第142話ああ~。目が~。目が~。
「………………」
私にとって姉は絶対な存在だった。
しかしその終わりは私が小学三年生の頃、姉の死という形でいきなり訪れた。
私は泣き喚きその涙も枯れ果てた頃、生きる気力さえ無くなり、自らの命を絶とうとさえ思っていた。
そして、私の事を心配して来ていた瑠璃達にその行為を止められ、理不尽なある事を考えた。
それは単純に全てを壊してしまおうという酷く子供じみた考え。親、友達、見知らぬ誰か全てを壊しその果てに自分を誰かが壊してくれれば良い――――と。今思えば私は姉が死んで涙が枯れた時、もうすでに一度私の中の世界も、私自身も壊れていたんだと思う。
そして私は目の前の二人に対してその考えを実行しようとした。
だがそれは果たされる事が無かった。何故なら……その瞬間私は誰かに頬を叩かれ壁に激突したからだ。
傷む頬を押さえる事も無く見上げるとそこに居たのは、姉の知り合いで私も姉と瑠璃を通して面識のある。瑠璃の祖母であり水転流七代目当主
今まで非科学的とされてきた気という存在が近年科学的に証明された。
その事により、様々な流派が脚光を浴びる事になった。それこそ波に乗る為に語った物から、古くからある本物まで、その中で水転流は昔から警察などにたびたび教えを授けていた古流武術の一つだった。
そして私の目の前に居る人物がその人。
だから私はこの時この人が私を終わらせてくれる―――――と思った。だがそれもただの勘違いだった。
「……白亜」
「………………」
「ハーちゃん!」
「白亜!」
「………………」
「はぁ……、奴が居なくなって完全に脱け殻か……良いか良く聞け白亜。私はありもしない幻想は見せる気は無い。だから本当の事を言おう。お前はこれから先、救われないし満たされる事も無い」
「おば──」
「お前ぇ!」
「黙れ小娘共! 私は私の小さな友人との約束を果たしに来たんだ」
「……じゃあ、私は……どうすればいいの?」
私は聞き返した。
慰めでも労りでも無いその言葉は、何故かその時の私に質問させた。
「あの娘は傑物だった。それこそ他に類を見ないほどのな。その存在に守られ庇護されてきたお前にとって、その存在が無くなるのは世界が壊れるに等しいだろう。
だが、だからこそお前は救われない。あれほどの人間は居ないからな、それを求めるお前を満たす物も無いだろう。
お前にも才能が在る。力が在る。頭も在る。だからその気になれば、今私が止めなければやっていた事もいとも簡単に出来るだろう。悪にも善にもお前はなれるんだ。
だが、私は敢えてこう言ってやる。良い行いをしろ白亜。悪行でも善行でも救われないなら、せめて誰かを救ってありがとう。と、言って貰え。その為の力は私がやる」
「……何で……何で自分が救われないのに他人なんて」
「先も言ったろう。どちらでも救われないなら―――と。どうせなら誰かに恨まれるより、感謝された方が得だろ?」
そして私達は水転流を習う事になる。
正直あまり思い出したく無い位の地獄だった。
元々体の弱かった私は、瑠璃や澪が体力トレーニングの間、かわりにひたすら組み手でボロボロにされていた。しかも、修業の合間にも師匠の出した課題に追われ、正直、自殺なんてくだらない事に頭を使う余裕なんて無かった程だった。
だがそれも私がそう考え始めた頃には少なくなっていった。
毎日の稽古こそあったが、私達は師匠に色んな事を教わり、いろいろな所へと連れていかれた。中でもオンラインゲームでは、ランキングの為に夜中に叩き起こされる事もしばしばあった程だ。
そして中三の夏、師匠は突然倒れ入院した。私達が駆け付けた時には色々な管に繋がれた師匠が居た。
だが、私達を見付けた師匠は手招きし呼び寄せる。
「…………」
私達は言葉が出なかった。師匠の明確な終わりがわかった為だった。だが師匠はそんな私達の頭に、何時もの様に拳骨を下ろすと「何を湿気た面をしている」と言った。
「私は十分生きたよ。最後には手の掛かるバカ弟子共も居たから楽しかった。あの世に行く前の手土産としては上等だ。白亜、瑠璃、澪これからも好きな様に精一杯生きろ。これが私の最後の課題だ」
「「「はい。今までありがとうございました」」」
その言葉に何の打ち合わせもなく自然に三人同じ言葉が紡がれた。
「じゃあなバカ弟子共。お前達は……精々沢山寄り道して……ゆっくり……来──」
師匠は最後まで師匠のまま私達の前から居なくなった。
私にとって師匠は、大切な人間になった。
それこそ姉や瑠璃、澪と同じ程の。でも、泣いて、泣いて、涙が枯れ果てた時、私はもう死のうとは考えなかった。それがきっと師匠から貰った一番の物だとその時の私は感じていた。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
あれ? 暗い? ああ、進化してたんだっけ?
