第13話まさか、彼女が決めるとは……

 ホブゴブリンが投げたであろう白刃が私の左腕を切り落とした。しかし、今の私にそれに構う余裕は全くと言っていい程無い。


 何故なら切り落とされた腕は、灼熱のような痛みを私に与え続け、それでも少し残った意識は視線も、思考もホブゴブリンから離す事が出来ないでいる。


 ▶スキル熟練度が一定に達しました【痛覚軽減LV.2→LV.3】に上がりました。



 ───クソ……こんなはずじゃ。



 ───痛みに支配された頭はその痛みから逃げるかのように朦朧としている。



「───様! ご主人様!! 今、回復します」



 ───アリシアの声が遠い。



 ───私の左腕に回復薬を掛けている事さえ、どこか他人事のように思う。



 しかしそんな私の思考は、アリシアを見て嗤うホブゴブリンの顔を見て引き戻される。


 ホブゴブリンはようやく見つけた自分の獲物であるアリシアを、どう楽しもうかと考え嗤っているようだった。


 ───ッ! クソ!! そんな場合じゃ無いってのに思考が吹っ飛んでた。


 そんなホブゴブリンを見て、急速に私の思考は戻り始め、それと同時に左腕の痛みが今までよりも更に主張を始める。


 ───だが、そんな事に構っている暇の無い私は、痛みを無理矢理思考から追い出し、アリシアに指示を出す。


「ありしあ、まほうの、じゅんび、あと、きのうさいご、つくった、やつ、あそこのきに、かけといて、わたしたち、ひきつける、から、まほう、よろ」


「あっ、あの最後に作った魔法ですか!? あんな魔法あんな所に仕掛けてもなんの役にも……」


「いいから、はやく!」


「──っ! はい!」


 ▶スキル熟練度が一定に達しました【痛覚軽減LV.3→LV.4】に上がりました。


 簡単に指示を出した後、私達は行動に移す。


 アリシアは返事をしながら駆けていき、私はホブゴブリンに向かっていく。


 だが、ホブゴブリンは私の方を見ようともせず、アリシアを目指しゆっくりと歩みを進める。


 クソ! なんとか私に視線を集中させないと魔法が避けられる。


 私は足元の石を拾い上げ、ホブゴブリンの目に投げ付ける───だが、ホブゴブリンは腕の一振りで石を弾き、全くと言っていいほど意に介さない。


 でもそれは予想通りの行動だ。


 乱暴に振った腕が体の正面をがら空きにするその瞬間【爪攻撃】を放ち、ホブゴブリンの脇腹を割きながら横を走り抜ける。


 くっ硬い!


