第240話うん。どうしてこうなった?

 突然ネコ耳美少女に抱き付かれた私は絶賛混乱の真っ最中。


「ミャア~。ご主人様ぁ」


 ふ、ふおぉお! こ、これがホントの猫なで声か! しかも頬擦り……だと! 頬擦りされてるよ私ィィ! それに一部の自己主張激しい部分が私の身体をポヨポヨ押してくるぅぅ!! こ、これが異世界のサービスか!


 ネコ耳美少女の怒濤の攻撃に私の本能が、負けるな押し倒せ! と、大声で発言し。理性が的確に責めれば勝てる。と主張する。


 おかしくね!? 理性も本能も言い方が違うだけで同じ事言ってません!? お前らこの間の天使と悪魔じゃね!? 同じ奴だよなお前ら! でも、もうこれは良いんだよね! もう抱き締めても良いよね!? もう行くよ! ……って、ハッ!? 殺気!


 私の鉄の様に硬い意思が崩壊しそうになりながらなんとか耐えていると、不意に後ろから冷気を伴った殺気を背中へと浴びせ掛けられ、一気に浮ついた思考が引き戻される。

 その瞬間私は大量の冷や汗と共に自分のお墓のイメージを幻視した。


 ヤバい……今振り向いたら殺られる!


 私はマハドルやグロスとの戦いよりも、より明確に感じた自分の死の気配に一人静かに恐怖する。そして、そんな私の後ろから、まるでこの世の全てを凍てつかせる様な底冷えする声が投げ掛けられた。


「ご主人様? そちらの方はどなたですか? 随分と仲がよろしい様ですけど……また、私の知らない可愛らしい方ですね? どこで何をして来たんですか?」


 確定事項! 私の返事を何も聞かずに私が何かした事が確定してるだと!? いやいや、それよりダメだよアリシア! アリシアはそんなに抑揚の無い声で淡々と喋る子じゃないよ! 私の知ってるアリシアに戻って!! カムバックアリシアさぁーん!


「本当に可愛い人ですねハーちゃん。フフフッ、ハーちゃんは本当にこっちの世界で楽しそうですね? 可愛い女の子を手当たり次第だなんて。でもちょっとだけ私とお話ししませんか? ああ、正座の仕方分かります? わからないならちゃんと私とアリシアちゃんが教えて挙げますね? ……絶対に忘れられないように……ちゃーんと」


 いや~。何されるの! 何されちゃうの私! 瑠璃まで声に抑揚無くなってるよ! 私本当に死んじゃう!


 二人の言葉に私の冷や汗の量が更に増して行く中、なんとか平静を保つ様に深呼吸する。


 そ、そうだ。わ、私だって何時も何時でも何時までも学習も成長もしてない訳じゃない! だてにエルザの悪戯で徹夜の説教で何度も夜を乗り越えていないのだ!


 そう私は心の中で自分にエールを送り、エルザがメイドになってくれてからの日々を思い出す。


 エルザが甘えてくる→瑠璃やアリシアに怒られる→エルザが慰めながら色々言って来る→それに反応して墓穴を掘る私→説教延長


 伊達にこんなやり取りを何十回と繰り返して、そろそろ三桁行きそうになって来た訳では無いのだ! 私だって少しは成長しているさ! 頑張れ! 頑張れ私! 長男でも長女ですら無いけど頑張れる筈だ!

 さっきテアに、前よりも駄目になったと言われたばかりだがそうじゃない!

 生前の私の身体能力では出来なかった事が出来る様にはなっているんだ! 進化した私の力を今こそ見せる時! 生前の私に出来たのはムーンサルト土下座だった……が、今ならば1回捻り、伸身姿勢で後方宙返りする間に2回捻る大技、シライ3土下座が出来る筈!

 いや、出来る! それに成功すればなんとか逃げる時間位は確保出来る筈だ!


