第113話(…………はっ!?)

「どうしたの白亜ちゃん? 随分辛そうじゃん? 俺が介抱でもしてあげようか? ん?」


 クソ、体が重い。それに力が抜ける。


「どう? これが俺の勇者の能力【愚者の領域】だよ。俺を中心に一定範囲内に居る相手のスキル、魔法を封印。しかも魔力や体力も奪ってステータスを下げる事が出来る。そして俺だけは魔法を使えなくなるだけでその他影響を受けずに居られる。まさに、この領域内は俺のフィールド! ここでは俺が王だ! あはははは」


 ……ヘルさん。


 〈言っている事は本当です。現に全員の魔法、スキルは封印されステータスも下がっています。それに状態異常の虚脱、武技も使えなくなっているようですね〉


 チッ! 面倒な。私は状態異常効かないから良いけど皆は無理か。戦えるのは私だけ。とは言えまずは、あいつが気持ちよく喋ってる間に私のステータスだけチェックしないと。って【鑑定士】も使えねー。


 〈私のこれは【念話】ではありませんし、ステータスチェックはこの機体の機能ですから。マスターの場合、全ての数値が大体50程下がっています〉


 何とかなるか? いや、するしか無いか。


 そう結論付け、力が抜ける感覚に抗いながら何とか体に力を込め立ち上がる。

 するとそれを見た馬鹿が怪訝そうに喋り掛けてくる。


「何だ? 何で立てるんだよ。お前も後ろの奴等の様に立てない筈じゃ!?」


 なるほど。必勝の手だと思ってた物が私が普通に立つ事で覆ったから、この取り乱し様か……なら。


「そんな物、あんたと同じで欠陥だらけの能力だからでしょ? ギフトは個人の資質に依って変わるらしいからね? 【愚者の領域】何て確かにぴったりだよ。なぁ、自分でもそう思わねぇ愚者の王様?」


 そう言った瞬間、明らかな殺意が私を襲う。

 そしてこれまでの余裕の態度は鳴りを潜め、怒気に満ちた表情で私を睨み付けて来る。


「ご主人様」

「白亜先輩」

「大丈夫です。相手が人ならこの程度のハンデでハーちゃんは絶対負けません」

「当たり前。アリシアも結衣も心配しないで良いよ。この程度の素人に負けないよ」

「この……言わせて置けば。もういい! お前は手足切り落として一生俺のオモチャにしてやるよ! どんなに殺してくれと叫んでも殺さずに生きたまま屈辱と敗北を刻み込んでやる」


 口汚く叫ぶその言葉を聞き流し水転流徒手空拳、流水の構えを取る。


 それを見た馬鹿は馬鹿にする様に嗤い真正面から殴り掛かって来た。


 なんの捻りもない大振りの攻撃を腕で受け。その瞬間に腕全体を捻り力を受け流し横へと逸らす。

 しかし馬鹿はそれにも構わずなんの工夫もする事無く連続でただひたすら攻撃を繰り返す──が、そんな攻撃が通じる訳もなく、私はその全ての攻撃を打ち払い、反らし、回避していく。


 確かに速い。けど、それだけだな。

 ▼▼▼▼▼▼▼▼▼

「……凄い」


 そんな呟く様な声がハクアの後ろから聞こえる。

 どうやら目の前で繰り広げられる光景にアリシアが呟き、結衣と二人揃って唖然としている様だ。

 だが、そんな圧倒的な光景も瑠璃は当然の事として受け入れていた。それを不思議に思ったヘルが瑠璃に尋ねる。


「瑠璃、何故マスターはあのステータス差で全ての攻撃を無効化出来ているのですか?」

「皆は知らないかも知れないけど、元の世界ではハーちゃんって少し身体が弱くって激しい運動とかは出来なかったんです。でもあの見た目も原因なんですけど、少し理由もあって私とみーちゃんと一緒に水転流や他の武術を習ったんです。それで分かったのはハーちゃんはやっぱり天才だって事、相手が人ならハーちゃんは先読みで相手の動きを全て把握して対応が出来ます。それに、幾らステータスに差が有ってもあんな素人の攻撃ではハーちゃんの敵じゃ無いですよ」


(むしろ、正攻法で来られたり、魔法を絡めて戦われる方が危なかったかも知れないですね)


