その恋心は未だに

 ――それは、初詣に行く数日前のことだった。


 私――鎌田澪は、暗い気持ちで自室に引きこもっていた。パジャマ姿のまま、何をするでもなくベッドに腰を下ろしていた。


 せっかくの冬休みなのに、外に出ることもなく引きこもっている私を、家族はとても心配している。


 昨年までの私なら、この時期は友達と遊ぶための外出が多かったから、当然の反応だろう。


 家族に心配をかけていることはとても申し訳なく感じているが、それでも私は外に出るつもりはない。


 だってそんなことをすれば、またこの前のように慎吾っちに遭遇してしまうかもしれない。それは今の私には耐えられない。


 どうせあと二週間もしない内に学校が始まってまた顔を合わせることになるけど、それでもできるだけ慎吾っちのことは避けていたかった。


 そもそも、未だに慎吾っちへの想いを断ち切れていない私には、慎吾っちと顔を合わせる資格があるはずがない。


 慎吾っちだって今の私は迷惑なはずだ。フられてしまったけど、それでも慎吾っちにだけは嫌われたくない。


 異性としてでなくてもいい。友達やクラスメイトとしてでいいから、私のことを好きでいてほしい。


「…………ッ」


 慎吾っちのことを考えると、胸が締め付けられるように痛む。前は慎吾っちのことを考えるだけで温かい気持ちになれたのに、今ただただ辛い。


 この痛みがなくなるのは、きっと私のこの想いが風化した時だけ。それまで私は、この想いを抱え続けなくちゃいけない。


 不意にプルプルとスマホの着信音が室内に響き渡った。


「……誰だろ?」


 スマホを手に取り、誰からの電話なのか確認してみる。スマホの画面には、翔っちの名前が表示されていた。


「……もしもし?」


『お、澪ちゃんか? 突然連絡して悪いな。ちょっと話があるんだけど、今いいか?』


「私はいいけど……翔っちから電話してくるなんて珍しいね。何かあったの?」


『いやさ、もう数日もすれば元旦だろ? だからクラスのみんな初詣でもどうかな? と思ってさ』


 ……そういえば、もうそんな時期なんだ。この間デパートで慎吾っちと偶然遭遇してから、ずっと部屋にこもっていたから日数の経過なんてあまり気にしていなかった。


 去年までなら仲のいい友達と一緒に行ったりしてたけど、今はとてもそんなことをする気分にはなれない。


「……ごめん翔っち。私は行かない」


『え、マジで? 澪ちゃんはてっきり誘いに乗ってくれると思ってたんだけどな』


「ごめんね、翔っち……」


 せっかく誘ってくれたのに心苦しいものを感じながらも、私は謝罪する。


『……澪ちゃん、何かあったのか?』


「え。ど、どうして……?」


『電話越しでも、普段の澪ちゃんとの違いくらいは分かるよ』


 し、翔っち、鋭い! ……それとも私が分かりやすいだけなのかな?


