ばした音だ。


 喰らえば視界が潰される。


 眼に向かって飛ばされたそれを回避した私の瞳に次に写ったのは、ハクアが私に向かい左の掌を突き出す所だった。


 しまった! 誘導された!


 人の体は欠陥も多いが存外優秀だ。特に危険回避には特に秀でている。人間の脳は一定の速さの物を自動で追ってしまう。


 それは、外敵から身を守る防衛本能の一種で自分に迫る物を正確に見極めようとするからだ。


 しかもハクアは直前に私の眼を狙い血液を飛ばしそれに集中させ自分から一瞬注意を逸らした。そして間髪入れず私の視線の高さに真っ直ぐ合わせ掌を突き出し、距離感を掴みづらくする事で更に私に掌に集中させ視野を狭めた。


 今思えば真正面から馬鹿正直に向かって来るのも、明らかに突きを匂わせる行動も、私に疑わせ考え自身に注目させる為の行為だったのだろう。


 傍から見れば、ハクアはただ私に向かい意味も無く左手を突き出したようにしか見えなくとも、私の眼にはいま視界一杯にハクアの掌が映っている。


 掌をブラインドにする事で自分の姿を完璧に隠した。


 くっ!?


 瞬間的に後ろに下がり距離を開けたい衝動に駆られる。

 しかし下がるのは下策だ。今の状態で後ろに下がれば多少なりとも体勢が崩れる。それを見過ごすような相手ではない。

 なら、次は何処から来る? 回り込むか? 直前で掌を退けて掌の後ろから攻撃してくるか? くっ! 決め付けるな! 惑わされるな! 目の前の全てに対処しろ!


 一瞬で突き付けられる幾つもの選択肢に混乱しそうになる頭を、無理矢理ニュートラルの思考へと戻す。


 そうした私の眼に映ったのはハクアの掌を突き抜けてくる白刃だった。


 あまりに予想外の攻撃になんとか避けるも、掌を突き破って出て来た刃に私の左の頬が裂け、左の眼はハクアの血に視界を潰される。


 しかし私も避けると同時に突き出された刃を上に弾く。その結果ハクアの掌は中程から縦に裂かれるがハクアはやはり気にせず、噴き出した血を私の顔へと手を振るい投げ付ける。


 私は敢えてその血を自ら前に出て受ける事で、無事な右目に当たる事を回避すると、そのまま居合い抜きで刀を横薙ぎに振るいハクアを斬り付ける。


 しかしハクアは【結界】を張って妨害すると同時に、反対側にも【結界】を張り三角跳びの要領でその攻撃を上に避け、私を飛び越え私の後ろを取ろうとする。


 ハクアに背後を取られるのはマズイ!


 そう考えた私はハクアの着地の瞬間を狙う為に、刀をもう一度鞘に入れながら、その場で回転はしてもう一度最速の攻撃を加えようとする。が……そこには私の予想を裏切る光景があった。


 なんとそこにはハクアが私の目の前の空中に、上下逆さまの居合いの体勢で私を狙っていたのだ。


 空中に【結界】を張ってそこを足場に上下逆さまになっているのか!?


 瞬間、互いに放ったのは雷天の居合い【迅雷】気の力を腕と刀に一瞬で集中、解放させ爆発的な速度と力を生み出す技だ。


 そうか、この為にその体勢なのか!?


 同じ技がぶつかれば必然、力も早さも上の私が勝つ。


 しかしハクアはそこに状況を利用した。


 空中で逆さになる事でハクアの斬撃は下に、つまりは重力に逆らう事無く振るわれ、寧ろ重力を存分に力とする事が出来る。

 引き換え私はハクアに攻撃を到達させる為に、通常よりも高い位置へと刀を振るわなければならない。その為僅かしか無かったステータスの差を埋められたのだ。


 互いの技がぶつかり合い揃って刀を弾かれる。しかし私は腰に備えてあった脇差しを即座に抜き出すと、ハクアの顔に向けて突き刺す。


 流石のハクアもこの体勢では不意の挙動は出来なかったのか、顔を背けるが私の放った一撃はハクアの頬を突き破り口内を通り反対へと突き抜ける。


 しかしその瞬間ガチンッとハクアが脇差しを歯でロックすると、私の伸びきった左腕をゴキンッ! と砕いてくる。


 クッ! 引こうとしたが間に合わなかったか! 避けられなかった訳ではなくわざと受ける事で腕を壊しにきていたのか!?


