両親のいる日常
冬休みの利点とは学校がないことだ。わずか二週間程度しかない休みではあるが、その間は惰眠を貪れる。
しかしそれはあくまで一般家庭の話。我が甘木家は違う。
なぜ違うのかというと、原因は義妹の舞華にある。舞華は真面目で常に規則正しい生活というものを心がけている。
それは冬休みだろうと変わらず、舞華は朝早くに起きてくる。
早起き自体は特に問題ない。むしろ、生活習慣を崩さないよう心がけるのはいいことだろう。
しかし、しかしだ。舞華が早起きしたとして、あいつの朝食はどうすればいい?
当然ながら、あいつが自分で家事なんてするわけがない。となると、答えは一つ。俺も早起きして作ってやるしかない。
何が悲しくて冬休みにそんなことをしなければ、と思うが、ボイコットしてもどうせ蹴り起こされるのがオチだ。それなら自分から起きた方がまだマシだ。
せっかくの冬休みだというのに、義妹のためにわざわざ早起きを強要される義兄。
これだけで甘木家家庭内ヒエラルキーにおける俺の立ち位置がよく分かるだろう。……あれ、おかしいな? 目から汗が止まらないや。
目元を拭いながら、俺はいつも通り六時に起き、自室を出て台所へ向かう。
「ん……?」
リビングのドアを開いたところで、台所に明かりが点いてるのが目に入った。
いったい誰が? そんな疑問を浮かべながら台所へ足を踏み入れる。するとそこには、
「あら、随分と早起きですね、慎吾君」
「義母さん……?」
昨日家に戻った義母がエプロン姿で立っていた。
「そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔してどうかしましたか、慎吾さん?」
「いや、どうかしたって……それは俺のセリフなんだけど……」
「…………?」
不思議そうに小首を傾げる義母さん。どうにも俺の言ったことをいまいち理解できてないらしい。
「ええと、俺が言いたいのはさ、どうして義母さんがこんな朝早くから台所に立ってるかってことなんだけど……」
「ああ、そういうことですか。私がここにいるのは、せっかく帰ってきたので久しぶりに朝食でも振る舞おうと思ってなのですが……迷惑でしたか?」
「い、いや、別にそんなことはないけど……」
正直に言ってしまえばありがたい。ありがたいが……きっと義母さんは昨日家に戻ってきたので疲れてるだろう。できれば無理はしてほしくない。
となると、ここは俺が代わるべきだ。
「義母さ――」
「慎吾君、私はそこまで疲れてないから大丈夫ですよ」
「……何で俺の考えてることが分かった?」
「母親ですから」
笑みと共にきっぱりと言い切った義母さん。
「ふふふ、心配してくれてありがとうございます、慎吾君。でもここは大丈夫ですから、慎吾君はもう少し寝ていて構いませんよ?」
「いや流石にそれは悪いよ……」
昨日戻ったばかりの義母さんに朝食を作らせて自分は惰眠を貪るなんて、罪悪感で押し潰されそうだ。とてもではないが、俺にはできない。
とはいえ義母さんの手伝いをしようにも、義母さんは一人でも問題なさそうだ。俺がいても邪魔になるだけだろう。
なら俺は別のことをしよう。朝にするべきことは朝食の支度だけじゃないからな。
「義母さん、俺洗濯機回してくるよ」
「あら、それも私がやっておきますから、慎吾君はゆっくりしてていいんですよ?」
「流石にそこまで任せるのは悪いし、いいよ。ああそれと、多分そろそろ舞華が起きてくるだろうから、あいつの分だけ早めに用意しといて」
「分かりました。それなら私は洗濯を終えて戻ってくる慎吾君のために、美味しい朝食を作って待っていますね」
「ああ、ありがとう、義母さん」
そこで会話を終え、にっこりと笑う義母さんを背に、俺は洗濯機を回すべく洗面所に向かうのだった。
「……ヒマだなあ」
そんな呟きを漏らしたのは、なぜか当たり前のように人の部屋でゴロゴロしている親父だった。
洗濯と朝食を終えた後、特にすることもなかったので自室でダラダラとしていたが、つい十分ほど前に親父がいきなり部屋に押しかけてきたのだ。
別に見られて困るものはないので放置していたが、そろそろここに来た理由を訊くべきか。
「なあ親父、何で俺の部屋にいるんだよ?」
「何だ、理由がなかったらいちゃいけないのか?」
「……親父、今の答えはキモいぞ」
「……だな。俺も流石に今のはないと思った」
何が悲しくて、実の父親とこんな気色悪い会話をしなければいけないのだろう?
