第180話人は楽をするのを辞めた所で成長が止まるのだよ!

「で、お前はここに泊まるのか?」


 打ち合わせを終えローレスやジャック達が帰った後、ハクアはエルザ、ミルリル、ミミの三人と夕飯の仕度をしながら澪へと問い掛ける。


「ああ、勿論だ。私とアイギス、アレクトラとフーリィーはここに泊まる。今の内に親睦も深めておきたいしな。カークスはあの騎士の方に泊まらせるぞ」

「了解。まあ、よろしく二人共」

「ええ、よろしくお願いしますハクア様」

「よろしくねハクア。それにしても良い匂いね? 食欲を誘うわ」

「はい、ハクア様のお料理は美味しいですよお姉様」


 その時、匂いに刺激されたのかク~! と言う何とも可愛らしい音がアレクトラのお腹から鳴り、等の本人は耳まで真っ赤になり俯いてしまう。

 その姿に「もう少しで出来るよ」と言うと「……はい」と、小さな返事が有りハクアが苦笑する。そして何故か、真っ赤になり俯いているアレクトラの側に、何時の間にやらアクアが接近して、慰める為なのか何なのか頭を無言で撫でていた。


 慰める為だとしてもアレは追い討ちなのでは? と、アクアの追加攻撃に戦慄を覚えながらもハクアは料理を続ける。


「しかし、アレだな──」

「何だよ?」


 料理をするハクア達の後ろ姿を眺めながら、澪は何かを言いたげに口にするので問い掛ける。


「野営でこんな豪華設備とか舐めるなよと言いたい」


 澪がこう言うのももっともである。まず、土魔法で建物を作ろう等と言う発想がこの世界の住人には無く。それどころか、そもそも魔法を日常生活の中で使うという発想が無かったのだ。


 魔法とは戦いに使用する為の物であり、生活を便利に豊かにするのは魔道具を使う物、というのが一般的な考えだった。

 それは異世界の住人も同じらしく、剣と魔法のファンタジーな世界で、ファンタジーの代表格の様な魔法を、こんな所帯染みた事に使用する発想が生まれなかったらしい。それに対しハクアは。


「馬鹿だな澪。人は楽をするのを辞めた所で成長が止まるのだよ!」

「ドヤッて格言風に言っているが「基本理念が働きたく無い」の奴に言われても、ただのさぼります発言だからな?」

「……バカな!?」

「ふぅ、一度死んでも変わらんなお前は、お前達も苦労しただろうこんなんだから?」

「それは……まあ……馴れた?」

「エ、エレオノ。あー、えーと、ご、ご主人様は素晴しいお方ですし……?」


(アリシアさんそこはハッキリと言ってくれないかな?)


「た、たまに暴走したり。えっちだったり。いたずらしてきたり。えっちだったりもしますけど、素晴らしい方です!」


(今何か二回言われた?!)


 料理に集中するフリをしつつ、その言葉に心の中で突っ込みを入れるが、各方面からの冷たい目線と、呆れの視線に心が負けそうになる。しかしタイミング良く肉が焼けそうなので、アリシアにテーブルを作るように頼み、何とか話題を逸らす事に成功し一人ホッとする。


「その話は後でじっくり聞かせてくれ」

「私も聞きたいです」


 逃げ切れて無かった!? と、二人の親友の言葉に、さきほどとは違う戦慄を覚えつつ食事を始めるのだった。


 この時、異世界でのステーキとの再会に興奮した澪とアイギスがハクアと共に今回の戦闘を放りだし、ミノタウロスこと牛肉育成計画に直ぐ様取り掛かろうと暴走するのは別の話し──閑話休題。


 その後、一騒動在りつつも食事をしながら話しをしていると、その話は自然にお互いにこの世界に来てからの話しになり、まずはハクアと瑠璃から話す事になった。


「──こんな感じだよ」

「ふむ。大雑把には把握していたが、随分と大冒険だな」

「何度……何度死ぬかと思ったか……」


 澪の言葉に返事をしつつ自然に目が死んでいくハクアを見て、全員が何とも言えず苦笑いをする。すると不意にハクアは真顔になり澪を見詰める。


「……どうした? 熱心に見詰めても何も出ないぞ? 久しぶりに会って寂しくなったか、何なら一緒に寝てやっても良いぞ? 私は何時でもウェルカムだ」

「……冗談は良いよ。それより次はお前だ。さっき話したのよりも前の話し──召喚された時、もしくはその後何があった?」

「……愉快な話では無いぞ?」

「良いから話せ、想像はついてる」

「そうか──」


 そこから澪が語ったのは召喚される少し前からだった。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 親友二人が居なくなり、生きる意味を見失った澪は一人食事を取る事も無く部屋に籠り続けた。何をする訳でも無くただ膝を抱えて座り込み、白亜や瑠璃それこそ自分自身よりも大切だった、二人と共に過ごした日々をただただ繰り返し思い出していた。


