第193話喰らいなさい
ガーゴイルの翼が起こす乱気流がアクアを襲う。乱気流により乱れた風は、アクアの羽をもってしても風を上手く捉える事が出来ず、不安定な飛行しか出来ない。
そんなアクアに向かって乱気流に紛れ真空の刃や火球が迫り、更にその攻撃を避けるせいで飛行に乱れが生じると、ガーゴイルは直接攻撃をアクアに仕掛けその命を容易く刈り取ろうとする。
その様子を逸る気持ちを抑えながら見守るヘル。
その右腕には身の丈以上もある、凧の様な形状をした細長く逆三角形のシールドの様な物が付いていた。更にその盾には腕と盾の間に何故か空間が在り、盾自体にも機械のポンプの様な物が取り付けられている。
それはハクアの趣味と浪漫と憧れを元に、戦闘時に置ける実益を考慮して、アリスベルで材料を集めハクア、コロと共に三人で作った武装が取り付けられていた。
実はこの武装、当初ヘルとしては作成する計画は全くと言って良いほど無かった。(と、言うか計画所か考えてすらいなかった)
しかし、機人種としての体を手に入れたヘルを見て、マスターであるハクアがどうしてもヘルが使う所が見たいと懇願し、遂には土下座までし始めたので作成する事になったのだ。
因みにその時の台詞が「お願い! ヘルさんみたいな美少女系のロボ子が、無骨な感じの武装とか超見たいから! 見たいから! ついでにその武器使ってる所も超見たいです! 更に言えばそれを使うヘルさんがどうしても見たいです!! どうかお願いします!!!」と、その場に居た全員が引く程の土下座と懇願を見せた。
仕方が無くヘルとコロが承諾すると「つ、ついでにドリルも……」と、言い始めたがそれは流石に却下した。(その後暫くの間、ハクアは部屋の隅で体育座りしながら「ドリルはロマン」と壁に向かって呟いていた)
(……まさかあの時のマスターの思い付きが、本当に役立つ場面が来るとは思いませんでしたね)
因みに、一度ヘルの【魔創】スキルで作ろうとしたが、構造が複雑な上様々な問題から、武装として一から作り出した方が良いと言う事になったのだった。
しかし、この武装には弱点が幾つも存在した。
その一つこそが、アクア一人にガーゴイルの相手を任せ、上空に待機しなければいけない理由である。
この武装は使用可能になるまでにかなりの時間が掛かる。
武装自体未だ改良の余地が在る試作品の為、一撃に要する魔力消費の量が桁違いだった。その事からヘルも実戦で使用できる物では無い。と、先程まで使わなかった。
しかし、パワーアップしてしまったガーゴイル相手では、ヘルにもアクアにも相手を屠れるだけの攻撃手段は無く、ぶっつけ本番でこの武装を試すしか無くなってしまったのである。
(後三分。何とかもって下さいアクア!)
幾ら時間稼ぎが目的とは言え、今の実力差では直ぐに落とされると判断したアクアは、ガーゴイルの攻撃の隙を突きゲイルスラッシュで攻撃する。
だがガーゴイルはその攻撃を簡単に避けると、逆に攻撃の隙を突き翼の石羽を無数に放ちアクアを襲う。
石羽の射線上、ガーゴイルとの間に【結界】を張るアクア。
しかし、パワーアップしたガーゴイルの攻撃は、先程まで何とか防げていた石羽の攻撃でも貫かれてしまう。
それでも【結界】に阻まれた一瞬の間を使い、石羽の射線上から少しでも身体を移動して、ダメージを抑えようとする。
しかし、パワーアップしたガーゴイルの石羽は攻撃力や速さだけで無く、その攻撃の密度でさえ先程までとは比較にならなかった。
その為、アクアは攻撃をまともに食らう事こそ無かったが、避け損なった左腕は少し動かすだけでも痛みを主張していた。
(まだ……まだ、大丈夫……ゴブ)
自らに回復魔法を掛ける間も惜しみながら、絶えず全力で動き続けるアクア。全速力で逃げ回るだけで無く、上下左右様々な方向に動き、時に無意味とも取れる行動を起こす事で、何とか攻撃の嵐を凌ぎきる。
