第192話(後でマスターとゆっくり話す事が出来ましたね)

 ドガアァァァアァ!


 後方で何かが衝突し爆発する。その音がアクアに向けて吐き出された二つ目の火球が【結界】に当たったのだと、ヘルは視線を向けずに判断した。


 アクアよりも知覚に優れるヘルは、機人種としての全知覚系を使い一部に集中するように【結界】を張り、その防御を高めていた。そのお陰でアクアの【結界】と差ほど強度が変わらないにも関わらず、爆風もヘルまで届く事はなかった。


 だが、ガーゴイルの放った火球は全部で三つ。今もまだヘル達を狙い向かって来ている。


(くっ! 避けきれない!)


 ヘルが被弾を覚悟した瞬間、下方から黒い球体が飛来してガーゴイルの放った最後の火球と衝突し、目の前で盛大な爆発を生み出す。


(何が?!)


 黒い球体の飛んで来た方に視線を向けると、その発射地点にクーが見える。それによりクーがこちらの状況を察知して援護したのだと悟り、一瞬安堵すると共に元魔王としてのクーの力の片鱗を垣間見た。


(後で礼を言わなければいけませんね)


「ヘ……ル…………?」

「気が付きましたかアクア?」

「ゴブ。ごめんもう大丈夫」


 そう言って未だ頭がふらつくのか、頭を振りがら一人で飛ぼうとするアクア。だが、ヘルは抱き締める手を緩めず、スピードを上げ武装に無茶な負荷が掛かる程加速させる。


「ヘル?」


 アクアの疑問を含んだ声が聞こえるが、ヘルにはその疑問に答える余裕は無い。しかし、その理由はヘルの返答を聞かずともアクアにも直ぐに分かった。


 何故なら先程まで戦っていたガーゴイルが、何故か自分が気絶していた数瞬の間に姿を変え、先までよりもスピードを上げ、今も自分達を追走していたからだ。


 ヘルとアクアを追うガーゴイルは通常のガーゴイルよりも大きな体躯をしていたが、今では同じ位の大きさになっていた。


 だが、それが単に小さくなっただけかと言えばそうでは無い。


 むしろ、その大きくなっていた体を無理矢理圧縮して、元々のパワーを兼ね備えたまま、スピードを上げられる様に変化したその様は、弱く成ったと言う印象よりもむしろ危険が増した様だった。


 その証拠に、時折アクアが【結界】でガーゴイルの進路を阻むも、その腕から繰り出される一撃で【結界】は意図も簡単に壊されていた。


 いや、むしろ力が圧縮された分パワーも上がっているかも知れない。


 更に翼にも変化があった。今までの物よりも横に大きくなり、戦闘機の翼の様になった事で、より空中戦に適したフォルムになっているようだった。


「……何あれ?」

「さあ、気が付いたらもう姿が変わって追いかけてきていました」


 アクアは、その変貌に思わずアイデンティティーである語尾のゴブを忘れながらヘルに尋ねた──が、望んだ様な答えは無く、さりとて流石にヘルも相手の変貌の事までは分からずありのままを話すしか無かった。


 しかし、それと同時に幾つかの仮説を立てながら全力の飛行で攻撃を避けつつ逃げ回る。


 迫る風の刃をバレルロールで躱すヘル。それによりスピードが下がった所を、ガーゴイルの爪による一撃が襲う。それはアクアのウインドブラストが腕に当たり軌道を逸らす。


 しかし、その攻撃を逸らし安心する間も無く今度は火球を放とうとするガーゴイル。ヘルはそれを熱感知で知覚すると、同時にインメルマンターンで無理矢理ガーゴイルの後ろに周り、ガーゴイルの背後を取ろうとする。

 だが、ガーゴイルもインメルマンターンでヘルが後ろに付く瞬間、羽ばたきを止め急激にスピードを落とす。

 その為、インメルマンターンで後ろに付く筈だったにも関わらず、そうなると解っていてもヘルはガーゴイルの前に降りてしまう。


 何故結果が分かっているにも関わらず途中で軌道を変えなかったのか、それはヘルの飛行は武装に依るものだからである。

 アクア達の様に自前の羽での飛行ならば細かい調整も出来るのだが、ヘルの武装は飛行機等の物と同じ機構だった。その為、結果が先に予想できていてもこの段階では最後まで行くしか無かったのである。


 そんなヘルの弱点を突き、ガーゴイルは目の前に降りてくるヘルへと火球を吐き出す。

 ヘルも何とか目標の位置を超え下へと逃れ様とするが、タイミングを完璧に読んで吐き出された火球は、ヘル達を横撃すべく今も真っ逆さまに下へと逃れようとするヘル達の横から迫る。

 だが、ここでアクアは暴風魔法ゲイルストームを自分達の足元、上空へと放ちヘルの推進力を底上げする。

 そのお陰で何とか直撃を免れ火球による攻撃を紙一重で躱す事に成功する。だが、その後もガーゴイルの執拗な攻撃は続く。


 しかし、飛ぶ事に全ての演算機能を総動員しなければ逃げ続ける事は難しく。とてもでは無いがそれ以外には、気を割く余裕は今のヘルには無い。

 旋回性能の低いヘルの飛行では、アクアの【結界】による援護と、散発的な魔法に依る反撃だけでは、攻撃を避けきる事もだんだんと難しくなる。


 そして、この段になってしまえば今更アクア一人では、あのスピードと旋回性能を前に、回避する事もままならないのは目に見えていた。


「ヘル、おねちゃんが言ってたアレどれくらいで撃てる?」

「……本気ですか?」

「ゴブ。多分アレを使って中からじゃ無いと倒せないゴブ」

「しかし、アレには時間が掛かります。それに、正確に当てる為には止まっていなければ難しいですよ?」

「頑張る。ゴブ」

「…………わかりました。信じましょう。無理はするな。と、言うのは無理でしょうから、死ぬのはいけませんよ?」

「ゴブ! 大丈夫。おねちゃんが、妹キャラはフラグ管理を徹底すれば滅多な事じゃ退場しないって言ってたゴブ」

「…………そうですか」


(後でマスターとゆっくり話す事が出来ましたね)


 こうしてヘルとアクアの反撃が始まった。

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