第266話またお前は私を騙したな!

 ソウ達が来てから更に一週間経ったある日、私は珍しく外に連れ出される事無く皆と訓練所にいた。


 ふっ、ここも懐かしいぜ。なんせずっと隔離されてたしな!


 因みにヘルさんだけはこの場に居らず自分の武器を造る為に工房に籠っている。


 久しぶりに皆と訓練できるのかな~? などとウキウキする私。決して見る者が多いと逃げやすいとは考えていない。


 〈考えたんですね〉


 あのすいません。工房に籠って兵器開発しながらのツッコミは心臓に悪いです。


 〈気を付けます〉


 止めるとは言って下さらないんですね? そうなんですね? わかりました。ありがとうございます!


 ツッコミ無いのも寂しいからね!


「さて、それじゃあ始めようかハクちゃん」


 ん? 皆も居るのになんで私にだけ言うんだ?くく集中してないから?逃げ出そうとしてるから?


「どっちも違うよ? さっ、ここに立って」


 私は言われた通りソウの方へとテクテクと歩いて行くが、何故か嫌な予感がして堪らない。


 き、気のせいだよね?


 そんな事を考えたら私の足は自然と止まってしまう。それを見たソウが首を傾げどうしたの? と言いながら近付いて来る。


「いや、なんか前にも同じような事があった気が?」

「気のせい。気のせい。そ・れ・に」


(言う事聞かないと城に造った家のハクちゃんの部屋にある地下室の事……バラすよ?)


 何故知ってる!? 誰にも見付からないよう完璧に偽装してあるのに!? つーか最悪だ脅して来やがったよ!


「ふ、ふん! そんなで私は言う事なんか聞かないんだからね! 全く。で、位置に着きました何をすれば良いんですか!」


 脅しには屈しない! だけど年長者の言う事は聞かないとだよね? うん。


 しかし、問い掛ける私を残し何故か離れて行くソウ。そしてそれと入れ替わるように心が私の前まで歩いて来る。


 ヤバい! 嫌な予感しかしない! 逃げなければ!


 しかし、その判断を下すのが絶望的なまでに遅かった。ステータスをフルに使い逃げ出そうとした私はいつの間にか張られていた、見えない壁にベチンッと激突する。


「……痛いの。出して~。助けて~。またか、またお前は私を騙したな!」


 私は見えない壁に顔を擦り付けながらソウに食って掛かる。


 いつもいつも騙しやがって! 何度師匠や心に道場破りの相手をさせられた事か!


「人聞き悪いな~ハクちゃん。いつもど~しても仕方がない事情があってね。しょうがないんだよ。限定プリンを買うために並ばないといけなかったり、限定ケーキを買わないといけなかったり」

「そんな事で師匠や心に道場破りの相手をさせられたんかい!? 私の苦労を何とするか!」

「えっ? でもハクちゃんも同じような立場なら同じ事をするよね?」

「…………し、しねぇよ?」

「顔を背けながら言っても説得力が無いぞ白。全くクズどもめ」

「「「クズね(じゃな、ですね)」」」

「「ご主人様……」」

「でも、ハクアらしいっちゃらしいよね?」

「それがハーちゃんの可愛いところです!」

「それ認めちゃダメじゃないかな?」

「ゴブ」


 うるさいよ! そんな事は良いから早く助けてよ! 見てよあの女臨戦態勢入りまくってるよ! あんなんとやり合ったら今度こそ私死ぬから!


 私はなんとかこの絶体絶命のピンチを抜け出す為に懇願するが、私が必死になればなるほどソウは良い顔で笑っていた。


 ちくしょう! 相変わらず私が焦ったり泣いたりパニクったりするの大好きだなこの野郎!


「しょうがないなハクちゃんは、大丈夫ちゃんとハクちゃんがやる気出せるように賞品もあるから」


 そう言ってポケットから出したのは何かの種だった。


「……それはまさか稲ですか聡子さん?」

「そうですよ白亜さん。ちゃんとシルフィンさんにも許可を取ってあるから栽培出来ます。白米食べられるよ?」


 この世界はパンが主流だが米に似た物は確かに存在する。


 だけどあれは私の求めている物ではないのだよ! どちらかと言うとタイ米やらそっち系のパサつく米を、私は食べる度にガッカリしながらもモシャついている。米食いたい。


 だがそれはこんな危険を冒してまで食べる価値がある物か? 何よりもこんな程度の事で私をやる気に出来ると思って疑っていないソウの顔が苛つく。だからこそ私はハッキリと言ってやった。


「ふん! そんな物で私をやる気にさせられるだなんて本気で思ってるのか! 全く! フッ、ホッ、私も甘く見られたもんだぜ! ヨッ、ハッ、フ~~。来いやコラ! やったらー!」


 米の為ならやったるぜ!


