第202話ご飯。大事。とても。

 私の【雷速】によって加速された拳がグロスの体に突き刺さる。しかし、その程度の攻撃力ではグロスをよろめかせる事すら出来ない。


「ヌリィぞ!」

「おわっ」


 私はグロスの反撃の膝蹴りを、ボクサーも見蕩れる程の見事なスウェーで避ける──が、鼻先だけは微妙に避けきれず、チッ! と音をたて掠めていく。


 アッブネ! オイこら私の鼻がもう少し高かったら大惨事だぞ! しかも、熱いし!


 私は顔の目の前を過ぎていく致死の攻撃に内心冷や汗を掻きつつ、後ろに下げた足の膝を抜く事でそのまま下に落ちる。

 私の急激な挙動で動きに付いて来れなかった髪が、上に置き去りになり今更の様に私の事を追って落ちてくる。同時にその髪の中から氷で出来た剣、澪の【氷斬剣】が現れグロスの顔を狙い放たれる。


 しかし、グロスの反応は流石の一言で、完璧なタイミングの奇襲だったにも関わらず、その首を傾けるだけで躱してしまう。


 このタイミングでも駄目なの!?


 私は下に落ちきる前に左手を地面に着きながら体を丸め、腕の力と反動を使い逆立ちの要領でグロス顎を蹴り抜く。

 それにタイミングを合わせ澪は私の服を掴み後ろに跳ぶ、すると体は澪に引かれグロスから遠ざかった。


「クッハハハ! イイゼ! いいぜお前ら! もっと来いよ!」

「言われなくても!」

「そうするさ!」


 私は戦闘中常時発動している【思考加速】の中、グロスに向かっていく。澪はその間に後ろに回り込み挟み撃ちにする。


 グロスの死の一撃をはたき落としながら、何とか攻撃の隙を見付け一撃を入れていくが芳しくない。

 そんな死の一歩手前で踊っている私は、今更ながらに何故こうなったのか考えてしまう。


 私のスローライフは何処へ?


『シルフィン:安心してください。最初から無いですから』


 バカな!


 私は駄女神と話している時の強烈な時間の引き延ばしを感じながら言葉を重ねる。


 そんな、そんな事は……ない……はず。


『シルフィン:認めなさい。最初があれでスローライフは無理でしょうに』


 ガハッ! 確かに!


『シルフィン:それより。次に貴女達と話す時そちらに行く予定だけど何の食材持って行けば良いですか?』


 今そんな場合じゃ無いよね?! しかも、飯たかる気かよ! 白滝とネギと白菜と焼き豆腐よろしく!


『シルフィン:たかるとは失礼な! 材料は了解しました。すき焼きですね? 鍋はどうします?』


 大丈夫! その代わりコンロよろしく!


『エリコッタ:……結局頼むんですね』

『ティリス:流石ですハクアさん』


 ご飯。大事。とても。


『ほぼ全員:余裕在るな~』


 ねぇよ!


 私はだんだんと早くなる時間を感じながら体を懸命に動かす。


 毎度思うけどコレ? やっぱ良いな~。【思考加速】カンストしたらコレくらいになるのかな?


 私は一度後ろに飛び距離を取ると【雷速】を使い一気に距離を詰め、再びグロスの暴風圏内で戦闘を開始する。


 グロスの蹴技【剛脚】を内側に入るように避けながら、両手に装備したコロに新しく作って貰った新装備、カランビットを構える。


 このカランビットという武器は、わりと最近軍用格闘技で注目されてきた武器だ。

 その形状は、鎌状の刃物を武器としたもので、鎌や鉤爪のように屈曲した刃体をもち、ハンドルエンドに指を通す輪がついている。

 様々なサイズのものがあるが私は少し刃が大きい物にして貰った。


 鎌状の刃は通常の直線的なナイフよりも大きな傷を与える事ができる。鎌状の小さな刃は鉤爪と同じく、突き刺してから引き裂く結果をもたらすため、傷が深く大きくなりやすい。

 しかも輪の部分は落とさない、力が逃げにくい、私の様に握力が少なくても、腕さえ固定出来れば握っていられる利点がある。


 そんな訳で私はこのカランビットを新しい武器として作って貰ったのだ! けして趣味では無い! 断じて無い! 絶対違うからね!


 私はカランビットの片方をグロスの足のふくらはぎ部分に突き立て【結界】で蹴り出す力に持って行かれないよう、腕を固定しながら耐える。


 ズバッ! と、音を立てるように引き裂かれるグロスの足。だが、そんな事はお構い無しに、蹴り足とは逆の軸足で挟み込む様に攻撃を仕掛けて来る。


 マズッ! 私が内心で叫ぶよりも早く、澪が後ろで飛び私の頭を踏みつけて大ジャンプ! 何処かの配管工の兄弟が緑や赤の甲羅を持った亀にする攻撃を受けた私は、そのままベチャッ! と、無様に地面に垂れる。


 痛いんですけど! 痛いんですけど!