アクアはひたすら逃げ回り、少しでも隙を見付けては攻撃を繰り返す。
しかし、そんなアクアの抵抗も徐々に少なくなり、反撃は減りだんだんと逃げ回るだけになって行く。
皮膚は裂け、四肢も既に死に体となり至る所から血を流しながらも、懸命に逃げ続けるアクア。
少し前から既に少なくなりつつあるMPは、羽に攻撃を受けてしまった時の為だけに使用する。その為、血を流し過ぎたアクアはだんだんとガーゴイルの攻撃を受けてしまう。
そして遂に、石羽がアクアの背に当たりアクアの飛行速度がガクンと落ちる。勿論その隙を見逃す訳の無いガーゴイルは、
「ゴブ!」
ガーゴイルの爪がアクアの足を切り裂き、アクアのスピードは目に見えて下がる。そんなアクアの真上に着いたガーゴイルは、いたぶり遊んだその獲物に自身の鋭い牙を突き立てる為、口を開く。
その瞬間、アクアが何故かこちらに振り返り仰向けになりながら飛ぶ。そして──。
「ホーリーブラスト!」
アクアをただの獲物と思い込み警戒を怠たったガーゴイルは、自身の苦手な属性である光の爆発を顔面に食らい、苦しみと共に吹き飛ぶ。
勿論至近から爆発させたアクアも吹き飛ぶが【結界】で軽減した分ダメージは少ない。
「後はよろしく……ゴブ」
「任せて下さい」
顔面に魔法を食らったガーゴイルはその爆発に目を潰される。だが、咄嗟に自分に向い何かが近寄ってくる気配を感じ、翼と腕を使い身を縮ませ身体を硬化して攻撃に備える。
しかし、その判断は間違いだった。
アクアの魔法に合わせる様に全速力で下降したヘルは、目の潰れたガーゴイルに向い鉤ヅメの付いた鎖、アンカーを放ち身を縮ませたガーゴイルを捕縛する。
ジャラララララ! と、蛇の様に巻き付いたアンカーが巻き込まれる音と共に急激に引き付けられるガーゴイル。
そのガーゴイルを引く人物、ヘルは更に武装の中に【魔創】で作った。直径十五センチ長さ一メートル程の杭を構え魔力を更に注ぎ込む。
ボシュッ! ボシュッ! ボシュッ! ギュイイイィィイン! と、何かが噴出する音やモーター音を響かせながら、中にある杭を魔力を使って高速回転させ続けその威力を更に高め。
「喰らいなさい」
ヘルの言葉と共に放たれた拳は、向かって来るガーゴイルにカウンターアタックを決める。
その瞬間ガシュッ! と、いう音と共に盾に付いていたポンプが中へと押し込まれ、ボンッ! という音と共にヘルの魔力により力を溜められていた魔石が、莫大な力でポンプが圧縮していた力を杭へと伝える。
瞬間、ヘルの流し込んだ魔力により高速回転していた杭が、とてつもない破壊力をもって撃ち出される。
ヘルの打撃から僅か一秒未満の速さで撃ち出された杭は、全てを破壊する力となってガーゴイルの翼を穿ち、腕を砕き、遂にはその身体を魔石ごと破壊し尽くし、ガーゴイルを打ち砕く。
残心を解き、慌ててアクアの元へと向かうヘル。
しかし、その右腕は肩から先がボロボロになり、とてもすぐに治る物では無かった。
これがこのパイルバンカーの最大の弱点だ。
一撃必殺の威力を有するパイルバンカーだが、その威力故使用者であるヘルをもってしても、自らの身体を破壊して一度しか撃てないのである。
しかし、この問題はヘル自身のステータスや身体強化スキルが上がれば、問題は無いだろうと言う事になっていた。
だが、やはり今の段階で扱うには、威力を全て伝える為にアンカーで固定しなければならず。
更に、圧縮した力を強化して杭に伝える為の魔石へのチャージに時間が掛かり、加えて一度きりの超近接攻撃となれば、幾らハイリターンであったとしてもリスクが高すぎるのが実情だった。
(しかし、それもアクアのお陰で助かりました)
ボロボロになったアクアを支え回復薬を飲ませながら、ハクアにアクアを沢山褒める様に頼もうと心に誓うヘルだった。
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