う~ん。久しぶりに師匠の夢見たな。
でも、小学生にお前は救われない―――は、酷くない!? まあ、あの言葉は結局師匠自身が覆したけど。しかし良かった~。この記憶は紛れもなく私のだ。黒ちゃ──姉が死んだ後の記憶だしね。
いやぁ、今まで進化の度に姉の事を思い出してたから、実は妹と思い込んでる姉フラグかとビビってたよ! しかしこの説も今覆った今、私は私だ! と、そんな事より早く出るかな?
私はいつもの様に繭を内側から何とか強引に掻き分けて行く。そしてやっと指先が外の空気に触れた。
おっ、やった! って、眩し!?
繭の外に出た私は外の明るさに目が焼かれる。
ああ~。目が~。目が~。
「ご主人様!」
「ハーちゃん!」
「マスター!」
私はいきなり、アリシアと瑠璃に抱き付かれ困惑する。
「何? 何事?!」
「皆心配してたんだよ」
「心配ってなんの事エレオノ?」
「ハクアが進化してから三日経ってるんだよ」
「は? は~?! 三日!? マジで、十二食も食いそびれてる!?」
「ハクア様……それ一日四食の計算ですよね」
「何かあったのですかマスター?」
「分かんない」
すると何時もより遅れて進化完了のアナウンスが流れる。
▶ハクアが疫鬼から白雷鬼に進化しました。
進化した事でスキルポイントを300獲得しました。
ハクアの進化が完了しました。
「あれ?」
「どうしたのじゃ主様?」
「私今回雷鬼に進化したんだよね?」
「その筈ですが?」
「今アナウンスで白雷鬼に進化完了って言ってたんだけど?」
「本当ですか? ……確かに、私のデータには無い個体ですね」
マジか!? ヘルさんが分からないとか!?
『シルフィン:ハクア、聞こえますか?』
どうしたの?
『シルフィン:どうやら今回の進化は取り込んだ勇者の力が関係した様です。今、ヘルに白雷鬼のデータを送りました』
協力的じゃね?
『シルフィン:ヘルのデータは正当な物ですからね。それのサポートはしますよ。とは言えあまり詳しくは無いですよ』
なるほど。
「ヘルさん?」
「はい。今データを出します。白雷鬼は雷と共に現れ、疫病や災いを招くとされる一方、白き雷で悪を裁き病を治すとも言われる種族らしいです。主に雷鬼と同じ様に育ち、雷鬼よりも強力なスキルを覚え。状態異常と回復系のスキルも覚える様です。因みに深度としては雷鬼と同じ様に2ですね」
「マジか!?」
「はい。レア度で言えば星8くらいです」
『シルフィン:私も進化条件は知りませんが、勇者の力+今までのスキルでレア進化出来たのでしょう。この状態で雷鬼を選ぶのが条件でしょうかね?』
女神の声を全員に聞こえるようにし、推測を皆にも聞かせる。
「でも、勇者の力が関係在るなら私以外進化出来なくね?」
『シルフィン:そうでも有りませんよ。倒した勇者を食べたモンスターがその力の一部を獲て進化する事も有りますから』
「わお!」
『シルフィン:まあとりあえずレア進化おめでとう。ますます今後の展開が楽しみですね』
クソッ! この女神め、楽しんでやがる! まぁいいか。何か皆に心配かけたみたいだし、さっさとステータスの確認をしよう。
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