 ホブゴブリン

 HP:800/800→780/800

 MP:0/0


 ゴブ子

 HP:85/185

 MP:90/90→85/90

 欠損状態


「ギガ!」


 ダメージを与えた事で、ホブゴブリンはようやく私に視線を向けた。


 でもやはり私など障害にならないと判断すると、再びアリシアを目掛けゆっくりと近づいて行く。


 本当にダメージ20くらいか。


 片腕も無い今の状態じゃ、一方的にダメージを与えられる訳は無い。しかも、なんとか痛みを我慢しても、バランスが狂ってる状態じゃこれ以上力が伝わらない。


 やはりアリシアの魔法がこっちの唯一の勝機になる。


 〈正面の木ゴブゑが居ます。誘導して下さい〉


 その指示を受け、再びホブゴブリンの懐に入り攻撃を仕掛けようとする───だが、間合いに入る直前、ホブゴブリンの持っていた特大の棍棒が私の前を通りすぎる。


 危ない! 当たったら一発で死ぬ。


 眼前を通り抜けた一撃に、後一歩踏み込んでいたら確実に死んでいたという事実がのしかかる。


 しかしこのままではどうにもならない。


 そう考えた私は、持っていたナイフを顔に向かって投げ付ける。


「ギギガ!!」


 流石にナイフを弾く事はせず、ホブゴブリンはナイフを避ける。


 ナイス! いい所に避けた。


 ホブゴブリンが避けたのは丁度木の真下。


 その隙を狙いゴブゑが木の上から飛び降り、全体重と高さを生かし棍棒を降り下ろすと、ガゴッと、いう小気味良い音を立てて頭を強打する。


 ホブゴブリン

 HP:755/800

 MP:0/0


「ファイアブラスト!!」


 ゴブゑの良い一撃でふらつき始めたホブゴブリンに、アリシアの魔法が爆音を立て炸裂する。


 【魔力覚醒】のスキルで強化されたファイアブラストが、ホブゴブリンに当たり、先程よりも大きな爆発を引き起こし、その隙にアリシアから受け取っていた回復薬を使う。


「ご主人様っ!!」


 アリシアがヘルさんに頼んで造るよう指示してもらった、アースクリエイトで作ったナイフを投げ渡してくる。


 これなら今の私でも使える! 武器の感触を確かめながら私は構えアリシアに指示を出す。


「えむぴー、かいふく、いそいで」


 ホブゴブリン

 HP:755/800→550/800

 MP:0/0


 ゴブ子

 HP:85/185→185/185

 MP:85/90

 欠損状態


 ゴブゑ

 HP:150/150

 MP:180/180


 アリシア

 HP:250/250

 MP:70/210→170/210


 MP回復薬はもう無い。


 本当ならもうちょっと作りたかったけど、今は言っても仕方ない。今ある物で切り抜けるしか道は無いのだ。


「ギガ~!!」


「ギギッ!?」


 土煙を掻き分けホブゴブリンがゴブゑに突進する。


 その攻撃にゴブゑは避けきれず攻撃を受けてしまう。しかし、突進したホブゴブリンも木に当たり少なからずダメージを負ったようだ。


 ホブゴブリン

 HP:550/800→530/800

 MP:0/0


 ゴブゑ

 HP:150/150→25/150

 MP:180/180


 〈ゴブゑを下がらせます〉


 うん、お願い。


 ゴブゑへの指示をヘルさんに頼み、木にぶち当たったホブゴブリンの背中にナイフを突き刺しに行く。


「ファイアアロー」


 私がナイフを突き刺すと同時に、アリシアのファイアアローがホブゴブリンの利き腕の右肩に突き刺さる。


「ガ~!!」


 攻撃を受けたホブゴブリンは怒りの声を上げながら、背中に張り付く私の腕を取り、アリシアへと投げ付ける。


「キャアアア!!」


「ぐっ!」


 ホブゴブリン

 HP:530/800→430/800

 MP:0/0


 ゴブ子

 HP:185/185→135/185

 MP:85/85

 欠損状態


 アリシア

 HP:250/250→210/250

 MP:170/210→120/210


 投げ付けられた私はアリシアと共に吹き飛び、直ぐには動けない。その間にホブゴブリンはこちらに走りその勢いのまま私を蹴り飛ばす。


「カハッ!」


 肺の中の空気が強制的に出口を求め口から吐き出され、二度三度と地面を転がり剣の突き刺さる木に激突する。


 〈マスター!〉


 ヘルさんの声に反応した時には時既に遅く、ホブゴブリンは剣を抜き取り私の足も左腕のように切り飛ばす。


「アァアァああアァ!」


 ▶スキル熟練度が一定に達しました【痛覚軽減LV.4→LV.5】に上がりました。


 意味の無い私の叫びが私自身の耳を打つ、その叫びを聞きながらホブゴブリンが私目掛けて剣を降り下ろす。