 私が必死に生きる為の活路を見出だそうとしていると、不意に今まで頬擦りしていたネコ耳美少女が何と私の耳を甘噛みしてきた。


 みぎゃあ~。あ、甘噛みですか! 新感覚!? ありがとうございます! って、違う! そうじゃない! ヒィィ! 殺気が更に濃密に!? 正直グロスやマハドルの方がまだ勝てる気がしてたんですけど!?


 そこで私は何故かふと既視感を感じた。


 アレ? 駆け寄って頬擦りして耳を噛んで来るって、それにこの尻尾と、洋服に全くあってない安っちい鈴と付いてるリボン。


 私は自分の考えを確かめるべくネコ耳美少女の後ろに手を回し……ムズッ! と尻尾を握る。


「フミャンっ! ご、ご主・人様、いきなりなんて……あ、そんな」

「ご主人様? そうですか、そんなに説教を聞きたいんですね?」

「ハーちゃん、ちゃんと土下座のやり方も練習してみましょうか? 大丈夫ちゃんと覚えられる様に一晩中練習させて挙げますね?」


 声に艶を滲ませるネコ耳美少女と、私の行動に目からハイライトが消え去り、まるで井戸の底のような空虚な目をした二人の、殺気では無く明確な殺意を抱き始めた視線を無視して私は確信を強め、ネコ耳美少女の両肩を掴み距離を開け、正面からジッと見つめる。


「お前……、まさかシィーなの?」


 私の言葉に「「えっ?」」と言う、澪と瑠璃の声が重なるが、私はそれに答えずただジッとネコ耳美少女と視線を重ねる。


 するとネコ耳美少女が泣きそうな顔で「ミャア!」と鳴くと、元の世界で見馴れた猫の姿になり私の胸に飛び込んできた。


「……驚いた。本当にその子はシィーなんだな?」

「ああ、その通りだ」


 ネコ耳美少女こと、シィーが開け放った扉からまたしても現れた人物が澪の言葉に答える。


「えっ? こ、心さん!?」


 瑠璃がそう呼んだ女性はこれまたこの世界には無い筈の人物。

 ブラウスの上から黒のジャケットを羽織、下もキッチリとしたパンツ姿、長い黒髪を肩の辺りで縛りそのまま前に垂らした、私達が良く知っている何時もの姿で現れた。


 彼女の名前はつるぎこころ私達三人の姉弟子に当たり、平時は瑠璃のボディーガードをしていた女性だ。明るく姉御肌な彼女はテアと共に私達の面倒を良く見てくれ、何よりも何時も着ているスーツ姿がとても似合っている格好いい女性だった。


 そんな心は何時もの様に笑顔で私達に笑い掛けると、この場に居る他の人達に自己紹介をし始めた。


「まずは初めまして、私の名前は剣 心と言う。いきなりの登場で混乱しているだろうが今から説明させて貰う。テアの事だから色々と説明を省いているだろうからな」


 そしてそのついでに、未だに猫の姿に戻ったまま腕の中で泣いているシィーの事も紹介してくれた。


 しかし、猫の号泣って初めて見た。


 心が言うには、私達が居なくなってからテアと二人で調査を初め、その過程で私の家に一人で居たシィーを回収してこちらに来たらしい。

 こちらに着いてからは、私と合流したがるシィーをなんとかなだめながら、それぞれで私達の今後の為に今のこの世界の情報を色々と調べてくれていたのだそうだ。


 そして、マハドルとの戦闘の終わりを察知した三人はこの城で私達に合流する事にした。


 一番近くに居たらしいテアが最初に合流したのを知ると、自分が一番に私に会うと張り切って居たシィーが暴走、心の制止を振り切りこの場に乱入したそうだ。


「私も直ぐに入ろうかと思ったが、なかなか入れる空気じゃ無かったから外で人払いの結界を張って待機していた」

「え~と、なんかごめん」


 ウチの猫がご迷惑を……。


 私がそう言うと心は笑って「良いんだ」と、言ってくれた。その後も心は急展開に思考が停止しかかっている面々に向けて丁寧に説明をしていた。


 取り敢えず、異世界へと飼い猫が美少女になって追い掛けて来てくれました。まる。


 うん。どうしてこうなった?

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