終業式
糸島と舞華が和解した次の日。それは終業式の日でもあった。
今日は特に授業もない。ちょっと長い教師の注意事項と、校長の無駄話を聞いていれば午前中で帰れる。
別に空いた時間でどこかに遊びに行く予定があるわけではないが、それでも早く帰れるというのは魅力的だ。
そんな感じで、早く帰れることに笑みを浮かべながら朝食の準備をしていた俺だが、不意にスマホに連絡が入った。
こんな朝早くから誰なんだ? と思いながら、準備の手を止めてスマホに手を伸ばす。
「これは……」
時刻は七時過ぎ。丁度部活の朝練が始まるくらいの時間だろう。現に校庭にいくつかの運動系の部の部員が見受けられる。
当然ながら、俺は帰宅部なので本来ならこんな時間に登校などあり得ない。
俺がこんなに早く登校したのは、あいつに呼び出されたからだ。
朝早くの呼び出しなど、普通に考えれば非常識。無視しても咎められることはないだろつ。
しかし呼び出しの相手が相手だけに、何となく断りづらかった。
なので大急ぎで学校へ行く支度を終えて家を出る羽目になった。
朝の家事を短縮するのも面倒だったが、舞華に家を早く出る説明をするのはもっと面倒だった。
一応翔と待ち合わせしてから一緒に学校に行くから、早めに家を出る必要があるという理由をでっち上げたが、納得してくれたかどうかは不明。
……舞華に確認されても問題ないよう、後で翔には口裏を合わせてもらうとしよう。
校庭の光景を尻目に校舎に入る。いつも通り、下駄箱で上履きに履き替えてから向かうのは教室――ではなく、屋上だ。
この時間の廊下は他の生徒もおらず、静寂に支配されている。そんな静かな廊下を歩き、屋上まで到着する。
屋上に出ると、強い風が身体を撫でた。もう完全に冬だな。
冬の寒さに身体を震わせながら、俺をこの場に呼んだ奴がどこにいるのかを探す。
目的の人物はすぐに見つかった。向こうも俺に気が付いたらしく、俺の方に駆け寄ってきた。
「おはようございます、お兄さん」
「ああ、おはよう」
俺は、駆け寄ってきた人物――糸島に挨拶を返す。
「こんな朝早くにすいません、お兄さん」
「いや、それは別にいい……それよりも、こんな朝早くから俺を呼び出して何の用だよ、糸島?」
糸島との関係は舞華とのことがあったからこそ成立していたもの。昨日の一件ですでにその関係も終わっている。
こいつが今更俺を呼ぶ理由はないはずだ。
「実はですね……お兄さんにお礼を言っておこうと思いまして」
「お礼?」
「はい。舞華とのこと、お兄さんにはたくさん協力してもらいましたから、そのお礼です。本当にありがとうございました」
深々と頭を下げ、謝意を口にした糸島。
感謝されて悪い気はしないが、俺には礼を言われるような資格はない。
「……どういたしまして」
しかしそれを糸島に正直に言えるはずもなく、結局感謝の言葉を素直に受け取るしかない。
「さてと。それじゃあ、要件はこれだけなのでもう行きますね。この後、終業式の準備もしないといけませんから」
「そうか……頑張れよ」
「はい! 頑張ります!」
元気よくそう言って糸島は俺の横を通り抜け、屋上の出口の扉に手を伸ばしたところで、
「あ、そういえば一つ言い忘れてることがありました」
反転してこちらに戻ってきた。
「お兄さん、ちょっと耳を貸してくれませんか?」
「耳を? 別にいいけど……」
糸島とはそれなりに身長差があるので、少し屈んで顔を近づける。
すると糸島は俺の耳元に顔を寄せて、
「――舞華とのこと、頑張ってくださいね」
「…………ッ!?」
「それじゃあお兄さん、今度こそ失礼します」
息を呑む俺を他所に、糸島はその場を後にした。
一人屋上に残った俺は、糸島の言葉の意味を考える。
……あの口振り、もしかしなくてもあいつは舞華が誰を好きなのか、知っていたのか? そして知った上で舞華に告白していたのか?
だとしたら、糸島は舞華への告白にどんな気持ちで臨んでいたのだろうか。
その答えは、もう糸島自身にしか分からない。ただ一つ分かっていることがあるとすればそれは、糸島がこの結果に満足しているということだけ。
色々と選択を間違えた俺ではあるが、この事実があるおかげで挫けずにいられる。
「……教室に行くか」
糸島がいなくなった以上、こんな寒いところに長居する理由はない。俺も屋上を後にするのだった。
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