 自身に迫る刃がゆっくりと見え、当たる直前───。


「ファイアブラストオォ!!」


 アリシアの強化魔法がホブゴブリンの背中に当たり、大爆発を起こしその爆風で私は吹き飛ばされる。


「あなたの相手は私です!!」


 そう啖呵を切り、アリシアがホブゴブリンと相対する。


 ───ダメだ。逃げろ。


 震える手でナイフを構えるアリシアに、ホブゴブリンは恐怖を煽るようにゆっくりと近付いていく。


 ▶スキル熟練度が一定に達しました【痛覚軽減LV.5→LV.6】に上がりました。


 そんなホブゴブリンにアリシアは無謀にも真正面からナイフを構え突進する。


 無茶だ……。


 ───そう思うも私は声を出す事も体を動かす事も出来ず見る事しか出来ない。


 だが、それでも時間は無常に進みアリシアとホブゴブリンの距離が五メートルを切った。


 その時───。


「ファイアアロー!!」


 アリシアはナイフを構えた突進をフェイントに、至近距離から強化魔法を放った。私と同じように騙されたホブゴブリンは、無防備な正面からアリシアの魔法を食らう。


「ギガ、ギギッ!?」


 アリシアはそのままホブゴブリンの横を走り抜け、私に駆け寄ってくる。


「ご主人様!! 回復薬です」


 私に回復薬を使い、アリシアはまたホブゴブリンに向かいナイフを構えながら吠える。


「ご主人様、私が時間を稼ぐので逃げて下さい。私は一度捕まっています。それを助けて下さったご主人様の事はどんな事をしても助けます。私がどんな目に遭おうとも絶対に!」


 そんなアリシアの悲痛な覚悟を嘲笑うように、ホブゴブリンは動き出す。しかし、その表情は怒りに満ちていて、捕まればどんな目に遇わされるか想像するのも恐ろしかった。


「だめだ、ぜん、いんで、たおす!」


「でも、今の戦力ではもう倒せません」


「さくせん、ある」


 ホブゴブリン

 HP:430/800→130/800

 MP:0/0


 ゴブ子

 HP:5/185→105/185

 MP:85/90

 欠損状態


 アリシア

 HP:210/250

 MP:120/210→0/210


 怒りに満ちたホブゴブリンがこちらに走り出すが、避難した筈のゴブゑがロープで即席の罠を作り、ホブゴブリンを転倒させた。


 その間に私はヘルさんに頼み全員へ作戦を伝える。


 そして一言。


「しんじて」


 ▶スキル熟練度が一定に達しました【痛覚軽減LV.6→LV.7】に上がりました。


「分かりました。信じます!」


「ギギ!!」


 私はゴブゑに肩を借り目的の場所まで運んでもらい、アリシアはヘルさんの指示を聞きながら、あるポイントまでホブゴブリンを誘導してもらう。


「ギギッガ~!!」


「くっ」


 アリシアはホブゴブリンの腕をギリギリの所でかわして、なんとか逃げながら目的の場所に向かって逃げる───が、何時までも逃げ回る事は出来ずに遂に捕まってしまう。


「きゃあ! くっ、この」


「ギギ」


 遂に捕まえた獲物にホブゴブリンは歓喜の声を上げる。


「離して! あっくっうぅ」


「ギギッギ~」


 捕まってしまったアリシア。


 しかし、アリシアは自分の仕事をキッチリとこなしていた。誘導するべきポイントにまでには到達していたのだ。


 その間、私はアリシアが逃げる所を見ながら慎重に事を運んでいた。


 〈マスター、もうすぐです〉


 皆上手くやってくれてる。後はこの賭けが成功するかどうか───か、私の体が持つかが問題だが、絶対に成功させてみせる。


 私の持っているスキルがあればなんとかなる───はず!


 アリシアが予定のポイントまで来た所で捕まってしまうが、それも計算の内だ。


 角度も向きもバッチリ皆ありがとう!


 〈マスター今です!!〉


 私がアリシアに頼んで作ってもらっていた魔法は、待機型のウインドブラストだった。


 それを戦闘開始直後木に仕掛けてもらっていた。


 この魔法は相手が30分以内に設置した場所に触れると爆発する、地雷のような魔法だ。


 私はアリシアが木の側面に仕掛けたウインドブラストに、背中から思いきり体当たりをする。


 その瞬間、設置したウインドブラストが発動し、背中に文字通りの爆発的な風を受け、ホブゴブリンに向かって吹き飛ぶ。


 吹き飛びながらも体勢を整え、ナイフを突き出しホブゴブリンの背中───心臓目掛け体ごとぶち当たりナイフを突き刺した。


 流石にウインドブラストの力が加わった特攻で、私の攻撃力でも攻撃は成功、ホブゴブリンもアリシアを捕まえていた手を離し、背中にナイフが刺さったまま吹き飛ばされて行く。


