第154話(さて、期待してるぞ)

 ハクア達が就寝してから二時間程経った頃、陣から少し離れた場所に呼応する様に動く影が有った。


「そろそろ時間だな」

「はっ! 全員用意は出来ています。後は合図を待つのみです」

「そうか。全員ルートは頭に入っているな?」

「はい!」

「なら良い。今回の作戦は失敗する訳にはいかないからな。全員予定通りにやってくれ」

「しかし、そう上手く行くのでしょうか? 正直私には……」

「安心しろ、望む結果は必ず物にする……必ずな」

「はっ! 私達はあの時から貴女を信じ付いて行くと決めました。何なりとご命令を」

「良し。全軍に告ぐ、合図があり次第行動に移る。全員ルートを再度確認し備えろ」

「「「応!」」」


 指揮官はそれだけの事を伝えると、静かに彼方を見詰める。

 すると、前方ハクア達の陣のある場所から盛大な合図が上がる。


「合図です!」

「皆準備は良いか! 出るぞ!!」

「「「応っ!」」」


(さて、期待してるぞ)


 指揮官は合図の上がる方角を見詰めながら、獰猛に口を歪め嗤うのだった。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

 ハクア達が寝静まり少し経った頃、ギルド職員が詰める陣幕で、ギルド長のローレスは溜め息を漏らさずにはいられなかった。


「ハァ~」

「お疲れ様です。ギルド長お茶をどうぞ」

「あ、あぁ、ありがとうマチルダ君」

「いえ。しかし、ゲイルさんにも困った物です」

「確かにな」


 そう、ローレスが疲れている理由は何も冒険者を纏めていたからというだけでは無かった。今回の作戦会議をしてから先ほどまでずっと、ゲイルの訴えを聞いていたからというのが大きかった。


「確かにルーリンは魅力的な子では有りましたが、正直歳の離れた子にあそこまで執着するのは如何な物かと。何より彼女も今はギルドに居た時より楽しそうですし。これもあの白い少女、ハクアさんでしたか? 彼女のお陰です」

「あぁ、分かっている。しかし、彼女が転生者だとは分かっていたが、まさか魔物だとは思わなかった」

「そうですね。とはいえ納得する部分も在りますが、正直同じ女でもあの美貌は嫉妬を越えて、純粋に芸術品の様な美しさとして見蕩れますからね。同じ人間と言うよりいっそ魔物だと言われた方が納得してしまいます。それにこちらが刺激しなければ彼女に敵対の意思は無いでしょう。コルクルを捕らえられたお陰で、アリスベルの貧困層の生活もここ最近で向上しましたし、何よりも彼女の行動でわりを食ったのは、弱者を虐げ貧困層から金を巻き上げていた者達で、それ以外の人間は全く被害を受けていない、そして十商一位のコルクルが抜けたにも関わらず、これといった弊害が起きていないじゃないですか。これは紛れも無く彼女の恩恵ですよ」

「分かっている。君はなかなか彼女の肩を持つね」

「私の実家は貧困層の方ですからね。彼女には感謝してもし足りません。そしてそれは私だけでは無く、ギルド職員の中にもかなりの人数が居ますよ」

「あぁ、だからこそゲイルが彼女を危険視する理由も分かるのだがね」

「それは……そうですが、でも問題はハクアさんだけでは無いですよ」


 そう今回の事でハクアは十商の一人と繋がりを強くし、他の十商にもコルクルの商業を受け渡す事で恩を売った。


 ギルドも例外では無く、今回の事で権力に阻まれ彼女が狙われても手を出せなかった件と、今まで多くの犯罪を犯していたが手を出せなかった人物を、捕まえる手助けをしてもらった形になり、彼女に大きな借りを作る事になった。


 更にはコルクルと後ろ暗い関係に在った王も、今は何故かその影響力を落とし、本来なら第一王子が王座に付く所を、まだ幼いことを理由に付く筈の無かった第一王女がアリスベルを納めている。ローレスはこれにもハクアが関わっていると考えていた。


 そんな理由から、ゲイルが彼女を危険視するのは分からなくは無かったのだ。


 そして問題はゲイルにもある。


 そもそもゲイルは取り纏め役という、ギルド長に意見できる立場に無い役職にも関わらず、ことある毎にギルド長に意見するのには理由がある。

 実はゲイルはアリスベル王家の分家で在ったコルクルの甥に当たるのだ。その為王家の血筋と元とはいえ十商一位の親族のお陰で、ギルド内では実質ギルド長に次ぐ発言力を有していた。そしてゲイルはその権力をもって、大して仕事をしないにも関わらず、取り纏め役という役職に付き、ギルドでも横暴に振る舞っていたのだ。


「そんな彼がルーリンに一目惚れ。良い格好を見せようと、普段やらない仕事を無理矢理やり他の職員から奪い、エルム村にて彼女と初対面。その後、ユルグ村でも彼女達と遭遇して最終的に、アリスベルでルーリンを連れて行かれましたからね。幾ら彼女を危険視しようと、私達職員からしたら只の嫉妬にしか映りませんよ」

「全くだな」

「まあ、いまさらゲイルさんが騒いだ所でどうにも成りませんがね」

「あぁ、と、もうこんな時間か、マチルダ君遅くまで済まなかったな。君ももう寝た方が良い、明日も早いからな」

「はい。分かりました。ギルド長も無理はなさらないで下さい」

「ありがとう」


 そしてマチルダが陣幕から出ようとした時、三人のギルド職員が陣幕に駆け込んで来た。


「どうかしたので……ぐっ!」


 入って来た職員にマチルダが近寄ると、何故か職員がマチルダを一撃の元に昏倒させ、ローレスを取り囲む。


「なっ! 貴様ら何者だ!?」

「大人しく付いて来て貰いますよギルド長」

「ぐっ!」


 マチルダを人質に取られたローレスは大人しく捕まるしか無く、彼も又意識を奪われた。


「良し。準備は整った。後は……」


 そしてギルド長達を人質に取った男達が陣幕を出てから数分後、陣の各所から火の手が上り、ギルド職員と冒険者達は混乱に陥る。

 その後それを合図にするかの如く、突如として現れた謎の軍団にアリスベル混成軍は強襲されるのだった。

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