 たまらずバックステップで距離を取るがそんな私に向けて、ハクアは頬から脇差しを抜き出し私の顔へと投擲する。


 反射的に避けようとするが、そこで私は脇差しの柄に糸が絡まっているのを見付け、回避ではなく投げ付けられた脇差しを砕かれた腕を無理矢理気で動かし目の前でキャッチする。


 しかし、次の瞬間にはハクアの爪による攻撃が目の前に迫っていた。私はカウンター気味に脇差しを突き出しハクアの腕を斬り裂いた。

 ハクアはそのカウンターに軌道を少しだけ逸らし、腕を裂かれながら脇差しを握る私の腕を今度こそ完璧に砕きにきた。


 互いに距離を取り、手元に刀を呼び寄せる私達。


 クッ、この戦いの最中にもう左腕は使えないな。しかし、自己再生があるとはいえ相変わらず思いきった事をするな。


 ハクアの自己再生はそこまで強くない、恐らくこの戦いの間には治らず、もう攻撃は出来ないだろう。


 しかしその効果は絶大だな。私自身、彼女の事を見知っていなければこの程度の怪我では済まなかっただろう。


 考えうる想定の上を行かなければ奇襲たり得ないとは言っていたが、正直、彼女とこの世界の魔法やスキルは相性が良すぎるから混ぜない方が良かったんじゃないか?


 ハクアは自分の刀と私の脇差しで裂かれた腕に、自分の出した糸を巻き付け止血している。


 随分と器用にスキルを使うものだ。っと、感心してる場合じゃないな。次はこちらからだ!


 私はハクアと同じように正面から肉薄する。それに対してハクアが取った行動は同じく正面からの突撃だった。


 私が脇差しをハクアへと投げると同時に、ハクアもいつの間にか持っていたクナイを私へと投げ付ける。


 互いに投げ付けられた武器を私は使えなくなった左で全て受け止め、ハクアは身を沈める事で回避する。


 ハクアの攻略法は幾つかある。


 その内の一つがハクアの武器とも言える最適解の自動行動を利用する事だ。複数の行動指針がある場合最適な解を出す事が分かっていれば、その最適解を導いてやればある程度コントロール出来るのだ。


 まあ、それにも複数の選択肢を瞬時に叩き付け、同時にある程度追い詰めた上でハクアの行動を読み取らないといけないがな。


 私は少しだけ時間を空けて投擲したクナイを避けるハクアを見ながら、ハクアの導き出す最適解を絞っていく。


 誘導といってもその攻撃は全て致命の物だ。当たりが良ければそこで終わるが、その攻撃が致命的であればあるほど最適解はより読みやすくなる。


 そんな致命の攻撃を必死に避けながらもハクアの眼光は少しも衰えず、常に私と私の周りを観察しながら逆転の一手を模索する。


 クナイを避けた事で少しだけ体勢の崩れたハクアの死角へと、斬撃を浴びせるが見えているかのように避けるハクア。しかし、その最適解の行動は私にとっても予想通りの反応だ。


「くぁっ!」


 度重なる選択肢の濁流に思考を裂かれたハクアの行動を読みながら、私は尚もハクアへと致命の攻撃を繰り出し続ける。


 なんとか攻撃を避けるハクアだが、刀は弾き飛ばされ呼び戻す時間も無く、その体は次第に浅い傷が無数に付き身体中から血が流れ呼吸は乱れていく。


 システマのブリージングを使い呼吸を整えてはいるがそろそろ限界のようだな。


 このままではじり貧だと感じたのか、ハクアは何度も裂かれ糸で補強しただけの腕で無拍子の突きを放つ。私はその攻撃を素早くフェイントと見切り・・・・・・・・・、身体で隠している右手の一撃を半ばで叩き落とす。……が、その瞬間私の頬に衝撃が走る。


 なっ!? くっ!?


 一転してハクアの攻勢が始まる。


 一瞬の隙に刀は弾かれ私は超近接の格闘戦を余儀無くされる。


 くっ!? 何故私はあの一撃をフェイントだと割り切った。


 ハクアの攻撃を捌きながらも先程受けた一撃が、自分がフェイントだと見切ったものだと理解して自問する。だが、私はそこではたと気付く。


 そうか、最初に掌を突き刺したのはこの為か!?


 一番最初、掌を突き刺し怪我をしたハクアはその後も私の腕の破壊の為に腕も犠牲にした。だが、その行動で私はもうこの戦いの最中・・・・・・・・に攻撃を出来ない・・・・・・・・)と、勝手に判断してしまっていたのだ。


 私達の攻防は更に続く、互いに位置を入れ替えながら刀を呼び寄せる隙も無く攻撃を続ける。


 だが、ハクアは出血の為か半ば自動的な最適解の行動が多くなり次第にその攻防は私の有利に傾いて行く。


 最適解の反応は言い換えれば反射だ。


 つまりはその反射さえ超えられるのであれば最適解は寧ろ諸刃となる。


 私はフェイントを織り交ぜその反射を引き出すと、それを利用してハクアの攻撃を捌き水転流奥義【水破】を打ち込む。


「かっ! ふっ……」


 流石のハクアもその一撃は堪えきれず私にもたれ掛かるように倒れる。


 こうして私とハクアの試合は私の勝利で終わった。

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