偶然の遭遇

「――あれ、親友?」


 長い長い列に並び始めて大体一時間ぐらい立った頃、横から聞き慣れた声がした。


 まさかと思い声のした方に振り向くと、そこには俺の予想していた通り、翔が立っていた。


「翔……どうしてここにいるんだよ?」


「おいおい、そりゃこっちセリフだぜ? 数日前、クラスのみんなで初詣に行こうってことになったから、お前も誘おうと思ったのに連絡がつかなくってよ」


「あー……悪い。実はスマホが数日前から充電切れでな。けどお前、本当にクラスの奴らを誘ったってことは一緒に来たんだよな? どこにいるんだ?」


 周囲にクラスメイトらしき人物はいない。まさか誘った相手全員に行けないと言われたとも思えないので、訪ねてみる。


「ああ、実はついさっきはぐれてな。今探してるとこなんだ。……あ、そういえばまだ挨拶してなかったな。新年明けましておめでとう。今年もよろしくな、親友」


「ああ。こっちこそ、今年もよろしくな」


 俺が翔と新年の挨拶を交わしていると、親父が後ろから声をかけてくる。


「おい慎吾、この子は誰だ? まさかとは思うが、お前の友達か?」


「誰って翔だよ、翔。親父も俺が中学生の頃、何度か会ってるだろ?」


 このおっさん、海外生活が長すぎてとうとうボケちまったのか? ただでさえバカなのにボケまで始まるとか、どれだけ残念なんだ。


「翔君? おいおい何を言ってるんだ、慎吾。俺の知ってる翔君は、こんなにチャラくはないぞ」


 不躾な視線を隠そうともせず、ジロジロ翔を観察する親父。


 翔は一瞬自分をジロジロ見てくる親父に顔をしかめたが、次の瞬間には目を見開いた。


「もしかしておじさんですか? うわ、久しぶりです! 俺です、新島翔です。覚えてますか?」


「おお! 本当に翔君なのか!? 昔とは全然姿が変わってるから、驚いたよ! その姿は高校デビューかい?」


「はい、そうです! ……似合ってますかね?」


「ああ似合ってる似合ってる。ウチのバカ息子も少しは見習ってほしいものだ。じゃないとあいつ、絶対に一生彼女できないぞ」


 余計なことまで口走る親父をぶっ飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、楽しそうに親父と話をしている翔を見ると躊躇してしまう。


 翔は昔からなぜか親父と異様に仲が良かった。こんなバカ親父のいったいどこがいいというのだろう?


「いやあ、それにしてもまさかこんなところで翔君に会えるとは驚きだな……霞さんもそう思うだろ」


「そうですね。まさかこんなところで翔君に会えるなんて、驚いてしまいました。翔君、お久しぶりてすね」


 義母さんが翔の前まで来て会釈する。


「あ、おばさんもいたんですね。お久しぶりです! ……あ、相変わらず綺麗ですね」


「あら綺麗だなんて、翔君たらお上手なんですから」


 口元に手を当ててクスクスと笑う義母さん。


 多分翔はお世辞なんか言ってるつもりはないだろう。義母さんは高校生の娘がいるとは思えないくらい美人だからな。


「ほら舞華。あなたも挨拶しなさい」


 義母さんに促され、舞華が翔の前まで来て頭を下げる。


「お久しぶりです、新島さん。今年もダメな兄さんをよろしくお願いしますね」


「おお、任せとけ! それと舞華ちゃん、着物似合ってて可愛いな」


「ありがとうございます」


 翔の称賛に舞華は大きく表情を変えることなく、そう答えた。


「ふむ、ここで会ったのも何かの縁だ。よし! 翔君、おじさんが甘酒でも奢ってあげよう! 」


「え? いいんですか?」


「ああ、構わないよ。ついでにウチのバカ息子が普段世話になってるようだし、そのお礼も兼ねてな」


「ありがとうございます!」


 翔は笑顔で親父に感謝の言葉を口にする。


「三人も甘酒はいるか? いるならついでに買ってくるぞ」


 しばらくあまり前進しない列に並んでいたせいか、少し身体が冷えてきていたので温かいものがほしいと思っていたところだ。当然「いる」と短く答えた。


 舞華と義母さんも答えは俺と一緒だった。


「親父一人だと四人分は持てないだろ。俺も付いてこうか?」


「お、慎吾のくせに意外と気を遣えるじゃねえか。お前も何だかんだで成長したんだな」


 失礼なおっさんだな。俺を何だと思ってるんだ?