 その隙に素早くステータスの確認する。


 ゴブ子

 HP:105/185→25/185

 MP:85/90


 アリシア

 HP:210/250→150/250

 MP:0/210


 ホブゴブリン

 HP:130/800→10/800

 MP:0/0


「あっ……」


 思わず声にならない声が漏れる。


 後少し足らなかった───ナイフが心臓まで届かなかったのか───手も足も、片方ずつ失って武器も無い私と、魔法以外ではダメージを与える前にやられてしまうであろうアリシア、ゴブゑも後一撃でも攻撃されれば死んでしまう。


 ───完全に詰みだ。


「ご主人様!!」


 アリシアは私の事を抱き締め必死に庇う、そして立ち上がったホブゴブリンが私達の前に立った。


「ギギ!!」


 その瞬間、ゴブゑが叫びながらホブゴブリンの背中のナイフ目掛けて棍棒を降り下ろした。


 当たった瞬間、よほどの力を込めたのか棍棒は砕け散り、ゴブゑはそのまま勢い余って地面に倒れ込む。


 そして棍棒に打ち付けられたナイフがホブゴブリンの体に更に潜り込み今度こそ、その心臓を貫ぬいた。


「───ギ……ギガ……?」


 ホブゴブリンは自身に何が起こったのかも分からず、それでもまだアリシアに近付いてくる。


 しかし、アリシアに触れる直前、遂に倒れ力尽きたのだった。


 ▶ゴブ子のレベルが10に上がりました。

 HPが200に上がりました。

 MPが100に上がりました。

 物攻が25に上がりました。

 物防が25に上がりました。

 魔攻が30に上がりました。

 魔防が30に上がりました。

 敏捷が50に上がりました。

 知恵が180に上がりました。

 器用が120に上がりました。

 運が40に上がりました。

 スキル【会心LV.1新】習得しました。

【鑑定士LV.5→LV.6】になりました。

【ゴブリンキラーLV.4→LV.8】になりました。

 スキルポイントを10獲得しました。


 ▶称号【強敵打破ジャイアントキリング】を獲得しました。

強敵打破ジャイアントキリング】の称号によりスキル【剛力LV.1新】獲得しました。

 スキル【堅牢LV.1新】獲得しました。


 ▶ゴブ子のレベルがMAXになりました【進化】が可能になりました。


 いつものようにアナウンスが終わった瞬間、私の体を光が包み込む。そして、光が収まると欠損していた左腕と、右足が元に戻っていた。


 重傷だとこんな風に回復するのね。


 ▶使い魔ヘルがスキル【可視化】習得しました。


 ▶ゴブゑのレベルが10に上がりました。


 ▶ゴブゑのレベルがMAXに成りました【進化】が可能になりました。


 ▶アリシアのレベルが7に上がりました。


 ▶アリシアのレベルが8に上がりました。


 ▶アリシアのレベルが9に上がりました。


「私達勝ったんですか?」


「ギギ?」


 アリシア達の言葉に私はゆっくりと頷く。


「やった……やった。やったー!」


「ギギギ~!」


 アリシアは泣きながら喜び私に抱きつく、ゴブゑは踊りながら私達の周りを回る、なんかMPが減りそうな踊りである。


 〈まさか、彼女が決めるとは……〉


 それは私も思った。


 〈とにかく、これでやっとすべてのゴブリンを倒してマスター達も進化出来ますね〉


 はっ! そうだった!? アナウンスでそんな事を言っていたような気が───放心してたからあんまりちゃんと聞いてなかった。


 〈マスター……〉


「ご主人様……」


 すいませんでした。そんな目で見ないで下さい……。


 と、とりあえず拠点に戻ろう! 話はゆっくりと出来る場所でしたいしね! 


 私の提案に特に反対は無く、何時ものように死体の一部を切り取り拠点へと帰るのだった。


 と、とにかくあれだ。皆無事で良かったよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る