 私を踏みつけて華麗な大ジャンプをした澪は、空中で氷柱を作り自分と同じ様に空中にいるグロスに向けて思いきり打ち出した。


 えっ? すいません! 私ココ! ココに居るんですけど!? 見えてますよね!?


 私は必死に【雷速】を発動して、少し涙目になりながら何とか脱出する。

 それと同時に後ろを振り向き見たのは、グロスが空中で上半身を捻り……ボガァっ! と、氷柱を叩き壊している姿だった。


 ……何であれであんな威力出ちゃうの?


 私は目の前の認めたく無い現実についつい疑問を優先させてしまうが、勿論そんな場合では無い。

 氷柱を叩き壊したグロスは、その反動で更に回転、さっきの私の様に地面に両手を着き。


 あっ、ヤバ!


 あのままでは、澪が空中でなすすべ無く攻撃を食らう。

 私はようやく再起動して、今回の戦いで何度か使っている高速飛び蹴りを敢行する。

 しかし、その行動を予期していたのか、グロスは腕を伸ばして蹴り上げるのでは無く、そのままの体勢でオーバーヘッドキックの様な攻撃をしてきた。


「あっ! がっっ!」

「白亜! ぐぁっ!」


 私はグロスの攻撃プラス自分の早さで予想以上のダメージを食らう。

 そして澪も私に気を取られた一瞬の隙に、攻撃を食らいこちらに吹き飛ばされる。幸いだったのはグロスとしても慣れない攻撃だったのか、威力がそれほど無かった事だ。


 とはいえ、一撃でHP四割まで減ったけどね! でもさ! アレだよね! 今のグロスの攻撃一回でも耐えただけ強くなれてるよね?!


「大丈夫だな白?」

 ……そこ、大丈夫か? じゃね?」

「お前が大丈夫じゃ無いのは頭だけだろう?」

「失礼な! もっと色々在るよ!」

「それはもっとダメだろう」


 アレ? 何かがオカシイ?


「余裕だナ!」


 体勢を整えたグロスが再び突進してきて、大振りの一撃を地面に叩き付ける。グロスの攻撃が当たった地面は陥没と同時に、衝撃波と岩塊となって再び私達を襲う。


 何かの武技か?


「余裕何てねぇよ!」


 飛んで来る岩塊や衝撃波を受け吹き飛びながらも、悪態だけはちゃんと付いておく。

 横目でチラリと見ると澪が「お前、良くこの状況でそんなこと言えるな?」と、言いたげな目で私を見ていた。


 いやいや、大事な事ですよ?


 私は更に追撃を重ねて来ようとするグロスに、少し前から用意していた次の手札を切るため澪に視線で合図を贈る。

 コレは流石に長い付き合いなだけあって、何も言わなくとも伝わり、何が? 何を? と問答しなくても、澪がフロントを勤めに前に出る。


 それを見送りながら私は状況を確かめその後、あと少しで使える【鳴神】を撃つ為に集中する。


 コレ制御が鬼の様に難しいからね?


 それを見てとったグロスは、勘によるものか【鳴神】を知らないにも関わらず、強引に澪を突破して私に向かって来る。


 しかし、それには一歩遅い。


 私は向かって来るグロスを尻目に、感覚的に使える様になった【鳴神】を|自分に向けて放った(・・・・・・・・・・)。


「何!?」


 流石に予想外でしょ?


 グロスは自分に放たれる物だと思った攻撃を食らってでも私へと攻撃を仕掛けようとしたが、それを私自身に向けて放つとも、まさか、強行した攻撃が避けられるとも思わず一瞬硬直する。


 そんな私の動きを視認出来なかったグロスを【思考加速】で上から見つめながら、逆さになった私の足元である空中に【結界】を張り、全力で蹴りつけ真下のグロスの延髄に膝を叩き込む。

 更にはグロスの頭の耳の辺りを両手で同時にパンっ! と、打撃する。そこから更に、頭の上部と顎先を逆方向に一気に捻りグロスの体から飛び退く。


 そんな私にグロスは口を開け、そこから魔力砲の様な物を打ち出してくる。それをスライディングで避け、下から顎を蹴り無理矢理口を閉じさせる。


 ボガァン! 盛大な音と共に爆発する。コレには流石のグロスもかなりダメージを追った様だ。


「はぁ、はぁ、クハハ! 何だよハクアまだそんなモン隠してたのか? どこまでも楽しませてくれんゼ!」

「悪いね。札はなるべく切らない質なんだ」


 私はオリジナルスキル白雷装を使いながら答える。


 このスキルは【雷装鬼】で纏う物が、電気なら自前の物を纏えないか? と考えて作った業だ。


 正直出来た時はビビったけどね? しかも負担が結構デカイ。


 その代わり利点も勿論ある。一つは【充電】を使っても倍率が下がらず【充電】時間も少なくなる事。

 二つ目は私の最大の強みであるスピードが強化されるのだ。


 まあ、その代わりスピードが強化される分何故か防御力が落ちるらしい。と、言うか元々紙装甲なのでそんな事は気にしない。

 気にしないったら気にしない!


「さあ、そんな訳で行ってみようか?」

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