久々の家族集合
「いてて……酷い目に遭った」
胸の辺りを手でさすりながら不審者――親父が声を漏らした。
「大丈夫ですか、あなた?」
「ああ、大丈夫だよ霞さん。それよりも……」
親父が鋭い視線で正面の俺を睨む。
現在俺たちはリビングのテーブルに四人で座っている。
先程の玄関での騒動の後、不審者の正体が親父であることが判明したため、義母さんと一緒に家に入れたのだ。
「全く、どんな育て方をしたらお前みたいになるんだ? 親の顔が見てみたいものだ」
「鏡でも見てくれば?」
このおっさん、長い海外出張のせいで自分が誰の親か忘れたのか?
「しばらく見ない間に生意気になって……お前は出会い頭、実の息子に蹴られる父親の気持ちが分かるか?」
「逆に訊くが、出会い頭いきなり父親に抱き付かれた息子の気持ち……あんたに分かるか?」
「そんなの知るか! 俺は舞華ちゃんが出迎えてくれると思って飛び付いたんだよ! 誰がお前みたいなブサイクに好きで抱き付くものか!」
……このおっさん、もう一発蹴りを入れて黙らせてやろうかな?
実の父親に対して軽い殺意を覚えていると、舞華が口を開く。
「あの、一つ訊きたいことがあるのですがいいですか?」
「もちろんだよ舞華ちゃん!」
食い気味に応じる親父。俺と舞華とで態度が違うのは気のせいじゃないはずだ。
「お二人はどうして何の連絡もなくいきなり帰ってきたんですか?」
「――あら、私たちが帰ってきちゃいけませんでしたか、舞華?」
しかし舞華の問いに応じたのは親父ではなく、義母さんだった。
「べ、別にそういう意味で言ったわけじゃありません。ただ、いきなり帰ってきたから気になっただけです」
そう言って気マズそうに顔を逸らす舞華。
「ふふふ、そうですか。ですが、帰ってきた理由は大したものではありません。ただ、クリスマスくらいは家族で過ごしたいと思っただけですよ」
「……なら、家にいるのは明日までですか?」
「いいえ? せっかくなので今年は日本で年を越そうと思っています。構いませんよね、慎吾君?」
ここで唐突に義母さんが俺に話を振ってきた。
なぜ俺に振ってくるのだろう? 自分の家なんだから、自分で好きに決めればいいのに。
「……ダメですか?」
「いや、別にダメってわけじゃないけど……」
チラリと隣に座る舞華を見る。
義母さんたちの方からは顔が見えていないため分からないだろうが、隣に座る俺の方から見ると舞華が不機嫌なのがよく分かる。
いったい何が気に入らないだろう? と疑問に思った俺だが、答えはすぐに分かった。
舞華の日記にあった性の六時間だ。きっと突然両親が帰ってきたことで、舞華の計画が狂ったのだろう。
舞華にとっては良くない事態。しかし俺にとってこの状況は、これ以上ないほど幸運だ。
ならここで俺が取るべき選択は、
「元々義母さんたちの家なんだから、いちいち俺に確認を取らなくていいよ。せっかくだから休みの間はずっといてくれよ。舞華もいいだろ?」
「……そうですね。私もそれでいいと思います」
絞り出すような声音で、舞華も同意する。
……顔は同意してる人間のものではないが、あえて何も言うまい。
「あらそうですか。ありがとうございます、慎吾君」
優しく微笑む義母さん。
改めて思うが義母さんは美人だ。舞華と同じ艶のある黒の長髪。高校生の娘を持つとは思えないほど瑞々しい肌。
知らない者が見れば、舞華と姉妹と言われても信じてしまうだろう。
何でこんな美人が親父なんと結婚したのか、それは十年以上経った今でも謎だ。ウチの親父なんて、足と口が臭い以外何の取り柄もないのに……。
「おい慎吾。お前、今失礼なことを考えなかったか?」
「気のせいだろ。疲れてるんだよ、親父。今日はもう休んだら?」
「…………」
親父が訝しむような視線を向けてくるが、スルーして席を立つ。
「あら慎吾さん。どこに行くんですか?」
「夕飯の準備だよ。まだ準備の途中だからな。……そういえば、義母さんたちは夕飯食べたのか? もし食べてないなら一緒に作るけど……」
「ここに来る前に食べてきたので大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます、慎吾君」
「いや、別にお礼を言われるようなことじゃ……」
舞華とそっくりの顔で舞華なら絶対言わないようなことを言われると、少しドキっとしてしまう。
顔がそっくりの親子なのに、どうしてここまで性格が違うのだろうか? ……本当に謎だ。
そんな他愛ない疑問を浮かべながら、俺は夕飯を作るために台所へと向かうのだった。
『十二月二十四日。
本日はクリスマスイブ。私とお兄様が身体と身体で結ばれる日。祝福すべき一日になるはずでした。
しかし後数時間で初夜を迎えられるというところで、邪魔が入りました。
義父さんと母さんが家に帰ってきたのです。
普段なら喜ばしいことですが、今日はこれ以上ないほどタイミングが悪いです。殺意すら覚えます。
正直、両親相手にここまでの殺意を抱いたのは生まれて初めてです。咄嗟に台所の包丁で斬りかからなかったのは、奇跡に等しいでしょう。
本当なら二人とも今すぐに消してしまいたいところですが、我慢しました。
だって、私と同様に今日という日を心待ちにしていたはずのお兄様が我慢しているのです。
私だけワガママを言うわけにはいきません。
本当は嫌で嫌で仕方ありませんが、お兄様に免じて命だけは取らないでおきましょう。
感謝してください、義父さん、母さん。』
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