 どれ程の時間が経ち、どれ程の日を過ぎたか分からなくなった時、遂に体力の限界が来たのか、意識は遠退き目の前が暗くなった。そして、気が付いた時見知らぬ場所に幾人かの人間と共に澪はそこにいた。


 そう広くは無い部屋の中、薄暗い暗闇に実験動物を見るような不躾な視線、そしてどうなっているのかは分からないが、半ドーム状の透明な何かの中に澪は入れられていた。


 それこそが勇者召喚だったというのは後になって知った事だった。


 訳の分からない状況、何故こんな所に居るのか? ここは何処なのか? 目の前の人物達は誰なのか? 様々な疑問と考えが一瞬で脳裏を過ったが、それももう自分には関係の無い事だと思った。

 その時「アグッ! アァァァアッ!」一人の神官の様な格好をした人間が近付き、手を翳したと思ったら、いきなり地面に魔方陣の様な幾何学模様が現れ、体に強烈な痛みが走った。


 頭を締め付けるような痛みと、身体の中を得体の知れない何かが這いずる様な不快感、そして脳を直接かき混ぜられる様な、表現のしようの無い感覚に、自然と涙や涎が溢れ、自分で聞いていても実感の無い悲鳴が口から漏れる。


 どれ位の時間が過ぎたのか? 


 一瞬だった様な気もすれば、永遠の様にも感じた時間が過ぎ去り、気が付くと地面にあった魔方陣が消え去っていた。暫くは痛みと不快感、体を襲う痺れと倦怠感に体を動かす事も出来ずに喘いで居たが、少しした頃には何とか動く事が出来た。


 その間、余裕は無かったが話しを聞いていると「実験」やら「成功」「勇者召喚」「異世界人」等の単語が聞こえ、何よりも自分自身の髪の色が変化していたのにも驚いた。そこでようやく有り得ない事に自分が勇者召喚されたのだと理解した。


「まあその後は、こんな奴等にオモチャにされるのは、流石に色々どうでも良くなっていたとはいえ、我慢できずにその場に居た兵士の剣を奪って切り抜けた。それでそこから出たら、女神だと名乗る奴が頭の中で話し掛けて来て「森を真っ直ぐ逃げれば望む物が在る」と、言って来たからそれに従って森に逃げたんだ。その後は全く音沙汰無かったがな。まあ、森を三日も彷徨ったら流石に幻聴だったのかと思ったがな」

「そこでアレクトラ様と出会ったんですね」

「ああ、アリシアの言う通りだ。その後の事は話した通りだ」


 澪の話しを聞いて全員が押し黙り何も言えなくなる。しかし、その静寂を破りハクアが問い掛ける。


「ねえ、質問何だけどさ? オームだっけ澪を召喚した国? その国さ関わった奴全員殺したらダメ?」


 いつも通りのハクアの質問に全員が一斉にハクアを見ると、全員ゾッとした。その顔は何時もと全く変わらず、ただ純粋に質問しただけだったのだ。


 それは人を殺すと口にしたにしてはあまりにも普通だった。そこには何の感情も無く、ただ足元の虫を踏み潰す。それ位に軽い問い掛けだった。

 そんなハクアに澪と瑠璃以外の人間は驚き固まったが、いち早く動き出したのはアイギスだった。アイギスは初めから澪に白亜の人となりを聞いていた為、思考が止まっている時間が短かったのだ。


「ハクア、貴女の気持ちは分からなくも無いわ。でも、澪に話しを聞いて私がオームの勇者召喚に関わった者を投獄するように要請したわ。それで納めてくれないかしら?」

「…………」

「そう怖い顔をするな。私は何の異常も無いんだ。だから、な?」

「はぁ、本人が言うなら良い。……ただし、その国がこれ以上私の気に触るならその時は容赦する気は無い……それで良いか?」

「OKだ。私の話しはこれくらいだな」

「みーちゃんは何をされたんでしょう?」

「私自身にも良くは分からん。ただ──」

「恐らくは勇者のギフトを強化されたんだろうな。髪もその影響だろうし」

「ギフトを強化何て!? そんな事が可能何ですかご主人様?」

「そうじゃ無ければ澪のギフトが強すぎる。鍛えれば強くはなるだろうけど、召喚されてそんなに戦闘もこなしていないのに強すぎるんだ」

「確かにミオのギフトはご主人様の言う通り強力でしたね」

「でもそんな方法が在るんだ?」

「私もその話しを聞いてそう思ったんだけど、そんな物聞いた事が無いのよね? それに関係者を全員投獄したと言われたけど、捕まえた時にはほとんど廃人状態だったらしいのよ」

「……その国以外の何かが在ったのか?」

「さあな? 今となっては分からん。まあ、強力な力を手に入れたのだから良しとしよう」


 アイギスの言葉を聞いたハクアはそう推測の言葉を漏らす。だが、当の本人の澪はそんな物は気にしてないとでも言うようにこの話を打ち切った。


「……はぁ、もし何かあれば直ぐに言えよ?」

「ああ、分かった。約束しよう」


 ハクアはその言葉に一応納得しその話は終わったのだった。

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