 瑠璃がしている間にも政人はハクアに攻撃を続けるが、やはりそのことごとくが防がれハクアに届く事は無い。


(パターンも尽きたか。大体のスピードや力も分かったし、そろそろ攻撃に移ってみるか)


 そう考えながら政人の右の拳を再び受け流し、その流れで受け流した雅人の手首をそのまま引く。

 すると、自身の力と引かれる力に引っ張られバランスを崩した雅人は、前のめりになりそうな身体を支えようと足を一歩本能的に踏み出す。──が、それをハクアに足で払われ政人の身体が中に浮かび、頭から地面に思いきり叩き付けられる。


 水転流【渦潮】相手の力を使い自らの力も加え投げ飛ばし、地面に叩き付ける水転流の基本技の一つ。


 政人は頭から地面に叩き付けられたが、力任せにハクアの腕を振り解き再び攻撃に移ろうとする。──が、その前にハクアは距離を取り、追撃こそ出来なかった物の雅人にダメージを与える事に成功する。

 しかし地面に叩き付けたとはいえ、ハクアのステータスでは対したダメージを与えられない様だった。──が、それは想定の範囲内でもあった。


(やっぱり、ダメージはあまりいかないな。でも、今も首を触ってるし痛みは普通に有るのか? それに、体に力を入れて無ければ私の攻撃でも少しは通るみたいだな。しかし、思えば前世も含めまともに戦えるのは初めてかもな。最初はゴブリンだし次は小さいし、少しサイズがまともになったら相手がでかかったからな~)


 ハクアは知らなかったが政人がここまで一方的にやられるのには、ハクアの才能と先読みの力以外にも理由が有った。


 その一つが経験値の差である。


 政人はこの世界に召喚されてからというもの、まともな戦闘になったのはこれが初めての事だったからだ。

 その理由こそが政人の持つギフト【愚者の領域】のせいでも有り、お陰でもあった。

 それと言うのもこのギフトは対人以外でも効果を発揮しモンスターを安全に狩る事が出来た。そして、持ち前の運動神経の助けもありさして苦労する事もなかった為、それ以外の戦法も考えず努力する必要すら無かった。それ故に弱った敵を相手に確実なレベリングをした結果が今のこの状況だった。

 そんなある意味イージーモードだった事が、このゲームの様な世界で小説の様に好きに振る舞えると言う考えを助長させたのは皮肉な事だ。


「調子に乗るなよクソアマが!! こいつで切り刻んでやる」


 政人は何処からか短剣を二本取り出し両手に構え双短剣技【強襲】を使いハクアに襲い掛かる。


 【強襲】は防御を捨てた左右の短剣による全力攻撃だ。


 流石のハクアも素のステータスで劣り更に弱っている今の状況でまともに受ける気にはなれず。その攻撃を何とか骸を使い防御に全神経を割いて対処するしか無い。

 しかしその行為も骸にヒビが入り崩れ始めてしまった事で均衡が崩れてしまう。

 ハクアは堪らず距離を取り暁と宵闇を取り出し使い物にならなくなった骸を捨て再び政人と対峙する──が、先程までの余裕が無い事は誰の目から見ても明らかだった。


「どうしたんだよ。先までの余裕はどこ行ったんだ? 今ならまだ俺のペットとして可愛がってやるぜ!」

「そりゃどうも、願い下げだよ下半身脳!」


 ハクアに話し掛ける事で息を整え終えた政人は、再び【強襲】を使いハクアに襲い掛かる。それに対し今度はハクアも防御では無く、襲い掛かる攻撃に対して横から打ち払う様に政人の短剣と切り結んでいく。

 それでもやはり、ステータスの差によりジリジリと押され始めるハクア。

 そして遂にハクアは前に出ようとした所を政人に阻止され、両手に握った短剣を上に弾かれてしまった。だが、体の全面を無防備に晒し、後ろに倒される様にバランスを崩して仕舞うのだけは何とか後ろに足を出し踏み留まる事に成功する。


「ご主人様!」


 ──だが、その代償はあまりに大きい隙へと繋がった。


 その決定的な瞬間を作り上げた政人は全ての力を込め短剣技【椿】による、首を切り裂く様な高速の一撃を勝利の確信と共に放つ。

 その瞬間、政人が見たのはハクアの絶望に染まり死に恐怖した顔……では無く、口の端を歪めこちらを見て静かに嗤う顔だった。


(何で、嗤って……)