「実はさっきまで舞華ちゃんの部屋にいたんだけどな、勉強を始めるからってことで邪魔にならないために出てきたんだよ」
「なるほどな。ついさっきまで年頃の娘の部屋にいたことを当然のように語る親父のメンタルの強さに関してはひとまず置いとくとして……何で俺の部屋に来た?」
「舞華ちゃんが『せっかく久しぶりに帰ってきたのですから、兄さんとお話でもしてきたらどうですか? 兄さんも話したそうにしてましたよ?』って言ってくれたからだよ。じゃなきゃ、わざわざ愛娘の部屋から愚息の部屋に移動するわけないだろ?」
……あいつ、相手するのが面倒だからって俺に押し付けやがったな。俺だってこんなおっさん押し付けられても困る。さっさと部屋から追い出した方がいいな。
さてどうやってこのおっさんを追い出そうかと考えていると、親父は部屋をぐるりと見回してから口を開く。
「……お前の部屋は相変わらず殺風景だなあ。明らかに現代っ子の部屋じゃないぞ?」
「うるせえ、余計なお世話だ」
確かに俺の部屋は殺風景だ。部屋にあるのはベッドと勉強机、あとは本棚と数冊の漫画ぐらい。オシャレなんてものとは程遠い。
俺は翔の家ぐらいにしか遊びに行ったことはないので、同年代の普通の部屋というものはよく分からないが、少なくとも自分の部屋が同年代の基準から外れていることは理解している。
とはいえ、そのことを他人――特に親父に言われると腹が立つ。どれくらい腹が立つのかというと、実の父親でも思わずぶん殴りたくなってしまうほどだ。
しかし相手は父親。流石に殴るのはマズいから我慢しなくては。
何とか親父を殴り飛ばしたい衝動を抑えていると、いつの間にか親父がベッドの下に潜り込んでいた。
「……何してんだよ、親父?」
突然の親父の奇行に頭を痛めながら、一応訊ねてみた。
すると親父はベッドの下から顔を出しながら、
「……いや、ちょっとヒマだからエロ本でも探そうかなと――げぶらッ!?」
しまった、うっかり蹴ってしまった。……まあ、出たのは手じゃなくて足だからセーフか。
俺が胸を撫で下ろしていると、親父が蹴られた左頬を押さえながらこちらを睨む。
「な、何するんだ、このバカ息子! いきなり蹴り飛ばすなんて酷いぞ!」
「うるせえ! それはこっちのセリフなんだよクソ親父! 何でヒマだからって理由でエロ本探すんだよ!?」
「何でって言われてもな……久々に家に戻ったんだ。息子の性癖に何か変化がないか探るのは、父親としての義務だろう?」
「ンなわけあるか! どこの世界に息子の性癖を確認するような父親がいるんだよ!」
こいつ、父親としての義務というものを履き違えてるな。
「……そもそも、俺の部屋にエロ本はもうねえよ。前に舞華に見つかって捨てられたからな」
「え……」
目を見開く親父。そんなに驚くようなことか? と思っていると、いきなり肩に手を置かれた。
「大変だったんだな……俺の胸で泣いていいぞ?」
親父は目尻に涙を溜めながら、優しい声音で俺にそう語りかけてきた。
不思議だ。どうして親父はいきなり態度を変えたんだ?
先程までの一連の会話を思い出してみるが、この状況の理由になるような会話はない。
「もういいや……」
考えるのが面倒になってきたので、諦めることにする。
そして同情的な視線にイラっとしたので、両手を広げて俺が飛び込んでくるのを待っているであろう親父に飛び蹴りをかますことにした。
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