第197話 早くアリシアを助けないと!

 オークの棍棒が私の頭を狙い降り下ろされる。私はそれを籠手で受け流し、もう片方の手でダークブラストを胴体に叩き付ける。


 吹き飛ぶオークの事を見る暇もなく今度は鳥形の魔物を仕留めに掛かる。しかし、その直前私は後方に思いきり跳ぶ。すると私が直前まで居た場所に横合いから魔力の奔流が柱になって駆け抜ける。


 その攻撃を放ったカーチスカは未だに苦しんでいるアリシアの側から離れず、嫌なタイミングで魔物達の援護射撃を繰り返す。


 クッ! 遊ばれてる! 一匹づつなら何とかなるけど、カーチスカの攻撃を避けながらこの数を一人で捌くのはキツい!


 カーチスカがアリシアに精霊を入れてからずっとこの繰返しだった。それでも吸血鬼として覚醒した私はオークを四匹、犬型の魔物を二匹、鳥形の一匹を仕留め。残るはオーク二匹と鳥一匹となっていた。


 そんな事を考えている間にも真上から私に襲って来る鳥型の魔物をカウンターで真っ二つにする。

 だが、その隙を狙いオーク二匹が私に棍棒を叩き付けて来る。しかしその攻撃は【霧化】する事で避け、変わりにその全力攻撃の硬直時間を狙い、剣技【パワースイング】で思い切りオークの首を撥ね飛ばす。


 ザシュッ! と、音を立てて空に舞うオークの首、しかし私にそれを見る余裕は無い。

 今までとは比べ物にならないほどの速度でカーチスカの鞭が放たれ私を襲う。しかも、鞭に魔力を込めている為に【霧化】も使えず避けるしかない。


 【高速再生】のお陰で何とか戦えているが、だんだんとその再生も間に合わなくなる。


 再生するにも魔力……つまりはMPを使う。集中すれば再生速度も上がるけど、逆に言えば余裕が無ければ速度も下がる。

 最初の火傷はもう治ったけどその後の戦闘の傷は増えるばかり、それに……。


 早くアリシアを助けないと!


 今もカーチスカの足元で苦しげに呻き、時に悲鳴を上げるアリシア。時折跳ねるように身体がビクッ! と、なったり、まるで内側からの痛みに耐えるようにその細い身体を折れそうな程弓なりに反らしたりしている。


 早く、早く!


「考え事したままでは私の相手は務まらないわよ?」

「しまっ!?」


 アリシアの事を気にする余り注意が散漫になり、鞭に体を絡め取られそのまま思い切り振り回され。挙げ句、頭から地面へと叩き付けられる。


「ぐっぅぅ」


 痛みに呻きながらも何とか立つ。だけど、頭から落とされた衝撃はなかなか私の頭から抜けてはくれない。


「まあ、良く頑張ったけどここまでね」

「そんな……ことっ!」


 カーチスカの言葉にかっ! となり、思わず言い返す。

 するとその奥カーチスカの後ろから、今まで痛みに呻いていたアリシアが立ち上がるのが見える。

 私はそれに気が付かない振りをしながら、剣技【飛燕斬り】と【連斬】を合せたオリジナル【飛連斬】を放つ。


 私が放った十の飛ぶ斬撃は、カーチスカの【結界】を数を減らしながらも突き破りカーチスカを狙う。

 しかし、カーチスカもブオンっ! と、風斬り音を響かせながら鞭を振るい、幾つかの斬撃を打ち消し、その隙間に体を捩じ込み潜り抜けた。


 それでも私はかまわなかった。

 どうせ避けられるだろうと考え予め動いていた私は、素早くカーチスカの回避場所に先回りし【ブラッティーソード】を使いカーチスカの胴を切り裂く。


「くっ!」


 流石のカーチスカもこの攻撃は避けられず、追撃を嫌い私に魔力球を放ちながら堪らず後退する。

 私は魔力球を食らうも何とか防御に集中して踏み留まった。


 カーチスカの後退した先では魔法の準備が整ったアリシアがフレイムランスを放った。その攻撃は未だアリシアが立ち上がった事に気が付かないカーチスカの背後から迫る。




 そして──。




 その横を通り過ぎ私へと向かって来る。




「えっ?」


 訳の分からない出来事に私の動きも思考も止まる。


 止まってしまう。


「あぁぁあぁあ!」


 動きを止めた私の目の前までフレイムランスが近付き、私は何とかダークブラストを放ち迎撃するも、二つの魔法の爆発で私の身体は枯れ葉の様に宙を舞い地面に転がる。


「……アリ……シア……何、で……」

「ふ、ふふ、ふふふふ、あっはははははは! 良いわ! 良いわ! 最高よ! その裏切られたような顔! 残念だったわね! 貴女の知るエルフはもう居ないわ! これは私の精霊が入った人形だもの!!」


 そう言ってカーチスカはアリシアに近付き、その顔を愛おしそうに撫でる。


「ふふ、良いわ。今まで精霊の力が強すぎて、どれも粉々に崩れたけどやっぱり貴女は耐えられたわね? ふふ、今日からは私の人形として可愛がってあげる」

「そんな…………アリシア! アリシア目を醒まして! 醒ましてよ!」

「ふふ、無駄よ? 何も聞こえないわ。さあ、アリシア最初の仕事よ。あの吸血鬼を殺しなさい。ああ、あれも大事な材料だから傷は少なくね?」

「……はい」

「アリシア!」


 私が何度呼んでもアリシアの瞳は何も写して居なかった。こうして私の戦いは更に絶望的な物となった。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼




 ──声が聞こえた。




 ──暗い水の底の様に冷たく何も感じない場所。




 ──そんな中に響く声、それは私の友達の声。




 ──ご主人様と旅をして初めて出来た友達。




 ──半吸血鬼。それは彼女や彼女の父親が言うほど生きるのが楽じゃ無かった筈。それでも明るく、元気な姿に私自身何度も勇気づけられた。



「エレオノ!」


 気が付くとそこは真っ暗な空間だった。そして目の前にはまるで映し出された様に戦いの光景が広がっていた。


 エレオノがまだ戦ってる。でも誰と? それにここは?


