第262話 「この間一万人を越えました」
「それで? お前は一体何をさせられてたんだ?」
夕食になんとか間に合い帰ってきた私は、夕飯の肉にかぶり付きながら澪の質問に答える。
「フガガ、ブガ、アアウウウア」
「かぶり付くな答えろ」
モグモグ。ゴクン。バクッ!
「答えろと言ったんだ。食・う・な!」
「ひひゃい、ひひゃい」
頬を思い切りツネリながら捻られた私は観念して今日の特訓を思い出す。
「お前、あの地獄を私に思い出させるとか鬼か?」
「今鬼なのはお前だろ」
ハッ! そういえば種族的にはそうだった。って、そうではなく。
「む~。……走らされただけだよ」
「?? それだと外に行く意味が無いだろ? このところは走り込みしてたんだから」
「……坂道を、心の攻撃をひたすら避けながら、行き帰り以外ずっと」
「おぅ、まあ、なんだ。お疲れ」
私の答えに皆が心を見るが本人は平然と茶を飲みながら「いつも通り君が規格外なのが悪い」と言いやがった。
しかもなんで皆、またかコイツ。みたいな顔すんのさ!?
「どういう事ですか心さん?」
「その首輪は魔力や気力を発散させる事で、身体強化や魔法、スキルの発動を阻害するんだが、簡単な治療魔法ぐらいなら恐ろしくMPを使うが使用する事が出来るんだ」
「何か関係があるのか? お前の攻撃を避け損なったものを自分で回復していただけだろ?」
「いや、それが事もあろうに治療魔法を常時展開して、筋肉疲労が起きないように走ってたんだ。お陰でMPの続く限りは疲れないし、トレーニングで筋肉が傷付いてもすぐに無理矢理治すから、数日掛けて出る筈のトレーニングの効果も直ぐに出る。そんな方法を確立したからつい熱が入ってしまった」
「熱が入ったで休み無しの坂道での走り込みプラス、心の攻撃プラス反撃封じられてモンスターに追われればそれ位しますけど!?」
「はあ、やらせる方もやらせる方だが、それをこなす方もこなす方だな」
何故に皆頷くし? 解せん。
「でもそんなに即効性のあるトレーニングなら採用しようかしら? それが本当なら二、三カ月でかなり身体付きから変わるでしょうし」
「いや、無理だからなアイギス」
「なんでですかみーちゃん?」
「治癒魔法ならともかく、治療魔法では精神的な疲れは癒せないからな、そんな身体をイジメ抜くような訓練、心が持たないだろう。まあ、ほどほどなら使えるだろうがな」
「当然だが君はどうせこなせるから明日も同じメニューだぞ」
「なん……だと!?」
マジで言ってんのかこの女。あっ、こういう奴だったり。心臓悪くて長く運動出来なかった私に持久走やらせるような奴だったよ。
「まあ白亜さんならなんとか生き残るので良しとしましょう。他の人は駄目ですよ? 死にますから」
「それ位わかってる」
「異議あり!」
「「却下」」
私の扱いが酷くないかね皆の衆!?
「あっははは……、そういえばハクア。私、クーに教わって闇魔法結構使える様になったよ」
流された!?
