初詣
昼食を食べた後、俺たち四人は初詣のために家を出た。車は止める場所がなさそうだと考えて、移動手段は電車だ。
新年ということもあって、目的の神社方面の電車は人が多く窮屈ではあったが、一時間もすると神社近くの駅に着いた。
そこから駅を出て徒歩数分。目的地である神社まで着いたのだが、
「……多いな」
予想していた通りの人の多さに呆れてしまう。
境内はたくさんの人で溢れ返っていて、騒がしい。チラホラ出店も見受けられるため、ほとんどお祭り状態だ。
「凄い人混みですね。着付けが崩れないか心配です」
俺と同じく境内の人波を眺めていた舞華が、そんなことを呟いた。
ちなみに、今日の舞華は着物だ。赤を基調に花柄をあしらった着物だ。髪型も普段の腰まで届く黒の長髪を結って、まとめてある。
舞華が着ている着物は、元々は義母さんのものだったらしいが、やはり親子なだけあって舞華もよく似合っている。
いつもと違う舞華の姿は、不覚にもドキッさせられてしまうほど綺麗だ。
「大丈夫ですよ、舞華。乱れたとしても、すぐに私が直してあげますから」
舞華の不安は義母さんの一言で解消された。
「さて。おいみんな、そろそろ神社に向かうぞ。こんなところで立ち止まってても、日が暮れちまう」
そう言って、親父は懐からスマホを取り出した。
「流石にこの人混みだと、うっかり迷子になるかもしれない。いざという時にすぐに合流できるよう、みんなスマホはちゃんと持っているな?」
「はい。大丈夫ですよ、あなた」
「私も問題ありません」
二人は親父の確認に応じるように、それぞれスマホを取り出す。しかし、
「あー……悪い、親父。俺のスマホ、充電切れだわ」
ここ数日色々あって、スマホに触れる機会がないので充電するのを忘れていた。電車で移動の最中に気付いたが、今更どうしようもないので言い出せずにいた。
「おいおい、何やってるんだよ慎吾。そんなんじゃ、迷子になった時困るのはお前だぞ?」
「まあまあ、あなた。慎吾君だってわざとじゃないんですから、あまり怒らないであげてください」
義母さんが親父を諌めてくれる。
「それに迷子にならなければいいんです。慎吾君ももう高校生なんですから、そんなに簡単に迷子になんかなりませんよね?」
「まあ、そう簡単には……」
一応そう答えてみるが、この人混みではあまり自信はない。
一度はぐれてしまえば、再会することはできないだろうと思うほどに、境内は混んでいる。
「ほら、慎吾君もこう言ってますから大丈夫ですよ、あなた」
「むう。霞さんがそこまで言うのなら……慎吾、絶対に俺たちから離れるなよ?」
「分かってるよ、親父」
親父の言葉に頷く。
そして境内に向けて歩き出した親父と義母さんに続く形で俺も動こうとするが、
「兄さん、手を繋いでくれませんか?」
「え、何で……?」
唐突な舞華の要求に、思わず足を止めてしまう。
「はぐれないようにするために決まってるじゃないですか。さっきまでの話の流れで分からないなんて、兄さんの首の上に乗ってるものは飾りですか? もしそうなら、あまりにも醜いですね。憐れみすら覚えてしまいそうです」
新年だというのに、相変わらずの切れ味の罵倒。俺がグッピーだったら死んでるレベルだ。
そしてこれは今年初めての罵倒。つまり新年初罵倒だ。……何か泣きたくなってきた。
「……別に俺がお前と手を繋ぐ必要はないだろ? はぐれないためなら、俺じゃなくて親父とでも問題ないだろ?」
普段なら聞き流しておしまいの舞華の物言いだが、今日は何となく腹が立ったので言い返してみる。
すると舞華は、まるで道端に転がる虫の死骸でも見つめるような視線を俺に向けてきた。
「何を言ってるんですか? 私が手を繋ぐのは、兄さんが迷子にならないようにするためですよ?」
「え、俺……?」
「当たり前じゃないですか。母さんはああ言いましたが、私は兄さんがこの人混みで迷子にならないとは思えません。兄さんと手を繋ぐなんて気持ち悪くて仕方がありませんが、兄さんが迷子になるよりはマシです。私の善意に涙しながら感謝してください」
「……そりゃどうも」
言い返したせいか、罵倒がいつもよりえげつなく感じてしまう。
