冬休みの色々
クリスマスイブ
『十二月二十三日。
本日はクリスマスイブ前日です。明日はきっと、カップルの方々が街で愛を確かめ合っていることでしょう。
私も明日はお兄様と街でデートといきたいところですが、我慢しようと思います。
だって私たちの本番は、明日の夜九時からなのですから。ああ、今の私はとても胸のときめきを抑えられません。
お兄様から愛の告白を受けて、もう二ヶ月ほどでしょうか? あの時のことは昨日のことのように鮮明に覚えています。
あの日、私たちは夫婦になったのですから。
そして明日のクリスマスイブで、私はお兄様と真の意味で夫婦になろうと思います。
クリスマスイブには性の六時間というものが存在します。夜九時から朝の三時間、夫婦の営みを行うものが最も多くなる時間です。
私はこの日、お兄様と一緒に大人になります。
ずっと前から夢見ていたこと。当然ながら、準備は万端です。
私たちはまだ学生の身なので、万が一のことがあってはいけません。ちゃんとその辺りも対策しています。
ああ、今から楽しみで楽しみで仕方がありません。今日は眠れるかどうか不安です。
ですが、明日は眠れないので、今日はたっぷりと睡眠を取らなければいけません。
ねえ、お兄様?』
「帰りたくねえ……」
十二月二十四日。冬休みに突入して数日経過した。本日はクリスマスイブだ。
世間ではカップルがイチャイチャして一日を過ごしていることだろう。
しかし俺――甘木慎吾は、そんな世間の浮かれた空気とは相反する、暗い気持ちで自宅から徒歩数分の公園のベンチに腰を下ろしていた。
時刻は午後七時前。すでに空は真っ暗になっており、公園に他の人間は見当たらない。
普段の俺なら、この時間は家で夕飯の準備をしている。だが今はとある理由から家ではなくこの公園にいる。
その理由は当然ながら――舞華だ。あいつの日記を見つけてしまった日から、俺は常に身の危険を感じていたが、今日の舞華はぶっちぎりでヤバい。
具体的にはタンスに見覚えのない下着があったり、何か派手な色の箱が日記の隣に置いてあったりした。
しかも下着は妙に扇情的で、明らかに見えちゃいけない部分まで見える仕様になっていた。
箱の方は箱の方で『0.02』とか『史上最高の薄さ!』とか書いてあった。
そんなわけで、少なくとも明日の朝まで俺は家に帰るわけにはいかないのだが……。
「ずっとこのままってわけにもいかないよなあ……」
この街では数年前から、クリスマス前日と当日は未成年の夜遊び防止とかの名目で見回りの警察の数が増えている。
夜の十時くらいまでなら大丈夫だろうが、流石に深夜になると未成年の俺は補導されてしまう。
流石に補導されるのは面倒だ。俺だけじゃなく、出張中の両親にも迷惑がかかる。
最後の手段として翔の家に泊めてもらうことも一時は考えていたが、結局やめた。
考えてもみてほしい。クリスマス前日に男の家に泊まる。これを事情の知らない人間が知ったら、どんな想像をするのか……容易に予想できる。
最悪俺がそういう誤解を受けるのはいい。元々クラスでもいるかどうかも分からないほど影が薄い存在だからな。
しかし親友である翔にまで、そんな重荷を背負わせるのは流石に心が痛い。
というわけで現在、俺は行くアテもなく公園のベンチに座り込んでいた。
「いったいどうすればいいんだ……?」
思わず情けない弱音を吐いてしまうが、何もいい案は浮かばない。
そんな風に頭を抱えていると、不意に懐のスマホがブルブルと震え出した。
恐らく電話だろう。いったい誰から……なんてのは考えるまでもないな。
取り出して誰からのか確認せず電話に出る。
「……もしもし?」
『もしもし? じゃありません。兄さん、夕飯の準備もせず、いったいどこで何をしてるんですか? 冬休みだから遊びたいという気持ちは分からないでもありませんが、せめて兄さんの存在意義である家事くらいはちゃんとこなしてくれませんか?』
「……悪い」
『全く。兄さんは所詮兄さんですね』
心底呆れたという声音でそう言って、電話は切れた。
「……ここまでか」
こうして舞華が連絡してきた以上、もう家に帰らないという選択肢はない。逃げたところで、追いかけ回されるのが関の山だ。
俺はガックリと肩を落としながら立ち上がり、自宅へ向けて歩き出すのだった。
それから十数分後。家に着いた俺は、舞華にグチグチと小言を言われながら、夕飯の準備を始めた。
「全く。兄さんはいつになったら、成長してくれるのでしょうか? このままじゃ、将来ロクな大人になれませんよ? ……聞いてますか?」
「聞いてるよ。さっきからずっと謝ってるだろ? いい加減許してくれよ」
「はあ? 兄さん、どうして自分が許しを乞えるような立場だと思ってるんですか?」
しまった。音を上げたことで舞華の怒りを再燃させる形になった。
「そもそも兄さんはですね――」
舞華のお説教をBGMに黙々と夕飯の準備を進めていると、ピンポーンというインターホンの軽快な音が響いてきた。
「誰か来たみいですね。兄さん、ちょっと出てください」
「……分かった」
普通料理中の人間にそんなことを頼むか? と思ったが、どうせ逆らえるはずもないので素直に従う。
エプロンを外して玄関へ向かう。
しかしこんな時間にいったい誰が何の用で来たのだろう?
疑問に思いながらも玄関の明かりを点けてからドアを開ける。すると、
「舞華ちゃああああああああん!」
「…………ッ!?」
奇声を上げながら、何者かが俺に抱きついてきた。
「愛しの舞華ちゃあん! パパが帰ってきたよお!」
しかも抱き付くだけでは飽きたらず、腰の辺りに頬擦りをしてくる。
突然の奇行に呆気に取られていた俺だが、ここに来てようやく正気を取り戻した。
「誰だあんた!?」
「舞華ちゃああああん!」
ダメだ。俺の声などまともに届いていない。俺の身体が影となっていったい誰なのか判別がつかないが、こうなったら多少強引にでも引き剥がすしかない。
「離れろ……ッ!」
未だに人の腰に手を回している不審者の胸の辺りに、膝蹴りを叩き込んだ。
「げぶら……ッ!?」
不審者は珍妙な声を上げながら転がり、玄関から飛び出した。
俺はその隙に急いでドアを締め、鍵とチェーンをかける。
「うるさいですよ、兄さん。玄関で何を騒いで――」
「舞華、警察に電話だ!」
「はあ……? 兄さん、いったい何を言って――」
「いいから早く!」
騒ぎを聞きつけ、リビングから顔を出した舞華に叫ぶようにそう言った。
舞華はいったいどういった状況なのか理解できてない様子だが、それでも曖昧に頷いてリビングの方に引っ込んだ。多分俺の言った通り警察に電話しに行ったのだろう。
『おーい! 開けえくれえ!』
ドンドン! とドアを叩く音と共にそんな要求の声が聞こえてくるが、当然ながら無視する。
不審者と話すようなことは何もない。
『――もう、何をやってるんですか、あなた?』
不審者の聞くに堪えない戯れ言を無視していると、不意に聞き慣れた女性の声が耳に届いた。
まさかと思いドアを開ける。するとそこには、
「
「あら、慎吾君。ただいま」
義母である甘木
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