「そうなのクー?」
「うむ。エレオノは吸血鬼なだけあって闇魔法との相性は良いようじゃ。それに血液を使った技は応用も効くものが多いのじゃ」
「その代わり自在に操ろうとすると、スッゴい集中力使うんだけどね。だからまだ戦いながらだと簡単な事しか出来ないんだ。その点シィーは魔力を文字通り手足のように使ってるから強いよ」
「にゃあ~。でも、エレオノの攻撃は鋭いから避けるの大変だし、クーは動きを先読みされてなかなか勝てないにゃ。でもでもクーのスキルのお陰でレベルも上がってるにゃぁ」
ほうほう。エレオノは最近脳筋気味だったから良い傾向かも。それにクーも、おさらいしつつ遠近両方の訓練が出来てるみたいだから組ませたのは正解だったね。
何度か手合わせしたけど、シィーは私の影魔法と【魔拳】を足したような戦い方で、影を闇属性の物質的なものに変換して、それを操ったり手に纏って戦うトリッキーな近接タイプだから、二人共勉強になるし、シィーも得るものは多いだろうな。
「コロやアリシアはどう?」
「ボクの方はそんなに変わらないかな? ほとんどの時間装備作ってるし。でも、皆のお陰で大剣の使い方や魔法の対処は出来るようになってきたよ」
「私も【精霊融合】の持続時間は結構増えてきましたね。ただ、セクメトの気分次第で訓練出来ない時もありますけど。魔法自体も基礎から教わった事で、ご主人様のように色々アレンジしてるところです」
コロの断魔の大剣は魔法を切れるけど、土魔法のように物質として繰り出される物は対象外だし、剣自体にも切れる魔法の許容値があるからその辺の見極めが大事だ。
アリシアはセクメトの気分次第ってところがあるらしいけど、それはテア曰く精霊術なら割りと当たり前の事らしいからね。まあ、意思ある者に力を借りるんだから当然っちゃ当然だけど。
それに、本人が言ったように最近魔法のアレンジには力を入れてるみたいだから、私には無い発想とかだと私としても参考に出来るからそこにも期待したい。
「ヘルさんの武装はどう?」
「皆が集めていた素材を使わせて貰っているので順調です。お陰でアクセルパーツの武装が一つ出来そうです」
「おお、で、出来たら見せてね!」
「……ちゃんと見せますから安心して下さい」
私達は私の稼いだ金があるから素材を売らない。その事が良い方に働いて、予想以上に開発が進んでいるらしい。しかし、設計図的な物はあれど最初期の物なので余り多くは載っていないそうだ。
はう、ヘルさんの武装とか楽しみだよ! メカ子! メカ子は良いよね! メカ娘は大好きなんだよ!!
「結衣ちゃんとフロストはどんな感じ?」
「私はフロストさんに何時も通り魔法と剣術を習ってます」
「結衣は流石勇者という感じですね。訓練ならそろそろ私も勝てなくなるかも知れません」
ふ~む。なるほろ。訓練なら……ね? 確かに結衣ちゃんの動きには目を見張るものがある。けどそれはあくまでも訓練なら……なんだよね。実際の命のやり取りなら普通の人間はそんなに上手く動けない。
実践の中、命を掛ける恐怖で身体はいつもの訓練通りにはいかない。
今後はそこら辺が課題か。まあ、それはフロストも分かってるだろうから任せるか。
「お前らは?」
「聞き方が雑だな」
「私達も魔法やスキルを使った戦いには少しずつ馴れて来ましたよ」
「ああ、スキルありの訓練は今日からだが、この一ヶ月何もしていなかった訳ではないからな。今日は本気の戦闘して、その後はどう水転流に組み込むかの試行錯誤していた」
まあ、この二人なら問題は無いだろうな。
「ああ、そうだ。明日辺りには咲葉と聡子がこちらに来るそうだ」
「「来んのかよ!」」
「わぁ~。久しぶりに会えます」
なんでそんなに簡単に受け入れてんの!? しかもさらっと聡子も女神認定だし。
「こちらに来る分の力がようやく貯まった。と、シルフィンを通して連絡が来ました。二人もお嬢様や澪さん白亜さんと会えるのを楽しみにしているようですよ」
力が貯まった……ね。テアと心が初めて私達の前に来た時は大分消耗してたからね。今度はその心配は無い訳か。
「結構簡単に来れるんだな?」
「そうでもありませんよ。なんせ一回世界を渡るのもかなりの力を要しますから、地球に馴染んだ者が来るのはかなり大変です。まあそれでも、二人も私達と同様に貴女方の居ない世界は退屈なんだそうですよ? 貴女達は飽きないですからね」
人をトラブルメーカーみたいに言わないで!
「ああ、澪には咲葉から伝言だ「地球の時のような温い訓練はしないからゆっくり休んでおけ」だそうだ」
「……なんの死刑宣告だ?」
「ようこそ地獄へ♪ お前だけは道連れにするつもりだったけど必要無いな♪」
私はそれはもう良い笑顔で肩をガシッと掴んで親友を地獄へ歓迎する。すると澪は頬をヒクッとさせながら引きつった顔で笑っていた。
ハッ! ざまぁ!
