第268話そんな物は建前か
「ご主人様嗤ってる?」
「本当だ嗤ってる。ハクアって時々こうやってピンチなのに嗤うよね?」
顔を上げたハクちゃんの顔を見てアリシアとエレオノが不思議そうに言う。
「……やっと本気になったか」
「えっ? 今まで本気じゃなかったのかな」
「おねちゃん手抜きゴブ?」
「言い方が悪かった。しかし、もう少し言い方があるだろ」
「……手抜きゴブ?」
「……無いんですね。それよりもミオ、本気とはどう言う意味なんですか?」
「ああ、なんと言うか今までも全力でやってはいたんだが、アイツの場合それは本気ではないんだ。そうだな例えるなら今までは真剣を使いながらも、相手を傷付けないように鞘に入れたまま戦っているような感じだな。だが、あの状態のアイツは真剣を鞘から抜き、1%以下の可能性でも相手も自分も傷付けながら無理矢理勝利を手繰り寄せるんだ。だから本気と言ってもパワーやスピードがいきなり上がる訳ではない……ないんだが、正直あの状態のアイツはなりふり構わず勝利という一点しか見ないから怖いぞ。私もこの間の戦いの時はあの状態にさせない為に常に話し掛けてたんだからな」
澪ちゃんの言っている意味が良く分からないのか、皆は首を傾げながらハクちゃんを見ている。勿論それはこの戦いを興味深く見ている兵士達も同じだ。
う~ん。確かに訳分からないよね。でも確かにあの状態のハクちゃんは私ですら怖い。最終的な勝利の為に自分の体を厭わずに、最適解で
加えて言えばハクちゃんの頭の回転はあの状態だと更に早い。少しの挙動、視線、意識の波長、戦いながら集めたプロファイリング等の様々な情報を収集している。だからこそ隙を突かれたとしてもほぼ自動的に最適解で必要な行動を起こす。
それは、普通の人間なら理解する事が出来ない行動が多いのだ。既存の格闘技術、制圧方法、人の歴史と叡智が築いたそれすらも凌駕する、シンプルで原始的な方法、最短距離で壊すものだ。
でも、それでも戦いの中に身を置くのなら、この戦いは見るべきだ。決して止まる事の無い勝利の嗅覚に敏感な相手と戦うというのが、どれ程恐ろしいかを知るには良い機会なのだから。
そんな相手を見た事がある人間と無い人間では戦場での生存率が違ってくる。
「ここに居る全員はちゃんと見ておいた方が良いですよ。力でも魔力でも技の種類でもない。勝利に対する嗅覚が異常に鋭い相手との戦いのシミュレートには持ってこいの対戦ですからね」
流石テアさん。私はハクちゃん達とハクちゃんの仲間以外はどうでも良いけど面倒見良いな。
まっ、とにかくここから先が見物だね。同じタイプの二人がぶつかるのはさぞ見応えがあるだろうな。
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私の目の前でハクアが嗤う。
出来ればこの状態になる前に片を付けたかったんだが、まあしょうがないか。
刀を青眼に構え薄く嗤いながら私を見るハクアの頭の中では、今も私に対してどう行動すれば少しでも高い可能性があるのかを、何通り何十通りとシミュレーションしているのだろう。あの状態のハクアは行動が読めない分無策で突っ込むのは下策だ。
しかし、本当に強くなったなハクアは。
昔、私はこの子が苦手だった。
この世界で目覚めた時私は既に私だった。
居る理由も分かる。自分という存在がなんなのかも分かる。でも……私は私自身が分からなかった。
咲葉や聡子は私と同じタイプの存在だったがあまり気にしていないようだった。だが、私はずっと自分が分からなかった。
それはこの世界で永らく神をやっても変わらなかった。
そんな自問自答の日々の中、良く話をしていたテアがこの世界を去ると言った。
そして更に時が経ちテアが地球で暮らしているという話をシルフィン経由で聞いた。
それを聞いた時、私は素直に羨ましいと思った。神の力を捨てただ一人の人間として生きるのがとても羨ましかった。だからこそ私は神の力を捨て地球へと行きテアに会い、昔この世界にきた事のあった朝霞の事を紹介され世話になる事になった。
だが現実は甘くなかった。
私の存在はハクアが言ったように一つの存在から切り取り、形作られた物だ。それに私独自の様々なコンテンツの女という部分が加味されている。それが私だ。
大元の存在と同じでありながら違う役割も存在する矛盾の存在。
そして地球に来るまで知らなかった事だが、そのコンテンツとして生まれた私は、地球で誰かが私の大元の存在を題材にする度に、役割が性格が設定が勝手に記憶として経験として蓄積されていった。
普通に暮らしていたらいきなり知らない記憶が溢れてくる。それもある日なんの前触れも無く突然だ。そう言えば少しは私の苦労も分かって貰えるだろうか?
地球に来ても自分以外の自分に苦しみながら過ごす日々は苦痛だった。
そんな時出逢ったのがハクア達だった。
幼い頃から自覚無く聡明だった彼女に見られると、自分の悩みを見透かされそうなのが嫌だった。
だが相手をしない訳にもいかず稽古を付けていた。
今となってはどうしてこんな話になったか覚えていないが、ある時私は彼女に「私自身私が分からないのに君に私が分かる訳無いだろう」そんな非常に大人気ない事を言った。
そしたら彼女はキョトンとした顔で「知らん。私の知ってる心は、今目の前に居る私をやっつけてる奴だ。それ以上でも以下でもない」なんて当たり前の事を言われた。
当たり前だ。当たり前の事だったが、私はその言葉で漸く私を見付けられた気がした。その頃から勝手に溢れてくる記憶は気にならなくなった。
それからは積極的に関わりを持っていった。彼女に教えるのはおもろいし、文句を言いながらも打ち込む姿は好感が持てたからだ。
ただ、体の問題で本気で動ける時間が少なかったのは残念でならなかった。
だが、今私の目の前にはその問題を克服した彼女が居る。
少しでも気を抜けば致命になる程の実力者。しかも今の彼女は勝利の為に最適解で攻めてくる筈だ。
どんな攻撃がどんな風に繰り出されるのか私にすら想像出来ない。
それにいくら強くなったとはいえ、彼女を調子に乗らせない為にもここで負ける訳にはいかない。
いや、そうじゃないな。
そんなものは建前か。
私はただ単にまだ君の前を歩いて君の世話を焼きたいだけだな。君に尊敬されて追い掛けて欲しい。ただそれだけだ!
そう結論付けるとストンッ! と納得出来た。同時にそれなら負けられないなとも。
さあ、ここからが本当の勝負だハクア。
私の中で決着が着くと同時、ハクアが身を沈め突進して来た。
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