「……なんと言うか。君は相変わらずだな」

「ハクアって言葉と行動が噛み合ってない事多いよね」

「まあ、アイツを簡単に動かすには飯と興味と面白そうな事のどれかを用意すれば良いからな」

「単純ゴブ」


 うるさいよ君達。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 今私の目の前でハクちゃんは予定通り心さんと向き合っている。


 ふふふ、流石私。


 この舞台のセッティングをしたのは昨日の夜だった。


 あまり早い段階で企画すると何処からか嗅ぎ付けて逃亡しちゃうからね。ハクちゃんが本気で逃亡したら女神の力を使っても見つけられる気しない。


 でもそのお陰でハクちゃんの修行の総仕上げをしつつ、その内白米も食べられるようになる筈。


 この世界で稲がちゃんと育つかはまだ分からないけど、ハクちゃんのバイタリティーと食欲があれば美味しいお米は手に入ったも同然!


 正に私の一人勝ち状態。やったね私!


 この調子でハクちゃんには味噌と醤油も作って貰わなきゃだからね。米を食べればこの二つも食べたくなるのが日本人の性、私の食生活の為に遠慮なくそこは攻めさせて貰うよ!


 私は予想通りの展開に一人ほくそ笑みながら今回の主役の二人を見る。


 心さんはいつも残念に思ってた。


 ハクちゃんは体が弱かった故に全力で動ける時間が少なかった。才能も有り努力もしていたあの子の欠点。


 それはこの世界で解消された。


 もちろん簡単な事ではなかったが、それでもハクちゃんは壁を乗り越え今あの場に立っている。


 それに私は知ってるよ。ハクちゃんが心さんに認めて貰いたがっているのも。


 心さんはハクちゃんの事を認めていない訳じゃない。努力も才能も認めてた。でも、それと同じ位ハクちゃんの事を大事にしていたから本気で戦う事は無かった。


 だからこそこの世界で何も気にせず動けるようになって、心さんと戦えるのが嬉しいんだよね。


 でもさ、心さんは強いよ。


 こと刀においては私の方が上だけど、心さんは生前の武神としての神格と毘沙門天の加護、それに想像として作られた心さんとしての力も在る。


 戦いにおいては私も勝てないような人だ。


 それでも私はハクちゃんに期待してるよ。


「来いやコラ! やったらー!」


 うん。ハクちゃんのやる気も十分だね。


「それじゃあルールを決めようか?」

「あん? ルール?」

「そっ、この魔法陣は私達女神が干渉出来るようになるだけじゃなく設定も出来るんだよ」


 そうこの魔法陣は女神の為の物だけではない。設定によっては痛みを無くしたり、魔法を使えなくしたりと色々と出来るのだ。


「って、感じかな?」

「何かMMOの設定みたい」

「近いかもね? 別枠のHPも用意できるし。そんな訳でルールはこんな感じね?」


 1.制限時間無し


 2.HP五千を先に削った方の勝ち


 3.魔法の使用禁止


 4.武技、スキルの使用ありの純格闘戦


「こんな所かな? 結界内の傷は痛みは残るけど出れば直ぐに治るからね。勿論仮に心臓とか貫かれても平気だよ」

「私は魔法も有りでも良いんだが?」

「じゃあ有りで行こう!」


 それじゃあハクちゃん自身も納得出来ないでしょ!


「却下。今回はハクちゃんの格闘能力を見るのが目的だもん。魔法有りは又今度ね」


 あっ、今度って言ったから次があるのかよ!? みたいな顔してる。勿論あるよ。


 私が良い顔でサムズアップすると膝を突いて項垂れてしまった。


「くっ! やるしかない米が! 米が掛かっているんだ!」

「本当に食い意地が張ってるな君は……」

「やるからには勝つ! 白打」


 ハクちゃんが名を呼ぶと腕輪が光り、その手には刀身から柄頭まで全て白い刀が握られる。


 コロの作った刀 白打。


 全てが白く染まった刀は儚い印象を持たせるが、使い手が並みではない事もあり脅威的な物となっている。


 そして、何度も使っていた事で刀自体がハクちゃんの使い易いように変化して、長さ、重心、重さ、反りまでもが最初とは変わったいた。


 普段は訓練用に作った重さのある刀を使ってたから、何度見ても綺麗だと思うな。


 相対する心さんの刀も勿論業物だ。一目見ただけでそうと分かるほど刀自体が威圧感を放っている。


 二人は互いに手に持つ刀を握り、腰を落とし刀を腰溜めに構える。


 抜刀の構えだ。


 二人の距離は約2.5メートル。


 二人程の技量なら一瞬の距離だ。


 集中が高まり、空気が変わる。


 互いに必殺の距離を保ちながらジリジリと距離を詰めていく。


「それでは! 始め!」


 私の号令と同時に動き出した二人の抜刀は衝撃波を産み出しながら中央で炸裂したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る