「アクアの方はどう? 診療所で何か嫌な目に遇ってない? セクハラとかされてない? 迫られたりもしてない? 馬鹿な貴族に迫られたりもしてない? もし居たらちゃんと言うんだよ。生まれた事を後悔させに行くから」
うん。とりあえず一族郎党滅ぼす所存です。
「過保護か!」
失礼な。今や私の天使は本物の天使になったんだから当然の心配でしょ。
「ん。平気ゴブ」
「大丈夫ですよハクア様。アクアちゃん凄い人気ですから。ファンクラブとかもあってアクアちゃんに不用意に近付くと罰がありますから」
「ファ、ファンクラブ。そんな物が……グッズ、グッズとか有るの?」
ポスターと写真なら買っちゃうよ? 限定フィギアとかなら鑑賞用、保存用、布教用で三体は買わないとな。
「なんで興味深々なんだよ」
だって気になるじゃん。
「はぁ~。凄いですねアクア。でも、一体誰がそんな物作ったんでしょうか?」
確かにアリシアの言う通りだ! 会長の方針次第では潰さねば!
「大丈夫ですよアリシア様。私の作ったファンクラブは危ない事はありませんから。もしそんな事したら城の兵が飛んで来ます」
「「「「アレクトラが会長かよ(なの!? ですか!?)」」」」
「勿論です。アクアちゃんの可愛さは秩序が必要です。ただでさえ最近は【天使】とか【女神の化身】なんて呼ばれてるんですから」
「おい、お前の妹こんなキャラだったか? 何か変わってないか?」
「は、初めての友達に舞い上がってるのよ」
「おいコラ! こっち向いて言えよ!」
コイツ顔背けやがった。
しかし、アクアの知名度が上がってきたな。
「おねちゃん。アクアいけない事したゴブ?」
私が腕を組み考えていると、その姿に不安になったのかアクアがそんな事を聞いてくる。だから私は「そんな事無いよ」と頭を撫でる。
「アクアは悪くない。ただ、宗教国家がある世界でその方向性で噂が立つと問題がありそうだから注意はしておくべきだろうね。まあ、この世界の人間の心の拠り所だろうが、アクアに手を出すなら容赦しないけど」
「貴女、国にケンカ売る前に対処しなさいよ」
「分かってる。取り敢えずアレクトラ。会員の間だけでもそのての呼び名は控えさせて、それとその辺の事情を少し漏らして、余り続くとアクアに迷惑が掛かるとも」
「はい。分かりました。城の会員達には徹底させます。町の方達も徐々に流していきます」
「う、うん」
城にも居るんかい!
「因みに会員の人数は?」
「この間一万人を超えました」
……この国の人口一万八千位とか言ってなかったか? てか、戸籍はそこから管理&把握した方が楽なのでは……うん。考えるの止めよう。
アレクトラとアクア以外面々の中で、この話題は避けようという何故か伝わる無言の一致、そして話題の転換を図るように澪が私に話掛けてくる。
「そ、そう言えばおまえが言っていた物が手に入ったぞ」
「えっ、マジで」
「何に使うんだこんな物?」
「こないだの戦いで色んな道具使ったからね補充だよ補充」
私はそれを受け取り何を作ろうかと色々と思いを馳せる。そんな考え事で頭がいっぱいになっている私に更に澪が何か言ってくる。
「ああ、そう言えば白亜」
「な~に~」
全くうるさいな。私は考え事で忙しいんだよ。
「この間の地下カジノの金何に使ったんだ?」
「ん? ああ、あれなら怪しげな流れの道具屋にあった怪しい本を買うのに使っ……何も知らない。私はなんの事か全く理解出来ない。今日は疲れたからもう寝る事にする」
「逃がすか!」
「ぎゃーす。凍った冷たい!」
「全く。お前、あそこまで言って良くそんな事言えたな」
「誘導尋問だ」
「何も誘導してねぇよ」
「全部チンピラがやった事だ。私は知らない。無実を主張する」
「この期に及んでトカゲの尻尾切りで逃れられると思うなよ」
「取り敢えずハクア。今日の夜は牢屋でお泊まりね」
「ノォ~~!」
こうして私の牢屋でのお泊まりが決定した。
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その後の牢屋。
「姉さんも捕まったんですか?」
「今日だけな」
「ここ結構待遇良いっすよ」
「ああ、そう。元気なら良かったよ」
そのまま私はアイギスと澪に連れられ奥に進み無人の牢屋の前で立ち止まる。
「おい、ボディーチェックしないのか?」
「大丈夫でしょ」
「お前が良いなら良いが」
「ちゃんと反省しなさいねハクア」
「くっ! だが、私は諦めない。モンテクリストに私はなる!」
「反省する気無いな」
「はぁ~~」
薄暗い牢屋の前でアイギスの溜め息の音だけが響くのだった。
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