 政人は集中の中、スローモーションの様な視界の中で必死にその意味を考える。しかし武技を持って繰り出した技は止める事が出来ずにハクアの首に向かって確実にハクアの生命を狩りに行く。

 ──が、首に届く寸前……ハクアが自分から前に出て短剣に突っ込む事で、前に出た分目標がズレ、短剣はハクアの首を切り付ける事無く、振るう腕デ強打する結果に留まり政人の必殺の一撃は防がれてしまう。


 そしてハクアはそのまま更に身体を前に倒し、政人が【椿】を放ち失敗した事で弛緩した刹那の時はを狙い済まし、武技を放ったその腕を肩口から切り飛ばす。


「いっ! ギャァァァァアア! う、うでがぁぁあ、オレの、俺の腕がぁぁ! いでぇょ!」


 ハクアに腕を切り落とされた事で政人は倒れ込み痛みにのたうち回る。


(まっ、痛いよね? 私もすんげー痛かったし)


 実を言うとハクアの狙いは最初から政人を倒す事では無く、痛みで戦闘不能状態にする事だった。

 ステータスの差で倒す事は困難だと判断し、心を折る方向にシフトしたのだった。つまり、政人は最初からハクアの筋書きに添って動かされていた。


『シルフィン:ハクア嫌でしょうけど、今のうちに切り飛ばした腕を【喰吸】で取り込みなさい』


(えっ? こいつの腕取り込むとかガチで嫌なんだけど)


『シルフィン:後で説明します。我慢なさい』


(しょうがないか)


 ハクアはのたうち回る政人を無視して、アリシア達の方に吹き飛んだ腕を回収しに行く。と、歩いている途中に政人の【愚者の領域】が解除される。


(痛みで集中が解けギフトを維持出来なくなったのか?)


 腕の落ちた場所に着くとその近くに居た皆はダルそうではあるが何とか回復していた。そしてハクアは政人の腕を拾い上げる。


「お前! 俺の、俺の腕をどうするつもりだぁ!」


(血が止まってる。回復薬でも使ったか?)


「どうって? こうするんだよ」


 そう言ってハクアは【喰吸】を使い、腕を取り込み消し去ってしまう。

 それを見た政人が声にならない奇声を上げ走って来るが、ウインドブラストで吹き飛ばし木にぶち当てる。


「がはっ! クソがぁあっ! 何であれを避けられんだよぉ」


(わざわざ言う訳無いじゃん。あんたじゃ無いんだし)


 あの時、ハクアは政人に自分から短剣を弾かれる様誘導し、バランスを崩した様に見せ掛けた。

 しかしそれは、自分から一歩後ろに下り膝を抜く事で体を落とし、足に重心を乗せ、前に突進する力を溜めていた。だからこそ武技にカウンターを合わせるという無茶を可能にしたのだった。


「さてと、お前を生かして置いてもしょうがないし、そろそろ幕にしようか?」


 そう言ったハクアは短剣を構え直し政人に近付く。


「まっ、待てよ! 俺はクラスメイトだぞ! 本当に殺す気か」

「そうだよ」


 そして、ハクアが政人に短剣を降り下ろそうとした時、ハクアが「チッ!」と、舌打ちをして風縮を使い、アリシア達の前に飛び【結界】を全員の前に三重に展開する。


 ボガァァァァアン


 間一髪、突如として放たれた攻撃はハクアの防御のお陰で全員怪我をせずにすむ。しかし、土煙が晴れるとそこに政人の姿は無かった。


(逃げられたか? いや、仲間が近くに居て連れていったのか)


「ハクア! ごめん逃がした」


 そう言って現れたエレオノ達を見て怪我が無い事に安堵するハクア。しかし、その後ろからエレオノ達を追い掛ける様にフロストが駆けて来るのが見え警戒を強める。

 そして……。


「ユイ!」

「フロストさん!」


 フロストに名前を呼ばれた結衣は駆け出し、走って来たフロストと互いに抱き締め合い、そのまま口付けを交わす。


(…………はっ!?)


 ハクアはここ最近で一番の混乱に陥った。

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