『何があったのかは知らないけどさ、せっかくだから澪ちゃんも行こうぜ? いい気分転換にもなるだろうし』


 ……気分転換か。確かにいいかもしれない。ここ数日はずっと部屋に引きこもっていたせいで、自分でも分かるくらい気が滅入ってる。


 クラスのみんなにも会えるし、初詣は気分転換には丁度いいかもしれない。


 ただ一つだけ気になることがあった。それは、


「……慎吾っちも来る?」


 口をついて出た言葉は、私の懸念だった。


 しかし次の瞬間、私は自分のした質問にさっと血の気が引くのを感じた。


 私は何て質問をしてるんだろう。答えなんて決まっている。翔っちが慎吾っちを誘わないなんて、あり得ない。


「ご、ごめん! 今のなし! 聞かなかったことにして!」


 私は慌てて翔っちに弁解の言葉を並べる。これじゃあ、慎吾っちに会いたくないと思っていることがバレバレだ。


『お、落ち着けよ、澪ちゃん』


「ご、ごめん……」


 電話越しの翔っちの戸惑う声のおかげで、何とか冷静になれた。


『本当に大丈夫か、澪ちゃん? 俺で良かったら、相談に乗るぞ?』


「心配してくれてありがとう、翔っち。でも大丈夫だから、気にしないで」


 私のことを心配してくれるのは、とても嬉しい。けれど私の今の想いを翔っちに打ち明けても、きっと彼を困らせてしまうだけだ。


『澪ちゃんがそう言うなら深くは聞かないけど……ああ、それと親友は来ないぞ。誘ってはみたけどあいつ、何度も電話したのに全然繋がらねえんだよ』


「そ、そうなんだ……」


 慎吾っち来ないんだ……。会わずに済んだことは喜ぶべきなのかな? でも、こんなの結局問題の先延ばしでしかない。


 学校が始まったら、慎吾っちとは嫌でも顔を合わせなくちゃいけないのに、こんなんで私は新学期を迎えられるのかな。


『それで、澪ちゃんは結局どうするんだ? 行くのか、行かないのか?』


「……翔っち、私もやっぱり行くよ」


『オッケー。それで場所なんだけどさ――』






 ――どうしてこんなことになったんだろう。


 翔っちに誘われてきた初詣。約一週間ぶりにクラスメイトに会うことができた。


 ここ数日抱えていた暗い気持ちは、クラスメイトと話したことで少し楽になった。


 今日この場に来たのは正解だった……そう思っていたのに、どうしてまた数日前のデパートの時のように遭遇してしまったんだろう。


 もし神様なんてものがいるのなら、きっと私のことが大嫌いに違いない。だって、今一番顔を合わせたくない人のところに、私を迷わせたんだから。


 突然の慎吾っちとの遭遇。一瞬、私の頭は真っ白になった。


 けれど次の瞬間には、私はその場を走り去ろうと反転していた。


 また以前と同じことの繰り返し。自分で自分が嫌になる。こんなこと、問題の先送りにしかならないことは分かっているのに……。


 自己嫌悪に陥る私だったけど、それはすぐに無駄になった。


「待ってくれ、澪!」


 慎吾っちが、走り去ろうとした私の腕を掴んだのだ。絶対に逃がさないと言わんばかりの力が、私の腕にかけられる。


「い、痛いよ、慎吾っち……」


「わ、悪い……」


 謝罪しながら、慎吾っちは腕を掴む力を緩めてくれた。


 けどそれでも、慎吾っちの手が私に触れていることに変わりはない。慎吾っちの温かい手の感触に、バクバクと胸が高鳴る。


 どうしよう。きっと今の私はとても顔が真っ赤になっているだろう。こんな姿、恥ずかしくて慎吾っちにはとても見せられない。


「……澪、少しでいいから話さないか?」


「……話? 私は慎吾っちに話すことなんて何もないよ」


 嘘だ。本当はいっぱいいっぱい話したいことがある。けれど今だけは、早くその手を離してほしい。


 こんなに赤くなった顔、慎吾っちに見られたら恥ずかしさのあまり死んでしまう。


「お前になくても俺にはあるんだ。頼む、大事な話なんだ。少しだけでいいから、俺の話を聞いてくれ」


 顔を見られるわけにはいかないから振り向くことはできないけど、それでも慎吾っちが真剣なことだけは声音から察することができた。


 慎吾っちがこんな風になるなんて、余程大事な話なんだろう。……もしかしたら、私との今後についての話かもしれない。


 そう考えると、慎吾っちのこの態度も納得できる。きっと、慎吾っちは覚悟を決めてきたのだろう。


 けど、私にはそんな覚悟はない。私はそんな覚悟ができるほど、強い人間じゃない。


 できることなら、今すぐこの場を逃げ出したい。慎吾っちの腕を振り払って、この神社を出てまた家に引きこもりたい。


 でも、そんなのは問題が先延ばしだ。ここで逃げたら、次に似たような機会が訪れるまで、私はまた辛い思いをし続けなくちゃいけない。


 それならいっそのこと……、


「……分かったよ、慎吾っち。話を聞いて上げるから、手を離して……」


 ――私も覚悟を決めることにした。


 

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ウチの義妹のヤンデレが極まっていて怖すぎる エミヤ @emiya

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