偶然

 家族水入らずの食事を終えた次の日。時刻は大体昼を過ぎた頃。


 俺たち甘木家は、家から少し遠くにあるデパートまで来ていた。


 普段利用している近場のスーパーではなくわざわざ遠くにあるデパートまで、しかも俺一人ではないのには、理由がある。


 まあ理由と言っても、そんなに大したものではない。今日の買い物は年末に向けて色々と必要なものの買い出しのため、単純に俺一人では人手不足だったから。


 それにデパートならスーパーよりも品揃えも豊富で便利だ。


 とはいえデパートはとても広いので、普通に周ってたらかなり時間がかかる。しかもあと一週間もしない内に新年になることもあってか、デパート内は平時よりも明らかに人が多い。


 そこで効率化を図るために、俺たちは二手に別れて買い物をすることにしたのだが、


「……はあ」


 食品コーナーでカートを押す俺の隣で、親父が盛大な溜息を吐いた。


「せっかく舞華ちゃんと二人きりで仲良く買い物できると思ったのによお。何でこんなブサイクな息子と一緒に買い物なんか……」


「いつまで言ってるんだよ親父。公平なグーパーで決まったんだから、いい加減諦めろよ」


 舞華たちと別れてすでに十数分経ったが、親父は未だにぶつくさ文句を吐き続けていた。


「諦めろって簡単に言うけどよ、お前に今の俺の気持ちが分かるのか? 分かるはずないよな? だって分かってたら、諦めろなんて言うはずないからな」


 め、面倒臭え……。


 ネチネチと言葉を漏らす親父に、苛立つよりも面倒臭いと思ってしまう。


 というか、正直買い物の邪魔だ。もう置いていった方が買い物もスムーズに進むかもしれない。


 俺たちは二手に別れた時、買うものも分担していた。


 義母さんと舞華は日用品の類い。あと、年末に行う予定の大掃除のための道具だ。


 俺と親父は食品担当だ。今夜の夕食の他、新年のおせちの材料も買わなければいけない。


「そもそもだな、慎吾。俺がこの時期に家に戻ったのは、半分近くが舞華ちゃんに会うためなんだぞ? その辺分かってるのか?」


「いやまあ、流石にそれは何となく分かってたけど……」


 あそこまで舞華ちゃん舞華ちゃん連呼したのだ。バカでも分かる。


「ちなみに残りの半分は、久々に家族で過ごしたいと言った霞さんのためだ」


 そこは一割でもいいから息子のためと言ってほしいところだが……まあ、親父にそんなことを期待するのはバカのすることだ。


「……つまり俺が言いたいことはな、ブサイクな息子と買い物なんてただの罰ゲームだってことだ」


「実の息子にそこまで言うか……」


 流石の俺も泣くぞ?


「……とりあえず親父が言いたいことは分かったから、さっさと買い物を済ませるぞ。あんまり長引くと、義母さんたちを待たせることになるぞ?」


「むっ、それはいかんな。よし慎吾、さっさと買い物を済ませるぞ! グズグズするなよ!」


「さっきまでグズグズしてたのは、どこの誰だよ……」


 自分のことを棚に上げた親父の発言に軽い眩暈を覚えたが、真面目に買い物をする気になったのでよしとしよう。


 そこからは乗り気になった親父と一緒に、必要なものをカートに乗せた買い物カゴに入れながら、食品コーナーを歩き回る。


「ええと、あと必要なものは……」


 色々と買うものが多いので、予め用意しておいたメモ用紙を見ながらカートを押していると、


「きゃ……っ」


 俺と同じ客にぶつかってしまった。声からして、多分女性だろう。


「す、すいません、大丈夫ですか?」


 カートを置いて、謝罪しながら倒れた女性の元へ駆け寄る。


「は、はい。私は大丈夫です」


「本当にすいません。俺が前を見ないで歩いてたから……ケガはないですか?」


「私も少し余所見をしてたからお互い様ですよ。だからあまり気に病まな――」


 そう言いながら顔を上げた女性の言葉は半ばで途切れ、驚愕といった表情で俺の顔を見つめてきた。


 しかしそれは彼女だけではない。女性がこちらに顔を向けた瞬間、俺もまるで落雷にでも遭ったかのような衝撃が全身を駆け抜け、それ以上動けなくなった。


 実際はほんの数秒ほどだろう。けれど、俺の体感ではとても長く感じられるほどの時間、互いに固まっていた。だが、


「し、慎吾っち……?」


 女性――澪が口を開いた。


 ――文化祭の一件以降、避けられてることもあって同じクラスだったにも関わらず一度も口を利くことがなかった。


 なので、偶然とはいえ、こうして会えたことを喜ぶべきかもしれない。


 しかし何を話せばいいんだ? 以前ならこうしてたまたまあったとしても、軽い会話くらいはできていたのに、今は何を言えばいいのか分からない。


 たった一言だけでもいいのに、何も言えない自分に歯痒さを覚える。


「おいおい。何してるんだよ、慎吾?」


 自分に苛立ちを覚えていると、親父が呆れ混じりの声音で近づいてきた。


「大丈夫か、君?」


 俺の横を通り抜け、未だに座り込んでいた澪に手を差し伸べる親父。


「あ、ありがとうございます……」


 謝意を言葉にしながら澪が親父の手を借りて立ち上がり、俺と向かい合う形になる。


「「…………」」


 周囲は他にも客がいて騒がしいのに、俺たちのいるところだけ、奇妙なまでに静かに感じてしまう。


 互いに見つめ合うこと数秒。先に動いたのは――澪だった。


「……ッ」


「あ……!」


 澪が反転し、脱兎の如し勢いで走り去る。


 何とか追おうしたが、仮に追い付いたところで俺に何ができるのか? そんな疑問が頭をもたげた瞬間、気が付くと俺は足を止めていた。


 ……そもそも、澪が逃げ出したのは当然のことだ。今更俺なんか、顔も見たくないのだろう。


 そのことを悲しいと感じるのは、俺のワガママだ。俺は澪にどんな態度を取られたとしても、文句を言う資格などないのだから。


 そうこうしている内に、澪の姿は人混みに紛れて見えなくなってしまうのだった。






「…………!?」


「どうかしましたか、舞華?」


 母さんと一緒にデパートの雑貨コーナーを回っていると、不意に私の背筋がゾクリと震えました。


 この感じ……まさかお兄様の身に何かよからぬことが起こったのでしょうか?


 心配です。とてもとても心配です。特に、私の知らないところで、また私以外の女に会ってたりしたら……。


「母さん、早く買い物を終わらせましょう」


「そうですね。二人を待たせてしまうのも悪いですから、早くすましてしまいましょう」


 待っていてください、お兄様! すぐにでも、私がそちら向かいますから!


 私は決意を新たに、カートを押してデパート内を巡りました。







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