「霞さん、悪いけど舞華ちゃんと一緒に並んで待っててくれるか? 俺たちは甘酒を買ってくるからさ」


「はい、分かりました。甘酒、楽しみに待ってますね」


「おう、任せてくれ! 最高の甘酒を買ってくるからな!」


 やる気に満ちた様子の親父。我が父ながら、たかだか甘酒を買うだけでここまでのやる気を見せるのは、ある意味凄いと言ってもいいのかもしれない。


 そんな親父を呆れながら見ていると、


「兄さん、くれぐれも迷子にならないでくださいね?」


 なぜかゴミでも見るような視線で俺に注意を促した。


「分かってるよ……」


「本当ですか? 兄さんはいつも口だけなので信用できません。やはり心配なので、私が付いて行きましょうか?」


「いやいい。俺と親父がいれば十分だろ。それに義母さんを一人にするつもりか?」


「それは……分かりました。付いて行くのは諦めましょう」


 流石に義母さんを一人にするわけにはいかない。それは舞華も分かっていたようで、何とか折れてくれた。


「おい慎吾。いつまで舞華ちゃんとお喋りしてるんだよ? さっさと甘酒買いに行くぞ」


「ああ、分かったよ」


 俺は親父と翔と一緒にその場を後にした。






 ――それは、甘酒の出店を探して人混みの中を歩いている時のことだった。


「ああそうだ。なあ親友、今日はここに澪ちゃんも来てるぞ」


「…………!?」


 唐突な翔の発言に、まるで心臓を鷲掴みされたかのような衝撃が身体を襲った。


 しかしそれも一瞬のこと。すぐに気を取り直して前を歩く親父に聞かれないよう、翔と距離を詰めて声を抑えて訊ねる。


「澪が? どういうことだよ、何でここにいる?」


「何でって、俺が誘ったからに決まってるだろ? さっきクラスのみんなを誘ったって言ったじゃねえか」


「……そういえば言ってたな、そんなこと」


 確かにそれなら澪が誘われていてもおかしくない。むしろ自然だ。翔がクラスメイトを誘ったと言っていた時点で、気付くべきことだった。


「その反応、やっぱり何かあったな?」


「……どうしてそう思うんだよ」


「初詣に澪ちゃんを誘うために電話した時、何か様子がおかしかったからだよ。しかも誘った時に『慎吾っちも来る?』なんて訊かれたよ。お前と連絡がつかないから来ないって答えたら、行くって言ってたよ」


 ……そこまで俺と顔を合わせたくないのか。いやまあ、デパートで偶然会った時の反応を考えればおかしいことではないけど。


 それでもそこまで露骨に避けられると、俺としても悲しい。


「で、実際のところどうなんだ? もし困ってるなら、俺に言えよ。もしかしたら助けてやれるかもしれないし」


「翔……ありがとな」


 こいつは本当にいい奴だ。俺が困ってるかもしれないというだけで、こうして手を差し伸べてくれる。


 言葉にすると簡単なことのように聞こえるが、実際にしようとするのは難しい。こんなことを簡単にできる人間を俺は翔以外に知らない。本当に、俺なんかにはもったいないくらいのいい奴だ。


「けど澪の件は俺一人でどうにかさせてくれ」


 これはただのワガママだ。翔を頼った方が上手くいく可能性が高いことを承知で決めた、俺のエゴ。


 俺は一人で澪と向き合って、今の気持ちをあいつに伝えたい。そんな思いから生まれた願いだ。


「そっか……親友がそこまで言うのなら、俺は何もしないでおくよ」


「悪いな、翔」


「別にいいよ。けど本当に困ったら言えよ? 俺が何とかしてやるからさ」


「ははは、ありがとな。もしもの時は期待させてもらうよ」


 俺は、翔の申し出に思わず苦笑が漏れてしまうのだった。

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