 そんな私の目の前の光景ではエレオノが懸命に魔法を避け、カーチスカの鞭による攻撃を避けている。

 そして、私は目の前の光景から一つの事に気が付く。


「まさか……私……なの?」


 そう、エレオノに襲い掛かる魔法を放つ腕も声も私の物だった。しかし、それが分かってもこの状況が分からなかった。


(正解よ)


「誰です!」


 私は自分の声に答える様に響いた声に反応する。


 見えない。それに早く何とかして抜け出さないとエレオノが危ないのに。


(無駄よ。貴女ごときの力ではどうする事も出来ない)


「なっ! いい加減姿を現したらどうです!」


(ふっ、良いわ)


 私の声に答える様にいきなり真っ暗な空間が赤く染まる。そして、そこには炎を散らしながら佇む女神の様な美しさを持つ獣人の様な風体の美女が居た。


「貴女は……まさか……さっきの精霊?」


(そうとも言えるが違うとも言える)


 まともに答える気は無いようですね。


(その通り。それとも答えて欲しい? 良いの? のんびりしてると仲間が死ぬわよ?)


 その言葉に私は自分の血の気が引くのを感じる。


 そうです。今はそんな事を気にしている場合じゃありません。


(そう。なかなか賢いじゃない)


「はー、ふー、貴女の目的は何です?」


(話が早いわね。私の目的は貴女の身体よ)


「どういう事です?」


(私はあの魔族に裏技で無理矢理使役されている。私一人では解け無いけれど、貴女の潜在的な能力ならあの魔族の呪縛を完全に取り去れるかもしれない)


「それなら──」


(だが、それは私が貴女の体を戴いたらの話。貴女と協力した所で呪縛は解けない。まあ、私に身体を譲れば貴女は死ぬ。しかし、私に譲れば今ピンチの貴女の仲間だけは助けてあげる)


 死ぬ。その言葉に私は背筋が凍る。何も出来ず、約束も果たせず死んでしまう。それが無性に怖かった。


「私の潜在的な能力と言いましたね? それならカーチスカの支配を上回れるんですか?」


(恐らくね。貴女にはその才能がある。精霊を従える才能が。あんな紛い物の力では無く本物のね。しかし、今はまだ未熟。私を従える前に貴女は私の炎に魂を燃やし尽くされて死ぬでしょう。それは、何よりの苦痛。この世のあらゆる痛みを魂で感じる。正気を保てず狂い死ぬなら最初から大人しくその体を渡しなさい)


 魂で感じる痛み……失敗すれば私の魂が炎に焼かれ死ぬ。


「それでも良い」


(何?)


「それでも良いです。痛みを感じようが死ぬ可能性が在ろうがどうでも良いです!」




 ──エレオノが皆が戦ってる。


 それなのに私が戦わずに誰かに任せて良いわけが無い──。




「従わせます! 貴女を! 私はご主人様の下僕! カーチスカの支配も、貴女という精霊も全部受け止めて支配して見せる!!!」



 ──魂を炎で焼き尽くされようが諦める訳にはいかない。


 私は、私が、私達が! カーチスカを倒す!! だから──。



「従いなさい! 炎の精霊!!」


(フフ、フフフフフ、良い! そこまで言うなら従えて見せなさい。貴女の力を! そして私を魅せる事が出来たなら私の力を使わせて上げるわ! 聞きなさい挑戦者。我が真名は──)

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 アリシアから放たれたゲイルスラッシュを側転でギリギリ回避する。しかし、その後直ぐに飛んでくるフレイムランスが体勢の崩れた私を襲う。それを何とか【飛連斬】で迎撃するも爆風に煽られバランスを崩してしまう。


 そして、その隙を突かれ私は再びカーチスカの鞭に体を拘束されてしまう。さらにはそのまま鞭を締め上げられ体からミチミチと、音が鳴る。


「ああぁぁ!」


 ご丁寧に魔力で覆っている為やはり【霧化】は使えない。そして、そんな私を挟んでカーチスカの向かいに居るアリシアの無機質な瞳が捉える。


 そんなアリシアの周りには土魔法で作った石の槍が浮いていた。そして、次の瞬間その槍は私に向かい飛んでくる。それはどう頑張っても避けようの無い物だった。


 しかし、私に向かって飛んできた石槍は私を縛る鞭だけを引き裂き、カーチスカへと向かっていく。


「なっ! この!」


 ギリギリで回避に成功したカーチスカは驚愕に染まった顔でアリシアを見る。そして──。


「お待たせしましたエレオノ。さあ、カーチスカを倒しましょう」


 アリシアはそう高らかに宣言した。


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