舞華が俺の左手を強引に掴み、そのまま自分の右手と指を絡める。
手袋越しに握った舞華の手は、想像よりも小さかった。
以前に澪とも手を繋いだことはあるが、女の子の手というのは、やはり男に比べると華奢だ。
普段は恐怖しか感じない舞華も、今だけはとても可愛らしいと思えてしまう。
「兄さん。いくら手を繋いでるからといって、そんなに身体を近づけないでください。あまりの不快さに吐き気を催してしまいそうです」
……やっぱり気のせいかもしれない。一瞬でもこいつを可愛いと思うなんて、どうかしている。
どんよりとした気分になりながら、境内に入る。
境内は外側から見て分かっていたが、うんざりするほどの人の多さだ。
前は遅々として進まず、後ろは早く進めと言わんばかりに押してくる。前後に挟まれて、ほとんど押しくらまんじゅう状態だ。
「慎吾、舞華ちゃん。ちゃんと付いてきてるか?」
「ああ、大丈夫だ親父」
「私も大丈夫です、義父さん」
後ろを振り返ることなく訊ねた親父に、即座に返答する。今のところは親父の背中を見失うことなく、何とか付いていけている。
しばらく人混みをかき分けて歩いていると、神社が見えてきた。とはいえ、あくまで見えただけ。お賽銭箱までの距離は、ざっと数十メートル近くある。
今からこれに並ぶのか……さっさとUターンして家に帰りたくなってきたぞ。とはいえ、ここまで来た以上帰るという選択肢は存在しない。面倒ではあるが並ぶとしよう。
四人で列の最後尾に並ぶ。人が密集してるせいか、この辺りは少し熱いな。
「……なあ舞華。もう手は離してもいいんじゃないか? 流石にこの状態なら迷子にならないと思うし」
「ダメです。兄さんは油断するとすぐどこかへ行ってしまうんですから。絶対に離しません」
ギュっと握る手に更に力が込められる。ミシミシと変な音がしてかなり痛い。
こうなった舞華は、俺が何を言っても聞かない。いや、そもそも舞華が俺の言うことを聞いてくれたことなんて、今まで一度もなかったけどな。
となると、頼る相手は限られてくる。
「義母さんからも何とか言ってくれ。これ以上手を繋いでも意味なんてないだろ」
「あら、兄妹で手を繋ぐなんて仲がいいの証拠じゃありませんか。このままで何か問題がありますか?」
「そ、それはそうだけど……」
確かに手を繋いでる分には特に問題はないだろう。ただ今朝見た夢のせいか、何となく舞華に触れるのが怖いんだよな……。
「いい加減にしてください、兄さん。何ですか? 兄さん如きが私と手を繋ぐことに不満を持つなんて、生意気にもほどがありますよ?」
普段以上にご立腹の様子の舞華。しまった、キレさせすぎたか。
「そうだそうだ! そんなに不満なら俺と代われ!」
そしてバカなことを言うクソ親父。普通に殺意が湧く。
……とりあえず親父は後でぶん殴るか。新年初殴り、楽しみだな。
「こら舞華。さっきから黙って聞いていれば、何ですかその言葉遣いは? いくらなんでも失礼ですよ」
キレる舞華をどう宥めようか考えていると、不意に義母さんが声を上げた。義母さんにしては珍しい、少し険しい声音だ。
「全く、あなたは昔から慎吾君に酷いことばかり言って。少しは考えてものを言いなさい。その内愛想を尽かされても知りませんよ?」
「別に構いません。私、兄さんのことは何とも思っていませんから」
「あらそうですか? それなら、その繋いでる手を離しても問題はありませんね? 今は並んでいるだけなので、迷子になることもそうないでしょうし」
「それは……」
珍しく言い淀む舞華。俺が何を言っても淡々と反論してきた舞華だったが、どうやら義母さんの方が一枚上手らしい。
母は強しということか。今度舞華を言いくるめる方法を伝授してほしいものだ。
「……分かりました」
渋々といった様子ではあったが、舞華はようやく俺の手を離してくれた。
手が離れる直前「絶対に許さない……」という呟きが聞こえた気がしたが、きっと空耳だろう。……そうに決まってる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます