第131話「……夕飯のステーキ早く食べたい」
十商の第一位コルクル=レイグナント。
この男を表す言葉は正に金の亡者だった。
レイグナント家はアリスベルの王族ルグルス家の血族に当たる。しかし、その事は公言されておらず、両家のみに伝わる秘め事でもある。
レイグナント家は王族の後ろ楯を、ルグルス家は公には出来ない品物を手に入れる為。この両家はそれぞれの利益を持って、遥か昔から繋がっていた。
そして、これは今代のコルクルも変わらなかった。
幼い頃から先代である父にこの事を教わり、規定通りの事をすれば勝手に金が入る仕組みが既に昔から出来上がっていた為、如何に無能のコルクルであったとしても、十商の第一位の座に居座るのは簡単な事だった。
コルクルは自分が無能だと理解ていた。
それと同時に無能だと分かる程には有能だった。
だからこそ、自分よりも有能な者の上に立つのが何よりも自身の無能さの慰めになった。
自分よりも有能な者の努力を踏み躙るように出る杭は打ち、更に利権を取り上げ自分の商会の利益にし、商会を更に巨大にしていく、それがコルクルなりの商人としてのやり方だった。
そして、そんな人間達の前で酒も女も食事も贅の限りを尽くし、見せ付ける。それのがコルクルの唯一無二の楽しみだった。
そしてハクアが拐われる数週間前、コルクルはある報告を受けていた。
「何? あの小娘が!」
「はい。この都市に流れ着いた者と共同で売り出したようです。売り上げが凄まじくこのまま行けば、次回の十商会議まで位が三つは確実に上がるかと」
「クッ! あの小娘調子に乗りおって! 大人しく奴隷商をしていれば良い物を……」
「如何なさいましょうか?」
「…………その流れ者とかいう奴を調べて連れて来い。どうせ金をちらつかせれば今までの奴のように儂に従う」
「わかりました。では失礼致します」
そう言って部屋を後にする秘書をさっさと追い出し、コルクルは再び食事を始める。その姿は贅沢を極め、まるまると肥太り正に金の亡者が贅を貪っている姿そのものだった。
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「クソ! あのクソガキめ! この儂が目を掛けてやると言ったのに!」
「コルクル様落ち着いて下さい」
あれから更に時間が経ち、コルクルはハクアを呼び出しカーラと手を切り自分の物になるように命じた。
しかし当然ハクアの答えはNOであり、しかも「ああ、やっぱりあんたはそう言う奴か、なるほどそれならあんな事をしていてもおかしくない。まあ、とにかく私はあんたに着く気は無いよ。パートナーは間に合ってる。じゃあね」とだけ言ってさっさと帰って行った。
(クソ! 何を知っているんだあのガキ! まさかあの事を!? いや、まさかそんな訳が……だがあのマーンの小娘がバックに居るとなれば知られていても…………クソ! ならあのガキを拐って、全てを聞き出した後に殺すしかない。もしくは、二度と喋れないように薬を使い壊すか? 幸い顔は良かった。あれなら多少壊れていても王も喜ぶだろう)
「おい、すぐに奴等に連絡を入れろ」
「どうするおつもりですか?」
「くくっ。儂に逆らった事を後悔させるまでだ」
「わかりました」
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ハクアが拐われる前のとある裏路地。
コルクルは私兵とは別に後ろ暗い任務を請け負う部隊を保有していた。
普段は皆それぞれの仕事、ギルドの職員や都市の兵、飲食の従業員等をしているが、コルクルから一声掛かればそれぞれが情報を収集し、暗殺、誘拐を専門にこなしていた。
今回ハクアの情報をギルドから持って来たのも彼等であった。
その中の一人、名前の無いこの部隊のリーダーであるククスは、コルクルの使いを名乗る者と会っていた。
「……お前がククス」
「そうだ、お前は?」
「……コルクル様の使い」
「女……だな? いつもの奴はどうした?」
「……余計な詮索はするな。知りすぎる事も無いでしょう?」
「確かにな。だが、こちらも信用出来ない相手と話をする気は無いぞ。顔を見せろ」
ククスがそう言うと、相手の女の体がビクッと震える。
「……やはり偽者か」
ククスは胸元に忍ばせてあったナイフを女の首元に当てながら警戒を強める。
「……ふう、ただ見られたく無かっただけよ」
女はそう言うと、おもむろに外套のフードを外す。
すると、夜の闇の様な漆黒の長い髪が姿を表し、それと同時にボロボロの包帯で巻かれた顔が現れた。更に女はその包帯に手を掛けると顔の左半と口元を覆う包帯を捲って見せる。
「──っ!」
「だから見せる気は無かったのだけど?」
フードを外した女はまだ少女と言うべき年齢で在りながら、左側の目元から口までその顔に大きな火傷を負っていた。
これでは、元々の顔など判別出来ないだろう少女の姿に、ククスは微かに顔を歪める。
「コルクル様は言う事を聞けば、この火傷を治して下さると言った。これでもまだ疑う?」
「いや、いい。悪かった」
「気にしないわ。それとこれが貴方達の拐うターゲットよ」
「ほう、まだ子供だな」
「子供だろうが関係無いわ。くれぐれも間違えないように、彼女以外は魔族とやりあえる程の実力者よ」
「こいつは違うのか?」
「これはただのオマケよ。白い少女何て呼ばれているようだけど、私が調べた限りではただ逃げ回って時間稼ぎをしていただけ、実力は無いわ」
「なるほどな」
「じゃあ、頼んだわね。コルクル様も早急な対応を望んで要るわ」
「わかった」
こうして二人の密会は静かに終わりを告げた。
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そして、この二日後ククス達の手により拐われたハクアは……。
「……夕飯のステーキ早く食べたい」
夕飯が遠退いた事を嘆き、一人瞳を潤ませステーキに思いを馳せていた。
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